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少年探偵長(しょうねんたんていちょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 17:05:45  点击:  切换到繁體中文


   怪船かいせん黒竜丸こくりゅうまる

 話変って、こちらは四馬頭目を救いだしたヘリコプターである。
 海岸通りの万国堂のうえをはなれると、進路をしだいに西にとり、須磨すまから明石あかしのほうへやってきたが、そこで急に進路をかえると、南方の海上へでていった。そして、淡路島あわじしまの東海岸ぞいに、大阪湾の出口のほうへでていったが、やがて淡路の島影から、意味ありげに明滅めいめつする灯火あかりをみると、しだいにその上空へすすんでいった。
 ヘリコプターに向って、発火信号しんごうをしているのは淡路の島かげに停泊ていはくした、三百トンくらいの小汽船しょうきせん、その名を黒竜丸という。
 ヘリコプターは黒竜丸のうえまでくると、ピタリと進行をとめ、しだいに下降してくる。やがて縄梯子のさきが甲板かんぱんにふれると、四馬剣尺はよたよたと、縄梯子から甲板におり立った。それを見て、バラバラとそばへ寄ってきたのは木戸と仙場甲二郎。波立二はヘリコプターの操縦をしているのである。
 四馬剣尺は甲板に仁王立におうだちになり、
「おまえたちは向うへいけ。それから五分たったら、机博士をおれの部屋へつれてこい。よいか、わかったか。わかったら早くいけ」
「しかし、首領かしら、首尾はどうだったのです。本物の黄金メダルの半ペラは、手に入ったのですか」
「そんなことはどうでもいい。早くいけといえばいかんか」
 首領はわれがねのような声で怒号どごうした。これは四馬剣尺の不機嫌ふきげんなときの特徴である。そんなときにうっかりさからうと、毒棒どくぼうの見舞いをうけるおそれがある。さわらぬ神に祟りなしとばかりに、木戸と仙場甲二郎は、こそこそと甲板から下へおりていったが、そのすがたが見えなくなってから、四馬剣尺はよたよたと歩きだした。
 不思議なことに、四馬剣尺、いついかなる場合でも、自分の歩くところを乾分こぶんのものに見られるのを、ひどく嫌うくせがあった。ただ一度、机博士にレントゲンにかけられたときいっしょに博士の部屋までいったが、そのときとても毒棒で、机博士をおどかして、決してうしろを向かせなかった。そして、部下にあうときは、いつもあの竜の彫物ほりもののある大きな椅子によっているのだ。
 それはさておき、五分たって木戸と波立二が、机博士をひったてて頭目の部屋へ入っていくと、四馬剣尺はいつものように、大きな椅子にふんぞりかえっていた。
「どうだ、机博士」四馬剣尺はわれがねのような声で、
「肩の傷はなおったか。貴様があんなところへメダルをかくしておくものだから、つい荒療治あらりょうじもせにゃならん。しかも貴様があんなに苦労して、手に入れたり、かくしたりしていた黄金メダルの半ペラが、贋物にせものだったというのだから、こんないいつらかわはない。は、は、は、人をのろわば穴二つとはこのことだな」
「ちがう、ちがう、そんなはずはない」
 木戸と波立二に、左右から手をとられた机博士は、金切声かなぎりごえをふりしぼった。
「あれが贋物だなんて、そんな、そんな……あれは時代のついた古代金貨こだいきんかだ」
「そうよ、時代のついた古代金貨だ。しかし、やっぱり贋物なんだ。まあ聞け、机博士、そのわけをいま話してやろう」
 四馬剣尺はゆらりと椅子から乗りだすと、
