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今昔ばなし抱合兵団(こんじゃくばなしサンドイッチへいだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 16:18:41  点击:  切换到繁體中文


「なるほど。そして、そのA液は滲み込むと、爆発するのかね」
「いいや、A液だけでは、爆発はしないのだ。しばらく時間を置いて、丁度ちょうどA液がうまく浸みこんだ頃合ころあいを見はからって、こんどはB液の入ったB種弾が投下されるのだ。このB液も、さっきのA液と同様に、地下深く浸みこんでいくが、どこかで先に滲みこんでいるA液と出会うと、そこでたちまち、猛烈な化学反応が起って大爆裂をするというわけだ。おそろしい発明だよ、液体爆弾というやつは」
「ふーん、考えたもんだね。すると、われわれも今までのように、地下百メートルのところにあるからといって安心していられないわけだな」
「そうだよ。おお、君の今いる地区へも、既にA液弾が落ちて、今ずんずん地底へ向けて滲みこんでいるという報告が来ている。この上、B液弾が落ちれば、たいへんなことになるよ。大いに注意しなければいけない」
「大いに注意しろといって、どうするのかね」
「それはね、水はけ――ではないえきはけをよくすることだ。上から滲みこんで来た液は、といとか下水管げすいかんのようなものに受けて、どんどん流してしまうことだ。しかしA液とB液とを一緒に流しては、さっき云ったとおりに爆発が起るから、その前に、濾過器ろかきえつけて、A液とB液とをし分け、別々の排流管はいりゅうかんに流しこまなければいけない」
「それはずいぶん面倒なことだね。急場きゅうばの間に合わないや」
「でも、それをやって置かないと、君たちの生命いのちかかわる」
「生命に係るのは分っているが、もうA液は天井のあたりまで滲みこんでいるのに、樋工事を始めたり、濾過器を取寄せたりするわけにいかんじゃないか」
「それもそうだな。じゃあ、仕方がない。ここから君たちの冥福めいふくを祈っているよ。南無阿弥陀仏なむあみだぶつ!」
「おい、そんな薄情はくじょうなことをいうな。おーい、何とか助けてくれ。あ、電話を切っちゃいかん。……」
 といっているとき、大音響だいおんきょう大閃光だいせんこうとに着飾ってこのましからぬ客がわれわれの頭の上からとび込んできたのであった。それ以来、私は人事不省じんじふせいとなり、全身ところきらわず火傷やけどを負ったまま、翌朝よくちょうまで昏々こんこん死生しせいの間を彷徨ほうこうしていたのである。


     4


 それからまた十年たった。
 今日は八月八日である。金博士へ対して、約束のとおり、第四回目の日記を送ることになった。次に示すのは、その日記のうつしである。

三十×年八月八日 室内温度、湿度、照明度すべて異状なし 配給も正確なり

 本日は、地下千メートルを征服し、現在われわれのんでいるこの極楽ごくらく地下街建設の満三ヶ年の記念日であるので、ラジオは朝から、じゃんじゃんと楽しい音楽を送ってくる。
 あれからもう三年たったか。
 われわれ人類も、空爆の威力いりょくされて、だんだんと地底深く追いやられたが、初めはせいぜい地下二百五十メートルが人類の生活し得る限度で、それ以上になると、とても暑くて、生活は出来ないし、構築物こうちくぶつももたないといわれたものであるが、そうかといって、地下四五百メートルにまで達する深度爆弾しんどばくだん餌食えじきになるのを待っていられないため、必死の耐熱建築の研究に国立研究所を動員し、ついに不可能と思われたる難問題を解決し、三年前にこのかがやかしき極楽地下街の完成を見たわけである。
 私は、食事を済ますと、すぐさま圧搾空気軌道あっさくくうききどうくだの中に入り、三分四十五秒ののちには、記念祝賀会場たるネオ極楽広場の人混ひとごみの中に立っていた。
 梁首席りょうしゅせき巨躯きょくが、壇上だんじょうに現れた。
 われわれは一せいに手をあげた。
「本日の記念日に際し、は何よりもず第一に、敵国の空軍は本年に入って、殆んど新しい飛行機の補充をなさなくなったことを諸君の前に報告するの光栄をゆうするものである。いや、新機を補充しなくなったばかりか、これまで敵国が保有していた軍用機も、最近一年は、こわれ放題にしてある始末しまつである。これすなわち、わが国が、完全なる防空力を有する地殻ちかく及び防空硬天井ぼうくうこうてんじょうの下に、かくの如く地下千メートルの地層に堅固けんごなる地下街を建設したことによって、敵国は空中よりの爆弾が一向いっこう効目ききめがなくなったことを確認し、そして遂に、その軍用機整備の縮小を決行するに至った次第しだいであります。つまり、われわれが完全に地下にもぐることによって敵の空軍を全然無力化させることに成功したわけであって、これにより、われわれの国家は、いよいよ安全にして健康なる発展をげることが約束されたわけである。先ずさかずきをあげて、今日の大勝利を祝って、乾盃したいと思います。皆さん、盃を……」
 私は、久振ひさしぶりに、飲み慣れない酒に酔ってしまって、それから以後のことを、よくおぼえていない。


