米露中からの空襲計画
――昭和×年、某国某所のナイト・クラブの一室にて――
「ねえジョン。お前さん、いよいよ出掛けるのかい」
女は男の膝の上で突然に尋ねた。
「そうさ、メアリーよ。もう命令一つで、吾が国におさらばだよ」
「大丈夫? 日本の兵士達は強いというじゃないの」
「なに心配はいらない。いくら強くても、わが国の飛行機の優秀さにはかなわないよ。ボーイング機、カーチス機、ダグラス機、こんなに優秀な飛行機は、世界中探したってどこにもない。そして乗り手は、このジョン様だもの、日本を粉砕するなんざ、わけはないさ」
「そう聞くと、たのもしい気もするけれど、あの東洋の島国を、どう攻めてゆくつもり?」
「そりゃ判っているよ」そこで男は女を側に下ろすと、ソファの上で肘を張った。「サラトガ、レキシントンなどという航空母艦四隻は勿論のこと、目下建造下のものも出来るだけ間に合わせ、太平洋を輪形陣で攻めてゆくのさ。母艦の上空には、アクロン、メーコン、ロスアンゼルス、などの大飛行船隊を飛ばしてさ、その周囲は、いつも航空母艦の上から、俺たちが交る交る飛び出して警戒の任に当っている。これの偉力は、映画『太平洋爆撃隊』にも撮ったことがあるが、知るものぞ知るで、まず空中無敵艦隊だね」
「しかし、そう容易に太平洋が渡れるの、ジョン」
「そこはプラット提督が、永年研究しているところだよ。大西洋艦隊が太平洋に廻って、一緒に練習をやっているのは、伊達じゃない。わが国の兵器は、正確で恐ろしい偉力をもっている。演習で、その正確さについてもよく合点がいったし、われわれも訓練上の尊い経験を得た」
「ハワイまでは行けても、それから先は、日本の潜水艦が襲撃してきて、サラトガの胴中に穴があきゃしないこと」
「なアに、優秀な航空隊、それに新造の駆逐艦隊に爆雷を積んで、ドンドン海中へ抛げこめばわけはないんだよ。そして現にわれわれは、ハワイの線を越えて、もっと日本の近海に接近したことがあるんだよ。自信はある。小笠原群島に、われわれの根拠地を見出すことも簡単な仕事だ。東京を海面から襲撃するのも、きっと成功するよ」
男は得意の絶頂にのぼりつめて、この上は往来へ飛び出して演説をしたいくらいだった。
「アラスカの方からは、攻めて行かないのかしら」
女は又訊いた。
「アラスカからも行くとも。飛行場はウンと作ってあるからね。千島群島から、北海道を経て、本州へ攻めてゆくのだが、ブロムリー中尉、ハーンドーン、バングボーン両君、わがリンドバーク大佐、などという名パイロットが日本へ行って、よく調べて来てあるんだ。今にその人達の知識が素晴らしく役に立つときが来るのだよ」
「ほう。何て勇ましい、あの人たちの働きでしょう」
「日本だけではない、中国へも行って、調べてある。ロバート・ショートは上海で死んだが、リンドバーク大佐は残念がっていられる。大佐は中国まで行って、よく調べてきた。中国へ飛行機を送っておいて、ここを根拠地として日本へ襲撃すれば、七時間くらいで東京へ達する。北九州を攻めるんだったら、その半分の三時間半で、間に合う」
「中国は、わが米国と一緒に対日宣戦をすれば、中国全土がわが空軍の根拠地になるわけなのね」
「中国だけでない。ソヴィエート露西亜も日本とはいつ戦端を開くかわからない。そうすれば浦塩から東京まで、四時間あれば襲撃できる」
「フィリッピン群島からは」
「これも出来ないことはない。勿論、空軍の根拠地としては、まことにいいところだ。しかしこれは日本が真先に攻撃して占領してしまうだろう。わが国としては、そう沢山の犠牲を払って、フィリッピンを護ることはない。それよりも帝都東京の完全なる爆撃をやっちまえばいい。グアム島も同じ意味で、日本に献上しても、大して惜しくない捨て石だ」
「あんたのいうことを聞いていると、日本なんか、どこからでも空襲できるようね。そんなら早くやっつけたら、いいじゃないの。そして、ああそうだジョン。日本へ着いたら絹の靴下だの手巾だの沢山に占領して、飛行機に積めるだけ積んでネ、お土産にちょうだいよ、ネ」
丁度その時刻、プラット提督は、米国海軍と空軍との有する兵力と訓練と、そしてその精密精巧なる理化学兵器とから見積られるところの換算戦闘力は、日本人の考えているより、十倍近くも強いということを復命書の中に書き入れた。それは東洋方面へ米国がいよいよ露骨なる行動を開始することを意味するものであった。太平洋の風雲は俄かに急迫した。