「貴様も知ってのとおり、あのメダルは、海賊王デルマが、うずめた財宝のありかをしるして二つにわり、ひとつをオクタン、ひとつをヘザールというふたりの部下にゆずったのだ。このヘザールの子孫しそんというのがこのおれ、即ち四馬剣尺様だ。それからオクタンの子孫というのが、あの戸倉八十丸とぐらやそまるじゃ。ヘザールの子孫もオクタンの子孫も、宝をさがして東洋の国々を遍歴へんれきしているうちに、代々東洋人と結婚したから、しだいに東洋人の血がくなっていったのじゃ。ところで、海賊王デルマにはもう一人、ツクーワという部下がおったが、こいつは肚黒はらぐろいやつで、デルマを裏切ったことがあるので、放逐ほうちくされて宝のわけまえにあずからなかった。それをうらんでツクーワは、ヘザールとオクタンの持っている半ペラを、しつこく狙っていたが、ただ一度だけ、オクタンの半ペラを手に入れたことがある。そのときツクーワはその半ペラの贋物をこさえておいたのだが、その後間もなく、オクタンにつかまり、殺されて、半ペラは本物も贋物も、ふたつともオクタンの手に入ったのじゃ。貴様が手に入れて、とらの子のように後生大事ごしょうだいじにしていたのは、即ち、その昔ツクーワのつくった贋物で、しかも、ツクーワとは誰あろう、机博士、貴様の先祖だぞ。どうだ、これでわかったろう。先祖がつくった贋物に、子孫のものがあざむかれる。世の中にこれほど滑稽こっけいなことがあろうか。わっはっはっ!」
 われ鐘のような声で笑いとばされ、机博士はいっぺんにペシャンコになった。四馬剣尺はしばらく、腹をかかえてわらっていたが、やがてやっと笑いやめると、
「いや、しかし、机博士、おれはやっぱり貴様に礼をいわねばならぬわい。おれは今夜、戸倉のやつがチャンウーという中国人に化けていることを知って、忍びこんで、本物を吐きださせようと拷問ごうもんしたが、強情ごうじょうなやつでとうとう吐きださなかった。それで、ものはためしに贋物で間にあわそうと思っているのだ。これがヘザールからつたわった扇型おうぎがたの半ペラ、これは本物だ。それからこっちが、机博士の肩の肉からでてきた、三日月型の半ペラ、こいつはいまいうとおり贋物だ」
 と、四馬剣尺がデスクのうえにならべてみせた。二つの黄金メダルの半ペラをみて、木戸と波立二が思わずあっと顔見合せた。
「頭目、そ、その扇型のやつはどうしたのです。それはいつか、猫女めに横奪よこどりされたはずじゃありませんか」
 木戸の言葉に、四馬剣尺ははっとした様子だったが、すぐさりげなくせせら笑って、
「なに、猫女から取りもどしたのよ。たかが知れた猫女、取り戻すのに雑作ぞうさはないわい。さて、この半ペラをふたつあわすと、われ目も文句もぴったりあう、だから、ここに彫ってあるこの文句は、贋物とはいえ、本物どおりに彫ったにちがいないと思うんだ。みろ、これが苦心くしんすえ、おれが翻訳した文章なのだ」
 四馬剣尺が、ふところより取りだした紙片かみきれをみて、机博士は禿鷹はげたかのようにどんらんな眼を光らせた。
 そこには、こんなことが書いてある。

 三日月型の分
わが秘密を
とする者はいさ
人して仲よく
り聖骨を守る
のあとに現われ
メダル右破片
左の穴に同時
ただちに
強く押すべし
正しく従うなら
らの前に開かれん

 扇型の分
うけつがん
かいをやめ両
ヘクザ館の塔にのぼ
二匹の鰐魚がくぎょを取除きそ
たるそれぞれの穴に金
を右の穴に左破片を
に押入れ、それより
ふたつのメダルを
なんじらわが命令に
ば金庫は自ら汝


   戦闘準備

 残虐な悪魔の頭目とうもく、四馬剣尺のために、両脚に大火傷おおやけどをした戸倉八十丸老人は、あれからすぐに、病院へかつぎこまれたが、さいわい、その後、経過は良好で、一週間もすると、ステッキ片手に、病院の庭を、散歩できるようになった。
