殺人者の追跡
「そののちになって、川内警部が足首の上を斬られ、田口巡査はほおを斬られましたね。あれもみな、金属Qのやった第二、第三の事件なんです。これはどうです」
蜂矢探偵は、いよいよ検事のほうへ向きなおって、検事の答えはどうかと、目をすえる。
検事は、目をとじた。そして無言だ。
「そう考えると、針目博士邸における三つの殺人傷害事件も、かんたんに答が出てしまうのですがねえ。どうです検事さん。このおとぎばなしを採用なさったらどうですか」
検事が、やっと目をあけた。かれは、エンピツのおしりで書類のうえをぴしりとうった。
「だめだ。いくら答がうまく出ようと、仮定のうえに立つ答は、ほんとの答とはいえない。金属Qがはたして谷間三根子を殺したか、川内君を斬り、田口巡査を斬ったか。そのところの証明ができないかぎり、その答を採用するわけにはいかん。まさか検事が全文おとぎばなしの論告はおこなえない」
そうはいったが、検事も「もし犯人が金属Qならば」の仮定をおいて、答がずばりとでるその明快さには、心をうごかされているようすであった。
蜂矢はかるくうなずいた。その仮定さえ証明できれば、検事も了解すると見てとったからである。
「さあ、その仮定が真なりという証明ですが、これは針目博士に会って聞けば、一番はっきりするんです。しかし困ったことに針目博士は姿を消してしまった」
「針目は死んだと思うか、それとも生きていると思うか、どっちです」
「みなさんの調査では、針目博士はからだを粉砕して、死んだのだろうという結論になっていますね。ぼくもだいたいそれに賛成します」
「だいたい賛成か。すると他の可能性も考えているの」
「これは常識による推理ですが、針目博士はあの部屋の爆発危険をかんじて、あなたがた係官を隣室へ退避させた。そしてじぶんひとり、あの部屋にのこった。博士のこの落ちつきはらった態度はどうです。博士はじぶんが助かる自信があったから、あの部屋にのこったんです。そう考えることもできますでしょう」
「それは考えられる。だがあのひどい爆発は、われわれがあの部屋を去るとまもなく起こった。博士が身をさけるつもりなら、なぜそのあとで、われわれのあとを追って出てこなかったのであろうか。そうしなかったことは、博士は爆発から身をさけることができなかったんだ。それにあの爆発は、じつにすごいものだったからね」
検事は、そのときのことを思い出して、ため息をついた。
「あなたがたから見れば、爆発はたいへんすごいものであり、爆発はあッという間に起こったと思われるでしょう。しかし針目博士はあの部屋のぬしなんだから、そういうことはまえもって知っていたと思うんです。だから、いよいよわが身に危険がせまったときに、博士は非常用の安全な場所へ、さっととびこんだ。ただしこれは、あなたがたのあとについて、隣の部屋へのがれることではなかった。つまり、べつに博士は非常用の安全場所を用意してあり、そこへのがれたと考えるのはどうでしょう」
「そういう安全場所のあったことを、焼跡から発見したのかね」
「いや、それがまだ見つからないのです」
「それじゃあ想像にすぎない。われわれとて、もしやそんな地下道でもあるかと思ってさがしてみたが、みつからなかった」
「わたしは、もっともっとさがしてみるつもりです」
「いくらさがしても見つからなかったらどうする。それまでこの事件を未解決のまま、ほおっておくわけにはゆくまい」
「そうです。博士の安否をたしかめるほかに、他のいろいろな道をも行ってみます。そのひとつとして、わたしは金属Qを追跡しているのです」
「え、なんだって、金属Qを追跡しているって。きみは正気かい」
長戸検事は目をまるくして、蜂矢探偵の顔を見つめた。
「検事さん。わたしはもちろん正気ですよ」
「だってどうして金属Qを追跡することができるんだい。そんなものは、どこにもすがたを見せたことがない」
「さあ、そこですよ。金属Qのすがたを見た者はない。また金属Qのすがたがどんな形をしているか、それを知っている人もないようです。ですが金属Qは、まず第一に谷間三根子を殺害しました。あの密室をうちやぶって、中へとびこんだ連中は、室内に金属Qのすがたを発見することはできなかったが、そのすこしまえに金属Qが電灯のかさにあたって、かさをこわす音は耳で聞きました。そうでしょう」
蜂矢の話は、事件のすじ道をたしかに前よりもあきらかにしたように思われ、検事も心を動かさずにいられなくなった。蜂矢はつづける。
