海野十三全集 第13巻 少年探偵長 |
三一書房 |
1992(平成4)年2月29日 |
二少年
みなさん、ジミー君とサム君とを、ご紹介いたします。
この二少年が、夏休みに、熱帯多島海へあそびに行って、そこでやってのけたすばらしい冒険は、きっとみなさんの気にいることでしょう。
さあ、その話をジミー君にはじめてもらいましょう。
おっと、みなさん。お忘れなく、ハンカチをもって、こっちへ集まってきて下さい。なぜって、みなさんはこの話を聞いているうちに、手の中にあつい汗をにぎったり、背中にねっとりと冷汗をにじみ出させたりするでしょうからねえ。いや、まだあります。おへそが汗をかくこともあるのですよ。
では、ジミー君。どうぞ……。
熱帯多島海へ! 夏休みほど、退屈なものはない。
わが友サムは、そのことについて、ぼくと同じ意見である。
いよいよ夏休みが、あと五週間ののちにせまったときに、サムとぼくは大戦慄をおぼえ、頭のかみの毛が一本一本ぴんと直立したほどである。
ぼくたち二人は、おそるべき夏休みの退屈からのがれるために、どんなことをしていいのか、それについて毎日協議した。
その結果、ぼくたちは、ついにすばらしい「考え」の尻尾をつかんだのである。それはいつもの夏休みとはちがい、こんどの夏休みには、思い切って、さびしいところへ行ってみよう。それには熱帯地方の多島海がいいだろうということになった。
熱帯地方の多島海のことは、学校で勉強して知っていた。やけつく強い日光。青い海。白い珊瑚。赤い屋根。緑の密林。七色の魚群。バナナ。パパイヤ。サワサップ。マンゴスチン。海ガメ。とかげ。わに。青黒い蛇(こんなものは、あんまり感心しないね)それからヤシの木。マングロープの木。ゴムの木。それからスコール。マラリヤ。デング熱のバイ菌。カヌーという丸木舟。火山。毒矢……ああ、いくらでもでてくる。が、このへんでやめておこう。
とにかくすばらしいではないか、熱帯地方の多島海は!
「よし、行こう」
「それできまった。行こう、行こう」
ぼくもサムも、語り合ったり、熱帯地理書のページをくったりしているうちに、すっかり熱帯多島海のとりこになってしまった。もう明日にも行きたくなった。
二人とも気が短い。夏休みはまだ四週間あまりたたないと来ないのである。
「ああ、夏休みになるまで、ずいぶん日があるよ。退屈だねえ」
「今年は暑いから、夏休みを一週間早くしてくれてもよさそうなもんだね」
サムも、ぼくも、好き勝手なことをいう。
が、出発の日まで、それほど退屈しないですんだ。というのは、熱帯地方で六十日をおもしろくあそぶためには、ぼくたちは、いろいろと用意をしておかなくてはならない仕事があったからだ。
そこでいよいよ夏休みの初日が来て、ぼくたち二人は、飛行艇にのりこんで出発した。ははははは、すばらしい冒険旅行の門出である。
飛行艇は、すばらしいね。「すばらしいね」というのは、ぼくやサムの口ぐせだと非難する友人もあるが、しかしほんとうにすばらしいことばっかりにぶつかるんだから、すばらしいといいあらわすしかないんだ。飛行艇が離水する前に、はげしいいきおいで水上滑走をする。そのとき浪がおこって、窓にぶつかる。窓は浪で白く洗われ、外が見えなくなる。そして艇は、もうれつにエンジンをかけているから、ものすごい音をたてて走っている。今にも艇が破裂しそうだ。と、とつぜん、そのすごい音がやんで、しずかになる。すると窓のくもりが取れて、外の景色が見えだす。そのときは飛行艇が離水したのだ。
