燃えあがる山塞
戸倉老人は妙なことをいいだした。
「チャンフーが殺されるなんて絶対にそんなことはあり得ないのじゃ。お前さんたちはだまされているのだ」
戸倉老人はそういって笑うのだ。
その笑いは、いかにも確信があるもののようであった。
しかし、戸倉老人はどうしてそのようなことがいえるのだろう。老人はいままで六天山塞の地下の密室におしこめられていたのではないか。ちかごろ町に起ったでき事について意見をのべる資格はないはずだ。
それにもかかわらず、牛丸や春木の言葉をてんできこうともせず、あくまで、チャンフーの生きていることをいいはるには、何かたしかな根拠のあることなのだろうか。老人にありがちな、いったんこうと思いこんだら絶対に、ひとの言葉をきこうとしない、かたくなさからであろうか。
それはさておき、山姫山の頂上にある陸地測量隊の山小屋に一夜をあかすことになった、戸倉老人と春木、牛丸の二少年は、それから間もなく背すりあわせて寝ることになった。
秋ももうだいぶ更けている。夜の山小屋は寒かった。毛布もなにもない山小屋で、三人は背すりあわせて、なかなか瞼があわなかった。山小屋のなかには、炉がきってあり、たきものの用意もしてあったが、うっかりそんなものを燃すことはできないのだ。
燃せば、火がでる。煙もたとう、ヘリコプターの眼がこわいのである。怪しいとみれば、あいてのみさかいもなく、機関銃の雨をふらせる連中なのだ。
「仕方がない、このまま寝よう。なにすぐ夜があけるさ」
寒さも、飢えも、疲労にはうちかてなかった。それから間もなく三人は、うとうとしはじめたかと思うと、やがて、前後もしらず、ぐっすりと眠りこんだ。
それから、どのくらいたったのか。
ふたつにわれた黄金メダルや、スペインの海賊王や、さてはまた、かくされた大宝物について、ふしぎな夢をみていた春木少年は、ふいにはッと眼をさました。夢のなかでなにやら、異様な物音をきいたからである。
いや、それは夢ではなかったのだ。げんにその物音はまだつづいている。パチパチと何かはぜるような音――春木少年はギョッとして、上半身をおこしたが、そのとたん、ドカーンとものすごい音が、夜の空気をふるわしたかと思うと、山小屋がグラグラと大きくゆれた。
「なんだ、あれは……」
戸倉老人も、その物音に、ハッと床のうえに起きなおった。
いちばんノンキな牛丸平太郎までが眼をさまして、
「なんや、なんや、いまの音……」
寝呆けまなこをこすりながら、顔中を口にして、ううんと大欠伸をした拍子に、またもやドカーン。
「わーっ」牛丸少年はうしろへひっくりかえった。
「おじさん、六天山の方角ですよ」
「よし、外へでてみよう」
戸倉老人はさきに立ってでかけたが、何思ったのか、
「いや、ちょっと待て」
と、春木少年の肩をとってひきもどした。
「おじさん、ど、どうしたんですか」
「あれ……あの音をお聞き」
戸倉老人の顔は、するどい刃物のようにひきしまっている。
その声に、春木と牛丸の二少年も、ギョッとして耳をすましたが、と、どこからか聞えてくるのは、ブーというかすかな唸り声。ヘリコプターなのだ。東のほうから、しだいにこちらへ近づいてくる。
牛丸平太郎はガタガタと胴ぶるいをした。
「おじさん、まだ、ぼくらを探しているのでしょうか」
「さあ?」戸倉老人が、首をかしげたときである。またもや、ドカーンと物凄い音がして、山小屋がグラグラとゆれたかと思うと、東の窓がパッと明るくなった。
「あっ、わかった。山塞に何かあったんだよ、それで、一味のものが、ヘリコプターで逃げだしているのだ」
パチパチと物のはぜるような音は、ますますはげしくなってくる。ドカーン、ドカーンと、爆発するような音が、ひっきりなしにつづいて、東の窓はいよいよ明るくなってきた。
ブーン、ブーン――竹トンボをまわすような唸りは、しだいにこちらへちかづいて、やがて、山小屋の上空までやってきた。と、思うと、
ダダダダダダ! すさまじい音を立てて、機関銃がうなりだした。山小屋の周囲の岩石に、機関銃の弾丸が、あられのように跳ねっかえる。
「あ、危い!」三人はパッと床に身をふせる。
「お、おじさん、見つかったのでしょうか」
春木少年の声もさすがにふるえていた。
しかし、あいては、たしかにここという確信があったわけでもないらしく、ひとしきり機関銃の雨をふらせると、そのままゆうゆうとして、西のほうへとび去った。
「ひどいやつだ。いきがけの駄賃とばかりに、機関銃をぶっぱなしていきおった」
「いくらか臭いとにらんだんですね」
「そやそや、ひょっとすると、このなかかも知れんと思うてうちよったんや」
