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火星探険(かせいたんけん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:12:55  点击:  切换到繁體中文


 楽しい時間が過ぎていった。
 会がいよいよ終りに近づいたとき、デニー老博士が立上った。そして重大発言をしたのであった。
「さて諸君。諸君の美しい協力と、不撓不屈の努力とによって、本艇の故障は遂に直ったのであるが、この先、本艇はどんな航路を選ぶべきか、それを只今から諸君に相談したい。それには二つの途がある。一つは地球へ引返すこと、もう一つはこの際火星まで行ってしまうことである。どっちを諸君は望むであろうか」
 そういって博士は、一同の顔をぐるっと見まわした。しかし誰も何もいわなかった。
「現在の本艇の位置は、地球と火星とを結ぶ航路の約三分の二を既に突破している。つまりあと三分の一航行すれば火星につくのである。なお、燃料はどっちにしても十分ある。これは本館――いや本艇に予期以上の燃料が蓄えてあったことがわかったので、この点では心配ないと思う。食糧は燃料ほど十分ではなく、いっぱいいっぱいの程度である。だから火星へ直行する場合は、これから当分のうち少し減食しなければならないと思う」
「火星へ行きましょう」
「賛成、ここまで来たんだから火星へ行ってみたい」
「どうせわれわれは火星探険協会員だから、火星へ向って苦労するのは元より覚悟の上です。行きましょう、火星へ」
 乗組員たちは皆火星へ行きたがった。地球へ引返したいと申出る者は、只の一人もなかった。
 これを見て、デニー老博士は大満足であった。
「では、本艇はこれより火星へ直行することに決める。本日の観測によれば、火星まであと十一日かかると思う。その間に、諸君はかねての研究にもとづき、十分の準備をせられるよう希望する。火星に上陸できるかどうかは、もうすこし先になってみないと決めかねるが、ともかくも明日、上陸後の編成を発表する。何分なにぶんにも乗組員の数が少ないから、各人はそれぞれ相当重い役割をつとめなければならない。それは覚悟して置いてもらいましょう」
「何でもやります。どしどし命令して下さい」
「そうだ。これまでに費した研究の結果を、ここで十分に発揮して、火星と地球との交通を開くことに成功したいものだ。諸君、大いにやろうぜ」
「ああ、やるとも、やるとも、地球人類の名誉にかけて、このことは成功させてみせる」
「火星へ一番乗りができたら、僕は火星の上で土になってもいないぞ」
 乗組員たちは永年火星探険に強い憧れをもち今日まで苦労を積んできた人ばかり、デニー老博士に応えて協力を誓った。そして互に激励しあったのであった。
 それ以来、この宇宙艇の中には春のような明るさが流れた。皆々の覚悟はできたのだ。まだ人類の到達したことのない遠大なる目標火星探険へまっしぐらに進んで行くのだ。
 四少年たちも同じように、いや大人たちよりもずっと強く、火星を探険することをよろこんでいた。その日彼等は艇の展望台の窓に顔を寄せて、外を眺めた。
 暗黒かぎりなき大宇宙の姿よ。なんという巨大なる空間であろうか。その暗黒の中に、諸星はダイヤモンドのようにきらめいていた。また西の方には、満月の十数倍もある大きな地球が輝いていた、あそこから出発したのに違いないが、こうして見ていると嘘のような気がする。その蔭に、月が小さく寄り添っている。
 火星はどうしたであろう、見えるであろうか。
 展望室をぐるっと廻って反対の窓にでる。あっ見えた。あの真赤な星だ。大きさは、もうお盆ぐらいに見える。あれが火星だ。あの毒々しい色の星に、一体何がまっているのであろうか。


   火星の生物


「あいかわらず火星の表面は、ぼんやりと霞んでいるね」
 いつのまにきたか、四少年の大好きなマートン技師が、彼等のうしろに立って、同じように展望窓から火星を見て、そういった。
「ああ、マートンさん。火星の表面はなぜあんなにぼんやりしているのですか」
 河合少年は、こんなときに誰よりも先に質問したくなるのだった。
