最後の勝利者
――昭和×年十一月、焼土の上にて――
「よくまア、めぐりあえて、あたし……あたし……」
「うん、うん。お前もよく、無事で……」
灰になった家の前で二人は抱きあっていた。そこは嘗て、彼等が平和な家庭生活を営んでいたその地点だった。
「貴方。あなたは一度も帰ってきて下さらなかったのネ」
「僕は予備士官だ。仕方がなかったのだよ」
「だって航空兵だっていう貴方が、軍服を着ていなすったような様子がないじゃありませんか」
「この背広服はおかしいだろう。しかし今だから云うが、僕は空襲下に於いて、敵国へこの日本を売ろうという憎むべき人物を、ずっと監視していたのだ。僕から云うのも変だが、僕の努力で、流石の先生たち、手も足も出なかったのだ。治安のため、そしてまたスパイの情報を得るため、僕は奮闘したのだ。帝都の混乱、帝都の被害の一部分は僕の手でたしかに軽減された。僕の役目も防空機関中の一つに入ってるんだよ」
「まア、そうでしたの。そんなに御国のために働いていらしったの、あたし云い過ぎましたわ、御免なさい」
「なにも気にしないのがいい。損害は極く僅かだ。防空に対する国民の訓練が行き届いていれば、敵の空襲も敢えて怖れるに足らん。今度という今度、わが帝国空軍の強いことが始めてわかった。米国の太平洋爆撃隊は愚か、来襲した敵の空軍は全滅だ。あっちの主力艦はわが潜水艦に悉く撃沈されてしまうし、本国まで逃げてかえったのは巡洋艦くらいだろう。アクロンもメーコンも、飛行船という飛行船は、遂に飾りものに終ったらしい。愛国機や愛国高射砲を献納した国民は、勇敢に戦った精悍な帝国軍人と共に、永く永く讃えられるべきだ。わが帝都のこれくらいの損害や、一時米国の手に渡った千島群島くらい、大局から見れば何でもない。戦闘員にも非戦闘員にも同じく、神武天皇御東征当時からの崇高な大和魂が、今日もまだ宿っていたことがわかった。狼狽したり、悲鳴をあげたり、浅ましい策動などをするのは、本当の大和民族の血をうけついでいない連中のやる真似なんだ」
●表記について
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