三人とも汗びっしょりである。いまさらのように、兇悪無残なやりかたに、腹の底まで凍るような気持ちである。さいわい、三人とも怪我がなかったからよかったようなものの、もうしばらく、機銃掃射をつづけられたら、どんなことになっていたのかわからないのだ。それを考えると、三人はゾッとして顔を見合せた。さて、それから間もなく、ヘリコプターの爆音が、西の空に消え去るのを待って、三人が山小屋から外へとびだしてみると、東のかた、六天山の上空には、炎々たる焔がもえあがっていた。
パチパチと木のもえさける音、ドカーン、ドカーンとひっきりなしに聞える炸裂音、そのたびに、蒼白い閃光が、パッと焔と煙をつらぬいて、阿鼻叫喚の地獄絵巻とはまったくこのことだった。
戸倉老人と春木、牛丸の二少年は、呆然として顔を見合せたが、それにしても、どうしてこんなことになったのであろうか。
それをお話するためには、話を少し、もとへ戻さねばならぬ。
首領の両脚
裏切者の机博士が、猫女のはる綱にひっかかって、あわれ断崖のうえから、いのちの宙吊りをやらされたことは、諸君も知っていられるとおりである。
町へ使いにいった、仙場甲二郎という男が、この宙吊りを発見するのが、もう少し遅れたら、さすがの悪党博士もどうなっていたかわからない。おそらく、綱は棒からはなれて、博士はまっさかさまに谷底へついらくし、柘榴のようにはじけていたかも知れないのだ。
しかし、さいわい、仙場甲二郎の注進によって、山塞のなかは大騒ぎになった。誰も博士が首領にたいして、あのような裏切行為をはたらいたことは知らないからよってたかって、やっと博士を、崖のうえへひっぱりあげた。
このときばかりはさすがの机博士も、よっぽど肝をひやしたと見えて、青菜に塩のようにげんなりしていたが、それでも、いうことだけはいい。
「いや、地獄の一丁目までいってきたよ。は、は、は、とんだお茶番さ」
「先生、じょ、冗談じゃありませんぜ。いったい、誰があんなことをしたんです」
「猫女だよ」
「猫女あ……?」波立二がとんきょうな声をあげた。
「猫女といやあ、いつか首領の手から、黄金メダルの半ペラをうばっていった……」
「そうそう、あいつだ。あいつが暗闇のなかからとびだして、わしをあんな眼にあわせおったのだ。あいつはほんとに闇のなかでも眼が見えるらしい」
さすがの荒くれ男も、気味悪そうに顔を見合せた。
「それじゃ、先生、あいつがまた、この山塞へしのびこんだというのですかい」
「そのとおり、あいつはまるで空気のように、どこからでもこの山塞へしのびこむのだ。ひょっとすると、まだそこらの闇にしのんでいて、だしぬけにズドンと一発……」
「いやですぜ、先生、気味の悪い。いかにあいつがすばしっこいたって、忍術使いじゃあるまいし……」
「いや、そうではない。あいつは暗闇のなかで、眼が見えるくらいだから、忍術も使うかも知れん。だって、考えてみろ。いつかの晩だって、電気が消えたと思ったら、そのとたんあいつの声が四馬頭目のうしろで聞えたじゃないか。それまで皎々と電気がついていたんだ。いったい、どこからいつの間に首領の椅子のうしろまで、忍びこんできたんだ。それ、即ち忍術をつかう証拠だ」
「いやですぜ、先生、変なことはいいっこなしに願いましょう」
「いや、変なことではない。いずれにしてもあんな妙なやつが、ひょこひょこ出入りをするようじゃ、この六天山塞もさきが知れているな」
仔細らしく首をひねる机博士の顔色に、さすがの荒くれ男たちも顔見合せた。相手の性がわかっておれば、たとえ鬼でも蛇でも、おそれをなすような連中ではないが、闇のなかから声ばかり、姿も形もわからないとあっては、浮足立つのも無理ではなかった。
ひょっとするとそこらの闇にひそんでいて、猫のように眼をひからせているのではないかと思うと、襟元から、冷たい水をブッかけられるような気持ちだった。
口では元気なことをいってるものの、さすがに、あのような、いのちの宙吊りをやらされた机博士、その日は一日ゲッソリ参って、自分の部屋で休んでいたが、さて、その晩のことである。仙場や波立二たちと話をしていると、そこへ木戸という男がいそぎ足でとびだしてきた。
「おい、おまえたちは何をぐずぐずしているのだ。首領がお待ちかねだ。早く机博士をつれてこんか」
木戸は一同を叱りつけておいて、机博士にちかづいた。
「先生、あんた首領になにをしたんです。首領はカンカンにおこってますぜ」
首領――と、きくと、机博士の顔色はさっと鉛色になった。
「いやあ……別に……ちょ、ちょっと悪戯をしてみただけさ」