「ああ、霞んでいるわけをいいましょうか、あれはね、火星の表面には水蒸気があるからだ。地球だってそうだ。水蒸気があるから雲があって、今日だって大陸の形などよく見えやしない。火星の水蒸気は、地球の水蒸気と比べて二十分の一しかない。その割に、火星の表面がぼんやりしているわけは、もう一つある。それは火星の周囲をかなりおびただしい宇宙塵うちゅうじんが取巻いているせいだ。宇宙塵てわかるかね」
「何だろうな、ウチュウジンて?」
 ネッドが大きい目をぐるっと動かした。
「宇宙塵というのは、宇宙の塵なんだ。つまり星のかけらの小さいのが宇宙塵だ。これが火星の周囲をぐるっと取巻いている。だから火星の表面は一層見えにくいのさ」
 マートン技師は自分の説明が少年たちにわかったかどうか心配げな顔である。
「宇宙塵は、なぜ火星のまわりに集まっているんですか」
 張少年から質問が飛びだした。
「宇宙塵がなぜ火星を取巻くようになったかという問いだね。ううん、これはむずかしいことだ。いろいろ臆説はあるが、天文学者にもまだ本当のことはわかっていないんだ」
「学者にもわからないことがあるんですか」
 ふしぎそうに張はたずねる。
「もちろん、そうさ。学者は世界にたくさんいる。しかしその人たちの説き得た自然科学の謎は、まだほんのわずかだ。これから先何億万年かかっても、その全部はとき切れないだろう。そのように自然科学の奥は深いのだ」
「そんなに永いことかかっても、わからないもんですかねえ」
 河合少年は小首をかしげる。
「そんなに永いことかかってもわからないことを、今こつこつ一生けんめいにやっている学者なんておかしいですね。一人の学者の寿命は百年とまで永くないのに……」
 ネッドが笑った。が、マートン技師は、これに応えていった。
「そうじゃない。そんなに永くかからなければわからない大仕事だから、学者たちは責任がたいへん重いのだ。そして一日でも一時間でも早く自然科学の謎をとかねばならぬと、一所けんめいに努力しているんだ。本当に、尊い人たちだといわなければならない」
 マートン技師はそういって、非常にまじめな顔をした。
 その日をはじめとし、少年たちは毎日一度展望室へ入って、大宇宙をのぞくことにした。そこから見える大宇宙は、いつも暗黒で無数の星がきらめいていることに変りがなく、別に夜が明けるわけでもなく、変化にとぼしい眺めであった。だが少年たちは必ずこの部屋へ入った。彼等の見たいと思うものは、第一に、遠去かり行くなつかしい地球の姿、第二に、だんだん近づく火星の様子であった。
「河合君。あと二日でいよいよ宇宙塵の間を本艇が抜けるそうだよ。本艇はそのとき穴だらけになっちまいやしないだろうか」
「なあに大丈夫だろう。デニー先生もマートンさんも平気な顔をしているもの」
「そうかしら……それから君は、火星には人間が住んでいると思うかい」
「人間かどうかしらんが、生物はいると思うね、張君」
「生物? その生物は、僕たちを見たとき、どうしようと思うだろうね」
「どうしようというと、どんなこと?」
「つまり火星のライオンかゴリラかが、僕たちの顔を見たとき、これは珍らしい御馳走が来たぞ、早速たべちまおうかな、などということになりやしないかね」
「さあ、それはわからないね、マートンさんに聞いてみなければ……」
「マートンさんも、よくわからないと答えたよ、それについて僕は考えたんだ。火星へ上陸するときは、御馳走の固まりをたくさんこしらえて持って行くことだと思うよ」
「御馳走の固まり」
「そうなんだ。この御馳走の固まりは、僕たちがたべるんじゃなく、いざというときに、火星の生物の前へ放りだすんだ。するとその生物がむしゃむしゃたべ始めるだろう。その隙に僕は逃げてしまうんだ」
「ほおん、するとその御馳走の固まりは、つまり僕たちの身代りなんだね」
「僕たちじゃないよ、今のところ僕だけの身代りにこしらえる計画さ」
「そんなことをいわないで、僕の分もつくってくれよ」
「よし、そんなら君の分もこしらえてやるが、一体その火星の生物は、何をたべるかね。何が好きだろうか、それを教えてくれ」
「……」
 これには河合二郎も、遂に返事につまってしまった。
