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女大臣アサリ女史からの急ぎの電話で、男学員ペンと女学員バラは急遽その部屋を立ちいでなければならなかった。それは女大臣がミルキ閣下とともに、五分後にアリシア区を訪問するという知らせを受けとったからだった。
二人は急行コンベーヤー移動路を巧みに乗りかえて、やっと定刻までにアリシア区に帰ってきた。「博士コハクの姿が見えないが、どうされたんだろうネ」
「さあ、どうしたんでしょうね。もう時間が来ているのに、先生が見えないなんて変ね」
二人は博士の不在にすぐ気がついたのだった。ミルキ閣下の叱責を恐れて、二人は手わけして方々に電話をかけたり、各室をさがしたりしたが、何処にも博士の姿は見えなかった。
「君、実験室の戸棚の中や、机の下も調べたんだネ」
とペンがたずねた。
「もちろんよ。わたしにできることは皆したんだけれど、先生はどこにも見つからないのよ。誰も知らないっていうの」
「誰も知らない? 誰って、誰のことだい」
「ホホホホ、誰って、皆のことよ」
バラは何を思ったか、憂いの顔をといて、おもはゆげにほほえんだ。
間もなく戸外に、女大臣の到着したらしいざわめきが聞えてきた。
ペンとバラとは、戸口のほうに飛んでいった。
「あ、これは――」
「まあ、閣下が――」
女大臣の到着かと思ったのに、事実は女大臣は扈従のかたちで、そこには思いがけなくもミルキ閣下が傲然と立っていた。
アサリ女史はペンとバラとを尻眼にかけて室内に闖入した。そして誰に言ってるのかわからないようなそっぽを向いて、
「アリシア区の博士コハクは、本日ミルキ夫人との醜事件によって死刑執行をうけた。よってアリシア[#底本では「アシリア」]区の主任は当分のうち本大臣アサリが兼任する。なお女学員バラに臨時副主任を命ずる。終り」
ペンとバラの二人は、電気にうたれたように、慄えおののいた。博士コハクの非業の最期を、ただいまアサリ女史の言葉によって二人は始めて知ったのであるから。
博士がミルキ夫人と醜行があったなどということは信じられないことだった。博士は研究室に閉じこもって、二十四時間を殆ど仕事に費していた。醜行をするような余裕も気持も、博士にはなかったはずである。それにもかかわらず醜行があったとは、一体どんな醜行をやったのであろうか。しかも博士コハクはミルキ国第一の、いやミルキ国ピカ一の科学者だった。ミルキ国の至宝であったのだ。博士はミルキ閣下の命令により、あらゆる文化設備を設計し建設した。この博士に死刑を執行することは、ミルキ国が自殺をするに等しかった。これから博士に代って誰が仕事をしようというのだろうか。なんという無謀な死刑宣告だろう。博士の研究のうちでも、目下莫大なる国費を費して研究半ばにある人造人間の建造などは、これからどうなるのであろうか。二人の門下生は、急に目の前が陥没して、数千丈の谿谷ができたような気がした。
「さあそこで副主任バラ女史に命ずる。博士コハクに属していたアリシア区全体を閣下と共に検分する。すぐ案内にたつように」
副主任と呼ばれてバラはいささか得意だったけれど、アリシア区を案内することは彼女にとってむしろ迷惑なことだった。
でも、命令は命令である。彼女はやむなく次の工作室から始めて、ミルキ閣下の一行を各室に導いていった。
アリシア区は全体が同じ段階の上にあった。そして室の数は大小合わせて十六にのぼっていた。しかしこの十六の部屋をことごとく知りつくしているのは博士コハクだけであって、バラは九室を、ペンはわずかに六室を知っているだけだった。いったい同一区の住民は、区内の隅から隅まで知るのを法令により許されているはずだったけれど、博士コハクはその掟を破って、職責に比例して研究室の交通を制限していた。
第六室までの案内は、至極無事に終った。変っているには相違ないが、そう愕くほどのものはなかった。そこでバラは一行の方を振りかえり、「第七室から、主として人造人間の秘密研究室になります。これから先は、すこし変っていますから、そのおつもりで……」
と、注意をすることを忘れなかった。
第七室に入ると、果然そこには大仕掛けな動力機械が林のように並んでいた。すべては人工宇宙線による原子力分解機関であって、二十四基に分れ、それが各台ともさらに多数の枝線へ変圧配給されているのであった。部屋の一方の壁はこれらの配給線管で毛糸の編物を顕微鏡でのぞいたような光景を呈していた。そしてすべてが深海の底のように無音の状態に置かれてあるのが、さらにこの部屋を恐ろしいものにした。
第八室に入ると、ここは参考標本室であった。人造人間の博物館ともいうべきところで、紀元前四世紀以来、人知が考え出した人造人間のありとあらゆる模型が陳列されてあった。あやつり人形のようなもの、甲冑武士のようなもの、進んでは電波操縦によるリレー式のもの、それから人造肉をかぶせてだいぶん人体らしくなってきたものなど約七百種のものが陳列されてあった。これらの人造人間の標本は、まるでみいらの殿堂に入ったように、怪しい表情を天井にむけ、永遠に硬化した肩と肩とを組み合わせていた。
ペンは始めて見る室々の怪奇さに、揉み手をしたり、目を大きく剥いたりして昂奮という態であった。
「第九室です。すこしうるさくなります」
とバラが案内人のような口調でいった。
ミルキ閣下は女大臣と目を見合わせて、ちょっと不安な表情をしたが、間もなく二人は胸を張り肘をつっ張って、しいて虚勢を張りながら、第九室に通う戸口の前に立った。
バラは、なんとしたことか、案内すると言って置きながら、扉を開くのを妙に躊躇していた。女大臣アサリは早くもそれを見て取って、彼女らしいヒステリーを起した。
「さあ、早く扉を開きなさい。ぐずぐずしていると、ためになりませんぞ」
と、アサリ女史はバラを睨みつけた。
それでもバラは、もじもじと尻込みをしながら、はんかちなどを出して、しきりに額の汗を拭うのであった。ペンはそれを見ていると恐ろしくなってきて、戸口から遠くへ身を引いた。
女大臣の顔は、だんだんと赭らんできた。憤怒の血が湧き上ってきたのだった。
「開けないのだネ。開けなきゃ、わたしが開けて入る。しかしお前さんは後で刑罰を覚悟しているんだよ」
女史が扉を押そうとしたとき、バラはあわてて前へ飛びだした。
「あっあぶない、待って下さい。扉をそのまま開けると爆発しますのよ」
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