海野十三全集 第12巻 超人間X号 |
三一書房 |
1990(平成2)年8月15日 |
1990(平成2)年8月15日第1版第1刷 |
東京の学校が休みになったので、彦太少年は三月ぶりに木谷村へ帰って来た。村はすっかり雪の中にうずまっていた。この冬は雪がたいへん多くて、もう四回も雪下ろしをしたそうである。駅をおりると、靴をかんじきにはきかえて村まで歩いたが、電柱が雪の中からほんのわずかに黒い頭を出しているばかりで、屋根の見える家は一軒もなかった。
「この冬は、これからまだ三度や四度は、雪下ろしをせねばなるまいよ」
と、迎えに来てくれた父親はそういって、またちらちらと粉雪を落しはじめた灰色の空を恨めしげに見上げた。
「五助ちゃんは何している? ねえ、お父さん」
彦太は、仲よしの五助のことを尋ねた。
「ああ五助ちゃんか。五助ちゃんは元気らしいが、此頃ちっとも家へ遊びに来ないよ」
「ふうん。僕が居ないからだろう」
「それもあるだろうがな、しかし噂に聞けば、五助ちゃんたちは三日にあげず山登りに忙しいそうだ」
「山登りって、どの山へ登るの。こんなに雪が降っているのに……」
「さあ、それはお父さんも知らないがね。とにかくあの家の者は変っているよ。今につまらん目にでもあわなきゃいいが……」
「つまらん目って、何のこと」
彦太は振返って後から来る父親の顔を見上げた。しかし父親は、ちょっと呻っただけで、それにはこたえなかった。
その翌朝、彦太はもうじっとしていられなくて、先のとがった雪帽を肩のところまで被り、かんじきの紐をしめると、家をとびだした。雁木道がつきると、雪穴をのぼって、往来へ出た。風を交えた粉雪が横から彦大の身体を包んでしまった。五助の家まで、まだ五丁ほどあった。
五助は家にいた。そしておどりあがって彦太を迎えた。
火炉のむしろに腰をかけて、仲よしの二人は久しぶりに向きあった。東京から買って来たお土産の分度器と巻尺が五助をたいへんよろこばせた。
「五助ちゃんは三日にあげず山へ行くってね。どの山へ行くんだい」
彦太は、聞きたいと思っていたことを、すぐに尋ねた。
「うん」
五助は簡単な返事をしただけで、しばらく口をつぐんでいたが、やがて、
「誰にそんなことを聞いたの」
と、ちょっとかたい目付で逆に尋ねた。
そこで彦太は、「それはお父さんが村の誰かから聞いたことさ」といった。すると五助はかるくため息をついて、
「やっぱりもう知れわたっているんだな。だから僕は、こんなことをかくしておいても駄目だと、はじめにいったんだけれどね」
「五助ちゃん。何か悪いことをやっているのかい」
彦太は、心配になるものだから、遠慮なく聞いた。すると五助は目を丸くして、首を左右に振った。
「彦くんのことだから、何もかくさないで話をするけれどね、実は一造兄さんが久しく山の中にこもっているんだ」
「へえ、そうかい」
「一造兄さんは、雪の中に大きな穴を掘ってその中にこもっているんだ。そして休みなしにカンソクをしているんだよ」
「カンソク? それは何のこと」
「僕もよく知らないけれどね、器械をたくさん持ちこんでね、地面の温度をはかったり、地面をつたわって来る地震を、へんな缶の胴中へ書かせたりしているのさ。これは春までつづけるんだって」
彦太は、それが何のことやら分らなかった。しかし一造兄さんといえば、東京の何とか大学の大学院学生で、いつもこんな科学実験をやっている人だった。だからそういうことがかくべつ悪いことであるはずがないと安心した。
「じゃあ研究のために観測しているんだろう。それなら悪いことじゃないから、村の人たちにかくさなくてもいいじゃないか」
「しかしね、一造兄さんはこのことは黙って居れときびしく命令を出しているんだよ。で、僕達が三日毎に山登りをして、兄さんの食物なんかはこぶことさえ誰にも知られないようにしろというんだよ」
「ああ、それで五助ちゃんは三日にあげず山登りをするんだね。なんだそんなことか。はははは」と彦太少年は安心して笑った。「でも、そんなことを秘密にするということは、ちょっとへんだね」
彦太がそういうと、五助は無口でいろりにそだをさかんにさし入れるのだった。五助の顔には、まだ何か語りつくさないものがあると書いてあるようであった。
(何だろう?)
と彦太は、ふしんに思った。いつもの五助なら、立板に水を流すようにどんどんおしゃべりをするのに、それをしないで、何かを小さい胸に包んでいるようなのは、なぜだろうか。あ、そうか。ひょっとすると、その山がどこかというのが秘密なのではあるまいか。そしてその山からは、やがて尊い鉱脈でも発見される見込みがあるのではなかろうか。
そう考えた彦太は、また遠慮なしに、そのことを五助にいった。すると五助は、一言のもとに打消した。
「ちがうさ。うちの兄さんは、そんな欲ばりじゃないよ」
「じゃあ、どこの山。山の名を聞かせてくれたっていいだろう」
彦太は五助を追いつめた。五助は見るもかわいそうなほど悩みの色をうかべていたが、やがて決心したものと見え、立上って彦太の傍へ席をうつした。そしてあたりを見まわした上で、彦太の耳の近くで低い声を出した。
「誰にもいっちゃいけないよ。そして君もおどろいてはいけないよ」
「誰がそんな秘密をもらすものかい。もちろん、おどろきやしないよ」
「さ、どうかなあ。で、その山というのはね、あの青髪山なのさ」
「えっ、青髪山! あの、誰も近づいちゃいけないという……」
「大きな声を出すなよ」
ふーんと彦太は呻った。彼の顔色は、とたんに青ざめていた。青髪山か。青髪山ならたいへんである。青髪山には昔から魔神がすんでいるという話で、そこへ入った者は無事に里へもどれないそうだ。猟師だって、どんないい獲物を追っていても、その青髪山には近づきはしない。
そのような怪山の雪の下に穴を掘って観測を始めた一造兄さんが、誰にも語るなと命令したのはもっともだ。しかし一造さんは勇気がある。それはともかくあの奥深い青髪山まで、丈余の雪を踏んで三日ごとに兄のため食物をはこぶ友の身の上を考えると、気の毒でならなかった。
そのとき五助は、さらに彦太の方へすり寄っていった。
「実はね、一造兄さんはね、この冬こそ、青髪山の魔神の正体をつきとめてくれると、はりきっているんだよ」
「魔神の正体をだって。しかしそんな器械で魔神の正体が分るだろうか。第一、あの山に魔神がすんでいるなどというのは伝説なんだろう。誰もほんとうに見た者はないんだから……」
彦太がそういうと、何思ったか五助は友の腕をしっかりつかみ、耳に口をあてた。
「ところがね、彦くん、魔神は実際あの山に居るんだよ」
「うそだよ、そんなこと」
「だって……だって見たんだよ、この僕が!」
「ええっ、君が魔神を見たって……」
彦太はそれを聞くと頭がふらふらした。
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