 その戸倉老人を、毎日のように見舞いにくるのは、少年探偵団の同志五人。探偵長株の春木少年をはじめとして、牛丸平太郎に田畑、横光、小玉の三少年である。
 戸倉老人というひとは、海賊の宝を追うて生涯をはげしい冒険にささげてきただけに、いまだ家庭のあたたかみというものを知らず、ましてや、子供の可愛かわいさなど、いままで一度も考えたことのないひとだが、今度、こうして思わぬ負傷をし、病院で退屈たいくつをもてあましている折柄おりから、毎日のように少年たちの見舞いをうけると、いまさら子供の可愛さ、無邪気むじゃきさというものをひしひしと感じ、平和な生活へのあこがれを、日一日と強くするのであった。
「ああ、おれももう年だ。一日も早く危険な冒険の世界から足をあらって、毎日こうして、子供たちと楽しく暮していきたいものだ」
 戸倉老人の心には、そういう考えがしだいに深くなっていくのだが、少年たちはそれと反対に、戸倉老人の口から過ぎこしかたの冒険談をきくことを、このうえもなくよろこんだ。
 アフリカの猛獣狩もうじゅうがり、熱帯での鰐退治わにたいじ、サワラ砂漠の砂嵐すなあらし、さてはまた、嵐に遭遇して、無人島へ吹きよせられた難破船なんぱせんの話など、戸倉老人の口から綿々として語りつがれるとき、少年たちはどんなに血をかせ、肉をおどらせたことだろう。少年たちは、いつの日にか、自分たちも、そういう冒険談の主人公になってみたいと夢想するのだった。
 ああ、戸倉老人が平和を愛し、少年たちが、冒険にあこがれる、そこにこそ、人生の本当のすがたがあり、世界の進歩も、それなくしては得られないのだ。
 それはさておき、今日も今日とて、見舞いにきてくれた五少年をあつめて、戸倉老人が楽しそうに昔の思い出を語っているところへ、やってきたのが秋吉警部。
「やあ、相変らず、みんなきてるな」
「ああ、警部さん、今日は」
「警部さん、今日は」
 少年探偵団の同志五人が、帽子をとって、警部ににこにこ挨拶あいさつをするのを、戸倉老人は眼を細めて眺めながら、
「警部さん、聞いて下さい。この子たちが毎日きてくれるので、わしはどんなに楽しみだか知れません。ちかごろではもう、すっかり子供にかえった気持ちで、いつまでも、こうして、平和に暮したいと思うくらいです」
「ははははは、あなたも変りましたな。しかし戸倉さん、あなたが、そういうふうに平和を愛されるようになったのは結構だが、そのまえに、ぜひとも解決しておかねばならぬ問題がありましょう」
「むろんです。あの四馬剣尺のことでしょう。わしはもちろん、最後まであいつと闘う決心じゃが、警部さん、その後、あいつらの動勢どうせいについて、何か情報が入りましたか」
「はあ、若干の情報は入っています。しかし、戸倉さん、それよりまえにお聞きしたいのだが、あなたと四馬剣尺とは、いったい、どういう関係なのですか」
 それをきくと戸倉老人は、しばらく眼をつむって考えていたが、やがてかっとそれを開くと、
「いや、お話しましょう。もう、こうなっては、何もかも洗いざらい打明けて、あなたがたの御援助ごえんじょをこうよりほかにみちはない。まあ、聞いて下さい。こういうわけです」
 と、そこで戸倉老人が打明けたのは、いつか山姫山やまひめやまの山小屋で、春木、牛丸の二少年に語ってきかせた話だが、戸倉老人はさらに言葉をついで、
「つまり、海賊王デルマから、黄金メダルの半ペラをゆずられた、オクタン、ヘザールの二人の子孫しそんというのが、この戸倉と、四馬剣尺のふたりだが、この四馬剣尺というのは、まことに疑問の人物で、わしの聞いているところでは、ヘザールの子孫というのは、幼いときに病気にかかって、それきり身体が発育せず、いままでは小男になっているということを耳にした。それでも、年頃になると結婚して、娘がひとりできたということだが、まさか、その娘が、あの横綱のような大女であるはずがない。だから、わしにはどうも、あの四馬剣尺という覆面ふくめんの頭目が何者だか、さっぱり見当がつかんのじゃ」
