海岸の乱宴
太っちょのマルタン氏が、けんめいに密林の雑草をかきわけて、早く走ろうとするその姿は、こっけいでもあったが、そのまごころを思えば、玉太郎は笑えなかった。
二人は、やけつくようなのどのかわきをがまんし、顔や手足にひっかき傷をこしらえて、密林を突破した。
椰子の木のむこうに、まぶしい海が見えてきたとき、玉太郎は気がゆるんで、ふらふらと倒れそうになった。それをマルタンがうしろからかかえてくれた。
しかしマルタン氏は声が出なかった。それで、声のかわりに玉太郎の肩をぱたぱたとたたき、彼の顔をハンカチであおいでやった。
玉太郎もやはり声が出なかったので、身ぶりでもってマルタン氏に感謝した。つっ立っている二人の脚から腹へ、腹から胸へと、赤蟻がぞろぞろとはいあがってきた。
「もう一息だ。元気を出して……」
マルタン氏が、やっと口をきいた。
「もう大丈夫。さあ行きましょう」
玉太郎も、しゃがれ声を出して、マルタン氏の先に立って、また走りだした。
さいごの椰子の木の林をとおりぬけ、二人は海岸にたっているテントめざしてかけた。
小屋の前に、人々はあつまっていた。にぎやかに、歌をうたったり、手をあげたり、おどったりしている。酒宴がはじまっているらしい。
玉太郎とマルタンが近づくと、彼らは、酒によったとろんとした眼で、二人をよく見ようとつとめた。しかし首がぐらぐらして、はっきり見えないようすだ。
「だ、誰だ。こわい顔をするない。まあ、一ぱい行こう」
そういったのは、水夫のフランソアであった。その横には、水夫のラルサンがよいつぶれて、テーブルがわりの空箱に顔をおしつけたまま、なにやら文句の分らない歌を、豚のような声でうたっている。砂の上には、酒のからびんがごろごろころがり、酒樽には穴があいて、そこからきいろい酒が砂の上へたらたらとこぼれている。
玉太郎もマルタンも、あきれてしまった。
そのむこうの、大きなテーブルには、――テーブルといってもやはり空箱を四つばかりならべて、その上に布をかぶせてあるものだが――巨漢モレロが、山賊の親方のように肩と肘とをはり、前に酒びんを林のようにならべて、足のある大きなさかずきで、がぶりがぶりとやっていた。彼の眼ぶたは下って、目をとじさせているようだったが、ときどきびくっと目をあいて、すごい目付で、あたりを見まわす。
「……おれが許すんだ。今日はのめ。……うんとのめ……文句をいう奴があったら、おれが手をのばして、首をぬいてやる。なあ、黄いろい先生」
黄いろい先生といってモレロが首をまわした方向に、張子馬がしずかにテーブルについていたが、玉太郎とマルタンが、青い顔をしてかけこんで来たのを見ると、彼はさかずきをそっと下においてたち上った。そしてモレロの頭ごしに、玉太郎たちに声をかけた。
「なにか一大事件がおこったようですな。何事がおこりましたか」
感情をすこしもあらわさないで、中国の詩人は、しずかにたずねた。
「たいへんです。恐竜の洞窟の中で、みんなが遭難してしまったんです」
「ロープが切れて、みんな崖の中段のところに、おきざりになってしまったんだそうだ。すぐみなさん、救援にいって下さい」
「それは大事件ですね。ロープだけでいいのでしょうか」
張は、冷静にたずねた。
「ロープと食糧とあかりと……それから薬がいる」と玉太郎がいった。
「ロープはいちばん大事なものだ。たくさん持っていく必要がある。そして早くだ」
マルタンは、何が大切だか、よく心えていた。
張子馬はうなずいた。そして水夫のところへ行って、
「おい、フランソア。ラルサン。もう酒もりは、おしまいだ。こんどはお前たち、出来るだけインチのロープを肩にかついで、あの密林の奥へ急行するんだ。分ったか、フランソアにラルサン」