     5


 それからまた十年たった。
 第五回目の日記である。

四十×年八月八日

 目が覚めると、今日は何をして退屈をしのごうかなと、それがまず気にかかる。
 極楽生活は、飲食にも困らないし、着るものも充分だし、外敵がいてきの侵入の心配もなし、すべて充分だらけであるが、只一つ困ったことには、来る日来る日の退屈をどうして凌ぐか、これに悩まされる。
 ところが今朝は如何なる吉日きちじつか、私は不図ふと四十年前に、金博士から聞いた疑問の民族の名を思い出したのであった。
 ピポスコラ族!
 ピポスコラ族とは、どんな民族なのであろうか。あのときは空襲下におののいていたときであったから、それがどんな族だか調べてみる余裕がなかった。よろしい、今日はあれを一つ古代図書館へいって調べてみよう。私は、にわかに元気づいた。
 古代図書館に於て、完全に深夜まで暮した。しかしピポスコラ族が何ものであるかは、遂に手懸てがかりがなかった。私は更にそのまま、次の日暦にちれきの領域に入っても、調べを続けることにした。しかしそれは最早もはや八月八日分の日記ではなくなるから、ここで擱筆かくひつする。


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 それからまた十年たった。五十×年八月八日となった。この日の日記は、従来の慣例を破って、遂に金博士のもとへ届けられなかった。そのわけは、政府が突然、全国的に、通信杜絶つうしんとぜつを号令したからである。
 その理由は?
 その理由は、そのときには何のことだか、全く分らなかったが、それから一年半ほどたって、ようやくぼんやりしたその輪郭りんかくだけがわかった。それは白人帝国はくじんていこくが、ひそかに抱合兵団サンドイッチへいだんをもって、わが国攻略を狙っているという情報が入ったため非常警戒となり、遂に通信厳禁げんきんとなったよしである。
 しからば、その抱合サンドイッチ兵団とは、どんなものであるか。それが分っていれば、政府もそれほど狼狽ろうばいする必要はなかったのである。分らなかったから、騒ぎが大きくなったのであった。その抱合サンドイッチ兵団のことは、次の日記において、初めて全貌ぜんぼう明瞭めいりょうとなるであろう。


     7


六十×年八月八日 最小限生活に追いこまれあり、食慾ことのほか興奮して、おさめるのに困難を感ず、非常時ゆえ、仕方なけれど……。

 前夜から、われわれは、リュックサックを肩に負い、必死で、縦井戸たていど登攀とうはんしつつあるのであるが、老人である私には、腕の力も腰の力も弱くて、一向はかがいかない。一時間もかかって、やっと五メートル登るのがせきのやまである。
 しかも、気をゆるめていようものなら、下から上って来た乱暴な市民のため、われは邪魔扱じゃまあつかいにされて、まるで壁にへばりついているやもりを叩きおとすように、われ等の身体は奈落ならくへ投げおとされるのである。
 奈落へ墜落ついらくすれば、どっち道、死あるのみである。岩かどに頭をぶっつけるか、そうでなくて死にもせず、元の極楽地下街までちついたとすれば、そこには白人帝国軍の地底戦車隊ちていせんしゃたいが待っていて、たちまち身はお煎餅せんべいの如くされてしまうのである。であるから、どっちにしても死のおとがいを逃れることは出来ない。
 ああ、今になってぶつぶついっても仕方がないが、どうしてわが当局は、抱合兵団サンドイッチへいだんの攻略に気がつかなかったのであろうか。およそ攻撃目標たるわれわれが、敵軍の空中からの爆撃をけて地下にもぐり、空爆さらに効果なしと分れば、敵軍はこんどは手をかえ、地中深くからわれわれの住居地を攻撃するであろうことは、素人しろうとにも分ることではないか。
 何を今更いまさら、五万台にのぼる敵の地底戦車兵団をわれわれの足の下に迎え、あれよあれよと騒いで間に合うものか。
「市民たちは、即刻そっこく地上に避難せよ。地上に出た方が、まだ被害程度が軽いであろう」
 そういって、わが護衛司令官は布告ふこくをしたが、それもいい加減かげんの対策だったことが、間もなく判明した。なぜといって、何十年ぶりかで市民たちが地上へ頭を出したとたん、待っていましたとばかり、敵白人帝国の空中兵団は、われわれ同胞どうほうの上へ襲いかかったのである。猛爆、また猛爆、その惨状さんじょうは聞くにたえないものがあった。
 地底へ下りれば、敵の地底兵団あり、地上へ出れば、敵の空中兵団あり、上と下とからの抱合サンドイッチ兵団の攻撃にあっては、われわれはのぼりもくだりも出来ず、文字どおり進退谷しんたいきわまってしまった次第である。
「ああしまった」
 ああ痛い。とんだ愚痴ぐちをのべている間に、私は折角せっかく二日がかりで登った八メートルばかりの縦井戸を下にすべりおちてしまった。でもさいわいに、そこで地下道が水平に折れ曲っていたからそれ以上墜落しないですんだ。もう愚痴はよそう。そして私は、もう上るのも降りるのもよした。もうその気力がない。前途に対する希望は、ここでしずかに餓死がしするばかりである……。
 と考えこんでいたとき、不意に私の肩を突付つっつく者があった。私はびっくりして目を開いた。すると目の前に、たくましい顔の青年が、前屈まえかがみになって、私の顔をのぞきこんでいた。
「おお、君はこう君」
「そうです、洪です。先生、ぐずぐずしていられませんぞ。私と一緒に逃げてください」
「君の親切は感謝するが、もうとても駄目だよ。上へ出ても下へ降りても殺されるものなら、ここでしずかにわが生涯を閉じたいのだよ。わしをかまわんでれ」
「先生、そんな気の弱いことでは、駄目じゃありませんか。敵の手にいたらず、まだ逃げていくところが残っていますぞ」
「へえ、本当かね。それはどこだね」
「それはつまり、深く地底にも降りず、そうかといって地上にもとびださず、丁度ちょうどその中間のところ、つまりサンドウィッチでいえば、パンのところではなく、パンに挟まれたハムのところを狙って、どこまでも横に逃げていくのです。横へ逃げれば、まだ今のうちなら、無限にちかいほど、逃げていく場所があります。そのうち、どこかで落ちついて、穴居けっきょ生活を始めるんですよ」
「しかしなあ洪君、横に逃げるといって、穴を掘っていかなければならんじゃないか」
「そうです。穴掘り機械が入用いりようです。ここに私が持っているのが、人工ラジウム応用の長距離鑿岩車さくがんしゃです。さあ、安心して、この上におのりなさい」
「そうかね。それは実に大したもんだ」
 と、私は鑿岩車に足をかけ、洪君のうしろの席へ腰を下ろした。そのとき丁度、私のリュックの中で、目ざましが午後十二時をうった。