 戸倉老人の話をきいて、春木少年はキラリと眼をひからせたが、かれが口をひらくまえに、秋吉警部がからだを乗りだして、
「なるほど、なるほど、それでだいたい事情はわかりましたが、いつか殺されたチャンフーというのは……」
「ああ、あれですか」老人はちょっと暗い顔をして、
「あれは、まったく可哀そうなことをしました。なにあれは、わしの双生児ふたごでもなんでもない。海外を放浪中ほうろうちゅう、わしに生きうつしなところから、何かの役に立つだろうと思って、ひろってきた男じゃ。四馬剣尺の眼をくらますために、わしはチャンフーと名乗って、あの万国骨董堂をひらいたが、わしはしじゅう、出歩かねばならぬからだじゃ。そこで、近所のものに怪しまれてはならぬと思って、わしの留守中は、いつもあの男に影武者かげむしゃをつとめさせていたのじゃ。それがあのようなことになって……」
 戸倉老人は眼をしばたたいたが、なるほど、これで、はじめてわかった。いつか山姫山の山小屋で、戸倉老人が断乎だんことして、チャンフーが殺されたなんて、そんなことはありえないのじゃ、といい放った言葉の意味が、これではじめて、納得できるのである。
 まことのチャンフーとは、戸倉老人自身であったのだ。
「なるほど、それでだいたいの事情はわかりました。それでは、私のほうに入った情報をお話しましょう」
 秋吉警部は手帳をひらいて、
「御老人からいつか、淡路島あわじしま一帯を捜索そうさくしてみてくれというお話があったので、あちらの警察とも連絡をとって、しらみつぶしに島内から、その沿岸えんがんをしらべたのですが、すると果然かぜん、耳よりな情報が入ったのです。まず、そのひとつは、淡路島の周囲しゅうい[#ルビの「しゅうい」は底本では「しゅい」]を、おりおり、怪しげな汽船が周遊しゅうゆうしているということ、それについで、ときどき、深夜しんや淡路島の上空に、竹トンボのような音がきこえるということ、さらに、その竹トンボの音が常に旋回する中心をさぐってみると、そこはヘクザかんという、古い西洋建築があることがわかったのです」
「それだ!」突然、戸倉老人が手を叩いて叫んだ。
「それです、それです、警部さん、問題はそのヘクザ館にあるにちがいありません。海賊王デルマが、淡路島に根拠地をおいていたということは、古い文献ぶんけんにも残っています。その当時、デルマは善良ぜんりょう宣教師せんきょうしをよそおい、島の中央に、カトリックの教会を建てたといわれています。ヘクザ館というのが、きっと、それにちがいありません。そこに、海賊王デルマの宝がかくされているのです」
 戸倉老人の声は、しだいに昂奮こうふんにうわずってくる。その昂奮が伝染したのか、少年探偵団の同志たちも手にあせにぎって、戸倉老人と秋吉警部の顔を見くらべている。
 秋吉警部もにっこり笑って、
「そうです。われわれもだいたい、そういう見込で、ヘクザ館には厳重げんじゅう監視かんしをおいています。ところで戸倉さん、あなたの戦闘準備はどうですか。脚のぐあいがよかったら、いっしょにでかけたら、どうかと思うのですがね」
「むろん、いきます。なに、これしきの火傷ぐらい」
「警部さん!」そのとき、横から緊張した声をかけたのは、少年探偵団の探偵長、春木少年だった。
「ぼくたちもつれていって下さい。ぼくたちも四馬剣尺の正体を知りたいのです」
 それを聞くと秋吉警部も微笑びしょうして、
「むろんつれていくとも、君たちこそは今度の事件でも、最大の功労者なんだからね」
 ああ、こうして、戦闘準備はなった。兇悪きょうあく四馬剣尺を向うにまわして、少年探偵団の働きやいかに。淡路島の上空に、いまや、ただならぬ風雲がまきおこされようとしている。