と、二人の肩を、いくどもたたいた。
二人とも、首をぐらぐらしているだけで、張のいっていることが半分しか分らない面持であった。
「やい、やい、やい、やい……」
モレロが仁王のように立ち上った。
「おれをのけものにして、何をどうしようというんだ」
慾の皮
玉太郎もマルタンも、気が気ではなかったが、救援隊はそれから一時間のちになって、出発した。
そのときには、二人の話によって、留守隊の連中もだいぶんよいがさめかけてた。恐竜は一頭かと思ったのに、この島には五頭も六頭も集っていると聞いては、よいもさめるはずであった。
密林をくぐりぬけて、沼のところへ出たときには、モレロも二人の水夫たちも正気にもどっていた。
「おや、学者親子が、あんなところで遊んでいるじゃないか」
モレロが、けわしい目をして、沼畔の榕樹の根かたを、つきさすようにゆびさした。ツルガ博士とネリは、さっきからずっとそこにいたのだ。
博士はモレロの声を聞くと、けいべつの色をうかべた。ネリはモレロのおそろしいけんまくにおびえて、父親の胸にすがりついた。
玉太郎は、モレロに対していかりを感じ、大いにいってやろうと前へとび出そうとしたところ、張がそれをおさえた。
「相手がわるい。そして今は、大切な時だ」
と、張は玉太郎にささやくようにいった。
そうだ。ラツールやケン、ダビットたちを救うまでは、仲間われしては不利なのだ。それだけ救援力が小さくなるおそれがある。玉太郎は、いきどおりをぐっと胸の奥へのみこんで、ただネリの方へ同情の視線をおくった。
「あいつらにも、救援の仕事をさせないと、不公平だ。おれが引立ててやろう」
「まあ、待ちたまえ、モレロ君」とマルタンがとめた。そして葉巻を一本出してモレロにあたえた。「ツルガ博士はあのままでいい。いっしょに連れていっても、かえってわれわれの足手まといになるだけだ。なんにしろ、恐竜群にたいして、われわれはすばやく行動しないと、とりかえしのつかないことになるからね」
「ふん。じゃあ、このたびは見のがしてやるか」
モレロは、にくにくしげにいった。よほど彼は、博士が、虫がすかぬらしい。
断崖をのぼり、それから林の中をはいって地下道を通り恐竜の洞窟へ入った。
洞窟のものすごい光景。海水に身体をひたしてうずくまる四頭の恐竜の姿。洞窟の中へさしこむ陽の光のまぶしさ。わわんわわんと反響する波の音。はじめてこの光景を見る四人の新来者たちは、みんな顔色をかえた。
「すごいところがあったもんだ」
「地球の上に、こんな別天地があろうとは、夢にも思わなかった」
「これは、地獄の入口かも知れない」
「恐竜の巣にとびこむなんて、契約になかったぞ」
四人が四人、それぞれに恐怖につつまれてしまった。
マルタンは指揮をとる。
「さあ、作業はじめだ。ロープを、まず四本は、下へおろさなくてはならない。そこらにしっかりした岩を見つけてロープの端をしばりつけるのだ」
「見物はあとにして、こっちへ集って下さい」
と、玉太郎がさけぶ。
「いいきみだ。へいぜい、えらそうな口をきいた連中も崖の中段で小さくなっているじゃないか。うわはははは」
モレロは毒舌をふるう。
「モレロ君。君は自分の分を、このロープでくくりつけたまえ」
「わたしはいやだよ。下に下りる気はない」
「ほんとかね。わしはかけをしてもいい。今に君は、きっと下へ下りるだろう」
「とんでもないことだ。しかしあの恐竜をたねに、なんとか金もうけを……うむ、むにゃむにゃむにゃ」
「では、張さん。あなたは身体がかるいから、水夫がおろしたロープで、先へ下りて下さい。なあに、下の連中に、元気のつくような話をしてくれれば、それでいいんですよ」
マルタンは張にいった。
