大事件!
保土ヶ谷トンネルが爆破された! 人造人間エフ氏が、それに関係しているという! 東海道線が、不通となってしまった!
帆村探偵はイワノフ博士を、じっと睨みつけている。彼は心の中の苦悶をかくすことができなかった。なぜなら、帆村はその夜、東北方面の優秀な特科兵で編成された某師団が、その夜を期して西の方へ急行することを知っていたので、それを思いあわせて、たいへん心が痛んだのであった。
その出征師団は、どうするであろう。保土ヶ谷トンネルが爆破されてしまえば、列車はもちろん通じない。すると、一たん列車から下りて、あの山路を越えていかねばならないが、あの重い機械化された部隊が、あのを越えていくのは、たいへんな手間でもあり、時間つぶしであった。しかし、この出征師団は、ある戦況に応ずるため、一時間でも早く目的地の大陸へつかないと、その戦地において、わが大陸軍は、大なる損害をこうむらなければならない。
いや、保土ヶ谷トンネルの爆破だけでおわれば、まだいいのであるが、イワノフ博士は、手を縛られていながら、さっきから小気味よげに、(今にごらんなさい。もっともっとたいへんなことが起るから……)と、いいたげな顔をしているのであった。それを考えると、帆村の腸は、煮えくりかえるおもいだった。
「イワノフ博士。あなたは、人造人間エフ氏をとりしずめる方法を知っておいでだろう。すぐそれをやってください」
と、帆村探偵は、くやしいのをおさえて、博士にいった。するとイワノフ博士は、それ見たかという顔で、
「だめだめ、そんなことは。なにしろ、器械の故障なんだから、なにをしてもだめだよ。わしの手におえないものが、君の手におえるはずがないじゃないか」と、うそぶく。
帆村は、歯をくいしばって、くやしがったが、どうすることもできない。
すると、さっきから、じっとこれを見ていた正太少年が、口をだした。
「帆村のおじさん。こうすればいいのじゃないんですか。つまり、その操縦器をこわしてしまうんですよ。それさえこわしてしまったら、エフ氏も自然うごかないんじゃないのですか」
「うん、正太君、えらい。それはいい思いつきだ、じゃあ、操縦器をうちこわすか!」
といって、帆村は、よこ目で、イワノフ博士の顔をみた。博士は、ふふんと、鼻の先で、それを笑っているようであった。帆村は、ちょっと迷った。ここでイワノフ博士が狼狽してくれればいいのに、すこしもおどろいた様子がみえないのである。といって、いつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。せっかく手に入れた操縦器をぶちこわすのは、残念だが、どうも仕方がない。帆村は、その岩窟の隅にもたせてあった大きな鉄の棒をとりあげた。そして、操縦機を睨みながら、うんと大きく、ふりあげたのであった。
「あははは、そんなことをして、あとで、後悔しないがいいぞ」
それにかまわず、帆村は、えいやッと鉄の棒をうちおろした。その一瞬、一大音響の下に目もくらむような電光が、ぱっと室内を照らした。
「あッ!」と、帆村は、おどろきのこえをあげると、その場にもだえつつ、ばったりたおれた。
「ふふふふ、それ見ろ。だから、よせといったのだ」
博士は、せせら笑って、立ちあがった。いつの間にか、博士をしばってあった縄が、全部とけていた。おどろいたのは、正太であった。
「イワノフ博士、あなたは、悪い人だ。帆村さんを、元のようにかえしてあげなさい」
「なにをいうか、正太。お前も、一しょにそこで長くのびているがいい」
そういうと、イワノフ博士は、正太の頤をがんとつきあげ、正太があっといって倒れるのを尻目に、すばやく、部屋をとびだした。岩窟の外は、闇であった。イワノフ博士は、懐中電灯をつけると、どんどん麓の方へかけだした。遠くの空が、うす赤くこげている。どうやらそれは、戸塚の方角らしい。
戦場そっくり
博士は、どんどんと山道を駈けくだっていった。老人とも見えない足早であった。
「さあ、もう日本に永くいることは、無用だ。行きがけの駄賃というやつで、かねて計画しておいた帝都東京を焼きうちして、それからおさらばということにしよう」