   ヘクザかん

 淡路島あわじしまの中央部、人里ひとざとはなれた山岳地帯のおくに、ヘクザ館という建物がある。
 その昔、国内麻の葉のごとくみだれた戦国の世に、スペインよりわたってきた、一宣教師によって建てられたという伝説以外、誰もこの、ヘクザ館の由来ゆらいを知っているものはない。
 爾来じらい幾星霜いくせいそう風雨ふううにうたれたヘクザ館は、古色蒼然こしょくそうぜんとして、荒れ果ててはいるが、さいわいにして火にも焼かれず、水にもおかされず、いまもって淡路島の中央山岳地帯に、屹然きつぜんとしてそびえている。
 いつのころか、ここはカトリックの修道院しゅうどういんになって、道徳堅固けんごな外国の僧侶そうりょたちが、女人禁制きんせいの、清い、きびしい生活を送り、朝夕、聖母せいぼマリヤに対する礼拝れいはいを怠らない。
 それは秋もようやくたけた十一月のおわりのこと、二人の教師に引率いんそつされた中学生五名が、このヘクザ館を見学にきた。
 教師のうちの年老いたほうが、院長に面会して、館内を参観させてもらえないかと申込むと、スペイン人けいの老院長はすぐこころよく承諾して、若い修道僧を呼んでくれた。
「ロザリオ、このひとたちが、ヘクザ館の内部を参観さんかんしたいとおっしゃる。おまえ御苦労ごくろうでも、案内してあげなさい」
「は、承知しょうちしました」
 長年日本に住みなれているだけあって、ヘクザ館に住む僧侶たちは、みんな日本語が上手であった。
「では、皆さん、私についておいで下さい」
「いや、どうも有難うございます」
 むろん、この中学生の一行というのは、戸倉老人に秋吉警部、それから少年探偵団の同志五人である。みんなてんでに、スケッチブックやカメラなどをたずさえているが、かれらの真の目的が、写生や撮影にあるのではなく、館内の様子ようす偵察ていさつにあることはいうまでもない。
 古びて、ぼろぼろにてた館内をひととおり見終ると、やがて若い僧侶ロザリオは、一行をヘクザの塔に案内した。この塔こそはヘクザ館の名物で、山岳地帯にそびえる古塔は、森林のなかに屹立きつりつして、十里四方から望見ぼうけんされるという。
「おお、なるほど、これはよい見晴みはらしですな」
 塔のてっぺんにのぼったとき、老教授にふんした戸倉老人は、眼下を見下ろし、思わず感嘆かんたんつぶやきをもらした。
 いかにもそれは、世にも見事な眺めであった。東を見れば、大阪湾をへだてて紀伊きい半島が、西を見れば海峡かいきょうをへだてて四国の山々、更に瀬戸内海せとないかいにうかぶ島々が、手にとるように見渡せるのである。
「はい、ここはヘクザ館の内部でも、一番聖なる場所としてあります。されば、初代院長様の聖骨せいこつも、この塔のなかにおさめてあるのでございます。あれ、ごらんなさいませ。あのだんのうえにおさめてあるのが、その聖骨のつぼでございます」
 と、見れば円型えんけいをなした室内の正面には、大きな十字架をかけたきゅうがあり、その翕のまえには、聖壇せいだんがつくってあり、その聖壇のうえに黄金の壺がおいてある。そして、その黄金の壺の左右には、これまた黄金でつくった二匹の鰐魚がくぎょが、あたかも聖骨を守るがごとく、うずくまっているのである。
 戸倉老人はそれをみると、ふと、黄金メダルの半ペラに書かれた文字を思いだした。
 わが秘密を……とする者はいさ……人して仲よく……り聖骨を守る……のあとに現われ……(以下略)
 もう一方の半ペラがないから、完全な意味はわからないが、聖骨を守る……という言葉があるからには、黄金メダルに書かれた文句は、この塔内の、この一室をしているのではあるまいか。
 そうなのだ!