「伯爵の姿は見えんですね」
「そうです。張君。玉太郎君の話によると、一番下まで落ちたそうです」
「どうして彼ひとりが落ちたんですかな」
「それはねえ、張さん」と玉太郎が説明の役にあたった。
「伯爵は、とつぜんロープに下って下りてきたのです。ところがそのロープにはダビットさんとラツールさんがとりついていたもんだから、三人の人間の重味にはたえられなくなって、ぷつりとロープが切れたんです」
「ほう、ほう」
「上の方にいた伯爵は、もんどりうって一番下まで落ちました。なぜそんなむちゃを伯爵がしたのか分りませんが、ぼくが感じたところでは、伯爵はなにかにおどろいたためだと思います」
「なにかにおどろいたとは?」
「その前に、伯爵はひとりで、洞窟のあちこちを見まわしていましたがね、そのうちにおどろきの声とともに何か一言みじかいことばをいって、ロープへとびついて下りようとしたのです」
「短いことばというと……」
「ぼくは、よくおぼえていないのですが、なんでも、“あ、見えた、金貨の箱だ”といったように思ったんです」
「えっ、金貨の箱」
張がおどろいたばかりか、それに聞き耳をたてていた二人の水夫も、つとばかりに仕事の手をとめた。
モレロは、もっとはげしくおどろいたと見え、満面朱にそめると、一本のロープをとりあげて、自らいそいで岩根にくくりはじめた。
伯爵の行方
ロープが張られて、ラツールはダビットに助けられ、上へ引上げられた。
「おお、玉ちゃん」
ラツールは玉太郎にだきついた。
「よかったねえ、ラツールさん」
「ありがとう。君は三度もぼくの生命をすくってくれた」
二人はうれし涙にくれて、いつまでも抱きあっていた。
その間に、救援隊の四人はロープをつたわって、崖の中段におりた。
「ははあ、あれだな。ぴかぴか光っていらあ」
「ほんとに、あれは金貨らしい光だ」
フランソアとラルサンが、小さい暗礁の上に光るものを見つけて、感心している。
張は、無言だ。
モレロは、うなりつづけた。そして口の中で、ぶつぶつなにかいっている。
「……それで分った。あの伯爵め、恐竜以外に、何かもうけ仕事のこんたんがあると、にらんでいたんだが……まさか、これほど大きいものとは思わなかった。……どう見ても、海賊の残していった金貨の大箱が五つも六つもあるようす……時価になおすと、どえらい金高になるぞ。……恐竜を生捕ることはやめて、これはどうしても、あの金貨をねらわにゃ損だ……はて、どうしたら、あの岩のあるところまで、安全に行けるだろうか……」
ラツールはマルタンにかいほうされることになった。
玉太郎はケンから相談をうけて、このさい、伯爵の安否をたしかめるため、あの中段の崖から下へおりて、海水がみちている崖下をさがすことになった。
これは人道上、どうしてもやらなくてはならない仕事だった。
これに参加したのは、ケンと玉太郎の外に、冒険好きのカメラマンのダビットと、あとから救援に来た張詩人であった。
四人は恐竜を気にしながら崖下へロープを伝わって下りていった。
恐竜はおとなしく、昼寝をしているように見えた。
波がばさばさと洗う岩根をふみしめながら、四人は伯爵の姿をもとめて、先へ進んだ。
いつもケンとダビットが先に立っていた。この映画班は、時々撮影をやった。これはもちろん商売であった。貴重な収穫だ。そういうときには、玉太郎が先へ出た。
玉太郎が先へ進んでいるときのことであったが、波の岩のくぼみに、一つのされこうべが捨ててあるのを発見した。
「あっ、されこうべだ。伯爵のされこうべ……」
伯爵は恐竜にくわれて、こんななさけない姿になってしまったのかと思った。
ケンが追いついてきて、そのされこうべを手にとってみて、これは伯爵のものではないと断定した。
