空中の地獄
空襲して来た敵機隊との最初の空中戦は、銚子海岸を東へ去ること五十キロの海原の上空で始まった。――志津飛行隊に属する戦闘機隊が、敵の第一編隊を強襲したのだった。……
つづいて、その南方の海面の上空で、谷沢飛行隊と、敵の第二編隊とが出合い、ここでもまた物凄い地獄絵巻がくりひろげられていった。
グワーン、グワーンとうなる敵の機関砲。
ヒューンといなないては宙返りをうち、ダダダダダーンと、敵機にいどみかかるわが防空戦闘機。
あッ、戦闘機が翼をうちもがれて、グルグルまわりながら落ちてゆく。と見る間に、敵の一機も真黒な煙をひいて撃ち落された。
こうした激しい空中戦が、敵の各編隊を迎え、相模湾上でも、東京湾の上空でも行われた。
口径四十ミリの敵の機関砲は、思いの外すごい力をもっていた。わが戦闘機は、敵に迫る前に、この機関砲の餌食となって、何台も何台も撃ちおとされた。
しかし、その間に、敵機の数もまた一台二台とへっていった。勇猛果敢なわが戦闘機は、鯱のように食下って少しも攻撃をゆるめないのだ。上から真逆落しに敵機へぶつかって組みあったまま燃落ちるもの――壮烈な空の肉弾戦だ。
敵の陣形はすっかり乱れた。
舵をかえして、太平洋の方へ逃出すものがある。のがすものかと追いかける戦闘機、中には逃足を軽くするため、折角積んで来た五トンの爆弾を、へどのように海上へ吐き出して行くのもあった。
ただ、各編隊を通じて十機あまりは、雲にまぎれて戦闘の攻撃機をのがれ、東京へ東京へと、呪の爆音を近づけつつあったのだ。
しかし、東京の外側を幾重にもとりまく各高射砲陣地が、どうしてこれを見のがそう。ねらいすました弾丸は、容赦もなく敵機に噛みついていった。
翼をくだかれて舞いおちるもの。
火災を起して、大爆音とともに裂けちるもの。
傷ついてふらふらと不時着するもの。
数十分前に、意気高く「東京撃滅!」を叫んだあの六十三機の大空軍は、今その姿を失おうとしている。
だが、安心するのはまだ早い。東京湾上の雲にひそんだ一機、二機、三機――が死物ぐるいに帝都の空へ迫っているではないか。
爆撃下の帝都
魔鳥のような敵機の姿はついに品川沖に現れた。海岸の高射砲は一せいに火蓋をきった。その煙の間を縫うようにして、見る見る敵機は市街の上……。
けたたましい高射機関銃の響が八方に起こった。
敵機の翼の下から、蟻の卵のようなものがパッととびだした。その下は、ああ、旗男たちの住む五反田の町!
「あッ、爆弾投下だッ。うわーッ、この真上だぞう……」
この爆弾の雨をみた旗男は、高台を駈けおりながら、大声で叫んだ。――彼は空襲の知らせを聞くと、病める両親をはじめ家族たちをすぐ防毒室の中に入れ、あとのことをお手伝いさんと竹男に頼むと、自分は少年団の一人として、町にとびだしてゆくところだった。そのとき旗男は大事な持物を忘れなかった。右肩には防毒面の入ったズックの鞄を、また左肩には乾電池で働く携帯用のラジオ受信機を、しっかり身体につけて出た。
「うわーッ、あれあれ。爆弾だ、爆弾だ」
「あわてるなあわてるな。落ちるところを注意していろ!」
鍛冶屋の大将は大童で防護団を指揮していた。
町々からは恐怖の悲鳴がまいあがる。
ガラガラガラガラ!
ドドーン、ドドーン!
破甲弾よりは、ややひくめながら叩きつけるような大音響とともに、パーッとたちのぼる火炎の幕!
うわーッという凄惨な人間の叫び!
町まで出てきた旗男は実をいうと、気が違いそうであった。しかしここで気が違っては日本男子ではないと思って、一生懸命、自分の手で自分の頭をなぐりつけた。ゴツーン、という音とともに感ずるズズーンという痛み、そこでハッと気がついた。
「あッ、焼夷弾が……」
向こうの屋根に小型の爆弾が落ちたと思うと、パッと眼もくらむような光が見えた。
「こっちだ、こっちだ」
「おお」
鍛冶屋の大将が声を聞きつけとんできた。
「オイ皆、早く消しにゆけ。防火班、全速力だッ!」
手近にいた者が駈けだそうとすると、その前に、またつづけさまに三発、ドドドーンと白煙が天に沖する。
「うわーッ、やられたッ……」
と鍛冶屋の大将が叫んだと思うと、どうと倒れた。
「おお、担架、担架」
「イヤ何、大したことはない」
大将はムクムクと起き上ってきて手を高くあげた。
「砂だ、砂だ。オイお前は、ホースを引っぱれ。早く早く。落ちついて急げ!」
防護団はあまりの強襲にあって、頭がカーッとして、何がなんだかわからない。
手あたり次第、眼にとまった方に駈けだしてゆく。これではいけない。もっと落ちつかねば……と気がついた旗男は、ふと天幕の中に、赤い房のついたラッパを見つけた。
「そうだ、これだッ」
旗男は天幕の中にとびこんで、ラッパをつかむより早く、口に当てて、タタタァ……と吹鳴らし始めた。それは勇ましい戦闘ラッパだった。
タッタ タッタ タッタ タッタ タッタ タッタ
「おお、戦闘ラッパが鳴っている!」
「おお、あれは誰が吹いているのだろう」
嚠喨たるラッパの音を聞いた人々は、にわかに元気をとりもどし始めた。
「おお、旗男君。さすがに、やるなァ!」
と鍛冶屋の大将は頭をふった。そして腹の底から声をふりしぼって叫んだ。
「そォらッ! 今あわてちゃいかん。がんばれがんばれ。あと十分間の我慢だ!」
火災は幸いにして、日頃の訓練が物をいって大事に至らずにすんだ。
「……瓦斯だッ、瓦斯、瓦斯!」
坂上から、伝令の少年が自転車に乗って駈けくだってきた。
「ホスゲンだ、ホスゲンだ。……防毒面を忘れるな」
「毒瓦斯が流れだしたぞう……」
恐怖の的の毒瓦斯弾が、落ちたらしい。それっというので、防護団の諸員はお揃の防毒面をかぶった。警報班員は一人一人、石油缶を肩からつって、ガンガン叩いて駈けだす。
「瓦斯は坂の上の方から下りてくるぞ。防毒面のない人はグルッとまわって風上へ避けろ。なるべく高い所がいいぞ。そこを、右へ曲って池田山へ避難するんだ!」
旗男は後に踏みとどまって、坂上から徐々に押しよせてくる淡緑色の瓦斯を睨みながら、さかんに手をふった。彼は、勇敢にも時々防毒面と頭との間に指ですき間をつくり、瓦斯の臭をかぎわけようとつとめた。
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