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間諜座事件(かんちょうざじけん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:23:47  点击:  切换到繁體中文



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(しめた)と喜んではみたが本当に喜ぶにはまだ早かった。何故なら彼女は他の九人と同じ「木製もくせいの兵隊さん」だった。どれが彼女の名前やら判らない。
(弱った。やはりのろいのプログラムだッ)
 弦吾は、改めてプログラムを呪った。
 そうこうする裡に同志百七十一名の生命は、刻々こくこくちぢまってゆく。そうだ、こうしては居られない。
(例の試みをやってみるか)
 彼はしばらくプログラムの表面を見ていたが、今の「木製の人形」に出ている十人のレビュー・ガールの名前を胸のうちにそらんじた。

六条ろくじょう 千春ちはる  平河ひらかわみね子  辰巳たつみ 鈴子すずこ  歌島かしま 定子さだこ  やなぎ ちどり  小林こばやし 翠子すいこ  香川かがわ 桃代ももよ  三条さんじょう 健子たけこ  海原かいばら真帆子まほこ  くれない 黄世子きよこ

 この中に彼女の名前があるのだ。この出演人員を※(丸1、1-13-1)としよう。
 ところで一つ前の「砂丘の家」には彼女は出なかった。しかしこれと※(丸1、1-13-1)との出演人員をくらべると、両方に出演している女が四人もある。「近所の娘」をつとめる香川桃代、平河みね子、小林翠子、六条千春の四人だ。するとこの四つの名前には彼女の名前はないのだから、※(丸1、1-13-1)の十人から先ず消し去ってもよい。すると残りは六人となる。

辰巳 鈴子  歌島 定子  柳 ちどり  三条 健子  海原真帆子  紅 黄世子

 だけが残る。この中の一人が、あの女なのだ。
 QX30は、今や神をねんじた。この調子で、敵の副司令の義眼女の名前を知らしめ給え。
「木製の人形」が引込むと、次はプログラムにしたがって、「シャンソン 朝顔の歌」それから「ダンス うるわしのよい」いずれも彼女は出ない。「シャンソン 遥かなるサンタ・ルチア」も出ない。次の「ダンス・オー・ヤヤ」にも出ない。そして次の「ダンス・カンツリー」に移った。
 これにも彼女は出なかったが、大いに注意すべき事がある。それは例の残った六人の中の三人、すなわち辰巳鈴子、三条健子、歌島定子が出演していることがプログラムの上から読まれた。これは何を意味するかというと、彼女はその三つの名前の中には無いということ――果然かぜん、敵の副司令の名前は、残りの三つの名前の中にあるという結論になった。ああ、その三つの名前!

海原真帆子かいばらまほこ  やなぎ ちどり  くれない 黄世子きよこ

 利鎌とがまを振りまわしている死の神はわれ等の同志百七十一人のもとを離れて、いまや刻々こくこく敵の副司令へせまりつつあるのだ。
 さて残る三人は、どこでそれぞれ判るであろうか。
 QX30は、とどろく心臓を押えてプログラムの先の方を調べて見た。
 判る、判る!
 次の演出は、初めに返って、第一ナンセンス・レビュー「弥次喜多やじきた」二幕十二場だ。辿たどってゆくと、この中の第二景「大阪道頓堀どうとんぼり」のところで例の三人のうち、紅黄世子だけが他の二人に別れて出演するのだ。
 それから、それから……。
 残る海原真帆子と柳ちどりとは、第四景の「琵琶湖畔びわこはん」に茶店娘ちゃみせむすめお金とお銀で一緒に出る。さてもあせらせることではある。
 ところで第五景の「山賊邸さんぞくてい展望台」では唐子からこの娘として、柳ちどり[#「柳ちどり」は底本では「紅黄世子」]が出る。
 第六景の「奈良井遊廓ならいゆうかく」では残りの海原真帆子が出る。これで全部判ったことになる。
 だが、の第六景「奈良井遊廓」まで待つ必要はない。既に一つ前の第五景「山賊邸さんぞくてい展望台」で、残る二人のうち柳ちどり[#「柳ちどり」は底本では「紅黄世子」]が判るのだから、あとの一人は第六景を見てたしかめずとも判るはずだった。――敵の副司令の断頭台だんとうだいはこの第五景で、切って放たれるのだ。
 QX30笹枝弦吾は、歯をいしばって、喜びの色を押し隠したのだった。


     8


 弦吾の先走りしたチェックとは別に、先ず「フィナーレ」が開いて、たしかに例の義眼女を発見することが出来た。プログラムの上に※(丸2、1-13-2)と印をつけた。第二回目の登場という意味であった。
 弦吾には、もう幕間まくあいもなんにもなかった。ただ機の至るのが待ちあぐまれるばかりだった。「弥次喜多やじきた」が始まって、第一景。一座をひきいる丸木花作まるきはなさく鴨川布助かもがわぬのすけとが散々さんざん観客を笑わせて置いて、定紋じょうもんうった幕の内へ入った。
 いよいよ第二景。紅黄世子かどうか判ろうという機会が来たのだ。流石さすがに胸が迫った。道頓堀どうとんぼり行進曲もにぎやかに、花道からズラリと六人[#「六人」は底本では「八人」]振袖ふりそで美しい舞妓まいこが現れた!
(居ない、居ないぞ)
 QX30は軽い吐息といきをした。
 それからプログラムは進む。第四景には、残る柳ちどり海原真帆子とが茶店娘ちゃみせむすめとなって確かに登場したと思われる。プログラムの上に、彼女の出演の印※(丸3、1-13-3)を打って置こう。QX30は、成功へもう一歩の手前へ立って、ホッとした。振返ってみればよくまァ此の複雑なプログラムから、彼女の名前を拾い出せるようになったものだ。
 さて、いよいよ運命の決まる第五景だ。冷静に、冷静に!
 山賊邸の展望台。怪しげなるはやしにつれて、一隊の唐子からこが踊りつつ舞台へ上ってきた。
ッ」
 と叫びたいのを懸命でこらえたQX30だった。見よ! 見よ! あの女がいるではないか。敵の副司令が、唐子からこになって、白々しらじらしくも踊っているのだ。決った!
 副司令の芸名は、柳ちどり※(感嘆符二つ、1-8-75)
 弦吾は素早く「やなぎちどり」と名前をプログラムから千切ちぎりとって、隣りにピタリと寄り添っているQZ19[#「QZ19」は底本では「QX19」]同志帆立介次ほたてかいじのうちに、ねじこんだ。
 帆立はフラリと席を立った。
 一つ大きな欠伸あくびをすると、ディ・ヴァンピエル座の木戸口を出ていった。レビュー館の向うの角をまがると急に歩調を速めて、かねてしめし合せて置いたR区裏の二つ並んだ公衆電話函のところへ……。

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