「見たまえ、波にあらわれて、骨が丸くなっているとこがある。よほど古いされこうべだ。伯爵のでないから、悲しまないでいいよ」
そういわれて少年は、胸をおさえて、にっこり笑った。
「じゃあ、誰の頭なんでしょうね」
「さあ、誰かなあ。とにかくこの恐竜の洞窟には、永い興味がある歴史があるんだね」
しばらく行くと、一行は、岩根に、おびただしい人骨を発見した。
「やあ、これはたいへんだ」
「いやだね、ぼくたちはこんな風になりたくない」
一行四人は、その前に立ったまま足がすくんでしまった思いだった。
慾ふかども
恐竜の洞窟の断崖での上では、モレロがひじょうに昂奮している。彼のすごみのある顔が、一そうけわしくなり、頬はひっきりなしにけいれんし、眉はぴくぴくと上ったり下ったり。そして急に歩きだしたり、また急に足をとめたり、落ちつきがない。しかもその間に彼は、海面に眠る恐竜の群から目をはなさない。
「ふーン。畜生め」
彼はうなる。
二人の水夫フランソアとラルサンも、モレロをこのように昂奮させた岩の上の黄金色まばゆき何物かを見つけてしまった。二人はむきだしに思っただけのことをさっきからしゃべっている。
「おいラルサン。おれたちはいよいよ百万長者になるんだぜ。あのぴかぴかしているのは、恐竜の卵なんだ。え、すばらしいじゃないか、恐竜は、あんなにぴかぴかと金色にひかる卵をうむんだぜ」
「フランソア、気をしっかり持ってくれ。たとい恐竜の卵を見つけたにしろ、どうしておれたちは百万長者になれるんだ」
「二人でな、この崖を下りて、あれを取るんだ。フランスまで持ってかえれば、一箇につき五万フランや十万フランで買い手がつくよ。いや、もっと高く売れるかもしれない」
「恐竜の卵が、そんなにいい値段で売れるかい、いくらぴかぴか金色に光っていても、卵だもの、とちゅうでくさりゃおしまいだ」
「あほうだよ、お前は。恐竜の卵とニワトリの卵といっしょになるものか。恐竜の卵は、すぐにはくさらないんだ。金色をしているのが何よりの証拠じゃねえか」
「金色していると、永くくさらないのかい」
「はて、分り切ったことをいう。金色だから、熱もはじくし、中へバイキンも侵入できないし、おおそうだ、お前も見て知っているだろうが、ロンドンの博物館に恐竜の卵がたくさん陳列してあったじゃないか」
「ああ、あれなら見たよ。あれがどうかしたか」
「どうかしたかもないもんだ。あれは五百万年前の恐竜の卵なんだ。五百万年も、あのとおり、くさらないで、ちゃんと形をくずさないでいるじゃないか」
「そうかなあ」
「だからよ、ここから、フランスまではこぶのに、二週間あれば大丈夫だから、その間にくさることはありゃあしないよ。なにしろ五百万年もくさらない卵なんだからねえ」
「ふーン。分ったようでもあり、まだすこしのみこめないところもあるんだが……」
「お前はいつものみこみが悪いさ。頭がすごく悪いと来てやがるからね」
「しかしだなあ、フランソア。そうときまったら、早くあのぴかぴか卵をもらってこようじゃないか。お前、先へ行って、あそこへ泳いで卵を一箇か二箇ぐらい取って来るんだ。おれはその間に、細いロープで籠をあんでおくからね」
「それでどうする」
「おれがその籠を、ロープで崖下へ下ろさあ。お前は恐竜の卵を籠に入れて、ロープをひいて、よしと合図する。するてえと、おれはロープをたぐりあげて、ぴかぴかした卵を籠から出し、このへんに積みあげて行かあ。どうだ、いい段取だろう。どんどん仕事がはかどるぜ」
「バカヤロー」
「えっ、なんだって、きたないことばは使わない方がいいよ」