 それにちがいないのだ。しかし、そうはわかっても、黄金メダルの他の半ペラのない悲しさは、それ以上のなぞは解きようもない。それはさておき、館内の見物に手間どっているうちに、すっかり日が暮れて、雨さえポツポツ降ってきた。まえにもいったとおり、ヘクザ館は人里ひとざとはなれた山岳地帯にあるのだから、こうなっては、辞去じきょすることもできないのである。一行は途方とほうにくれた面持おももちをしていると、親切な老院長が、一晩泊っておいでなさいとすすめてくれた。そして、粗末そまつながらも、夜食をふるまってくれたのである。
 実をいうと、これこそ、一行の思う壺であった。わざと参観に手間どったのも、ここで一夜を明したいばかりであった。
 さて、一行七人、館内の二階にある、ひろい寝室へ案内されると、すぐにひたいをあつめて協議をはじめた。
「問題はあの塔にあると思うのじゃがな。みんなも見たろうが、初代院長の聖骨をおさめてある壇、あの周囲がくさいと思うがどうじゃ」
小父おじさん、そうすると、四馬剣尺もあの塔を狙っているというのですか」
「ふむ、たしかにそうだと思う。それでどうじゃろう。今夜四馬剣尺がやってくるかどうかは疑問だが、ひとつ、あの塔を、われわれの手で調べてみようじゃないか」
 それに対して、誰も反対をとなえるものはなかった。
 そこで修道僧たちが寝しずまるのを待って、一行七人、こっそり寝室を抜けだすと、やってきたのは古塔の一室。
 時刻はすでに十二時を過ぎて、よいから降り出した雨は、ようやく本降りとなり、昼間はあれほど眺望ちょうぼうの美をほこった塔のてっぺんも、いまや黒暗々こくあんあんたるやみにつつまれている。
 一行はその闇のなかを、懐中電気の光をたよりに、あの聖壇のまえまできたが、そのときである。少年探偵団のひとりの横光君があっと小さい叫びをあげた。
「ど、どうしたの、横光君……」
「あの音……ほら、ブーンブーンという竹トンボのような音……」
 それを聞くと一同は、ギョッとしたように闇のなかで息をのんだが、ああ、なるほど、聞える、聞える、降りしきる雨の音にまじって、ブーンブーンとヘリコプターのうなり声。しかも、その音が、またたくまにヘクザ館の上空へちかづいてきたかと思うと、やがて、さっと上から探照灯たんしょうとうの光が降ってきた。
「あっ、しまった。ヘクザ館のありかを探しているのだ」
 戸倉老人が叫んだとき、ダダダダダと物凄ものすごい音を立てて、機関銃がうなりだした。ヘリコプターのうえからヘクザ館の周囲にむかって、機関銃の雨を降らせているのである。
「危い。みんな、物陰ものかげにかくれろ」
 一行七人、蜘蛛くもを散らすがごとく、四方の壁にちると、カーテンのうしろに身をかくした。
 ダダダダダダダダダダ!
 機関銃のうなりはひとしきりつづいて、ヘクザ館の周囲の森に、弾丸が雨霰あめあられと降ってくる。

   大団円だいだんえん

 やがて、機銃のうなりがピッタリやむと、ヘリコプターはヘクザ館の上空に停止したらしく、ブーンブーンといううなり声が、同じ方向から落ちてくる。
 ああ、わかった。わかった、四馬剣尺しばけんじゃくは今夜、空からヘクザ館を襲撃しようとするのだ。そして、そのために、誰もヘクザ館の塔へ近寄らせぬよう、空から威嚇射撃いかくしゃげきをやったのだ。修道僧たちは、おそらく、あおくなって、自分の部屋でちぢこまっていることだろう。ああ、なんという、傍若無人ぼうじゃくぶじん悪虐振あくぎゃくぶり!
 少年探偵団の同志五人、それに戸倉老人と秋吉警部が、いきをこらしてカーテンのかげにかくれていると、知るや知らずや、やがて忽然こつぜんとして、塔のなかへ入ってきたのは、木戸に仙場甲二郎それにつづいて机博士、最後が覆面の四馬剣尺。ヘリコプターが照らす探照灯たんしょうとうの光のために塔のなかは、昼よりもまだ明るいのである。一同はいま、ヘリコプターから縄梯子なわばしごづたいにおりてきたのであろう。脚が少しフラついていた。
「やい、机博士」四馬剣尺はヨチヨチとした足どりで、聖壇のまえまで近寄ると、われがねのような声で怒鳴どなった。
「さあ、いよいよ宝の山へやってきたぞ。いまわしが手を下せば、宝はたちどころにわしの手に入るのだ。どうだ。うらやましいか。貴様もおとなしくしていれば、少しはわけまえにあずかれるのに、わしを裏切うらぎったばかりに、宝の山へ入っても、手をむなしゅうしてかえるよりほかはないのじゃ。わっはっは、わっはっは!」