 さて、一同の乗った宇宙艇はいよいよ火星に近づき、その引力圏内に入った。それはいいが第一の難関がやってきた。それは宇宙塵圏のことである。本艇は果してこの危険圏を安全に通りぬけることができるであろうか。何しろ人類にとって全く前例のないことだけに、デニー老博士も非常に心配している。
 運命の危険圏への突入は、あと僅か五時間後に迫っている。


   近づく危険圏


 よく熟れたあんずのような色をして、小山のような火星が、暗黒の宙に浮いているその姿は、凄絶きわまりなき光景だった。ネッド少年は、いよいよ気が滅入ってきて、口をきくことがだんだん少なくなった。
 近頃ではネッドばかりではなく、山木健までが元気を失い、おびえたような顔をしているのだった。そして展望室へちょいちょいでてくるが、ほんの僅かの時間しかそこにはいないで、でていってしまう。
 河合が心配して山木に話しかけた。
「山木君。なぜそんなに元気がなくなったんだろうね、君は……」
「うん、どうも身体の具合がよくないんだよ。熱もないんだが、ひょっとしたら、あのせいじゃないかな」
 と山木はあごをしゃくって、窓外を示した。そこには火星が大きく視界をさえぎっていた。
「ああそうか、君もやっぱり宇宙性神経衰弱にかかっているんだな」
「えっ、宇宙性神経衰弱だって」
「そうなんだ。この病気は、大宇宙のあまりに神秘な、そしてすさまじい光景にぶつかって、僕たちの心がひどく圧迫せられる結果起る病気なんだ。君もそうなんだろう。あのとおり火星は化け物のように大きく天空にかかって僕たちの前に立ちふさがっている。あれが気持よくないんだろう」
「うん、そういわれると、そうかもしれない。たしかに火星を見ていると気が変になりそうで仕方がない。あの大きな物体が、なぜ落ちもしないで宙に浮かんでいるんだろう。ああいやだ。僕はとうとう火星に負けちまったようだ」
 山木はそういって、両手で自分の眼をおおった。河合は同情して、友を極力きょくりょくはげました。
「もうすこし経てば、気持のわるいのが直るよ。今が一等いけないんだ。つまり今は、火星が大きな球として見えているから、どうして下へ落ちないのかと気持が悪くなったり、お月様の化け物のように感じたりして、どうもよくないんだ。もうすこしたてば、いよいよ火星は大きく広がって、飛行機に乗って空から地球を見下ろしたときと同じようなことになる。そうなれば、何でもなくなるのさ」
 河合は、うまい説明で山木を慰めた。だが河合も、決していい気持でこの凄絶な天空の光景を眺めているわけではなかった。彼もまたその異景に圧倒されまいと一生けんめいに自分の精神を鼓舞こぶしているわけだった。
 午後八時、宇宙艇はついに問題の宇宙塵圏内にとびこんだ。
 操縦室には、艇長デニー老博士を始め数人の技術者たちがつめかけ、全身を神経にして、どんなことが起るかと待ちかまえていた。
 博士の前に、四角な枡型ますがたの写真が六個、縦に四個左右に一個ずつ、花のようにならんでいた。よくみるとその写真には、火星の表面やきらきら輝く無数の星がうつっていた。また曲面を持った舷のようなものもうつっていたが、これは本艇の一部であると分った。この写真は美しい蛍光を放って、画面はむしろ明るかった。そしてこの写真はなおよく見ると、それが少しずつ動いているのが分る筈だ。これこそテレビジョンの映写幕である。本艇外の様子が、前後上下左右の六方面においてテレビジョン装置によって映写幕へうつしだされているわけだ。
 しかも映像は、肉眼で見るよりずっと明るく物の識別ができた。これはこのテレビジョン装置が、赤外線に対し非常に敏感にできるためである。つまり夜もよく見える猫の目のようなテレビジョン装置である。老博士は、絶えずこの六つの映写幕の上に深い注意を払っていた。
「博士、見えますか、宇宙塵は……」
 マートン青年が、博士へ声をかけた。この青年は今日は特別に舵輪を操っている。舵輪台は博士の後方の一段高いところにあり、鉄管で編んだ球の中に、彼と舵輪とが入っていて、さらにその鉄管球は二つの大きな鉄の輪で支えられている。これは艇がどんな方向に傾いても、操舵者と舵輪はじっと空中に停止していて、すこしの変位もしないようにこしらえてあるわけだ。
「うむ、宇宙塵の渦巻は黒い帯のように見えるが、個々の宇宙塵はまだうつっていないよ」
 博士は、そう応えて、さらに映写幕に顔を寄せた。