     8


 それから十年のち、すなわち七十×年八月八日、私は日記を書くかわりに、金博士に対して次のような手紙を書いたのだった。
 炯眼けいがんなる金先生足下そっか。まず何よりも、先生の御予言ごよげんが遂に適中てきちゅうしたことを御報告し、つ驚嘆するものです。
 金先生足下。ピポスコラ族には、遂に昨日面接しました。それは全く唐突だしぬけのことでありました。
 私はこう青年と、長距離鑿岩車さくがんしゃにのって、十年ほど前から、地中放浪ちちゅうほうろうの旅にのぼりましたが、昨日の昼頃、車を停めてしばし休憩をしていますと、ふしぎにも、地中のどこかで、どすんどすんと地響がするではありませんか。私たちはおどろいて、顔の色をかえました。
 私は、遂に敵の地底戦車にとりかこまれたのだと悲観しましたのに対し、洪青年は、こんなところに地底戦車隊がいるとは思えないと主張してゆずらず、その揚句あげく、遂に洪青年の意に従って、われわれは敢然かんぜん、鑿岩車を駆って、怪音かいおんのする地点に向け、最後の突撃を試みました。
 やがて、一段と大きく岩のくずれる音とともに、われわれは思いもかけない明るい部屋の中に突入したのです。私はおどろきの目をみはりました。そこは大きな洞窟どうくつで、猿とも人ともつかぬふしぎな動物が居合わせました。しかしその動物は別にわれわれに危害を加える様子はありませんでした。
 私のねて勉強しておいた前世古代語ぜんせいこだいごが役にたって嬉しいことでした。彼等はみずから、これがピポスコラ族であることを申立てました。彼等は二十万年前に、地中へもぐったと申して居りました。その当時は、地上や空には恐竜きょうりゅうなどの恐ろしく大きな動物が猛威もういをふるい、地底深くには大土竜おおもぐら(それが退化して今日残っているのが例のもぐらもちです)に攻めたてられ、遂に上下谷じょうげきわまって横に向いて逃げるうち、このところに安全洞あんぜんどうを見出して、穴居けっきょ動物となりてたことが分りました。
 すべて、金先生の仰有おっしゃったとおりです。そこで私は洪君とはかり、これから何とかしてこの土地でピポスコラ族にならい穴居生活をつづけることになりました。もしもどこかで、洪君のためによき配偶はいぐうが見つかるならば、われわれ人類は、やがてネオピポスコラ族という新しい種族しゅぞくをつくり、この地中に、繁栄することでありましょう。





底本:「海野十三全集 第10巻」三一書房
   1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1941(昭和16)年8月
※底本は表題に、「こんじゃくばなしサンドイッチへいだん」と読みを付しています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:まや
2005年5月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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