ぼくは、飛行艇が水上滑走をはじめ、それから離水するまでが、大好きだ。ことに離水した瞬間のあの快い感じは、とてもいいあらわすことができない。ほい、しまった。ぼくは熱帯の冒険の話をするのに、飛行艇のことばかり語っていた。話を本筋へもどす。
その飛行艇は、たった二日で、ぼくたちを、注文どうりの熱帯多島海へはこんでくれた。そして、ぼくたちは、ギネタという小さい町へ入ったのだ。
ギネタは、人口八千人ばかりの、小都会であった。しかし、これでも多島海第一の都会であった。以前は、このギネタに、多島海総督府があり、総督がいたそうな。今はいない。それは、この町のすぐとなりに火山が三つもあって、そのどれかが噴火していて、火山灰をまきちらし、地震はあるし、ときどきドカンと大爆発をして火柱が天にとどくすさまじさで、こんな不安な土地には総督府はおいておけないというので、ほかへ移したんだそうな。
この町の、世界ホテルというのに、ぼくとサムは宿泊することになった。名はすごいホテルだが、実物はやすぶしんの小屋をすこし広くしたようなものであった。ただ、縁の下だけはりっぱであった。人間がたったままではいっても、頭がつかえないのである。
縁の下が、こんなにりっぱにこしらえてあるのは、この地方は暑いから、こうしておかないと床の下からむんむんと熱気があがってきて、部屋の中にいられないそうな。
だが、サムもぼくも、そんな縁の下があっても、やっぱり暑くて、ホテルの部屋の中にじっとしていることができなかった。そこで二人して、さっそく町を見物に出た。
町には、貝がらだの、珊瑚だの、極楽鳥の標本だの、大きな剥製のトカゲだの、きれいにみがいてあるべっこうガメの甲羅などを売っていて、みんなほしくなった。
サムなんか、もう少しで、一軒の土産もの店を全部買いとってしまうところだった。ぼくはサムを説いて、はじめは見るだけにして、一ぺん全部を見てあるいたあとで、明日にでもなったら、一番ほしいものから順番に買ってゆくことを承諾させた。サムは、しぶしぶそれを承諾したのだ。
ところが、ぼくたちが海岸に出たとき、ぼくは、せっかくサムにいいきかせた掟を自分でぶち破るようなことになった。それほど、ぼくはすばらしくほしいものを見つけたのである。ぼくだけではない。サムもそれを見、その値段のやすいのを見ると、ぼくより以上に、それを買うことに熱をあげた。そのものは、砂浜にゴロゴロと、いくつもころがっていた。それは小型の潜水艇であった。二人で操縦のできる豆潜なのであった。
売り主の話によると、これらの小さい潜水艇も、前にはずいぶんこの方面で活躍したそうである。ところがこれらの船を活躍させた国は戦争に負けてしまい、これらの船をたくさん置き放しにして逃げてしまったという。そこで豆潜は競売に出たが買い手がないために売れなかった。そして、なんども競売をくりかえし、なんでも、十何回目かに、今の売り主が一たばにして買ったんだそうであるが、それはとほうもなくやすい値段だったそうである。
売り主が、そういうんだから、うそではあるまい。それに、じっさいその豆潜についている値段札を見ると、ほんとにやすいのである。ぼくたちは、模型の電気機関車とレールと信号機などの一組を買うだけのお金で、その豆潜一隻を買うことができるのだった。ただみたいなものだ。
「ジミー、これを買おうや」
「うん、買おうな」
サムもぼくも、このとき、皿のように目をむいて、目をくるくる動かしていたそうだ。ほしいものにぶつかって、うれしさに身体がふるえていたんだろう。
買っちゃった!