「まだ宇宙塵の入口だから、あまり衝突する塵塊じんかいもないのでしょうね」
「そうだろう、しばらくは、宇宙塵の流れに乗って、同じ速さで飛んでみよう。もし急いでこの宇宙塵の渦巻を突切ったりしようものなら、本艇はものすごい塵塊に衝突して、火の玉となって燃えだすであろう。しばらくは我慢するほかはない」
 博士は、忍耐の時間がきたことを、マートン技師に説明した。
 こうして二時間ばかりを、本艇は何事もなく至極しごく平穏へいおんに送ったのであった。その間に、火星の表面は、すこしばかり西へ位相を変えた。火星の極冠は、いつもまぶしく、一つ目小僧の目のように輝いている。その他のところは、或いは白く、或いは黒く見えているが、黒いのは多分陸地で雪のないところにちがいない。そしてその陸地はいくつも点々として存在しそして蜘蛛くもの巣のように、直線的なものでつながれているように見える。火星の運河というのは、そのことであろうが、果して運河であるか、どうか、それはもっと先にならねば分らない。
「あっ、四象限よんしょうげんへ舵一杯!」
 突然、老博士が叫んだ。と同時に、操舵席のマートン技師の前に、赤い警告灯がつき、そしてその下を、電光ニュースのように数字の列が流れた。
「はいっ、四象限へ舵一杯」
 と、マートン技師は舵をうんと引き、それから、流れる数字に従って舵を合わせた。この数字は安全航跡を示すもので、例のテレビジョンが自動的に測ってしらせて寄越すものであった。
 それはよかったが、次の瞬間、艇ははげしく鳴り響き、そして震動した。
「落着いて、マートン。四象限へ舵一杯、もっと一杯」
「はい、もっと一杯、引いていますが、これで一杯です」
「あっ、危い!」
 どど……ん。怪音と共に艇はぐらっと傾いた。そして二三度宙に放りあげられた感じであった。と、停電した。室内は応急灯だけとなり、人々の不安にみちた横顔へ深い影を彫りつけた。河合少年も、その中の一人だった。一体どうしたのであろうか。


   遂に大混乱


 操縦室の一同が、不安の底に放り込まれたとき、天井の高声器から、ひどくあわてた声が響き渡った。
「艇長。ピットです。第三舵が飛ばされてしまいました。宇宙塵塊のでかいのが、あっという間にその舵をもぎとってしまったのです。総員で応急修理中ですが、当分第三舵はききませんよ」
「ああ、わかった。元気をだして、できるだけ早くやってみてくれ」
 第三舵の損傷が報告された。こうなると本艇の操縦はむずかしくなる。が、今の気味のわるい震動が第三舵の損傷だけで終ったのだろうか。それならばまだ運の強い方だ。
「艇長。地階八階に大きな穴があきました。二十トンもある塵塊がとびこんできたのです。幸いに乗組員には異状はありませんが、燃料をかなりたくさん持っていかれました」
 深刻な報告が、高声器からとびだした。燃料を持って行かれたという。地階八階に大穴があいたともいう。これはどっちも本艇の安危に直接の関係がある。
「おい、グリーンだな」と老博士はマイクへ叫んだ。
「で、本艇は空中分解の危険があるだろうか」
「今のところ大丈夫でしょう。その二十トンの塵塊は反対の艇壁をつきやぶって外へとびだしてしまいましたから、まあよかったです」
「燃料の方は、どうか。本艇の航続力はどの程度に減ったか。このまま火星へ飛べるだろうか」
 老博士は心配をかくしもせず叫んだ。
「火星までは大丈夫行けましょう。しかし……」
 そこでグリーンの声が切れる。
「しかし……どうしたんだ、グリーン。はっきりいえ」
「はい」グリーンは絞めつけられるような声をふりあげ、
「しかしもはや地球へ戻るだけの燃料はなくなりました。まことに遺憾です」
 と、悲しむべきしらせをよこした。
「なに、もう地球へは戻ることはできないのか」
 さすがのデニー老博士も愕然がくぜんとした。
 これを聞いたとき操縦室の一同は誰も皆、目がくらくらとした。遂に最悪の事態となったのだ。地球へ戻れないとは、ああ何という情けないことだ。
 だが、一同はこの悲しむべきでき事のため、さらに悲しんで涙にむせんでいる暇はなかったのである。そのわけは、冷酷なる宇宙塵の数群が、すぐそのあとに引続いて本艇を強襲したからであった。
