天罰下る
事件は、そこまでは解けた。
当局は警戒網を三原山のまわりに厳重に固めめぐらした。
その一方、大学に懇請して、火口底に果してラジウム二百瓦が投げこまれてあるのかどうかを検べて貰った。これは案外苦もなく分った。たしかにラジウムは火口底の南寄りの岩の間にあることが確認された。
しかし、そのラジウムを取出す方法はちょっと簡単には出来そうもないことが分り、当局は未だに警戒の陣をゆるめないで番をしている。なにしろその後、烏啼の消息がさっぱり分らないので、油断はならないとのことであった。
帆村はもうラジウム事件には、大した興味を持っていない。しかし田鍋課長が、彼に自慢らしく語ったところでは、烏啼はあのR大学の研究所のラジウム保管室の向いの研究室の助手に化けこんでいて、あのラジウムを巧みに盗み出した。それから彼は、かねて連絡をつけてあった看護婦の秋草に渡した。秋草はそれを持って出て、某飛行場へ急行し、烏啼の一味である矢走という男をして、その品物を飛行機でもって三原山の噴火口に投げおとさせたと認める。例の美男美女というのは、この烏啼と秋草らしいといわれる。研究所の同僚たりし人々は、確かに彼ら二人を、美男美女と認めているから、間違いないと、田鍋課長はいささか得意で、椅子の背にふん反りかえった。
帆村の興味は、そんなことよりも、大島の松の木にひっかかっていたお化け鞄と猫又の死骸と血染の細紐が、何を語っているか、それを解くことに懸っていた。
その年の春、ひどい海底地震が相模湾の沖合に起り、引続いて大海嘯が一帯の海岸を襲った。多数の船舶が難破したが、その中の一隻に奇竜丸という二百トンばかりの船があって、これは大島の海岸にうちあげられ、大破した。また乗組員の半数が死傷した。
この奇竜丸の救援に赴いた官憲は、はからずも、この船の構造や、乗組員の様子に疑惑を持ち、厳重に取調べた結果、この船こそ怪賊烏啼天駆の持ち船だと分り、そして天罰とはいえ重傷を負っている烏啼を、遂に他愛なく引捕えた。
このことは早速東京へ無電で連絡され、田鍋課長は再びこの大島へ急行して、烏啼を受取った。
烏啼はもう観念したものと見え、すべてをべらべらと喋った。
彼の行動は、大体帆村の推理したところに一致していた。しかし烏啼がその後秋草と争って、遂に猫又もお化け鞄も共に自分の手に入れ、それを奇竜丸に持ち込んだばかりか、秋草の自由を束縛してこの船に乗せてしまったことが分った。それから後はずっと海上生活をしていたものだから、この二人の行方は陸上を監視していただけでは知れなかった筈である。
その烏啼は、海上生活を送りながら、なんとかして大島へ上陸し、三原山の火口底から例のラジウムを取出そうと、機会の来るのを狙っていたが、当局の警戒がすこぶる厳重なため、その目的を達することが出来ないでいた。
ところが或る日、秋草が実に大胆なる脱走を試みた。
彼女は、烏啼の部下数名を、巧みなる手段によって籠絡すると、その力を借りて、猫又とお化け鞄とを盗み出させ、それから細紐で自分の手首をしばって、猫又を入れたお化け鞄に結びつけ、鞄の把柄を下へ押し下げた。すると猫又の浮力と、お化け鞄の浮力とによって、鞄は秋草の身体を下にぶら下げたまま宙に浮きあがった。船は依然として走っているものだから、鞄にぶら下った秋草の身体は見る見るうちに船を離れた。
これに気がついた乗組員が、急いで烏啼に知らせたので、烏啼は顔色をかえて船橋へ上った。そして秋草の身体の流れていったと思う方向へ船を戻した。
だが、折柄空に月はあれど夜のことだから、遂にそれを発見することが出来なかったという。
この烏啼の告白によって、猫又の死骸とお化け鞄と血染めの細紐の謎が漸く解けそめた。そのようにして秋草は脱走をはかったが、彼女はぐんぐん上空へ引き上げられて息が絶えたものと思う。そのうちに彼女の身体を吊下げている紐が切れ、下へ落ちてしまったのであろう。恐らくそれは広い海の中であったことと思われる。彼女の繊細なる手首が紐でこすられて血が出、それが紐の切れ端に残ったことは確かだ。こうして彼女は、遂に敗れて一命を失ったものらしい。
臼井は今も行方が知れない。
それから最後に特筆大書しておくべきは、田鍋課長が目賀野を証人として、烏啼に会わせたところ、目賀野がびっくりして烏啼を指して叫んだ。
「やッ、貴様は千田じゃないか」
烏啼は、繃帯を巻いた頭をすこし起こして、ふふんと笑った。
「貴様が千田なら、おい話せ、わしの姪の草枝はどこへ連れていった」
千田と草枝が一組となって、いつも目賀野の下で働いていたことは、ずっと前から知られている。
「おれは知らんよ。課長に願って、細紐に残っているあの女の血に尋ねてみたがよかろう」
と、烏啼はいって、むこうを向いてしまった。
そんなことから、目賀野の姪の草枝こそ、看護婦秋草のことであり、彼女が或るときは烏啼に協力しながら、後には烏啼と張合ってラジウムやお化け鞄やお化け猫の争奪に生命を賭けたことが判明した。
これで、鞄らしくない鞄の話は、すべて終ったわけであるが、気の毒なのは赤見沢博士である。博士は研究所を火災で失って、どうにも復興の見込みが立たず、あたら英才を抱いて不幸を歎しているという。しかし博士のことだから、そのうちにもっと何かいい手段を考え出すことだろう。博士が、この次に、重力消去装置をどんな方面に活用するかは、非常に興味あることだと思う。
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