「なんだか知りませんが、首領をおこらせることが、どんなことだか、おまえさんもよく御存じのはずだ。いずれ、ただではすみませんぜ。さあ、おいでなさい。おい、みんな、机博士をにがすな」木戸の言葉に一同は、バラバラと机博士をとりかこんだ。こうなったら、袋のなかの鼠も同然、机博士は急にガタガタふるえだした。首領のおそろしさは、知りすぎるほど知っている机博士なのだ。
「さあ、先生、それじゃお気の毒でも、いっしょにきてもらいましょうか」屠所にひかれる羊とは、このときの机博士のようなのをいうのであろう。よろよろと、足下もさだまらぬ机博士を、荒くれ男が左右から、ひったてるようにして、やってきたのは首領の待っている特別室。
首領の四馬剣尺は、あいかわらず竜の彫物のある、大きな椅子に坐っていた。身のたけ六尺にちかく、ビール樽のように肥ったからだは横綱もはだしで逃げだしそうな体格だ。顔は例によって、三重のヴェールによってつつまれているが、そのヴェールがブルブルとふるえているところを見ても、いかに首領がおこっているかわかるだろう。
土色になって、コンニャクのようにブルブルふるえている机博士は、首領のまえの椅子にひきすえられた。
「机博士」首領四馬剣尺の声は、つめたく、落着きはらっていた。これは首領のいかりが、いかに大きいかという証拠なのだ。四馬剣尺はいかりが大きければ大きいほど、つめたく落着きはらうのである。
「おまえは昨夜、このわたしにどのような無礼をはたらいたか、よくおぼえていような」
「首領、お許しを……」
「黙れ!」
首領は大喝した。からだがいかりでブルブルふるえた。
「獅子身中の虫とは、机博士、おまえのことだ、おまえは盗人のようにわたしの部屋へしのびこんだ。しかし、それは許してやろう。いかにおまえがコソコソと、机や戸棚をひっかきまわしたところで、秘密をうばわれるようなわしではない。だが……」
と、首領はギリギリと歯ぎしりをして、
「どうしても、許しがたいのは、それからあとのお前の所業だ。おまえはエックス線で、わたしの正体を知ろうとした。この神聖なわたしの正体を!」
首領はわれがねのような声を張りあげて、両手をふりあげ長い袖のなかで、拳をブルブルふるわせた。土色になった机博士の顔には、ビッショリと汗がうかんでいる。
「さあ、いえ、おまえは何を見たのだ。エックス線で透視して、おまえはいったい、どのようなものを見たのだ」
「首領、ごめんを……そればかりはごめんください」
「ならぬ、いえ! みんなのまえでいってみろ。おれの正体がどのようなものであったかいってみろ!」
首領の声が、広い部屋にとどろきわたって、山彦のように反響した。
「首領……それでは、いってもかまいませんか、みんなのまえで……」
机博士の瞳に、チラと、狐のように狡猾なあざ笑いがうかんだ。
「構わぬ。いえといえば、早くいえ!」
「それじゃいいましょう。首領、あなたは小男なのだ。あなたの、その大きなダブダブの中国服は、その小男をゴマ化すための煙幕なのだ。あなたは足に、一メートル位の棒をつけて、大男に見せかけているが、じっさいは、小男なのだ!」
一瞬、部屋のなかは、シーンとしずまりかえった。あまり意外な机博士の言葉に、木戸も、波立二も、仙場の甲二郎も、呆気にとられてポカンとしていた。
(この、横綱のような大男の首領が小男……?)机博士は気が変になったのではなかろうか。突然、爆発するような笑い声がおこった。首領の四馬剣尺だ。首領は腹をゆすって笑った。笑って、笑って、笑いころげた。
「机博士、それがおまえが見たところか。このおれが小男……? おい、机博士、おまえの眼はたしかか、いやさ、おまえのエックス線に狂いはないのか」
「断じてわたしは見たのだ。わたしのエックス線には狂いはないのだ。おまえは、棒でつぎ足した……」
そのとたん、四馬剣尺は脚をあげて、いやというほど、博士の向う脛を蹴りあげた。机博士はあまりの痛さに、あっと叫んでとびあがったが、すぐに、木戸と波立二におさえつけられた。
「机博士、この脚が棒だというのか。わたしの脚が棒だというのか。さわってみろ。たった一度だけ許してやる。さわってみろ!」机博士は首領のまえにひざまずいて、おそるおそる、首領の両脚にさわってみた。そのとたん、つめたい汗が、つるりと博士の額からすべり落ちた。
ああ、これはなんとしたことだ。首領の両脚は、たしかに温い血のかよった、人間の脚にちがいなかった。
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