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火星探険(かせいたんけん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:12:55  点击:  切换到繁體中文


 二人はその夜始めて道傍の林の中にキャンプを張って夢を結ぶことになった。それは非常にうれしいことだったので、食事がすみ、寝床ができても、二人はなかなか睡れなかった。そこで焚火たきびをして玉蜀黍とうもろこしを焼いてたべたり、仲間から貰ったたくさんの餞別品をとりだして喜んだり笑ったりした。
 その餞別品の中から二つ三つ奇抜なものを紹介すると、トミーという少年は、おじいさんの老眼鏡のレンズを利用して手製した不恰好なカメラを贈ってくれた。そしてもしアリゾナに、鳥の羽根を頭にさしたインディアンがいたら、ぜひ一枚その写真を撮ってきてくれと注文してあった。皆注文がつけてあるのが多く、サリーは縫針ぬいばりを十本ほどれて、もしこの縫針が余ったら、標本になる珍らしい蝶々をとってこれで背中をさしとおして持って帰ってちょうだいなと注文がしてあり、またジョン公は、扉のハンドルを呉れて、もし途中でギャングが出たら、これを背中に押しつけて「手をあげろ」といえば相手は降参するよ、そして降参したら、そのギャングの持っているピストルを貰ってきてくれと、ずいぶん勝手な注文が書いてあった。
 さてその翌日となり、二人はたのしい自動車旅行の第二日目を迎えた。天気はあいかわらず晴れ渡り、朝から暑かった。車に乗って走っていなかったら、風もなくてやりきれないことであろう。
 その日の午後四時ごろのこと、二人の乗った自動車が川に沿った田舎道を走らせていると、うしろから警笛をやかましく鳴らしながら次第にこっちへ追付いている自動車があった。
 あまりうるさく警笛けいてきを鳴らすものだから、山木は自分たちの自動車を道路の端の方へ寄せ、相手の車を先へ追越させることにした。そのとき後方が見られりゃよかったのであるが何しろ大きな箱車のことであり、凸面鏡もついてないし、運転台からは後が見えなかった。
 ところがそれから間もなく、かの相手の車は山木たちの箱車をえらい勢いで追いぬいた。見るとそれは小さい二人乗の競争自動車だった。が、へんに方々が裂けていたりへこんでいたり、ペンキもはげちょろの有様で山木たちの車以上にひどいものだった。
「あ、あれに乗っているのはネッドだ、あっ、張もいらあ」
「え、ネッドに張か、ははあ、とうとう無理をして、後から追駆おいかけてきたんだよ、仕様がないやつだ」
 二人はおどろくやら、ちょっとうれしくなるやらであった。そして大きな声をあげて、後から張とネッドの名を呼んだ。
 張とネッドは、それが聞えないのか、脇目もふらず自動車にしがみついて、スピードを出していた。そしてやたらに後のエキゾーストから煙をはきだすのであった。
「あっ、危い。曲道まがりみちになっているのに、まっすぐ走らせているよ。ああっ、崖を超えた……」
 崖下からは、白い煙がもうもうとあがってきた。しかし張もネッドも崖の上へはいあがってこなかった。こっちの二人は、早く仲間を助けてやろうというのでがたがた自動車のエンジンのバルブを全開にして、その椿事ちんじの現場へ急がせた。
 そのとき山木が、だしぬけに叫んだ。
「ああ、そうか。張の占いがちゃんとあたったんだ。僕たちが二日以内に出会うはずの苦労というのは、このことだぜ」
「とんでもない目にあうものだ」
 河合が舌うちした。


