第二景 夢の中の模擬試験
音楽。夢の曲(トロイメライの如く)
受験生青木 はて見なれない所だなあ。どうして僕は今ごろ、こんな野原を歩いているんだろうねえ……おや、変だなあ。とつぜん目の前に、立て看板が出たよ。なんだ? 模擬試験場と書いてある。模擬試験なら、受けると自信がつくから受けてもいいんだが、どこにあるんだろうね。
女教師 もしもし青木さんここへいらっしゃい。
青木 はあ。……いつの間に先生はお出でになったんですか。ああ机も腰かけもありますね。ああ、わかりました。これが模擬試験場なんですね。
女教 さあ皆さん、揃いましたから問題を出します、ようございますか。或るところに卵売りのお婆さんがありましてねえ、若干個籠に入れて、町へ売りに行きましたの。最初の家では、卵の半数と一個の半分とを売りました。次の家では、残りの卵の半数と一個の半分とを売りました。それから最後の家で、残りの卵の半数と、一個の半分とを売って、それで全部売りつくしました。最初籠に入れてあった卵は何個だったでしょうか。但し、この卵売は卵を実際半分に割ったりしないで、うまく三軒の家に完全な卵を売りました。これを代数で解いて下さい。
青木 先生もう一度いって下さい。
女教 はい、もう一度申します……卵売りのお婆さんが卵を若干個、籠に入れて、町へ売りに行きました。最初の家では卵の半数と一個の半分とを売り、次の家では残りの卵の半数と一個の半分とを売って、最後の家で、残りの卵の半数と、一個の半分を売ってそれで全部売りつくしました。最初、籠にあった卵は何個だったでしょうか。但し卵は、いつも割らずに売りました。これを代数で解いてください。
青木 やあ面白いなあ。まるでナゾナゾの問題だ。これを代数で解けとは、ますます面白い。まず卵の総数をXと置いて、それから……。
女受験生房子 はい先生、できました。
青木 あれっ、もう出来た子がいるよ。
女教 はい房子さん、出来たんですね。どういう式を立てたか、そこで読みあげてごらんなさい。
房子 はい。まず最初の家で売った卵の数は、Xを二で割って、そこへプラス二分の一個です。これをまとめますと、分母が二、分子がXプラス一となります。仮りにこれをAと置きます。
女教 Aとおくのですか、それから……。
房子 さて、次の家で売った卵の数は残りの卵の半数ですから、XマイナスAを二で割ったものと、そこへ二分の一個を足したものです。このうちAは前に出ていますから、それを代入しまして、結局第二番目の家で売った数は分母が四、分子がXプラス一となります。これをBと置きます。
女教 それまではよろしい、それから……。
房子 最後の家で売った卵の数は、XマイナスAマイナスB、これを二で割ったものと、そこへ二分の一個を足したものですから、これは分母が八、分子がXプラス一となります。これをCと置きます。
女教 それで答は?
房子 Xイコール、AプラスBプラスCですからこれを解いてXは七個となります。
女教 御名算です。はじめ籠の中にあった卵は七個でした。
△音響、パチパチと大勢の拍手
青木 どうも驚いた。子供のくせに随分出来るんだなあ、僕はもっと代数を勉強しなきゃ駄目だ。あーあー教だんに別の先生が現われたぞ、今度はひげのお爺さん先生だ。
老教 これこれお前たち、わしの見るところでは、お前たちはどうも教科書に征服されたり、試験に呑まれたりしていてどうもいかんね。お前たちはもっとゆっくりした気持で勉強せんけりゃいかん。さあそこで奇抜な問題を出すぞ。この答案がうまく出来れば試験パスじゃ。これは立体幾何学の問題じゃ、えーと、「幾何学をもって幽霊の存在を証明せよ」どうだ分るか、もう一度いう「幾何学をもって幽霊の存在を証明せよ」問題はそれだけじゃ。
△音響、大勢がやがや。
老教 これ、しずまれ。おい青木、お前一つ解いてみろ。さあ立て、男らしく立て。
青木 はあ、幽霊を幾何で証明しろなんて、そんな変てこな問題は解けません。
老教 なんでもいいから立てというんだ。立てば、わしがここからそっと電波を出してお前に教えてやる。
青木 そうですか、教えてくれますか、はい立ちました。先ず平面の世界を考えます。おやおや、これはおかしい。ひとりでに僕の口がすらすらとしゃべりださあ。
老教 まず平面の世界を考えます。それからどうするんだ。先をしゃべれ。
青木 はい先生、平面の世界では縦横の長さはありますが、高さというものを知りません。僕達は立体の世界に住んでいるので、縦横、高さ、皆分っています。平面の世界の一例は静かな水面です。水の表面だけの世界を考えて下さい。そして、そこに住んでいる生物をも考えて下さい。
老教 よしよし、それから。
青木 今ここに卵が一個あります。この卵は勿論立体です。その卵を指でつまんで水面に近づけます。そしてそっと放します。さあ、どうなるでしょうか。もちろん、卵は水面を通りぬけて水中に落ちます。さあ、水面の世界の生物には卵が通りぬけるとき、これがどの様に見えるでしょうか。
老教 はて、どの様に見えるかなあ。平面の世界では、卵に高さがあることは理解できないのじゃから。
青木 まず最初、卵が水面に触れたせつ那を考えましょう。水面の世界では、これが一つの点としか見えません、何しろ、水面より高いところも低い所も見えないのですから。
老教 うむ、なるほど。
青木 そのうちに卵はだんだん水につかって落ちます。水面の世界ではこれがどんな風に見えるでしょうか。いきなり目の前に一つの点が現われたと思う中に、それが見る見るおおきく円形になって広がってゆく。そして遂にその円形が最大値に達すると、今度は逆に小さくなって行きます。つまり卵が半分以上水につかると胴が細くなるから、水面に接している面積が小さくなってゆくのです。その中に遂に点になり、そして消え失せます。水面の世界では、卵が落ちていったんだとは知らない。はじめは目の前に点が現われ、それが見る見る大きく拡ってゆくと見る間に今度はどんどん小さくなりはじめ、やがてぱっと消えて了った。何だか訳が分らないものを見た。これこそ予て聞き及んだ幽霊というものだろうと思うでしょう。
老教 ごたごたした云い方じゃが、まあそのへんだろうね。それからどうなる。
青木 それから……今度は我々の立体世界に現われる幽霊を証明します。我々人間は縦、横、高さの三つしか知らないが、今ここに、もう一つなにか人間の感じないものを備えている超立体世界があったとしましょう。この超立体世界の卵かなんかが、いま突然我々の目の前をとおりぬけたとしたら、それはどんな風に見えるでしょうか。まず、はじめはぽつんと点があらわれますね。それが見る見る膨れてやがてゴム毬のようになり、更にだんだんおおきくなって、ガス・タンク位になりました。と思うと、今度はどんどん縮みはじめて、あれよあれよといううちに、元のゴム毬位の大きさになり、やがてぱっと消えてしまいました。さあ人間はびっくり仰天、これをなんていうでしょうか「ああ、わしは今そこで幽霊を見たよ」って!
つまり、超立体世界のものが我々の立体世界に交わると、それが幽霊に見えるのです。
△幽霊の消える擬音と怪奇音楽よろしくあって……。
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