您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 海野 十三 >> 正文

恐怖の口笛(きょうふのくちぶえ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:29:23  点击:  切换到繁體中文


 そこは隠されたる秘密階段で、さらにまた深い地底へ続いていた。用心ぶかくソロソロと降りてゆく黒影の人物の手は休みなしに懐中電灯の光芒こうぼう周囲まわりの壁体を照らしていた。そのうちにどうした拍子ひょうしかその反射光はんしゃこうでもって顔面がんめんがパッと照らしだされたが、それを見ると、この黒影の人物は、かなりがっちりした骨組ほねぐみの巨人で、眼から下を黒いぬのでスッポリと覆い、頭には帽子のつばを深く下げていた。覆面の怪漢――そういえば、これは例の問題男の青竜王と寸分ちがわぬ服装をつけていた。おお、いよいよ青竜王が乗りこんで来たのであろうか。
 彼は静かに階段を下りていった。下はかなり広いらしい。江戸時代のかくぐらというのはこんな構造ではなかったか。――下では何をしているのか、ときどきゴトリゴトリという物音が聞えるばかりで、いつまでっても彼は出てこなかった。恐ろしい静寂せいじゃく、恐ろしい地底の一刻!
 そのとき、どこかで微かに口笛の音がしたと思った。それは気のせいだったかも知れないと人はうたがったろう。しかしそれは確かに口笛に違いなかった。次第に明瞭めいりょうになる旋律メロディ。ああそれは赤星ジュリアの得意な「赤い苺の実」の旋律――しかしこの場合、なんという恐ろしい口笛であったろう。暗い壁が魔物のように、かの怪しい旋律を伴奏した。……と、突如――まったく突如として、魂切たまぎるような悲鳴が地底から響いて来た。
「きゃーッ、う、う、う……」
 しかし、それきりだった。悲鳴は一度きりで、再び聞えてこなかった。
 戦慄せんりつすべき惨劇が、その地底で行われたのだった。その現場げんじょうへ行ってみよう。
 これはまた何という無惨なことだ。――そこはもうどまりらしい地底の小室こべやだった。一人の男が、虚空こくうをつかんでのけるようにたおれている。その傍には大きな箱がほうり出してある。蓋を明け放しだ。中から白いものがチラと覗いているが、よく見れば気味の悪い骸骨がいこつだった。そしてそのまわりには丸い金貨がキラキラと輝いている。金貨は地面にもバラバラと散乱している。そのそばには一片のひきちぎれた建築図が落ちている。それは痣蟹の秘蔵ひぞう図面ずめんに違いなかった。――それ等の凄惨せいさんな光景は、一つの懐中電灯でまざまざと照らし出されているのであった。
 懐中電灯は静かに動く。――そして函の陰へ隠れている斃死者へいししゃの顔面を照らし出す。まず、目につくのは、鋭い刃物でえぐったような咽喉部いんこうぶの深い傷口――うん、やっぱりさっき口笛が聞えたとき、残虐ざんぎゃくきわまりなき吸血鬼が出たのだ。帽子は飛んでしまっているが、グッときだした白眼の下を覆う黒い覆面の布。おお、これは先刻さっきこの地底へ下っていった黒影の人物だった。そして知っている人ならば、誰でもこれがいま都下とかに名高い覆面探偵青竜王だと云い当てたろう。ああ、青竜王は殺されたのだ。なぜこんな地底でムザムザと殺されてしまったのだろう。
「いいですか。この覆面を取ってみましょう」
 闇の中から男の声がした。それは懐中電灯を持っている人物の声だろう。
 光芒の中に、一本の腕がヌッと出てきた。それは屍体の覆面の方に伸び、黒い布を握った。ずるずると覆面はがれていった。そして果然かぜんその下から生色を失った一つの顔が出て来た。ああ、その顔、その顔、ろうのようなその顔の、その頬にはみにくい蟹の形をしたあざが……
「おお、これは痣蟹仙斎あぎがにせんさい……」
 なんということだ。覆面探偵というのは、痣蟹仙斎だったのか。しかし不思議だ。そんなことが有り得るだろうか。だがここに無惨なる最期さいごげているのは、正に兇賊きょうぞく痣蟹に違いなかった。
貴女あなたは失踪中のポントスのことを云うが、しかし誰でも貴女の釈明を要求しますよ」
 と懐中電灯の男はいう。どっかで聞いた声音こわねである。
「いいえ、あたしは犯人じゃありません。このジュリアは貴方の電話でうまく此処ここさそいだされたのです。陥穽わなです、恐ろしい陥穽なんです。ああ、あたし……」
 と、よよと泣き崩れる声は、意外にも今を時めく、龍宮劇場のプリ・マドンナ、赤星ジュリアに違いなかった。
 それで解った。ここはパチノの墓穴なのだ。この深夜しんや、一体何ごとが起ったというのであろう。ジュリアをめる男は誰人だれ? そして地底に現われた吸血鬼は、そも何処にひそめる?


