イワノフが現れた
正太少年と帆村探偵とが、イワノフ博士の秘密のかくれ家といわれる巌のまえで、話をしている最中、かたわらの草をがさがさいわせて出てきたのは大木老人だった。
「うぬ、探偵め、まだ死にそこなって、そこにいたか」
「ああ、大木老人!」
「おや、正太もそこにいたか。これはちょうどいいあんばいだ。二人とも一しょに片づけてしまおう。ここは山の中だ。助けをよんでも、誰も来ないところだぞ」
大木老人は、手にした大型のピストルを二人の方にむけ、にくにくしげにあざ笑った。
「大木さん。なぜ僕をうつのですか。あなたは、船の中で、僕をかばってくれたのに」
「ふふ、ふふ、なにをいっているか、この小僧め。あのときは、お前に味方したとみせたが、じつはこっちの都合でそうしたのじゃ、あのときお前を縛っておくと、船がついたとき人造人間エフ氏をお前に仕立ててわしがつれてでようと思っても、できないじゃないか。まだわからんか。あたまのわるい子供じゃ。人造人間エフ氏をお前に仕立てて、船を出ようとしても、そのまえにお前を縛ってあれば、わしのつれているのが本物の正太ではないということがすぐわかってしまうじゃないか」
「ああ、なるほど、そうか。僕のかえ玉をつかうために、僕をわざと助けておいたんだな。そうとはしらず、今の今まで、大木さんをありがたい人だと思っていた僕は、ばかだった」
「ふふふふ、今ごろ気がついたか。もうおそいわい。わしがイワノフ博士としられたからには、もう帆村も正太も、ゆるしておけない。二人とも、いよいよ殺されるかくごを、きめたがいいぞ!」
大木老人に変装しているイワノフ博士は、いよいよ悪人の本性をあらわして、すごいおどし文句を二人のまえにならべた。帆村は、崖からおちたときの傷がいたむらしく、歯をくいしばって、じっとこらえていた。
一体イワノフ博士は、なぜ人造人間エフ氏をつれて、日本へわたったのであろうか。たしかに彼は悪人にちがいないが、一体日本へきてなにをするつもりなのであろうか。そのへんのことは、まだ一向はっきりわかっていない。もちろんこれまでに、展覧会場にならべてあったソ連から分捕った戦車をどろどろにとかして形が分らないようにしたり、それからまた今日は、火薬庫を爆破させたのもこの二人のやったことだとおもわれるが、二人がやりとげようということは、よもやそれだけでおわるものとは考えられない。おもえばおそろしいイワノフ博士と人造人間エフ氏ではある。
しかもこのおそるべき二人が、日本へもぐりこんでいることを知っている者は、あまりたくさんないのである。それを知っているのは、まず帆村と正太ぐらいのところではないか。その帆村と正太とが、今イワノフ博士につかまって殺されようとしているのだ。二人の一大事であるとともに、大きくいえば、わが日本の一大事である。
おそろしき棲家
イワノフ博士は、大型のピストルをかまえ、帆村と正太とを今にも撃ち殺しそうないきおいであった。
「さあ、二人とも、こっちへはいれ。ずんずん、その穴をおりてゆくんだ。ぐずぐずすると、うしろからピストルの弾丸をごちそうするぞ」
イワノフ博士は、ゆだんなく二人の様子をみまもりながら、大岩のうしろにあいている洞穴のなかにおいこんだ。かぼそい少年正太と、傷ついている帆村とを洞穴においこむことぐらいなにほどのことでもなかった。
そこがイワノフ博士の隠れ家なのである。大岩をたくみにくりぬいてつくってある洞穴は、見るからに身の毛のよだつほど、すさまじい光景を呈している。洞穴内には、バクテリア灯らしいふしぎな青色の光をはなつ灯火がついている。奥へいくと、なかなかひろく、三畳ぐらいの大きさの部屋が二つも三つもつづいている。よくまあこんな部屋があったものだ、――と思うが、じつはそんな部屋がはじめからあったわけではなく、イワノフ博士が人造人間エフ氏をつかってこれだけの洞穴をつくらせたのであるから、さらにおどろかされる。人造人間エフ氏は機械人間であるから、たいへんな力が出るのであった。どんな風にして、洞穴をつくるか、読者諸君はすでに、人造人間エフ氏が戦車をどろどろにとかしたことをおぼえているだろう。あの調子なのである。いや、いかに人造人間が、ばか力をもっているかということは、やがて親しく読者諸君の目の前にあらわれる日が来るであろう。その大事件のことは、いずれ先へいって、くわしく申しのべるつもりだ。
「さあ、こっちへはいっておれ。どんなことをしてもにげられないぞ。もしもにげだす様子がみえると、そのときはすぐに人造人間エフ氏をさしむけて、二人の息の根をとめてやるぞ。前もって、いっておくぞ」
イワノフ博士は、いいたいことをいっていばっている、そのにくらしさ。でも、ざんねんながら、どうすることもできない帆村と正太とは、命じられるままに、奥まったところにある深い井戸のような石牢の中につきおとされてしまった。正太も帆村も、とびこんだとたんに腰骨をいやというほどうち、石牢の底で、死んだようになってぐったりところがっているばかり、ものをいう元気さえなかった。