   厄介やっかい怪我人けがにん


 山木と河合の二少年は、箱車をまがり道のところでとめると、いそいで運転台からとびおりた。そして息せききって、さっき競技用自動車の落ちていった崖下をのぞきこんだ。
「うわあ、たいへんだ。二人とも死んでいるぞ」
「あ、このままじゃあ、二人の死骸も焼けてしまうぞ、早く下りていって、火を消しとめよう」
「たいへんなことになったもんだ」
 崖下は川の一部分であったが、水のない河原で、青草がしげっていたのは何より幸いであった。かの競技用自動車は、崖から落ちて何回かくるくるひっくりかえって転げたらしく、もうすこしで流れにとびこみそうなところで、腹を天に向けていた。それに乗っていた二人の少年は、一人がすぐ崖下に、一人はそれから十メートルも先に投げ出されていた。
 山木と河合は、崖をつたわって、ずるずると下にすべり下りた。
「やあ、やっぱりそうだ。ネッドだ!」
 河合が、たおれている少年を抱きおこして、その顔を見て叫んだ。
「ええっ、ネッドか。かわいそうに、もう息をしていないか」
「ああ、息がとまっている。もう死んでしまったんだよ、かわいそうに……」
 山木と河合は、たまらなくなって、この黒い友達の顔の上へ涙をぽろぽろおとした。こうなると知ったら、むりをしてでもネッドたちを箱自動車のうしろにでも別の車にのせて引張ってきてやるのだったと後悔こうかいした。
 そのとき、ネッドの死骸が大きなくしゃみをした。ネッドの死骸が、山木と河合の腕の中で、ぶるぶるっとふるえた。山木と河合はびっくりしてネッドの死骸を放り出した。
「ああああッ。僕はもう死んでしまったのかい。ああああッ、それはなさけない」
 ネッドは妙なふるえ声で叫んだ。そして目をぱちぱちやった。
 山木と河合は事情をさとった。ネッドは死んでいなかったのだ。
「ネッド、起きろ、大丈夫だから起きろ」
「あたいをコロラド大峡谷だいきょうこくまで、一しょにつれていってくれるかい。それを約束するなら生き返ってもいいよ」
 ネッドは、きわどいかけひきをやった。山木と河合とはふき出した。
「生き返るのがいやなら、ここでいつまでも死んでいるがいい」
「それよりもチャンを見てやろうよ」
「張も死んだまねをしているのじゃないか」
 山木と河合とは、張の方へ走り寄った。張は仰向けになって伸びている。
「あ、血が出ている。これはほんとうにたいへんだぞ」
「おい、張、しっかりするんだよ」
龍王洞りゅうおうどうの仙人さま、死んじゃ損ですよ」
 ネッドもいつの間にか傍へよってきて、張少年に声をかけた。
「ううッ。痛い……」
 皆の呼ぶ声が、張に通じたと見え、彼はうなごえをあげ、顔をしかめた。
 張は死んだのではない。
 三人の少年たちは安心をして元気づいた。張の怪我したところを調べてみると、それは左の上膊じょうはく(上の腕)を何かでひどく引裂いていた。傷はいやに長く、永く見ていると脳貧血のうひんけつが起りそうであった。河合は、箱自動車の方へとんで帰って、救急袋を持ち戻った。そこでとりあえず張の腕を包帯ほうたいでしばって血どめを施したが、それはうまくいかないと見え、せっかく巻いた包帯がすぐまっ赤になった。
「ううッ、痛いよ、痛いよ……」
 張は蒼くなって痛みを訴えた。
 三人は困った顔をした。ほんとうのお医者さまにみせる外ないのであろう。三人は張をかつぎあげて、崖をよじのぼり、箱自動車のうしろをあけて、折りたたんだ天幕の上に張を寝かした。傍にはネッドをつけ、山木と河合とは再び運転台に乗って道路を全速力で走り出した。早くどこかの町へとびこんで、張をお医者さまにみせて手当をうけなければならない。
 それから四キロばかり行った先に、小さな町があり、そして医院があった。張をその中へかつぎこんで手当をうけた。傷の中から硝子ガラスの破片が大小七つも出てきた。これをとりのぞいたので、張は楽になり、死ぬように泣きわめくことはやめた。まあ、よかったと、三人は顔を見あわせた。
「張、どうするかい。この傷ではたいへんだから、村へ戻るかい。戻るならネッドといっしょに、バスに乗ってかえるんだね」
 山木は張にそういった。
 張はすぐ返事しなかった。張は、医院の廊下にべったり座ると、腰に下げていた袋の中から大切にしている水晶の珠を取出し、それにお伺いをたて始めた。張の手当をした老医師は、張がぺったり廊下に座ったのを見て張が腰をぬかしたのだと思い、あわてて奥からとびだしてきた。が、この有様を見てとって、気味がわるいなあといった顔付きになって、白髪頭しらがあたまを左右に振った。
「やっぱり、旅行を続けた方がよい――というお告げだ。山木君、河合君。僕は一しょに行くよ」
 張は元気な声でいった。
 山木と河合は相談をした結果、張とネッドをコロラド大峡谷まで連れて行くことに決めた。その代り五週間も遊びまわることは許されなかった。人数が倍にふえたから、食糧は半分の日数しか持たないし、それにお医者さまに治療費を払ったので、残りのお金もとぼしくなった。とにかくこれからはお互いに倹約してやっていかないと、果して目的のコロラド大峡谷まで行けるかどうか、安心はならないのだった。山木と河合の心配を余所よそに、ネッドと張は大元気でふざけている。全く現金な両人だ。とうとうコロラド行をものにしてしまったのだ。