イワノフ博士は、からからと笑って、なおも、走りつづけた。
こっちは、帆村探偵だった。電撃をうけて、彼は一時ひっくりかえったが、ほどなく、正気にかえった。あたりは、しーんとしずまりかえっていたのに、びっくりして、はね起きた。起きてみて、三度びっくりだ。傍に正太少年が、長くなって倒れているではないか。
「おい正太君、しっかりしなさい」と、抱えあげて、ゆすぶると、正太も気がついた。
「おい、イワノフ博士がいないぞ。さては、にげたか」
そのへんを探したが、もちろんイワノフ博士の姿が見つかるはずがない。そのとき、二人の頭の上で、またラジオが鳴りだした。また臨時ニュースだ。
「臨時ニュースを申上げます。保土ヶ谷トンネルの爆破現場は、わが軍隊によって、完全に包囲されました。怪少年と見えたのは、どうやら恐るべき人造人間であることが推定されましたので、戦車部隊が、円陣をつくりまして、だんだん輪を小さくして、人造人間を捕えるのに努力中であります。――あ、只今、追加のニュースが入りました。人造人間は、さきほどから、急に様子がかわりまして、しきりに土を掘っています。たとえどこへ潜りこみましょうとも、もう間もなく捕えられることでありましょう。臨時ニュースを、おわります。なお、いつ、避難命令が出ますかわかりませんから、どうぞスイッチをお切りにならないようにと、当局からのご注意がありました」
帆村と正太とは、おもわず走りよって、手を握った。
「行こう、保土ヶ谷へ」
「行きましょう」
二人は、外へとびだした。が、まっくらで山道を歩くのは、たいへんむずかしそうであった。二人は、また岩窟にかえり、手提電灯をさがしてから、改めて山を下っていった。
「よかったですね。エフ氏は、間もなくつかまりますよ。博士は、どうしたんでしょうか」
「博士も、現場へいったのではないかしらん。早く電話のかけられるところまで出たいものだ。だが、大体、もう安心だろう。博士だって、老人だから、そのうちにくたびれて、警官にとっつかまるだろう」
二人は、だんだん気がかるくなったようにみえた。しかし、そんなに安心していていいのであろうか。イワノフ博士は、どうしたのであろうか。帆村と正太とは、大いそぎで山をくだっていったが、四十五分ほどのちに、ついに非常線にひっかかった。非常線にひっかかることは、二人にとって、かえって喜びであった。
帆村は、警官隊へ、これまでのことを、かいつまんで話をした。そしてイワノフ博士を捕える手配をすることが大事であると告げた。幸いなることに、その近くに警察ラジオの送受信機をもった自動車が、警戒と連絡のために来ていたので、帆村は、すぐさま、その送信機をつかって、逃げたイワノフ博士を捕えるよう、彼の考えをのべたのであった。それを聞いていたのは、警視庁の大江山捜査課長であったが、
「よし、わかった。では、すぐ手配をするから、安心してくれたまえ」
といって、帆村のはたらきをほめた。帆村と正太とは、それから自動車で、保土ヶ谷のトンネル附近へ、はこんでもらった。現場は、火事場さわぎであった。消防自動車が高いビルの消火のときにつかう長い梯子をまっすぐ上にのばし、その上から探照灯でもって、エフ氏の逃げこんだ谷あいを照らしていたが、その明るい光は、一本や二本でなく、方々から同じところに集められているので、谷あいは、真昼のような明るさである。
「どうしました、人造人間は?」と、帆村が一人の警官にきけば、
「人造人間は、あの大きな木が倒れているあたりから、地中へもぐりこんだきり、なかなか出てこないのだ」
そのとき、その谷あいが、轟然たる一大音響とともに爆発した。ものすごい火柱がたち、煙と土とが、渦をまいた。すべては探照灯に照らしだされて、更にものすごさを加えた。
大団円
おもいがけない爆発だった。
「ははあ、正太君。人造人間エフ氏は、とうとう自爆をしたんだよ」
帆村探偵は、手をひいている正太に教えてやった。
「ああ、とうとう自爆したんですか」と、正太はほっと溜息をつき、
