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二人は、マッチ箱の裏に書かれた指令文を読み終ると、合わせていた額を離して、思わず互の顔を見合わせた。二人は一語も発しない。余程重大な指令と見える。
その指令というのは――
[#ここから罫囲み]
(指令本第一九九七八号)
(一)QX30トQZ19トハ、即刻間諜座ニ赴キ、「レビュー・ガール」の内ヨリ左眼ニ義眼ヲ入レタル少女ヲ探シ出シ、彼女ノ芸名ヲ取調ベ、QZ19ハ直チニR区裏ノ公衆電話傍ニ急行シテ黄色ノ外套ヲ着セル二人ノ同志ニ之ヲ報告セヨ。又QX30ハ間諜座内ニ其儘止リテ、打出シト共ニ群衆ニ紛レテ脱出セヨ。
(二)右ノ報告ヲ本日午後十時マデニ報告シ得ザルトキハ、在京同志ハ悉ク明朝ヲ待タズシテ鏖殺セラルルコトヲ銘記セヨ。
[#ここで罫囲み終わり]
「死線は近づいたぞ」
「かねて探していた敵の副司令が判ったというわけだな」
「ウン、義眼を入れたレビュー・ガールとは、うまく化けやがった」
「だが間諜座へ入ることは、地獄の門をくぐるのと同じことだ。固くなったり、驚いたりして発見されまいぞ」
「あのなかは敵の密偵で一杯なんだろうな」
「毎夜、観客の中に百人近くの密偵が交っているということだ。そして何か秘密の方法で、舞台上の首領と通信をしているそうだ」
「首領よりか副司令のあの小娘が恐ろしいのか」
「そうだ。あの小娘は悪魔の生れ代りだ」
「するとあの副司令を今夜のうちに、こっちの手でやッつける手筈になったんだな」
「ウン。――どうしてやッつけるかは知らないが、副司令のやつ、義眼を入れてレビュー・ガールに化けているてぇことを、嗅ぎつけられたが運の尽きだよ。おお、もう五時半だ。あといくらも時間が無いぞ。さア出発だ」
弦吾は腰をあげた。
「おっと待ちな、冷いながら酒がある。別れの盃と行こう」
同志帆立は、押入の隅から壜詰を取出した。汚れたコップに、黄色い酒がなみなみとつがれた。
カチャリ、カチャリ。
「地獄で会おうぜ」
「世話になったな」
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