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三十年後の世界(さんじゅうねんごのせかい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 16:23:18  点击:  切换到繁體中文


   つのる恐怖


 光る怪塔はピラミッド型に十五階まで出来てようやくおさまった。
 おそろしさをしばらくおあずけにしておくと、まことに見事な建築物に見えた。
 マルモ探検隊では、基地に双眼鏡や望遠鏡をすえて、一秒といえども、怪塔から監視の目をはなさなかった。
 カコ技師などは、すぐにも怪塔のところへ近づいて調査をしたがった。しかしマルモ隊長は、それをゆるさなかった。
「もうすこし遠くから様子を見てからのことにしないと、危険だ。君たちは、われわれの宇宙旅行に必要な人なんだから、そういう危険が考えられるとき、行くのはやめてもらいたい」
 隊長は、そういった。
 これには、カンノ博士とスミレ女史の進言しんげんが、一つの力になっていた。
 この二人の科学技術者は、光る怪塔に対して、強い警戒心をおこしていた。とにかく、探検隊の一大危機が来たと考えるのが正しいと、マルモ隊長にいったほどだ。
 そのために、マルモ隊長は、宇宙艇がいつでもこの火星から離陸し、宇宙へとびだすことができる用意をして、待機たいきしていることを命じた。
「あの怪塔の中から、何者が出てくるか、それが問題の別れ目です」
 とカンノ博士はいう。
「いままで観察して来たところによれば、あのような怪塔をあのような方法で組み立てるというのは、人類に近い生物でないと出来ないことです。そして、人類よりもずっと高級な生物にちがいありません。われわれよりも、すこしでも高級であるならわれわれは非常に不利な立場におかれるわけで、これからは怪塔の主に、あたまをおさえられていなくてはならんですからねえ。こんなところへ来て、われわれが捕虜ほりょ奴隷どれいのようになるのはいやなことです」
「わたくしは、あの怪塔が、急に大爆発を起すのではないかと思いますの」
 とスミレ女史が語る。
「なんのための爆発かといいますと、火星の地質をしらべるためだと思います。あれを発射した者は、遠くから爆発のおこったときにどんな色の火が出るか、どのくらいの時間燃えるかなどと、いろんなことを観測しようと思って、用意しているんだと思いますわ。もちろんそれは、やがて彼らが、この火星へ移住して来るための準備作業だと思いますわ」
「なんとかして、一刻も早く、相手の正体をたしかめる方法はないものかなあ」
 マルモ隊長は、隊員をひきいている責任上、そのことを知りたいのだった。危険ならば、一刻も早く隊員をまとめてこの火星を去ることにしたい。あの怪塔を探検して、こんどの宇宙旅行のおみやげをふやしたい。
「そうだ。いいことがあります」
 とカンノ博士が、目をかがやかした。
「いいこととは、なにかね」
「隊長。あの水棲魚人と問答をしてみたいと思います。つまり、水棲魚人は、あのような怪塔をはじめて見たかどうか、それをきいてみましょう。たびたび、あんなものが落下して来たのならそれがどんな仕掛のものであるか、どんなことをするものであるか。それが知れると思います」
「それは名案だ。さっそくきいてみるがいいが、そんなことが出来るのかね」
「それはできます。私とスミレ女史じょしとで、この間から水棲魚人と、思っていることを話し合う研究を完成していますから、大丈夫です」
 そこでカンノ博士とスミレ女史とは、装置をかついで、水棲魚人の大ぜい集まっている沼のところへ出かけた。正吉も、このことを聞いて、おじさんのモウリ博士といっしょに、一行に加わって行った。
 その会見の光景は、ふしぎなものであったし、また記録すべきものであった。
 人類と水棲魚人の頭脳の中におこる脳波をとらえて、装置が、相手に分るような脳波に直して、相手に伝えるのであった。だから、口をきかなくても、ただ、相手に聞きたいことを、頭の中で思うだけでその質問は相手に通じた。
 相手の方でも、それをことばで返事を頭の中で思えば、それで通じるのであった。
 水棲魚人は、人類よりもずっと劣等れっとうな生物だったから、こみいったことを返事することはできなかった。それだから、水棲魚人から返事をとることには成功したが、人間同士の話のようには、はっきり通じなかったのは、やむを得ない。ともかくも、水棲魚人がこたえた要点を、次にしるしておこう、
「あんなものは、はじめて見た……空を、あんなものが一つか二つとぶのを見たことはあるが、あんなにたくさんとんできたのは、はじめてだ……いつまでも、全体があんなに光っているものを、今まで見たことはない……一つか二つでとんできて、その中から生物がぞろぞろ出てきたことは、今までにもある。君たちも、その一例だが君たちではなく、もっと身体の形のちがった者が来たこともある。彼らは、ながくいなかった。みんな帰ってしまった……彼らは、われわれの仲間をつれていった。それっきり、帰ってこない。君たちは、そういうわるいことをしないようにしてくれ……めずらしい、うまいたべものをたくさん、われわれにくれ……」
 水棲魚人からはこんなことしかきくことができなかった。
 しかしこのかんたんな返事の中からも、重大な発見がいくつかあった。
 すなわち、光る怪塔は、はじめて見るものであるということ。
 人類以外の生物が、今までに、この付近へ着陸したことがあること。
 この二つは、非常な重大なことであった。大警戒が必要となった。あの怪塔から、人類以外の生物がとびだしてくる可能性は十分にあるのだ。そのときマルモ探検隊が最悪の危機をむかえることは、今さら覚悟をあたらしくするまでもないことだった。
 このへんで、マルモ隊長は、はらをきめなくてはならない。