 四馬剣尺が腹をかかえて笑っているとき、ギリギリと奥歯をかみ鳴らした机博士、物凄ものすご形相ぎょうそうをしたかと思うと、いきなり四馬剣尺の体を背後はいごからつきとばした。
 と、これはどうだ。
 あのいわおのような体をした覆面ふくめんの頭目の体がふがいなくもフラフラよろめいたかと思うと、やがて、腰のへんからふたつに折れて、ドシンと床にひっくりかえった。
「おのれ!」四馬剣尺は覆面のなかで叫んだが、どういうものか、モガモガ床で、もがくばかりで、なかなか起きあがることができないのだ。木戸と仙場甲二郎が呆気あっけにとられてみていると、やがて、四馬剣尺のダブダブの服のなかから、ピョコンととびだしてきたものは、ああなんと、小男と立花カツミ先生ではないか。
 カーテンの陰にかくれていた七人もおどろいたが、それにも増してびっくりしたのは木戸と仙場甲二郎。まるでかえるでも踏んづけたように、ギャッと叫んでとびあがった。
 このなかにあって、唯ひとり、腹をかかえて笑いころげているのは、悪魔あくまのような机博士だ。
「わっはっは、わっはっは、東西東西、覆面の頭目、四馬剣尺の正体とは、男のような女に肩車かたぐるましてもらった小男とござアい。わっはっ、わはっはっは! やい、その女、貴様は小男の娘だろう。そして、猫女とは貴様のことだな。貴様は親爺おやじと同じ服のなかに入って、われわれをさんざんおもちゃにしやがった。やい、木戸、仙場甲二郎、相手はこんな小男と、たかが女とわかっちゃ何も恐れることはないんだ。こんなやつのいうことを聞くより、この机先生の乾分こぶんになれ。そいつらふたりをやっつけてしまえ」
 だが、このとき、机博士は、四馬剣尺の恐ろしい武器のことを忘れていたのだ。
 机博士は、最後の言葉もおわらぬうちに、
「あっちちちち」と、叫んで右の眼をおさえた。見ると、太い針がぐさりと右の眼につきささっている。
「あっちちちち」
 机博士はふたたび叫んで、今度は左の眼をおさえた。同じような太い銀の針が左の眼にもつっ立っている。
「あっちちちち、あっちちち、わっ、た、助けて……」
 小男のかまえた毒棒どくぼうからは、まるで一本の糸のようにつぎからつぎへと毒針どくばりがとびだしてくる。机博士はみるみるうちに、全身ぜんしん針鼠はりねずみのようになって、床のうえに倒れ、しばらく七転八倒しちてんばっとうしていたが、やがて、ピッタリ動かなくなった。
 これが悪魔のような机博士の最期さいごだったのだ。
 小男はヒヒヒヒと咽喉のどの奥でわらうと、
「どうだ、木戸、仙場甲二郎、おれの腕前はわかったか。おれを裏切ろうとするものはすべてこのとおりだ。どうだわかったか」
「シュ、シュ、首領……」
 木戸と仙場甲二郎は、あまりの恐ろしさにガタガタふるえながら、
「あっしは何も首領を裏切ろうなどと……」
「そうか、おれが小男とわかってもか。ふふふ、なるほど、おれは小男だが、ここにいる娘は恐ろしいやつよ。こいつはな、暗闇くらやみでも眼が見えるのだ、そして、男より力が強く、人を殺すことなど、とも思っていないのだ」
「お父さん、何をぐずぐずいってるのよ。それより早く、鰐魚がくぎょをのけて、二つの穴に黄金メダルを入れなさいよ」
 ああ、恐るべき立花カツミ。彼女は机博士が針鼠のようになって死ぬのを見ても、平然としてまゆひとつ動かさなかったのだ。
「よし、よし、おい、木戸、仙場甲二郎、そのだんのうえにある鰐魚を二つとものけてみろ。ああ、のけたか、のけたらそこに、穴が二つあるはずだが、どうだ」
「はい、首領かしら、ございます、ございます」
「ふむ、あるか、それではな、このメダルをひとつずつ入れてみろ。右の穴には右の半ペラ、左の穴には左の半ペラ……入れたか、よし、それじゃアな。おれが号令ごうれいをかけるから、それといっしょにぐっと押してみるんだぞ、一イ……二イ……三!」