 艇内は混乱の極に達した。はげしい震動が相ついで起った。艇はいまにもばらばらに分解して四散しそうであった。艇内を、ひゅうんとうなってすごい速力で飛び交う塵塊があった。それは艇内の大切なる器物を片端からうちこわしていった。
 乗組員たちは唯も[#「唯も」はママ]自分の仕事の場所を守ることができなかった。マートン技師でさえ、もう何をすることもできない。応急灯は消えそのうちに彼を護っていてくれた鉄管の籠が塵塊のためひん曲げられ、もはやその能力を発揮することができなくなった。そのために彼は、他の乗組員と同じように乱舞する宇宙艇といっしょに振り廻されていた。
 河合少年は、部屋の隅へはねとばされ、器械のわくの間に狭まれてしまった。そのうちに頭が下になり、足が上になったので、その枠からはずれそうになった。彼はおどろいて枠にすがりついた。それから智恵をしぼって、手に挾まったロープで自分の身体を枠にしばりつけた。
 ほっと一息ついて、皆の様子をうかがうと、あっちでもこっちでもものすごい怒号どごう叫喚きょうかんばかり。それでいて人影は一向はっきりせず、その代りに、しゅっと青い火花がひらめいたり、塵塊らしいものが真赤になって室内を南京花火のように走り廻ったりするのが見え、彼のきもをそのたびに奪った。
 彼は、仲間の三少年がどうしているだろうかと心配した。誰も声をかけて彼を尋ねてきてくれないところを見ると、皆死んでしまったのではなかろうか。いや、彼さえこの器械の枠の間から動くことができないんだから、彼の友だちもそれぞれどこかへつかまって、ふるえているのではなかろうか。とにかく何とかしてデニー博士以下われらの生命を助けたまえと、ふだんは我慢づよい河合もついに神の御名みなとなえたのだった。
 河合少年の祈りが神様のお耳に届いたせいでもあったろうか、さしもの大椿事だいちんじも、ようやくにおさまった。あの耳をうつ震動音の響もいまはどこへやら。また怪物のようにひゅうひゅう飛びまわった火の玉の塵塊も、今は姿を見せなくなった。そして艇は、以前のように安全状態に戻ったのであった。
「おーい。生きている者は、こっちへ集ってこい」
「おう、今行くぞ」
 乗組員の呼び声が、ぼつぼつ聞え始めた。それはたいへんお互いを元気づけた。
 河合少年は、もう大丈夫だと思ったので、自分の身体を巻いていたロープを解き、自由になった。久し振りに床を踏んだが、足はふらふらで、その場に尻餅をついてしまった。
「おうい、河合少年、しっかりしろ」
 誰かが彼に呼びかけた。
 誰だろうと、声のする方を見上げると、それはマートン技師だった。彼は横に傾いたまま、舵輪を握って、艇の針路を定めていた。
「ああ、マートンさん。怪我はなかったんですかねえ」
「ああ、何ともないよ。どうだ恐ろしかったか」
「ええ、びっくりしましたよ。で、本艇はだいぶやられたようですか、無事に飛んでいるのですか」
「さあ何といっていいか……」とマートンは首をかしげたが「とにかく今のところはこうして火星へ飛び続けているよ、本艇の損害は案外軽いのかもしれない。デニー博士がいま調べていられるのだ」
 おおデニー博士。博士は無事なんだ、そしてもう元気に、重大な仕事に当っておられるのか。自分もぼやぼやしてはいけないと、河合少年はわが身をはげました。


   老博士の教訓


 河合少年は、仲間の安否を確めるために操縦室を出た。
 どこもここも、たいへん壊れていた。艇の外壁などは、大きくもぎとられて廊下がむきだしになっていることがあった。
「あああぶない。そっちへ出てはいかん」
 河合少年が廊下をのぞいていると、うしろから彼の腕をとって引戻した者がある。少年はおどろいて振返った。立っていたのはデニー博士だった。
「そこへ身体を出すと、吹飛ばされて墜落するからね。出ちゃいかん」
 老博士は重ねて河合に注意をした。彼はうれしく思って、あつく礼をいった。博士は、軽くうなずいた。それから、
「そうだ。君たち少年は四人だったな」
「ええ、そうです」
「そうか。君たち少年が本艇に乗ってくれたので、今わしはたいへん気が強い。これはわしからお礼をいうよ」
「はあ、どうしてですか」
 河合はちないので、問い返した。
「わしはこの年齢であるから、もう先はないが、君たち少年はこれから五十年も六十年も生きられるのだ。わしたちが成功させることができなかった事業は、ぜひ君たち四人の少年が継いで、成功させてほしいものだ」