   経済会議


 その夜は天幕テントを河原へ張って泊った。翌朝になると、まだ燃えている油に砂をかけてやっと消し、それから競技用自動車に綱をつけて崖の上へ引張りあげ、道路の上に置いた。だがこの自動車はエンジンがかからなかった。仕方がないから綱で箱自動車のうしろへつなぎ、箱自動車でそのままいて出発した。大きな牛をかいてある箱車のあとに、ぺちゃんこに押しつぶされた競技用自動車が綱に曳かれてふらふら走っていくところは、実にへんな光景で、街道の至るところに大笑いの種をまいた。
 いくら笑われても、車上の四少年は笑うことをしなかった。いろいろ気にかかることがあって、笑う元気がなかったのである。
 聴けば、張とネッドの乗ってきた自動車は洗濯倶楽部クラブで借りたものであるが、ブレーキがどうかしているらしく、出発当時からあぶないことばかりであったそうな。その洗濯倶楽部には、ネッドの義兄が会員として入っているので、その手づるで借りることができたという。しかしこのようなぺちゃんこの車になっては、どう詫びて返したらいいだろうかと、日頃は楽天家のネッドも箱車の後から顔をのぞかせて青息吐息であった。
 それでも旅程は一日一日とはかどって、だんだんアリゾナ州へ近づいていった。とはいうものの、まだやっと半道を過ぎたばかりである。
 その頃、貯蔵の食糧が、がっかりするほど減ってしまった。この調子でいくと、四人はコロラド大峡谷の中で餓死がしするおそれがあることが分った。食糧係の河合は、目を皿のように丸くして、この一件をどうするかについて一同に相談をかけた。
「僕とネッドがむりに加わったからいけないんだ。その原因は僕たちにあるんだから、なんとか僕たちで考えよう」
 張は、わるびれずにいった。その様子があまり気の毒だったので、山木が言葉をかけた。
「おい張君。君が大切にしている水晶さまにお願いして、缶詰を二箱ぐらいなんとか都合してもらえまいか」
「冗談じゃない。そんなうまい力は、水晶さまにありゃしない」
 張が正直なことをいったので、皆は声を揃えて笑った。するとネッドがいった。
「それなら、水晶さまを誰かに売って、そのお金で缶詰を買ったらどうだろう」
「ば、ばか」
 と張は怒って、ネッドをにらみつけたが、とたんに力が身体にはいって傷が痛みだした。彼は三人の笑いの中に、ひとり歯をくいしばった。
「しかし何とかして食糧を手に入れないと、この旅行はもう続けられないよ。つまりここから引返すか、何とか食糧を手に入れて旅行を続けるか、どっちかを決めるんだ」
 重大な経済会議が開催された。
「旅行は続けなきゃいやだ。コロラド大峡谷を見なければ、あたいは引返さないよ」
 ネッドは、好きなことをいう。
「じゃ食糧問題をどうする?」
「稼いで食糧を手に入れればいいじゃないか。野菜でも缶詰でも手に入ればいいんだろう……」
「ネッド、ちょっと待て。稼ぐ稼ぐというが僕たちがどうして稼げるだろうか。グルトンの村にいれば、知っている人もあるから、働かせてくれるだろうが、こんな旅先で、知らない人ばかりのところで、誰が働かせてくれるものか」
 河合は悲観説をさらけ出していった。
「ううん、ちがうよ。やればやれるよ。つまりこういう土地には特別の稼ぎ方があるんだ、もし僕にまかしてくれるなら、明日からちゃんと稼いでみせるよ」
「へえ、おどろいたね。それはほんとうかい」
「ほんとうだとも」
「でも、稼ぐために毎日朝から晩まで稼がなければならないとすると、いつになったらコロラド大峡谷へ行き着けるか、わからないぞ」
 と、山木が注意をした。
「大丈夫だ。時間は夕方から二三時間ぐらいあればいい。きっともうかるよ」
 ネッドは、だんだん自信にみちた顔になってくる。
「ネッド。一体何をするのか」
「まあ、それは明日までお預りだ。しかし少し舞台装置がいるね」
「えっ、なんだって、ブタイ何とかいったね」
「ああ、そうなんだ。この箱自動車の中にある布や道具などを利用してもいいだろう。僕は張と一しょに、いい儲けをとってみせるよ。だから夕方から二三時間、この箱自動車ごと僕に貸しておくれよ」
「大丈夫かなあ、またこの前のように崖から落ちるんじゃないか。そうなれば、僕たち四人は破産だよ。村へも帰れやしない」
「まあいい、あたいの腕前を見ておいでよ」
 ネッドはひとりでえつに入っていた。