   生か死か、覆面探偵


 帝都の暗黒界からは鬼神きしんのように恐れられている警視庁の大江山捜査課長は、その朝ひさかたぶりのこころよ目覚めざめをむかえた。それは昨夜ゆうべの静かな雨のせいだった。それとも痣蟹仙斎が空中葬くうちゅうそうになって既に四日を、それで吸血鬼事件も片づくかと安心したせいだったかもしれない。――課長は寝衣ねまきのまま、縁側えんがわに立ち出でた。
「――手を腰に膝を半ば曲げイ、足の運動から、用意――始めッ!」
 ラジオが叫ぶイチサンンの号令に合わせて、課長は巨体をブンブンと振って、ラジオ体操を始めた。彼は何とはなしに、子供のような楽しさと嬉しさとがはらの底からこみあげて来るのを感じた。
「よしッ! この元気でもって、帝都市民の生活をおびやかすあらゆる悪漢どもを一掃いっそうしてやろう」
 課長はその悪漢どもを叩きのめすような手附きで、オイと体操を続けていった。しかしその楽しさも永くは続かなかった。そこには大江山捜査課長の自信をドン底へつき落とすようなパチノ墓地ぼち惨劇さんげきが控えていたのであった。昨夜さくや起ったそのパチノ墓地事件の知らせは、雁金検事からの電話となって、ジリジリとやかましく鳴るベルが、課長のラジオ体操を無遠慮ぶえんりょに中止させてしまった。
「お早ようございます。ええ、私は大江山ですが……」
「ああ、大江山君か」と向うでは雁金検事の叩きつけるような声がした。――御機嫌がよくないナ、「君の部下はみんな睡眠病にかかっているのかネ。もしそうなら、皆病院に入れちまって、憲兵隊の応援を申請しんせいしようと思うんだが……」
 検事の言葉はいつに似合わず針のように鋭かった。
「え、え、一体どうしたのでしょうか。私はまだ何も知らないんですが……」
「知らない? 知らないで済むと思うかネ。すぐキャバレー・エトワールの地下に入ってパチノ墓地を検分けんぶんしたまえ。その上でキャバレーの出入口を番をしていた警官たちを早速さっそく、伝染病研究所へ入院させるんだ。いいかネ」
 ガチャリと、電話は切れてしまった。こんなに検事が怒った例を、大江山は過去において知らなかった。エトワールの張番がどうしたというのだろう。パチノ墓地というのは何のことだろう?