「だってそうじゃねえか。お前はここにずっといるんだから、いい役だよ。しかしおれはどうなるんだ。海を泳いだり、つるつる卵をかかえたり、それからよ、恐竜にいやな目でながめられたり、いい役まわりじゃねえ。だから腹が立つんだ」
「まあまあ、フランソア。お前はいつも気がみじかくて早合点すぎるよ。お前ばかりに、卵をとるために海を泳がせたり、何かいやな目でながめられたりさせやしない。とちゅう、半分ぐらいのところで、お前とおれは交替しようというんだ。だからぜったいに仕事は公平に分担するんだ。怒ることはないよ」
「ああ、そうか。とちゅうで、半分ぐらいのところで交替でやるのか。うん、そんならいいんだ。それを早くいわないから、こっちはまちがえて腹を立てる」
「さあ、そうと話が分ったら、すぐ仕事にかかろう。おれは籠をあみにかかる。お前はそのロープにすがって早く崖の下へ下りて行きねえ」
「よし来た。いや、まてよ……」
「さあ、早く下りねえ。蟇口なんか、とちゅうでなくすといけないから、おれに預けて行きねえ」
「こいつめ。おれが早合点するのをいいことにして、うまくごまかして、先へ恐竜のところへやろうとしやがったな。なんという友情のない野郎だ。フランス水夫の面よごしめ。たたきのめしてやる」
「何を、とんちきめ」
フランソアがつかみかかると、ラルサンも負けてはいなかった。はげしい組打がはじまろうとした寸前。
「おい、しずまれ。二人とも、けんかはやめて、うしろへ引け。いうことをきかねえと、心臓のまん中へピストルの弾丸をごちそうするぞ」
と、雷のような声がひびいた。モレロの大喝だった。
とつぜんの銃声
二人の水夫は、ちぢみあがった。
モレロと来たら、手の早いらんぼう者であることを、これまでのつきあいで、よく知っていた。ピストルの引金をひくことなんか、つばをはくほどにも思っていない悪党だ。おとなしくしないわけにはいかない。
「お前たちに話がある。耳よりな、もうけ話だ。ここじゃ工合がわるい。こっちへ来い」
モレロは、なぜか急に声をおとして、二人の水夫のうしろの岩かげへひっぱっていった。
あとには実業家マルタンひとりが、上に取り残された。彼は、モレロのやっていることに気がつかないような顔をしていたが、実はすっかり知りぬいていたし、モレロのこれからやろうとすることにも見当がついていた。彼は不安を感じて、胸さわぎがおこった。
彼は崖のはしまでいって下をのぞいた。この崖を水面まで下りていって、行方不明の伯爵をさがしにいった玉太郎たちの姿が見えるかと思ったのだ。だが、玉太郎の一行は見えなかった。もし見えたら、マルタンはすぐ信号を送って、彼らをしきゅうひきかえらせるつもりだった。今なら、モレロや、その手下のような二人の水夫に知れずに、合図を送ることができたのだが、見えないとは残念であった。
玉太郎たち四人は、浪の洗う岩根をふみこえ、伯爵の姿か又は所持品かを発見するために努力をつづけた。
だが、いくら探しても、伯爵の姿はなかった。このへんに伯爵の身体がなくてはならないところにも、まったく何も落ちていないのであった。
一時間あまりを空費して、何の収穫もなかった。そのとき彼らは、ロープで下りてきたところの岩根をかなり前方へまがって、恐竜のわだかまっている地点まで、あと三四メートルのところに来ていた。巨大なる体躯をもった恐竜としては、一とびか二とびでとんで来られるところだった。しかし四人は、そのことについて正確には気がついていなかった。というわけは、彼らと恐竜の間には、将棋の駒のような岩があって、恐竜どもの姿を、彼らからかくしていたのだ。
ところが、玉太郎たちは、にわかにこの恐竜どもの姿を、頭上に仰ぐようなことになった。
そのきっかけは、崖の中腹あたりかで、とつぜん轟然たる銃声がなりひびき、つづいて、だーン、だだーンと、めった撃ちに射撃がはじまった。