「でも、いくら人造人間でも、僕と全く同じ形をした少年の身体が、こなごなにとび散ったとおもうと、なんだかへんな気がするなあ」と、いった。もっともなことである。
人造人間の自爆は、他の方からも、つたえられてきた。やれやれこれで安心だというものもあれば、惜しいことをしたというものもあった。
「さあ、残るはイワノフ博士の行方なんだが、一体どうしたんだろう」
帆村は、しきりに、そのことを気にしていた。イワノフ博士の行方について、くわしいことが帆村の耳に入ったのは、その次の日の朝であった。
それを話してくれたのは、横浜の水上署の警官で飛田という人だった。その話というのは、こんな風であった。
「いや、全くおどろきましたよ、昨夜の十時ごろでしたかね。私が、ランチにのって、港内を真夜中の巡回をやっていますと、海面にへんなものを発見したんです。船でもないのですが、海面を相当のスピードで進んでいくものがある。すぐさまエンジンをかけて、こいつを追跡しましたよ。ところが、びっくりしたじゃありませんか。近づいてみると、これがたいへんなものです。なんだと思いますか、あなたは。じつに、そいつは、人間の形をしているのですよ。髭づらの老人でしたが、服を着たままで、港外の方へ泳いでいくんです。いや、ところがです。泳ぐといっても、クロールやなんかではない。魚雷が波をきって進んでいくようなあんばいで、すっと波を切って走っていくんですからね、しかも相当のスピードでいかなオリンピックの選手だって、ああはいきませんよ。私は、まるで狐にばかされているような気がしましたが、なにしろはやいのですから、そのままに放っておけません。すぐさま無電で、本署に報告しました。――本署ではおどろいて、私になおも追跡を命ずるとともに、警備艦隊へ知らせたんです。そこで、大さわぎとなったんですが、その泳ぐ怪人を追跡していったのはついに私のランチだけで、他の艦艇は、みな間にあいませんでした」
と、飛田警官は、そこで身ぶるいした。
「それはイワノフ博士にちがいないというんですね。え、老人ですよ、小さい探照灯で照してよく見ましたが、洋服のまま泳いでいました。とにかく追跡しているうちに、その怪人は、海中に出ている大きな浮標のようなものに泳ぎつき、そのうえによじのぼったんです。浮標の上からも、数人の水兵が、手をさしのべて、この怪人をひっぱりあげました。こうお話しても、浮標の上に、水兵がいるのは、おかしいとおっしゃるのでしょう。ごもっともです。それは、これから説明しますが、おやおやと私が訝しく思っているうちに、その浮標は、ずんずんと海中に沈んでいったんです。(あっ、潜水艦だ!)と気がついたときには、もうあとの祭です。つまりその怪人はそこに待ちうけていた潜水艦の中にひっぱりこまれ、そして逃げてしまったんです。いや、でたらめではないのです。当局のえらい方からも、後で話を聞きましたが、その潜水艦は、たしかに○○のものにちがいないとの話でした」
「私の話というのは、まあざっと話すと、このへんでおわりですが、その怪人は、なぜ魚雷のように海面を走ったのか、その謎はさっぱり解けないのです。帆村さん、あなたには、この話をきいて、なにか思いあたることはありませんか」
飛田警官の話は、大体右のようなものであった。それを聞いていた帆村は、ぶるぶると身体をふるわせ、
「あッ、そうか。それで分った。なぜ、もっと早く気がつかなかったろう」
「えっ、何が?」
と、正太少年は、ふしぎそうに、このただならぬ帆村探偵の様子を見守った。
「おい正太君。あのイワノフ博士というのも、じつは人造人間だったんだよ」
「ええッ、博士も人造人間ですか。まさか――」
「ううん、それにちがいない。エフ氏は、あの操縦器でうごく人造人間、イワノフ博士の方は、潜水艦の中に操縦器がある人造人間――それだけのちがいだ。それで始めて、潜水艦との関係がはっきりした。どこまで恐ろしい科学の力だろう。われわれ日本人は、しっかりしなきゃならない!」
と、帆村探偵はそういって、眉をぴくんと動かした。
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