 彼は狐に鼻をつままれたような気持でしばらくは呆然ぼうぜんとしていたが、やがてハッと正気しょうきにかえって、急いで制服を身につけ短剣を下げると、門前に待たせてあった幌型ほろがたの自動車の中に転がりこむように飛び乗った。
「オイ大急ぎだ。銀座のキャバレー・エトワールへ。――十二分以上かかると、貴様も病院ゆきだぞ!」
 運転手は何故そんなことを云われたのかせなかったが、病院へ入れられてはたまらないと思って、猛烈なスピードで車を飛ばした。
 キャバレーには雁金検事が既に先着せんちゃくしていて、ほこりの白く積ったソファに腰を下ろし、盛んに「朝日」の吸殻すいがらを製造していた。そして大江山課長が顔を出すと、
「ああ大江山君、よろこんでいいよ。わしたちはまた夕刊新聞に書きたてられて一段と有名になるよ。まったく君の怠慢たいまんのお陰だ」
 鬼課長はこれに応える言葉を持っていなかった。それで現場検分げんじょうけんぶんを申出でた。検事はけたばかりの煙草を灰皿の中へ捨てながら、「儂は君が検分するときの顔を見たいと思っていたよ」とわめいたが、そこで急に声を落して、日頃の雁金検事らしい口調になり、「全く、君のために特別に作られた舞台のようなのだ。しかし先入主はあくまで排撃はいげきしなけりゃいかん」
 妙なことを云われると思いつつ、課長は雁金検事の先に立って、地下の秘密の通路から、地底に下りていった。地底には無限の魅惑みわくありというが、その魅惑がよもやこのさんざんしらべあげたキャバレーの地底にあろうとは思いもつかなかったことであった。――崩れかかったような細い石造せきぞうの階段がきていよいよ例のパチノ墓穴に入ると、そこには急設きゅうせつの電灯が、煌々こうこうと輝いて金貨散らばる洞窟どうくつの隅から隅までを照らし、棺桶の中の骸骨がいこつ昨夜さくやそのまま、それから虚空こくうつかんで絶命ぜつめいしている痣蟹仙斎の屍体もそのままだった。ただ昨夜ゆうべの場面に比べると、竜宮劇場のプリ・マドンナ、赤星ジュリアと、それに寄りそって懐中電灯を照らしていた疑問の男とが、居ないところが違っていた。
「やっぱりそうだ!」
 と、大江山課長はその場へ飛びこむなり叫んだ。
「覆面探偵の青竜王は、やはり痣蟹だったのだ」と倒れている痣蟹仙斎の服装を指しながら「どうですか検事さん。覆面探偵が怪しいと申上げておいたことも、無駄ではなかったですネ」
「いいや、やっぱり無駄かも知れない。これは痣蟹の屍体とは認めるけれど、青竜王の屍体と認めるのにはまだ早い。……君のために作られたような舞台だといったのは、実はこれなのだ。つまり青竜王の覆面を取れば痣蟹であるというあやまりが起るように用意されてある。……」
「では検事さんは、これを見ても、痣蟹が青竜王に化けていたとは信じないのですか」
「それはもちろん信じる。しかし真の青竜王が痣蟹だったということとは別の問題だ」
 といった検事は、痣蟹を青竜王とは信じない面持おももちだった。
「大江山君、その問題は後まわしとして、この痣蟹は、明らかに吸血鬼にやられているようだが、君はどう思うネ」
「ええ、確かに吸血鬼です。このえぐりとられたようなくびもとの傷、それから紫斑しはんが非常に薄いことからみても、恐ろしい吸血鬼の仕業しわざに違いありません」
「すると、痣蟹が吸血鬼だという君のいつかの断定だんてい撤回てっかいするのだネ」
 捜査課長は検事のおもてを黙って見詰めていたが、しばらくして顔を近づけ、
「おっしゃる通り、痣蟹が吸血鬼なら、こんな殺され方をするはずがありません。吸血鬼はほかの者だと思います」
「では撤回したネ。――すると本当の吸血鬼はどこにひそんでいるのだ。もちろん大江山君は、吸血鬼が覆面探偵・青竜王だとはいわないだろう」
「もちろんです。――実をいえば、私は最初吸血鬼は痣蟹に違いないと思い、次に青竜王かも知れぬと思ったんですが、両方とも違うことが分りました。外にあやしいと睨んでいるのは、最初の犠牲者四郎少年の兄だと名乗る、西一郎だけになるのですが……」と、其処そこまで云った課長は急に口をつぐんで、あたりを見廻わした。それは冒険小説に出てくる孤島ことうの洞窟のような実に異様な光景だった。「このパチノ墓地とかが飛び出して来たのでは、見当もなにもつかなくなりましたよ。一体これはどうしたことですかな」