「おやッ。何が起ったのだろう」
「誰だい、ぶっぱなしたのは……」
ケンもダビットも玉太郎も、顔色をかえて、銃声のした方向をあおいだ。しかし屏風のようにそそり立った岩がじゃまになって、発砲者の姿は見えなかったが、誰とて分らないが、おそろしい悲鳴がつづけざまにして、それにかわって怒号が聞えた。
と、頭の上が、急に暗くなったように思った。はてなと、その方を見ると、太い丸木橋みたいなものが、二つ岩の上にかかり、前後に大きくゆれていた。その橋は、急にふくれたり、筋ばったりした。丸木橋でなく、それが恐竜のくびであることに、間もなく気がついた。三頭だか四頭だかの恐竜が、彼の方へ向って攻撃をくわえているのだ。
「ばかな奴だ。誰だかしらんが、とうとう恐竜どもを怒らせてしまったんだ」
ケンは恐怖にみちた目で、玉太郎たちを見まわした。ダビットは、カメラを上へむけて撮影に夢中であった。
「天につばをはくようなものだ。彼らは深刻にさとった頃だろう」
張はおちつきはらって、そういった。それがモレロたちの仕業であることを、張はすぐさとったようだ。
「ケンさん。恐竜は元来おとなしい動物じゃないんですか。人間をたべたりしないのでしょう」
玉太郎は、ケンにたずねた。
「あの巨獣は、おとなしいだけに、いったん怒らせると、ものすごくあばれるんだ。これはぐずぐずしていると、とばっちりが、こっちへまわってくるぞ。おう、みんな。今のうちに安全なところへ避難するんだ」
さすがにケンは、早く気がついた。崖の上の誰かと恐竜の格闘がつづいている間に、こっちは安全地帯をさがしあてて、そこへとびこんでいようというのだ。
「あそこにいいところがある。ひくい天井をもった洞穴があるんだ。そこへ行って、もぐりこもうや[#「もぐりこもうや」は底本では「もぐりこうもや」]」
ケンは一同に合図をしてうしろへひっかえした。
恐竜どものおそろしいさけび声が洞窟をはげしくゆすぶり、まるで地獄の底にある思いだった。
避難の穴
「ここだ。大丈夫、みんなはいれるだろう」
ケンがゆびさしたのは、海面からわずか一メートルばかりの高さに口を開いている洞穴であった。人間が二人腰をかがめてはいれるぐらいの大きさだった。自然にできた洞穴とは思われないしるしが、この洞穴の入口の上にあった。のみで、けずったようなあとが見えるのだった。なお入口の上に、なんだか文字のようなものが岩にほりつけてあるらしく思われたが、今はそれを判読しているひまはなく、ケンは一同をうながして、洞穴の中へもぐりこんだ。
携帯電灯で、ケンが中を照らしてみると、奥は広くなっており、天井も高くなっていた。たしかにこの中は人工が加えていることがわかった。岸壁も、のみでけずって、中をひろくしたにちがいない。けずられた小さい石塊が、がさがさと靴や膝の下に鳴る。
だんだん奥にはいったが、入口から七八メートルに行ったところで、行きどまりになっていた。壁のまん中に、舷窓ぐらいの穴が一つあいていた。そのあたりは、やや高くなり、壁も垂直に削ってあったが、ほりにくいせいか奥行のせまい棚のようになっていた。
ケンは、いちばん奥のところへあぐらをかくと、
「ここでしばらく形勢を見守ることにしよう。とにかくここにもぐりこんで、おとなしくしていれば、恐竜に襲撃されることはないだろう」
といった。
一同もケンの説に同感して、安堵の色をあらわした。
この洞穴にも、怪獣のおそろしい咆哮がひびいてきた。銃声はもうしない。
いったい崖の上では、どんなことが起ったのであろうか。
すべてはモレロのらんぼうと、そして彼と二人の水夫との慾ばり根性に発しているのだった。