 そのとたん、轟然ごうぜんたる音響おんきょうが、ヘクザ館の塔をつらぬいて、暗い夜空につっ走った。カーテンのかげにかくれていた一行七人は、一瞬いっしゅん、足下が水にうかぶ木の葉のようにゆれるのをかんじたが、つぎの瞬間、こわごわカーテンのかげから顔をだしてみると、こはそもいかに、木戸も仙場甲二郎も、小男も猫女も立花カツミ先生も、さてまた、針鼠のようになって死んだ机博士も、みんなみんな影も形もなくなっているではないか。春木少年はちょっとの間、きつねにつままれたような顔をしていたが、やがてこわごわカーテンから外へでると、
「ああ、みんなきて下さい。あれあれ、あんなところに……」
 その声に、一同がバラバラとカーテンの影からとびだしてみると、聖壇せいだんのまえ方六メートルばかり、ぽっかりと床に大きな穴があいていて、そのなかをのぞいてみると、数十メートルのはるか下に、黒ずんだ水がはげしくうずをまいていた。そして、その渦にまきこまれ、小男も、立花カツミ先生も、机博士も、木戸、仙場甲二郎も、みるみるうちに水底ふかく沈んでいったのである。
「おとし穴ですね」
「ふむ、おとし穴だ」秋吉警部は顔の汗をぬぐいながら、
「しかし、どうしてあんなことになったのでしょう。黄金メダルに書いてあることは、それでは、ひとをおとし入れるための、うそだったのでしょうか」
 戸倉老人はそれには答えず、聖壇の左の穴にはめこまれた黄金メダルの半ペラを取りだして、裏面りめんられた文字を読んでいたが、やがてにっこり笑うと、
「わかりました、かれらはこの贋物にせものの半ペラにかかれた文句にだまされたのです。わしの持っている本物にはね、二つの半ペラを穴のなかに入れると、それより(壁際かべがわに身をけ)ふたつのメダルを、(長き竿さおにて押すべし)と、なっているのです。ところがこの贋物では、それよりただちにふたつのメダルを(強く押すべし)となっています。そのために、海賊王かいぞくおうデルマが万一の場合の用意につくっておいた、わなのなかにおちたのです」
 ああ、それというのも自業自得じごうじとくだったろう。
 それはさておき、一同がおとし穴に気をとられているとき、キョロキョロとあたりを見廻みまわしていた牛丸平太郎が、突然とつぜん
「あっ」と、頓狂とんきょうな声をあげた。
「あれを見い、みんな、あれを見い、えらい宝や、宝の山が吹きこぼれてるがな」
 その声に、はじかれたようにふりかえった一同の眼にうつったのは、十字架のかかったきゅうが真二つにわれて、そこからザクザクと聖壇のうえに吹きこぼれてくる、古代金貨に宝玉ほうぎょくの類……ヘクザ館の塔なる聖壇のうえには、みるみるうちに七色の宝の山がきずかれていったのである。……

 四馬剣尺を頭目とする、悪人一味はすべて滅んだ。唯一人、ヘリコプターに乗った波立二のみは、その後、ようとして消息がわからなかったが、首領を失ったかれに何ができよう。その後、紀伊きい半島の沖合おきあいに、ヘリコプターの破片らしいものがうかんでいるのを見たものがあるというが、あるいはそれが、波立二の最後を物語っているのではあるまいか。
 ヘクザ館から発見された宝石や古代金貨のうわさは、たちまち全世界に喧伝けんでんされた。それはいまの金に換算かんさんすると、れいという字を、いくつつけてよいかわからぬほど、莫大ばくだいなものになろうという。
 それらの財宝は、すべて、日本の教育復興のために使用されることになり、戸倉老人や少年探偵団、さてはまた、秋吉警部たちは、それから一銭の利益りえきることはなかった。
 それにもかかわらず、いや、それだからこそ、戸倉老人も、少年探偵団の同志たちも幸福だった。
 戸倉老人はその後、海岸通かいがんどおりの店を売りはらって、思いでの淡路島あわじしまを眼のまえに見る、明石あかしの丘に一軒の家を建てた。そして、いまでは草花を作りながら、静かに余生を送っている。その戸倉老人の何よりの楽しみは、土曜から日曜へかけて、泊りがけで遊びにくる、少年探偵団の同志たちに、御馳走ごちそうをすることであるという。





底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
   1992(平成4)年2月29日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2002年1月12日公開
2006年7月29日修正
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