イワノフ博士は、すっかり安心してしまった。もうこれで、邪魔者はおっぱらったから、いよいよ日本へやってきた大仕事にかかろうとおもい、人造人間エフ氏を前にしてはかりごとを考えはじめた。
「さあ、いよいよとりかかるとしようか。どこからどういう風にやったものだろう」
イワノフ博士は、大きな日本の地図をひろげて、しきりに考えこんでいる様子だ。そのうちに博士は、大きく首を左右にふって、ふーっとため息をついた。
「どうもわし一人きりでは、はかりごとをつくるにしても、相談相手がなくて、どうも勝手がわるい。どうしたものかしらん」といって、博士は、こまった顔でたばこに火をつけ、しずかにけむりをくゆらせていたが、やがて膝をうって、「そうだ、いいことがある。人造人間エフ氏をよんで、話相手をさせよう。まねごとだけなんだから、エフ氏でもまにあうだろう」
博士は、たちあがった。そして壁のところへいった。博士はそこにかかっている剣道の胴当のようなものをおろし、元の椅子へかえってきた。これは一体なんであろうか。やはり剣道の胴当のように、たてに細い竹のきれのようなものが、胴の形に、やや円味をもってならんでいたが、これは竹ではなくて、或るめずらしい材料でつくったものだ。そのうえに、数えられないくらいたくさんのボタンが並んでいた。博士は、それを膝のうえにのせ、そのボタンの一つを指さきでおした。すると、そのしずかな洞穴のなかのどこかで、急にごとんごとんと重いものがうごく音がした。なんであろうか、その物音は?
エフ氏の怪
博士の目は部屋の隅にうつった。
そのとき、ぱたんと音がして、部屋の隅っこに、一つのまるい穴があいた。ごとんごとんの音は、その下からきこえてくる。――と、おもう間もなく、ぽーんといきおいよく穴から跳ねあがってきたのは、正太少年であった。彼は一ぺん下にあたって、ゴム毬のようにはねあがったが、やがて足がふたたび下につくと、のそりのそりと博士の前にやってきた。正太少年が、なぜこんなところへとびだしてきたのであろうか、いや、正太少年でないことはたしかである。
「おお、人造人間エフ氏。話があるんだ。ちょっとこっちへおいで」
人造人間エフ氏をむかえて、イワノフ博士は、人間とおなじにあつかった。
「なにかご用ですか」と、エフ氏はいった。
「うむ、わしが作った人造人間じゃが、われながらうまくできたものじゃ。こっちのいった言葉に応じて、ちゃんと返事をするんだから、大したもんだよ」
博士は、うれしそうに、しげしげと人造人間をみて、
「まあ、そこへおかけ。そうだそうだ、そのとおりだ。――ところでエフ氏よ、いよいよかねての計画をここではじめようとおもうが、君の考えはどうかな」
「いいでしょう。ぜひはやくおはじめなさい」
「うまいうまい、その調子で、もっとたのむぞ。――ところで、それをやる前に、日本中の人間をふるえあがらしておきたいとおもうのだ。それには、ラジオでおどかすのが一番いいとおもう。どうだ、お前一つ臨時放送局となって、日本国民をびっくりさせるような放送をやってみる気はないか」
「いや、僕はバナナよりも林檎の方がすきです」
「おかしいぞ、へんなことをいいだしたな。どうもこっちへきてから人造人間をつかいすぎたせいか、ときどき故障がおこるのには閉口じゃ。どれ、ちょっとしらべてやろう」
イワノフ博士は、人造人間エフ氏のそばへより、いきなりエフ氏の右の耳に手をかけると、ぐっと下にひいた。すると、なぜかエフ氏は、ラジオ体操をやるときのように、両足を左右へひらき、両手を水平にぱっとのばした。そして両眼を閉じた。それは人造人間エフ氏をうごかす電気のスイッチを切ったのである。エフ氏の耳がスイッチだったのである。
博士は、エフ氏のそばによって、エフ氏が着ている正太君とおなじ洋服のボタンをはずして、腹をあけた。それから一つの鍵を出して、エフ氏の臍の穴につきこみ、これをぐっとまわしてひっぱると、腹の皮がまるで扉のように手前へひらいて、腹の中がまる見えとなった。
――といっても、腹からは血がながれてくるわけでもなく、腸がとびだしてくるわけでもなく、腹の中には、ぎっしりとこまかい器械が、すきまなく、つまっていた。
イワノフ博士は、そのとき妙な眼鏡をかけると、ペンチとネジまわしをもって、人造人間の腹の中をしきりにいじりはじめた。
「ふん、どうもよくわからない。はやく直しておかないと、あとでこまるんだが……」
といっているうちに、「あっ、この歯車がこんなに折れている。歯車の歯がぼろぼろにかけている。なぜこんなことになったんだろうか」
博士は、ふーんと呻った。
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