   意外な正体


 ついに、決死の偵察隊が、光る怪塔のところへ派遣はけんされることになった。
 その人選は、マルモ隊長がした。
 カンノ博士が偵察隊員に任ぜられた。
 それからカコ技師に、タクマ機関士、それに正吉少年の四名だった。
 ところがコックのキンちゃんが、ぜひつれていってくれといってきかない。ことに、彼は正吉少年の身の上を心配して、正吉が行くところへは、ぜひ自分を護衛者ごえいしゃとしてやってくれと、隊長へ熱心にねがった。
 そのあげく、キンちゃんの願いは、ついにゆるされた。正吉とキンちゃんとは大よろこびできあった。
「それでは、行ってきます」
 と、カンノ博士は、さすがに顔をかたくして、マルモ隊長以下に別れのことばをのべた。
「成功をいのる。みんなの運命が、君たちの行動にかかっているんだから、自重じちょうしてくれたまえ」
 マルモ隊長は、そういって、目をまたたいた。
 一行五名は出発した。
 のこる隊員は、やはり怪塔への監視をゆるめなかった。もし塔内から何者かあらわれた場合にはすぐ信号をもって、カンノ偵察隊へ知らせることに、手はずができていた。
 だが、怪塔はしずまりかえっていた。いつまでたっても、ネズミ一匹も出てこなかった。それだけにますます気味がわるくてしょうがなかった。
 あまり遠い道のりでもないので、カンノ博士一行は、やがて光る怪塔に近づくことができた。
 そばへよって見ると、いっそうすばらしい建造物であった。
 しーんとしている。ただ塔は、青白く光っている。
 塔のまわりをまわった。塔には、窓もないし、入口らしいものもない。ただ円柱えんちゅうがより集まって、高い塔をつくっているだけだ。
「文字みたいなものがありますね。一階が二階につくところですよ。たしかに文字だ」
 そういったのは、正吉だった。
 それは装飾そうしょくのように見えた。しかし、正吉のいったように、文字だと思ってみると、文字のようでもあった。アルファベットなのである。
「なるほど、これはふしぎだわい」
 カンノ博士も、急に目をかがやかせて、それを見上げた。
 文字は、へこんでいた。それが熱のために摩滅まめつしたと見え、文字として残っていたのだ。
「なんの文字? 人間の使う文字かい」
 キンちゃんが正吉の腕をゆすぶる。
「アルファベットだよ。人間の使う文字だ」
「そうかい。なんだ、おどろかされたね。それじゃ、この塔は地球からとんで来たものじゃないか。中には、うんとごちそうが入っているんだろう」
 キンちゃんは、ずばりといった。
 まさか――と、正吉は思ったし、カンノ博士たちも、そこまでは考えなかった。
 ところがキンちゃんのいったことはだいたい的中したのだった。
 文字を読んでみると、次のような文章になった。
「マルモ探検隊に贈る。この資材を有効に使って、大探検に成功せられるよう祈る。ニューヨーク市マンハッタン街、世界連盟本部科学局より」
 読み終って、カンノ博士たちは、へたへたとその場にしりもちをついた。それは緊張の頂上から、安心の谷へ、一度に落ちたからであった。
 他の遊星と出会いおそろしい争闘がはじまるものと覚悟して、おそるおそる近づいた光る怪塔は、そのような恐怖すべき危険なものではなく、そのあべこべのものだったのである。まったくそんなことを予期もしていなかったのに、マルモ探検隊のことを心配して地球上から見まもってくれていた世界連盟本部からの温かい貴重な贈物だったのである。救済物資きゅうさいぶっしがいっぱいはいっている塔だったのである。食糧、衣料、燃料、機械工具などいっぱいつまっている。飛ぶ倉庫だったのである。アメリカの持つすぐれた科学技術だ。一本一本の円筒えんとうの中に、それらのものがていねいにはいっていた。もちろんそれを開く方法も記されてあった。
 キンちゃんの第六感は、するどく命中したのであった。
「キンちゃんは、すごいんだね。見直したよ」
 と正吉はキンちゃんの手を握って振った。
 マルモ探検隊は、これらの物資を十分に有効に使い、それから三ヶ月間火星に踏みとどまって火星の探検を十二分に果たし、その翌年早々無事に地球へ帰還した。
 もちろん一行は大歓迎を受けたが、隊長以下は休むひまもなく探検報告のため、各地を訪問した。
 正吉もキンちゃんも、いつも一行に加わっていた。正吉はマルモ隊長の秘書をつとめ、キンちゃんはあいかわらず、一行のためにおいしくて栄養たっぶりな食事を用意するのを仕事にしていた。
 マルモ隊長は、報告の最後のところを、かならず次のようなことばで結ぶのであった。
「われわれ地球人類は、このさい急いで大宇宙探検計画をたて、一日も早くそして一人でも多くその探検に出発するのでなければ、やがて他の遊星生物のためにお先まわりをされてしまって、地球人類の発展はきゅうくつになるおそれがあると信じます。
 世界の人々は今すぐにも手をとりあって、この重大なる仕事にかかりたいものです」
 さすがにマルモ隊長は、未来をよく見ている。地球人類の繁栄は、たしかにマルモ隊長の指し示す方向にある。それを早くさとって実行にうつすのが、世界人だ。少年少女たちは、やがてかならずこの重大な仕事につくのだから、今からいっそう勉強しておかなくてはならない。





底本:「海野十三全集 第13巻 少年探偵長」三一書房
   1992(平成4)年2月29日初版発行
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2001年7月17日公開
2006年7月26日修正
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