「つまり、金属Qは、相当のかたさを持っているが、すがたは見えにくいものである。このように定義することができます。このことを裏書するものは、つぎの警部と田口巡査の負傷です」
「あ、なるほど」
「見えない金属Qは、あの室内にとどまっていたんですが、きゅうにふとんのしたかどこからかとび出した。そのとき川内警部の足首の上を、すーッと斬った。そして金属Qは室外へとび出したのです。そこは廊下です。廊下を博士の居間のある、奥のほうへととんでいく途中、田口巡査のほおを斬った。そうでしょう。こう考えて行けば、われわれは金属Qを追跡していることになる。そう思われませんか」
蜂矢の顔は、真剣だった。
「骸骨の四」とQと
「なるほど。そう考えると、すじ道がたつ。感心したよ、蜂矢君」
検事はポケットからタバコを出して、火をつけた。
「さあその先です」
と蜂矢はこぶしでじぶんの手のひらをたたいた。
「それから先、金属Qはどこへ行ったかわからない。わかっているのは、あなたがたが、博士に談判して、倉庫や研究室をおしらべになったことです。それから爆発が起こったというわけです」
「ちょっとまった、蜂矢君。れいの『骸骨の四』ね。第二研究室の箱の中からすがたをけしていて、針目博士がおどろいたあれだ。あの『骸骨の四』と金属Qとはおなじものだろうか。それとも関係がないものだと思うかね」
検事も、いつの間にか、蜂矢のおとぎばなしに出てくる仮定を、しょうしょう利用しないではいられなくなったらしい。
「ああ、そのことですか。わたしは問題をかんたんにするため、いちおうその『骸骨の四』と金属Qとが同一物であったと仮定します。もしこの仮定がまちがっていたところで、たいしたあやまりではないと思います。同一物でないとしても、両者は親類ぐらいの関係にあるものと思います」
「ふーン。そうかね」
「つまりどっちも博士の研究物件なんです。そしてどつちも生命と思考力とを持っているものと考えられる。いや、その上に活動力を持っているんです。『骸骨の四』は、金属Qと同一物であるか、そうでないにしても、金属Qは『骸骨の四』から生まれた子か孫かぐらいのところでしょう。けっして他人ではない」
蜂矢のほおが赤く染まった。かれも、じぶんのたてた推理に興奮してきたのであろう。
「これは気味のわるいことになった」
と検事は、指にはさんだタバコから、灰がぼたりとひざの上へ落ちるのにも気がつかない。
「われわれは知らないうちに、金属Qと同席していたことになるんだね。これは生命びろいをしたほうかね。いやな気持だ」
「検事さん、これはあなたのお信じにならない、おとぎばなしの仮定のうえに立つ推定なのですよ。それでも気味が悪いですか」
蜂矢が皮肉ではなく、まじめにたずねた。
「うむ。なんだか知らないが、ぼくはいましがた、とつぜんいやな気持におそわれた。いままでの経験にないことだ。そうだ、これはきみの話し方がじょうずなせいだろう。ぼくはやっぱりおとぎばなしなんか信じることはできないね。はははは」
と検事は笑った。そしてタバコを口へ持っていったが、火は消えていた。
「ところが検事さん。いままでの話は、おとぎばなしや仮定であったかもしれんですが、ここに新しく、厳然たる怪事実が存在することを発見しました。このものは、考えれば考えるほど、おそろしい正体を持っていると思われてくるのです。まさに二十世紀がわれわれに、おきみやげをする奇蹟である。というか、それとも、われわれは実にばかにされていると思うんです」
蜂矢の目が、あやしく光ってきた。
「それは何だい。きみのいっていることはチンプンカンプンで、意味がわかりゃしない」
「いや、そうとでもいわなければ、その怪事実のあやしさ加減をすこしでも匂わすことができないのです。まあ、それよりは、さっそくこれからご案内しましょう。わたしといっしょに行ってください。そして検事さんはご自分の目でごらんになり、そしてご自分の頭で、その怪事実の奥にひそむ謎をつまみ出してください」
「え、どこへ行ってなにを見ろというのかい」
「今、浅草公園にかかっている“二十世紀の新文福茶釜”という見世物を見物に行くんです。これは、わたしの助手である小杉少年が、わたしに知らせてくれたものです。じつは茶釜じゃなく、めしたき釜の形をしているんですが、それがひょこひょこ動き出し、音楽に合わせておどったり、綱わたりもするんです。しかもインチキではないらしい……」
「インチキにきまっているよ。きみもばかだねえ」
「いや、ところがわたしのしらべたところは、インチキでないのです。わたしは気がついたのです。あの新文福茶釜こそ、金属Qそのものが、茶釜にばけているのかもしれません」