 老博士はしんみりとした調子でいって、河合少年の肩を叩いた。
「はい。皆にそういって、しっかりやります。しかし博士。今度の火星探険はもう失敗ときまったのですか」
 河合はたずねた。老博士のことばがそのように響いたからである。
 博士はしばらく黙っていた。白い髭がこまかくふるえていた。やがて博士は口を開いた。
「まだ、はっきりしたことは分らぬ、だがね、河合少年。うまく火星に着陸できたとしても次に火星から地球へ戻るときには新しい宇宙艇を建造しなければならないだろう。これはたいへんな大事業だ。それに君たち少年の力が絶対に必要なのだ。そのことは今に分るだろう。万一のときには、わしの部屋にある緑色のトランク――それには第一号から第十号までの番号がうってあるがそれを君たちに贈るから、大事にしてくれたまえ。それはきっと君たちを助けるだろう」
「はあ。そのトランクの中には、何が入っているのですか」
「それはね、わしが永年苦心して作った設計図などが入っているのだ。そのときになれば分るよ」
「博士。それでは、この宇宙艇では、もう地球へ戻れないのですか」
「多分、戻れないだろう。帰還用の燃料は殆んどなくなったし、艇もこのとおり大損傷を蒙っているしね、それにまだいろいろ心配していることがあるんだ。おお、そうだ。こうしてはいられない、またゆっくり話をしてあげようね」
 老博士は、大事な用事を思い出したと見え、すたすたとむこうへ行ってしまった。
 それから河合は食堂へ行った。
 そこには仲間が集っていた。山木もいた。張もいた。ネッドの顔も。皆無事であった。運がよかったのだ。ただ張だけが右脚に打撲傷を負っていて、足をひいていた。
 河合少年は、老博士からいわれた話を、ここで皆にして聞かせた。
 この宇宙艇では地球へ戻れない、という話は一同を失望させた。河合は一同を励まさねばならなかった。デニー博士の信頼と期待とを破らないように、これから一層勉強をしなければならない。これは地球人類の光栄と幸福のために、ぜひそうしなければならないのだと力説して、ようやく一同の気を引立てることができた。折からマートン技師が入ってきた。彼もまた無事だったが、衣服は油ですっかり汚れ切っていた。またエンジンと組打くみうちをやって大奮闘をしたのであろう。
「おお、皆無事だったな。見たかね、火星の表面を。宇宙塵圏を通り抜けたので、今はすっかり晴れて、火星の表面がよく見えるよ。火星の運河というのを知っているね。あれもちゃんと見えるよ。さあ早く、展望室へ行ってごらん」
 そういわれて、四少年は飛出していった。そして展望台へ駆けのぼった。
 おお、見える見える。火星の表面が明るく見える。火星の昼なんだ。それはもう地球を上空から見下ろすのと大差はなかった。
 緑色の長い条が、蜘蛛の巣のように走っている。あれが火星の運河にちがいない。
 が、それは運河ではなさそうだ。まだはっきりはしないが、何だか森林が直線状に続いているように見える。
 火星の陸地は、褐色であった。やはり土があると見える。
 海らしいものも見える。しかし地球の大洋を見なれた目には、あまりに小さい海だ。まるで湖のように見える。
 一体本艇は、どのへんに着陸するのであろうか。火星の生物は、本艇をもう見つけているだろうか。どこかに火星の生物の飛んでいる姿は見えないであろうか。
 少年たちは思い思いに想像をたくましくしている。神経衰弱だったネッドまでが、奇異の目を光らせて、下界に眺め入っている。
 が、突然椿事ちんじが起った。
「総員、エンジン室へ集れ」
 けたたましい警鈴ベルと、悲痛な叫び声。それが終らないうちに艇は嵐の中に巻込まれたような妙な音をたて始め、そしてぐんぐん下へ落ちて行くのが感じられた。
「墜落だ。あっ、火事だ。尾部から煙の尾を曳いているぞ」
 さっきまで無事進空を続けていた宇宙艇であったが、火星の高度二万メートルのところから急に錐揉きりもみ状態に陥って煙の尾を曳きながら墜落を始めたのだ。
 老博士以下の運命は、どうなるか。

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