わが空軍の配置は
――昭和×年四月、九州福岡の三郎君の家庭――
「兄さん、今夜はお家へ泊っていってもいいのでしょう」
「三郎ちゃん。いつ中国の飛行機がこの北九州へ襲来するかわからないのでネ。兄さんは今日は泊れないのだよ」
「そう。つまんないなア。泊って呉れると、僕もっともっと日本の空軍の話を、兄さんに聞くんだけれどなア」
「じゃ、今お話するからいいだろう。しかし一体どんなことが知りたいのかい」
「あのネ、兄さん。僕、この間の夜、中国の飛行機が爆弾を積んで、福岡を襲撃してきた場合には、日本はどこに空軍の根拠地があって、どの方面から来襲する敵国の爆撃隊と戦うのかしらんと思ったら、急に心配になってきたんですよ。兄さんは航空兵だから、よく知っているでしょう、話して頂戴」
「うん。そんなことなら、兄さんでも話せるよ。まず中国の方面から空襲をされたとするとネ、一番先に向ってゆくのは、海軍の第一、第二航空戦隊なんだ。赤城と鳳翔が第一で、加賀と竜驤が第二。これが海軍の艦上機を、数はちょっといえないが、相当沢山積んで、黄海や東シナ海へ敵を迎え撃つ。この航空母艦は、太平洋へでも、南洋へでも、どこへでも移動が出来るから、大変便利だ」
「昭和八年二月にハワイから東京の方へ、三分の二も近くへ来たところに、不思議な島が現れて白い灯が点っているのを、日本の汽船が見たということだけれど、あれは米国の航空母艦かも知れないと新聞に書いてありましたネ。航空母艦は沢山の飛行機を載せて、ドンドン敵の領土へ近づけるから、物凄いんだネ」
「そんな話は、兄さん知らないよ。とにかくまず航空母艦でサ、その次が海軍の佐世保航空隊と、兄さんの所属している陸軍の太刀洗飛行連隊だ。――その外、朝鮮半島の平壌には陸軍の飛行連隊があるし、また中国南部やフィリッピン、香港などに対して、台湾の屏東飛行連隊がある」
「屏東って、台湾のどの辺ですか」
「ずっと、南の方さ。台南よりももっと南で、中心よりは西側にあってね。ほら、鳳山守備隊の近くだよ」
「ははあ、馬公の要塞も、割合、近いんだなア」
「それから、ずっと本州の中心へ向っては、帝都を遠まきにして、要地要地に空軍が配置されている。西の方からいうと、まず琵琶湖の東側に八日市の飛行連隊がある。それから僅か七十キロほど東の方に行った岐阜県の各務ヶ原に、これもまた陸軍の飛行連隊が二つもある。大阪附近も大丈夫だし、浦塩から来ても、これだけ固まっていればよい。帝都の西を儼然と護っているわけサ」
「浜松にも飛行連隊があったネ、兄さん」
「そう。浜松の連隊は、太平洋方面から敵機が襲来するのに対し、非常に有効な航空隊だ。それから、いよいよ東京に近づいてゆくが、東京の西郊に、立川飛行連隊がある。南の方で東京湾の入口追浜には海軍の航空隊がある。鹿島灘に対して、霞ヶ浦の海軍航空隊があるが、これは太平洋方面から襲撃してくる米国の航空母艦に対抗するものであることは明かだ。それから本土を離れた太平洋上にも、海軍の航空隊が頑張っている。東京湾の南へ二百キロ、伊豆七島の八丈島には、海軍の八丈島航空隊、その南方、更に六百キロの小笠原諸島の父島に、大村航空隊がある」
「ははア、随分海軍の航空隊って、太平洋の真中の方にあるんだなア。――それから外には……」
「もうそれだけ」
「おかしいなア、東京から北の方には、一つもないじゃないの、兄さん。アラスカの方から攻めて来たら、困るでしょう」
「しかし今日のところは、それだけ。この上お金が出来てくれば、青森の附近にも、北海道にも、樺太にも、或いは千島にも、航空隊を作りたいのだが……。兎に角、覘われるのは、政治の中心、商工業の中心地帯だ。そこで、こんな配置が出来ているというわけさ」
そのとき、奥の間から老僕が、腰に吊るした手拭をブラブラさせながら、部屋へ飛びこんできた。
「ああ、大きい坊ちゃま。今、お電話がありましたよ。『至急帰隊セヨ』というお達しでございます」
「そうか、よオし」と立ちあがる。
「兄さん、空中戦が始まるのですか」
「そうだ。北九州の護りは、今のところ、日本にとって一番重要なんだ。ここを突破しなけりゃ、中国大陸からいくら飛行機を送ってきても駄目だ。今夜か明日ぐらいに、また面白い射的競技が見られるというものさ」
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