豆潜水艇を一隻。とうとう買ってしまったのだ。
すばらしい計画
ぼくたち二人は、しばらくその豆潜水艇恐龍号(どうです、すばらしい名前ではないか)の運転を習うために、ギネタ船渠会社へ通った。技士のアミール氏は、元海軍下士官で潜水艦のり八年の経歴がある人だそうで、ぼくたちに潜水艦の操縦を教えるのは上手であった。
「なあに、こんなものの操縦なんか、わけはない。自分が人間であることを忘れて、魚になったつもりで泳ぎまくればいいんだ。ほら、このとおり……」
アミール技士は、潜水艦を海面からさっと沈めたり、また急ぎ海面へ浮きあがらせたり、まるで自分が泳いでいるようにやってみせるのであった。
「ただ、忘れてならないことは、潜るときに、上甲板への昇降口が閉まっているかどうか、それは必ずたしかめてからにすること。いいかね」
「はいはい。聞いています」
「それから、潜るときの注意としてもう一つ。それは上甲板に水につかっては困るものが残ってやしないか、それに気をつけること」
「なんですか、水につかっては困るものというと……」
「実例をあげると、すぐ分る。たとえば、上甲板に人間が残っている。それを忘れて、そのまま艇が海の中に潜ってしまえば、その人間は、たいへん困るだろう。困るどころか、溺死してしまうからね」
「ははーん、なるほど」
「第二の例。上甲板に、虫のついた小麦粉を陽に乾してある。それを中へ入れるのを忘れて、その潜水艦が海の中へ潜ってしまえば、小麦粉はもう、永久にサヨナラだ」
「ああ、分かりました」
ぼくたちは操縦を一生けんめいに練習した。アミール技士は、ぼくたちの熱心さに対し、第一等のことばでほめた。
ぼくたちが、たいへん熱心なのには、別にわけがあった。それはこの豆潜水艇を手に入れてからあとで、サムとぼくとが、すばらしい計画を思いついたからだ。その計画を思う存分行うためには、豆潜の操縦がうんと上手になっていた方がよいのであった。
みなさん、ぼくの大計画が何であるかお分かりですかな。
もうここでお話してしまいましょう。それはね、ぼくたちは豆潜水艇を使って、海の中に恐龍を出すのである。
恐龍! 知らない人はないでしょうね。
数千万年前に、地球の上にすんでいたという巨大な爬虫類である恐龍。頭の先から尻尾まで三十何メートルもあるというすごい恐龍。いつだったか、ヒマラヤ山脈のふもとの村にあらわれて、人々をおどろかしたというあの恐龍。トカゲのくびを長くして、胴中をふくらませたような形をして、列車の上をひょいとまたいで行ったという恐龍。それから今から二十何年前、スコットランドのネス湖のまん中あたりで、長いくびをひょっくり出していて、土地の人に見つけられたというあの太古の怪獣である恐龍! この恐龍を、ぼくたちは豆潜を使って海中に出す計画なのだ。
いったいどうして、そんなことができるか、えへん、えへん。それがちゃんとできるのである。サムとぼくとで、とうとう考え出したことなのだ。
その仕掛は、みなさんにうちあけると、こうだ。例の潜水艇にはマストがある。このマストに、作り物の恐龍の首をとりつけるのだ。もちろん、海水にぬれても、色や形がくずれない材料でこしらえておく。
こうしておいて、豆潜を海の底から浮きあがらせたり、また急に沈ませたりする、するとどうなるだろう、大恐龍が海の中から首を出したり引込めたりするように見えるだろう。さあそのとき、すぐ前に汽船が通っていたらどうだろう。
――うわっ、恐龍が本船の間近にあらわれた。た、た、たいへんだ!
と、そこで汽船の中は上を下への大そうどうとなり、無電を打ったりして、“大恐龍が熱帯海にあらわる。二十世紀の大ふしぎ”とて世界中に報道されて大さわぎになるだろう。
ぼくたちは恐龍の目玉の中にとりつけてある写真機で、汽船のさわぎをいく枚も撮っておく。そして当分知らない顔をしているのだ。そして、夏休みがすんだ頃、“恐龍艇の冒険”と題する例の写真を発表して、全世界をげらげらと笑わせてしまおうというのだ。これが正直なところ、サムとぼくが考えた大計画の全部だった。
ぼくたちは、この計画に必要な恐龍の頭部を設計し、航空便で本国に注文した。ぼくは、そういうものを製作している工場を前から知っていたのだ。その工場からはすぐ返事が来た。おそくも七日目には完成して、航空便でそちらへ送ると書いてあった。
サムとぼくは、顔を見合わすと、うれしくなって、その場に踊り出した。
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