モレロと二人の水夫は、ロープにすがって、崖を中段まで下りた。それは、海中の岩の上のぴかぴか光るものに、すこしでも近づくためだった。
モレロは、そのぴかぴかの正体をもう少しはっきり見きわめたいと思った。彼は二人の水夫のように、それが黄金色をした恐竜の卵であるなどとは思っていなかった。大昔の海賊が持ちこんだ金貨か黄金製の装飾品か武器のたぐいであろうと見当をつけていた。
あいにくと、望遠鏡を持ってこなかったので、残念でしかたがなかった。そこで崖を中段まで下り、二人の水夫に命じて、小さい岩のかけらを、かのぴかぴか光るものに向って、力いっぱい投げさせてみたのである。それがうまくとどいて命中すれば、音がするであろうし、また位置をかえ、あるいははじきとばすであろう。それによって、ぴかぴか光るものが何であるかを、もっと正確に診断することができるはず――と、モレロは、彼らしい智恵をはたらかせたのであった。
フランソアとラルサンは、水夫になって以来はじめて命じられたこの仕事を、とにかくはじめたのだった。上の崖から落としておいた岩のかけらを足もとからひろいあげ、
「えいッ」
「それッ」
と投げつづけたのである。
ところが、モレロが考えたようには、なかなかいかなかった。うまく命中してくれないのであった。そればかりか、とんでもないものに命中してしまった。眠っていた恐竜の鼻に、岩のかけらが、ごつんと命中したのであった。
さあ、たいへん。恐竜がぐいと鎌首をもたげると、うなり声をあげて怒り出した。仲間の恐竜も目をさまして、びっくり半分、さわぎだした。そこへモレロがピストルをぽんぽんとぶっ放したものだから、さわぎは大きくなった。恐竜は、嵐のような息をはいて、人間どもにおそいかかったのであった。三人は今や最大の危機にさらされた。
一方、洞穴の中にいちはやく避難した玉太郎にケンとダビット、それから張の四人組の方にも、一大危険がおそいかかった。
というのは、運のわるいことに潮がだんだんあがって来たのである。四人のしめていられる場所は、刻々とせまくなって来た。早い時期に外へとび出した方がよかったかもしれない。だが、四人はすっかり疲労しきっていた上に、恐竜の咆哮がおさまるとともに、心のゆるみが一度に出て、四人とも前後もしらず、深い睡りに落ちていったのである。やがて気がついたときは、身体の一部が海水にひたされており、そして洞穴の入口は海水のために隙間もなくふさがれていたのであった。
「おい、起きろ、起きろ」
ケンがまっ先に気がついて、一同をおこした。ダビットは、足をすっかり水びたしになっていた。ケンと玉太郎はそれほどぬれていなかった。
「まだ潮はあがってくる。どこまであがってくるか分らないが、まさか天井までひたすことはあるまい。みんなこっちへかたまろう」
一同は、きゅうくつなかっこうで、奥へ集った。
どこまで水はあがってくるか。もうこのへんで停まるだろうと思いの外、水は勢いをゆるめず、水位をあげてきた。
ケンは、その頃、いやなことに気がついた。それはうしろの岩壁の穴から、空気がぬけていくということだった。もしこの穴がなかったら、洞穴は壺のようになっていて、潮が入るにつれ空気は圧縮されるけっか、海水をおしもどし、ある程度いじょうに海水を入れないですむ。ところが、壺の底に穴があいていると、空気は圧縮されないから、この洞穴はすっかり水びたしになってしまうおそれがある。いやなことは、このことだった。
四人がはいりこんだ安全の洞穴が、四人が溺死の墓穴になろうとしているのだ。
ああ、これも呪われたる運命というべきであろうと、ケンは全身に冷汗をかいた。
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