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(しめた)と喜んではみたが本当に喜ぶにはまだ早かった。何故なら彼女は他の九人と同じ「木製の兵隊さん」だった。どれが彼女の名前やら判らない。
(弱った。やはり呪いのプログラムだッ)
弦吾は、改めてプログラムを呪った。
そうこうする裡に同志百七十一名の生命は、刻々に縮ってゆく。そうだ、こうしては居られない。
(例の試みをやってみるか)
彼は暫くプログラムの表面を見ていたが、今の「木製の人形」に出ている十人のレビュー・ガールの名前を胸のうちに諳んじた。
六条 千春 平河みね子 辰巳 鈴子 歌島 定子 柳 ちどり 小林 翠子 香川 桃代 三条 健子 海原真帆子 紅 黄世子
この中に彼女の名前があるのだ。この出演人員をとしよう。
ところで一つ前の「砂丘の家」には彼女は出なかった。しかしこれととの出演人員を較べると、両方に出演している女が四人もある。「近所の娘」をつとめる香川桃代、平河みね子、小林翠子、六条千春の四人だ。するとこの四つの名前には彼女の名前はないのだから、の十人から先ず消し去ってもよい。すると残りは六人となる。
辰巳 鈴子 歌島 定子 柳 ちどり 三条 健子 海原真帆子 紅 黄世子
だけが残る。この中の一人が、あの女なのだ。
QX30は、今や神を念じた。この調子で、敵の副司令の義眼女の名前を知らしめ給え。
「木製の人形」が引込むと、次はプログラムに随って、「シャンソン 朝顔の歌」それから「ダンス 美わしの宵」いずれも彼女は出ない。「シャンソン 遥かなるサンタ・ルチア」も出ない。次の「ダンス・オー・ヤヤ」にも出ない。そして次の「ダンス・カンツリー」に移った。
これにも彼女は出なかったが、大いに注意すべき事がある。それは例の残った六人の中の三人、すなわち辰巳鈴子、三条健子、歌島定子が出演していることがプログラムの上から読まれた。これは何を意味するかというと、彼女はその三つの名前の中には無いということ――果然、敵の副司令の名前は、残りの三つの名前の中にあるという結論になった。ああ、その三つの名前!
海原真帆子 柳 ちどり 紅 黄世子
利鎌を振りまわしている死の神はわれ等の同志百七十一人の許を離れて、いまや刻々敵の副司令へ迫りつつあるのだ。
さて残る三人は、どこでそれぞれ判るであろうか。
QX30は、とどろく心臓を押えてプログラムの先の方を調べて見た。
判る、判る!
次の演出は、初めに返って、第一ナンセンス・レビュー「弥次喜多」二幕十二場だ。辿ってゆくと、この中の第二景「大阪道頓堀」のところで例の三人のうち、紅黄世子だけが他の二人に別れて出演するのだ。
それから、それから……。
残る海原真帆子と柳ちどりとは、第四景の「琵琶湖畔」に茶店娘お金とお銀で一緒に出る。さても焦らせることではある。
ところで第五景の「山賊邸展望台」では唐子の娘として、柳ちどり[#「柳ちどり」は底本では「紅黄世子」]が出る。
第六景の「奈良井遊廓」では残りの海原真帆子が出る。これで全部判ったことになる。
だが、此の第六景「奈良井遊廓」まで待つ必要はない。既に一つ前の第五景「山賊邸展望台」で、残る二人のうち柳ちどり[#「柳ちどり」は底本では「紅黄世子」]が判るのだから、あとの一人は第六景を見て確めずとも判る筈だった。――敵の副司令の断頭台はこの第五景で、切って放たれるのだ。
QX30笹枝弦吾は、歯を喰いしばって、喜びの色を押し隠したのだった。
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弦吾の先走りしたチェックとは別に、先ず「フィナーレ」が開いて、たしかに例の義眼女を発見することが出来た。プログラムの上にと印をつけた。第二回目の登場という意味であった。
弦吾には、もう幕間もなんにもなかった。唯機の至るのが待ちあぐまれるばかりだった。「弥次喜多」が始まって、第一景。一座を率いる丸木花作と鴨川布助とが散々観客を笑わせて置いて、定紋うった幕の内へ入った。
いよいよ第二景。紅黄世子かどうか判ろうという機会が来たのだ。流石に胸が迫った。道頓堀行進曲も賑かに、花道からズラリと六人[#「六人」は底本では「八人」]の振袖美しい舞妓が現れた!
(居ない、居ないぞ)
QX30は軽い吐息をした。
それからプログラムは進む。第四景には、残る柳ちどりと海原真帆子とが茶店娘となって確かに登場したと思われる。プログラムの上に、彼女の出演の印を打って置こう。QX30は、成功へもう一歩の手前へ立って、ホッとした。振返ってみればよくまァ此の複雑なプログラムから、彼女の名前を拾い出せるようになったものだ。
さて、いよいよ運命の決まる第五景だ。冷静に、冷静に!
山賊邸の展望台。怪しげなる囃につれて、一隊の唐子が踊りつつ舞台へ上ってきた。
「呀ッ」
と叫びたいのを懸命で怺えたQX30だった。見よ! 見よ! あの女がいるではないか。敵の副司令が、唐子になって、白々しくも踊っているのだ。決った!
副司令の芸名は、柳ちどり
弦吾は素早く「柳ちどり」と名前をプログラムから千切りとって、隣りにピタリと寄り添っているQZ19[#「QZ19」は底本では「QX19」]同志帆立介次の掌のうちに、ねじこんだ。
帆立はフラリと席を立った。
一つ大きな欠伸をすると、ディ・ヴァンピエル座の木戸口を出ていった。レビュー館の向うの角を曲ると急に歩調を速めて、かねて諜し合せて置いたR区裏の二つ並んだ公衆電話函のところへ……。
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