 そこで雁金検事は、パチノ墓地について、既にしるしたとおりの伝奇的でんきてきな物語をして聞かせ、「つまりパチノは皇帝の命令をうけ、莫大ばくだい財宝ざいほうたずさえて、日本へ遠征してきたが、こころざしなかばにして不幸な死をげたというわけさ」
 大江山課長は、あまりにも奇異なパチノ墓地の物語に、しばらくは耳をうたがったほどだったが、彼の足許あしもところがっている骸骨や金貨を見ると、それがハッキリ現実のことだとみこめた。
「その物語にある莫大な財産というのは、僅かこればかりのこぼれ残ったような金貨だの宝石なのでしょうか」
 と大江山課長は不審ふしんげに云った。
「そうだ、儂が来たときから、この通り荒らされているのだが、もちろん既に何者かが財宝を他へ移したのに違いない。そいつは吸血鬼か、それとも痣蟹の先生だかの、どっちかだろう」
「イヤまだ重大な嫌疑者けんぎしゃがあります」と大江山は叫んだ。
「誰のことかネ」
「それはこのキャバレーの主人オトー・ポントスです。あいつがやっていたのでしょう」
「ポントスはどこかに殺されているのじゃないか。いつか部屋に血が流れていたじゃないかネ」
「そうでした。でも私はあのときから別のことを考えていました。それが今ハッキリと思い当ったんですが、ポントスは殺されたように見せかけ、実はこの莫大な財産とともに何処かへ逐電ちくでんしてしまったのじゃないでしょうか。悪いやつのよくやる手ですよ」
「そういう説もあるにはあるネ」
 と雁金検事は、ひややかに云った。大江山は検事の反対らしい面持を眺めていたが、
「――それで検事さんは、この事件をどうして知られたのですか。それから今お話のパチノ墓地の物語などを……」
 検事はそれをかれるとニヤリとみを浮べ、「それは今朝がた、もう死んだものと君が思っている青竜王がやしきへやって来て、くわしい話をしていったよ」
「なんですって、アノ青竜王が……」
 大江山は検事の言葉が信じられないという面持だった。青竜王すなわち痣蟹は、そこに死んでいるではないか。
「そうだよ。彼は昨夜さくや十二時、ここへ忍びこんだそうだ。すると、例の恐怖の口笛を聞きつけた。これはいけないと思う途端に、おそろしい悲鳴が聞えた。近づいてみると、痣蟹が自分の服装をして死んでいたというのだ」
「ああ青竜王! するとこれはせ物で、本物の方は、やっぱり生きていたのか」
 大江山課長はそういって、大きな吐息といきをついた。


   ゴルフ場にて


 大江山捜査課長は後を部下にまかせて、一旦本庁へかえったが、覆面探偵がまだ健在だと聞いて、立ってもすわってもいられなかった。なんという恐ろしい相手だろう。彼は自分の部下の警戒線をドンドン破って潜入せんにゅうし、それからパチノ墓地の秘密などをテキパキと調べてゆくことなど、実にあざやかだった。雁金検事が彼の云うことを信用しているのもどっちかというと、無理はなかった。
強敵きょうてきの覆面探偵よ?」
 大江山は今や決死的覚悟をめた。このままでは、これから先、彼の後塵こうじんばかりをおがんでいなければならないだろう。
「よオし、やるぞ!」と課長は思わず卓子テーブルをドンと叩いた。「第一になすべきことはポントスの行方ゆくえを探しあてることだ。彼奴きゃつが吸血鬼であるか、さもなければ吸血鬼を知っているに違いない。覆面探偵の方はいずれ仮面をひっいでやるが、彼からポントスのことやパチノ墓地のことを十分吐きださせた後からでも遅くはないであろう」
 課長はポントスの行方に、彼の首をかけた。ただちに特別捜査隊を編成して、それに秘策ひさくさずけて出発させた。そして彼はゆうして、単身、青竜王の探偵事務所を訪ねた。――
青竜王せんせいは不在ですよ、課長さん」出て来た勇少年は気の毒そうな顔もせず、むき出しに答えた。
「何処へ行くといって出掛けたのかネ」