「なに、金属Qだって。よし、すぐ出かけよう。そこへつれていってくれたまえ」
検事は立ちあがって帽子をつかんだ。
観音堂うら
すばらしい人気だった。
「二十世紀の文福茶釜は、こちらでござい。これを一度みないでは、二十世紀の人だとはいえない。これを見ないで、二十世紀の科学文化をかたる資格はない。東京第一の見世物はこれでござい。
坊っちゃん、お嬢ちゃん、さあ、いらっしゃい。学童諸君も大学生諸君も、早く見ておいたがよろしい。社会科に関係あり、理科に関係あり。
このめずらしい『鉱物』を見おとしては一代の恥ですよ。さあ、いらっしゃい。入場料はびっくりするほどやすい。たった三十円です。こどもさんは大割引のたった十円」
観音堂のうらにあたる空地に、本堂そこのけの背の高い大きな小屋がけをし、サーカスそっくりのけばけばしいどんちょうやら大看板、それに昔のジンタを拡大したような吹奏楽団が、のべつまくなしに、ぶかぶかどんどん。
この大宣伝政策はみんな、かの大学生雨谷金成、いや、この興行主の雨谷狐馬が、頭の中からひねりだしたもの。
花形大夫の二十世紀文福茶釜は、じつは彼が新宿の露天で、なんの気なしに買ってきた、めしたき釜であった。
「どうです、長戸さん、この景気は……」
と、蜂矢探偵は検事の顔を見る。
「いやあ、大したものだね。おそるべき大あたりの興行だ。これじゃ表の観音さまのおかせぎ高よりは多いだろう」
検事は目をぱちくり。
「それじゃ、われわれも場内へはいってみましょう。二郎君。入場券を買っておくれ、大人二枚に子供一枚。子供というのは、君のぶんだよ」
そういって蜂矢はポケットから、紙幣をまいたのを出して、その中から七十円をとって、小杉少年にわたした。
少年は、すぐかけていって券を買って来た。そこで三人は、すごい人波にもまれながら、小屋の入口から中へはいった。
三千人あまりの入場者が、ひしめきあって、舞台の上の怪物の動くあとを、目で追いかけていた。
舞台は、拳闘のリングのように、見物人に四方をかこまれてまん中にあり、いちだん高くなっていた。そして舞台から二本の花道が、楽屋の方へわたされていた。
大学生雨谷は、りっぱな燕尾服をつけ、頭髪はとんぼの目玉のように光らせ、それから長い口ひげをぴんと上にはねさせ、あごには三角形のあごひげをはやして、どうやら西洋の悪魔の化身のように見える。
手にはぴかぴか光る銀の棒を持って、二十世紀茶釜にしきりに気あいをかけている。
「いよいよ、これより千番に一番のかねあい、大呼び物の綱わたりとございまする」
美しい女助手が六人、ばらばらとあらわれ、舞台に高く綱をわたす。そのあいだ、問題の怪物は、台の上の、赤いふとんの上にどっしりしりをおちつけ、ごとごととからだをゆすぶっている。
綱は引きはられた。助手たちは、左右へぱっと、花が飛ぶようにわかれると、三角軒狐馬師がしずしずと舞台の中央に立ちいでて、口上をのべる。
「いよいよもって、二十世紀茶釜の綱わたりとございまする。ところがこの綱わたりは、あっちにもある、こっちにもあるというかびくさい綱わたりとはちがい、すこぶる奇想天外、大々奇抜なる綱わたりでございまする。それはじつに、ユークリッドの幾何学を超越し」
と、ここまでいうと、れいの花のような女助手が左右から雨谷のうしろにきて、雨谷のからだに、うらがまっかな大学教授のガウンを着せ、それから雨谷の頭の上に、ふさのついた四角い大学帽をのせる。
「しかして二十世紀の物理学の弱点をつき、大宇宙の奥にひそめられたる謎をば、かつ[#「かつ」はママ]ギリシャの科学詩人――」
「能書が長いぞ」
「早くやれッ。演説を聞きにきたんじゃねえや。綱わたりをやらかせ」
「そうだ、そうだ。早く茶釜の綱わたりを見せろ」
「……いや、諸君のご熱望にこたえ、くわしき説明はあとにゆずり、ではさっそく綱わたりをお目にかけまする。花形茶釜大夫、いざまずこれへお目どおりを。はーッ」
すると、れいの怪物の釜が、赤いふとんからむくむくと動きだして、ぬっとさしだした雨谷の手の上にひょいと乗る。
そのまま、お客のまえを、釜はあいさつするように、つつーッと通る。
それが一巡りすると、釜は綱のはしへ、ひょいとのせられる。
一本の綱だ。その綱はゆらゆらとゆれている。その上へ、釜がのる。見たところ、はなはだ不安定だ。
だが、怪物の釜は、どんとおしりをおちつけて、落ちはしない。
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