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帆村の愕きの声に、係官の一行は、函に入った人造人間の前にドヤドヤと集ってきた。
「ナニ血がついているって。おおこれはひどい」
「やあ、函の底にも、血痕が垂れている。おう、ちょっと函の前を皆、どいたどいた」
血痕と聞いて、一同、爪先だって左右にサッと分れた。
「ホラホラ。ここにもある、ウム、そこにもある。血痕がズーッと続いているぞ」
「なアんだ、寝台のところまで、血痕がつながっているじゃないか。すると、――」
「すると、この人造人間めが、博士を殺ったことになる……のかなア」
「えッ、この人造人間が殺害犯人とは……」
一同は慄然としてその場に立ち竦み、この不気味な鋼鉄の怪物をこわごわ見やった。人造人間は、ピクリとも動かなかった。しかしまた、今にも一声ウオーッと怒号して、函の中から躍り出しそうな気配にも見えた。
「皆さんはまさか、こんな鋼鉄機械が一人前の霊魂を持っていると決議なさるわけじゃありますまいネ」
と、帆村が横合から口を出した。
「さあ、そこまで考えているわけじゃないが、とにかくこの人造人間の右の拳には博士の顔を粉砕したかもしれない証跡が歴然と残っている」
と検事は云った。
「こいつが生きている人間だったら」と大江山課長は人造人間を指していった。
「私は躊躇なく、こいつを逮捕しますがネ。しかし真逆……」
「そうだ。だからわれわれは、この人造人間が博士を殺害してこの函の中に入ったまでの運動をなしとげたことを証明できればよいのだ。だがこの人造人間が果して動くものやら動かないものやらわれわれには一向分っていない」
「なアに雁金さん。こいつが動くことだけは確かですよ。今こいつの腹の中では、機械がしきりにゴトゴト廻っているのですよ。誰かこの人造人間に命令することができればいいのです。見わたしたところ貴官など最も適任のように心得ますが、一つ勇しい号令をかけてみられては如何ですか」
と帆村は手を前にのばした。
雁金検事は、すぐ顔の前で手をふった。
そのとき大江山課長が進みでて、
「こういつまでも、訳のわからない機械を相手にしていたのでは始まりませんから、いつもの手口の方から調べてゆきたいと思いますが、いかがでしょう」
「それもいいですね」と検事が同意した。
「そうなると、まずこの家の家族なんですが、夫人のウララ子が見えません。ばあやのお峰というのは、この事件を知らせて来たので、いま警察に保護してあります。ばあやは耳がきこえないのですが、夫人が外出先から帰ってきたので、お茶を持って上ってきたときに、夫人が入っていたこの部屋の中で惨劇をチラリと見たのだそうです」
「ウララ夫人は、いつ帰宅したんですか」
「ばあやの話によると、今夜八時をすこし廻ったときだったといいます」
「すると博士が死体となった鑑識時刻とあまり違わないネ。その夫人が、今家に居ないし、警察へ届出もしないというのはどうもおかしい」
と検事は首を傾げた。帆村はそれを聞いていて、なるほどさっきのあれがそうだなと肯いた。
「もう一人、この家によく出入りしている人物が居るのです。それは戸口調査で分っているのですが、馬詰丈太郎といって、博士の甥に当る男です。彼は一ヶ月前まではこの家の中に同居していたんだが、今は出て五反田附近のアパートに住んでいます」
「その甥の馬詰というのにもなにか嫌疑を懸けることがあるのかネ」と検事はたずねた。
「彼は亡った博士の助手をして、永くこの部屋に働いていたのです。しかしどっちかというと、彼は怠け者で、いつも博士からこっぴどく叱られていたということです。これもばあやのお峰の話なんですがネ。そして彼が博士の家を出るようになった訳は、どうもウララ夫人によこしまな恋慕をしたためだという話です」
「なるほど、そいつは容疑者のうちに加えておいていいネ」
そういっているところへ、階下から一名の警官がアタフタと上ってきた。そして一同の前にキチンと姿勢を正して披露した。
「只今、馬詰丈太郎が門前を徘徊して居りましたので、引捕えてございます」
「おおそれは丁度いい。早速その軟派の甥を調べてみようと思いますが、如何で……」
そういう大江山の言葉を、雁金検事はすぐに同意した。
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