玉川たまがわの方です。骸骨がいこつのパチノとおすみという日本の女との間に出来た子供のことについて調べに行くと云っていましたよ」
「なんだって?」課長は頭をイキナリ煉瓦れんがなぐられたような気がした。一体青竜王はどこまで先まわりをして調べあげているのだろう。折角せっかく勇気を出したものの、これでは到底とうてい太刀打たちうちが出来ないと思った。しかしまだ間に合うかも知れない。「その子供というのはポントスのことじゃないのかネ」
「ポントスは本当のギリシア人ですよ。あいつはパチノ墓地を探しに来て、その墓地の上だとは知らずに、あのキャバレーを開いていたのです」
「ポントスでなければ誰だい。それとも痣蟹かネ」
「痣蟹は日本人ですよ。青竜王が探しているのは混血児ですよ」
 混血児を探しに玉川へ行った――ということを聞きだした大江山は、鬼の首でも取ったような気がした。これなら或いは分らぬこともあるまい。
 大江山課長は玉川へ自動車を飛ばした。しかし玉川という地域は、人家こそまばらであったが、なにしろ広い土地のことだから、どこから調べてよいか見当がつかない。そこで彼は、なるべく混血児の出没しゅつぼつしそうなところはないかと思ったので、秋晴あきばれの停留場の前に立っている土地の名所案内をズラリと眺めまわしたが、そこで目にとまったのは、「玉川ゴルフ場」という文字だった。
 ゴルフ場に混血児――はちょっと似つかわしいと思った。彼は雁金検事にさそわれて、いささかゴルフをたしなんだ。この秋晴れにゴルフはなつかしいスポーツであったが、なんの因果いんがか、今日は懐しいどころか、わざわざお苦しみのためにゴルフ場をのぞきに行かねばならないことを悲しんだ。
 車を玉川ゴルフ場に走らせたまではよかったけれど、クラブの玄関をくぐるなり、
「いよオ、大江山君。これはどうした風の吹きまわしだい」
 と背中を叩く者があった。ハッと思って後をふりかえってみると、そこには思いがけなくも、雁金検事がゴルフ・パンツを履いてニヤニヤ笑っていた。そればかりではない。検事の後には、彼の馴染なじみの顔がズラリと並んでいたのでおどろいた。それは蝋山教授、西一郎、赤星ジュリア、矢走千鳥やばせちどりという面々で、これでは吸血鬼事件の関係者大会のようなものだった。ただ肝腎かんじんの覆面探偵青竜王とキャバレーの主人ポントスとが不足していたが、この二人もどこからか現れてきそうであった。
丁度ちょうどいい。一緒にホールを廻ろうじゃないか」と検事は腕をとらえた。
「ぜひそう遊ばせな。――」とジュリアたちもすすめた。
 結局大江山課長は、その仲間に入った。背広を着てきたので、恥をかかずにんだのは何よりだった。
 最初の競技は二組に分れることになった。ジャンケンをすると、第一組は雁金検事、蝋山教授に矢走千鳥、第二組は大江山と西一郎に赤星ジュリアと決まった。
 まず第一組がボールをティに置いては、一人一人クラブを振って打ち出していった。それから五分ほど遅れて、第二組がティの上に立った。
「課長さんのお相手をしようなどとは、夢にも思っていませんでしたわ」
 とジュリアが笑った。
「課長さん――は競技の間云わないことにしましょうよ、お嬢さん」
「あら――ホホホホ」
 大江山はすっかりいい気持になってしまった。――ジュリアが最初に打ち、次に大江山が打った。一番あとを西一郎が打つと、三人はキャデーを連れて、青い芝地の上をゾロゾロボールの落ちた方へ歩きだした。
「君たちに会おうとは思いがけなかった」
 と、課長は一郎の方を向いて破顔はがんした。
「雁金さんのお誘いなんです。丁度ジュリア君も元気がないときだったんで、たいへんよかったですよ」と一郎が答えた。
「ほう、お嬢さんはどこか悪いのかネ」
「あら、嘘。――このとおり元気ですわよ」
 といったが、第一の球はジュリアが一番成績が出なかった。
 第二のティで球を打つと、ジュリアの球は横にまがって、一時二人に離れた。
「オイ西君」と課長は冗談ともなくそっと連れにささやいた。「このあたりに混血児はいないかネ」
「混血児で一番近いのは、アレですよ」と一郎はジュリアの方をゆびさした。
「なにジュリアか」とハッとした風であったが、「そう云われると、なるほどジュリアは混血児みたいなところがあるが……私の云っているのは、この玉川附近にもう七十歳ぐらいになる混血児が住んでいるのを知らないかというのだ」
「そんなのは居ませんよ」
「いないというのかネ。君はハッキリ云うから愉快だ、何も知らないくせに……」
 とひと合点がてんの課長は、ななめならざる機嫌に見えた。しかし後に分るようにこれらの会話は決して冗談ではなかった。それが持つ重大な意味が今課長に分っていたとしたら、彼はそんなに恵比寿顔えびすがおばかりはしていられなかったであろう。――ジュリアはボールをグリーンに入れて、二人の方へ手をさしあげた。
 第三のコースでは、また三人が一緒になって球を打っていった。
「君たちはだいぶ仲がいいようだが、まだ私に媒酌なこうどを頼みに来ないネ」と課長は更に機嫌がよかった。
「よして下さい。ジュリア君の人気にさわりますよ」と一郎が打ち消すのを、ジュリアは、
「あら、あたしは課長さんにぜひお願いしたいわ。でも一郎さんは、あたしがお嫌いなのよ。どうせあたしは独りぽっちで、地獄へちてゆくのだわ――」
 とジュリアはヒステリックに云って、ハンカチーフを鼻に当てた。彼女の打数だすうはいよいよ荒れていった。
 そんな風にして、コースを一じゅんした結果は、大江山がズバ抜けて成績がよく、ずっと落ちて普通の成績を示したのが蝋山教授と矢走千鳥で、雁金検事も西一郎も更に振わず、ジュリアに至っては荒れ切った悪成績だった。
「イヤ恐ろしい成績表だ。全く恐ろしい」
 と雁金検事は首を振って一郎の顔をみた。
「全く、こんなに恐ろしく打てようとは、当人の方で面喰めんくらっているところですよ」
 と大江山課長は自分のことが問題にされているんだと早合点はやがてんして、きまにいった。
「時間があれば、もっと廻りたいのだが……」
 と検事が云ったが、すごい当りをみせた大江山も至極しごく同感どうかんだった。しかしジュリア達の出演時刻のこともあるので、時間が足りないからめにした。その代り検事と課長は練習場で、ボールッ飛ばしに出ていった。ジュリアと千鳥とは、その間にクラブハウスの奥にある噴泉浴ふんせんよくへ出かけた。蝋山教授と一郎とは、青々としたグリーンを眺められる休憩室の籐椅子とういすに腰を下ろして、紅茶を注文した。こうして六人の同勢は三方に別れた。
 大江山課長は人気のない練習場でクラブを振りながら、雁金に話しかけた。
「検事さん。今日の集りの真意しんいはどこにあるのですかなア」と先刻さっきから聞きたかったことをたずねた。
「うん――」と雁金は振りかけたクラブを止めて、「わしにもよく分らぬが、これは青竜王の注文なのだ」
「えッ、青竜王の注文?」と課長はサッと青ざめた。
「彼はゲームの結果を知りたがっていた。さしあたり、君の大当りなんか、何といって彼が説明するだろうかなア。はッはッはッ」
 外国の名探偵が、真犯人を探し出すために、嫌疑者けんぎしゃを一室にあつめてトランプ競技をさせ、その勝負の模様によって判定したという話を聞いたことがあるが、青竜王はそれに似たことをやるのではあるまいか。とにかく課長は憂鬱ゆううつになって、にわかにボールが飛ばなくなった。
「検事さん。青竜王は貴方がたにゴルフをさせて置いて、自分はこの玉川でパチノの遺族を探しているそうですが、御存知ですか」
「そうかも知れないネ」
「では青竜王の居るところを御存知なんですネ。至急会いたいのです。教えて下さい」
「教えてくれって? 君が行って会えばいいじゃないか」
 検事は妙な返事をした。課長は検事が機嫌をそんじたのだと思って、あとは口をつぐんだ。
 丁度そのときだった。クラブハウスの方で、俄かに人の立ち騒ぐ声が聞えた。課長がふりかえると、クラブハウスのボーイが大声で叫んだ。
「皆さん、早く来て下さーい。御婦人が襲われていまーすッ」
 御婦人?――検事と課長とはクラブを投げ捨て、クラブハウスへ駈けつけた。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告