   のぞき穴


 ネッドはどんな方法で、稼ぐのであろうかと、山木と河合とは話し合ったが、よく分らない。その翌日午前から午後へかけて、ネッドは張と共に走る箱車の中に入ったきりで外へは殆んど出ずに、何か夢中で仕事をしているらしかった。
 やがて約束の午後四時となった。
 ネッドは、箱の中から運転台のうしろの羽目板を叩いて、自動車を停めよと信号した。
 車は停った。
 ネッドは箱から出て来た。
「ちょっとした工事をするから、手伝ってくれよ」
 どこへ工事をするのかと思っていたら、ネッドは車の側に箱を置き、その上にのぼると牛の画の腹の下にハンドボールで穴を円周状えんしゅうじょうにあけた。そのあとで金槌かなづちで真中を叩いたから、ぽっかりと窓があいた。
「何をするんだ、ネッド」
 河合はおどろいて、尋ねた。
「さあ、こんどは僕の腰掛けを高いところにこしらえるんだ」
 ネッドは山木と河合を手伝わせて、箱の後部の上に、猿の腰掛のようなものを横に取付けた。そしてその上へ掛けてみて、
「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい」
 と叫んだ。
「何だ、見世物か。ははあ、この穴から中をのぞくんだな」
 山木はその穴に目を当ててのぞいたが、ぶるっとふるえて身体を後へ引いた。
「うわっ、たいへんだ。角の生えたへんな動物が、この中に入っている。いつ入ったんだろうか」
「へえ、角の生えた、へんな動物だって……」
 河合がびっくりして、山木に替って穴から中をのぞいた。
「なあんだ、張が笑っているだけじゃないか」
「そんなことはないよ」
「さあさあ、この幕を張るから、みんな箱車の屋根へのぼって手伝え」
 ネッドの声が、頭の上に聞えた。どこから出して来たか大きな文字の書いた幕を手にしている。よく見るとそれは自分たちの天幕だったが、文字はネッドが書いたものらしい。その幕を、ネッドのいうままに、箱自動車の上に横へのばして張ってみて呆れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
“神秘なる世界的占師、牛頭大仙人はここに来れり。未来につき知らんとする者は、ここに来りて牛頭大仙人に伺いをたてよ。即座に水晶の珠に照らして、明らかなる回答はあたえられるべし。料金は一切不要、但し後より何か食糧品一品を持ち来りて大仙人に献ずべし”
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 たいへんな宣伝文だ、ネッドの作文にしてはうますぎる。ひょっとすると、ネッドが何処かで読んだ星占師ほしうらないしの広告文を覚えていて、それをすこしかえて出したのであろう。
「呆れたねえ、張を牛頭大仙人にして、占いをやるのか。それで張は、さっきあんなへんなものを被っていたんだな」
「何か食糧品を一品持って来いとは、はっきり書いたものだ」
「おいおい、何を感心しているのか、まだ仕事が残っているんだ。その下に穴をあけて、この曲ったメガフォンをとりつけるんだ、中をのぞきながら、このメガフォンで張――いや牛頭大仙人の声が聞けるようにするんだ」
 ネッドは張切って命令を下した。山木も河合も、始めは呆れはしたが、なんだか面白くなったので、二人で力をあわせて画の牛の乳房のところに穴をあけ、そこに曲ったフォン(多分古いラジオ受信機のラッパであろう、こんなものをどこで探してきたんだろう)を取付けた。
「さあ、もういいから、これであそこに見える町の中を一周り練って廻り、そしてここへ戻ってくるのだ」
 ネッドは、猿の腰掛の上から叫んだ。山木と河合とがその方を見上げると、ネッドはいつの間に服装をかえたのか、頭には赤いターバンをぐるぐる巻き、身体にはぞろりと長く引摺ひきずったカーテンのような衣を着、いやに取済ました顔付をしていたが、山木たちがあまりいつまでも見つめているものだから、はずかしくなって、とうとうぷっとふき出した。
「さあ、ぼんやりしないで、一刻も早く神秘の箱車を走らせたり、走らせたり」
「おい、大丈夫か」
 山木と河合とは、運転台にとびあがり、早速エンジンをかけて車を動かした。
 おどろいたのは、そのエリス町の人々であった。天から降ったか地からいたか、異様な箱自動車ががたがた音をさせて入ってきて、牛頭大仙人の占いを、顔の真黒な子供とも老人とも区別がつかない従者が高い腰掛の上から宣伝したものであるから、みんな目を見はっておどろいた。これをネッドたちの方からいえば、宣伝効果百パーセントであった。
 従って、この箱車が元の町はずれの野原へ戻って来たときは、後から町の閑人たちがぞろぞろと行列を作ってついてきたもんだ。
「ふん、しめた。これなら明日一ぱいの食糧ぐらいなら集まりそうだ」
 猿の腰掛の上でネッドは胸算用をして、にっと笑った。
 いよいよ占いが始まった。希望者は一列にならんで、自分の順序を待った。若い男女もあれば、老人もすくなくない。
 箱の中では張が傷のいたみをこらえつつ、大車輪でもってすごい声を出しつづけた。
「牛頭大仙人さま。この間から見えなくなったわしのくわはどこにあるだかねえ」
「汝家に帰りて、裏門より入り、そこより三十歩以内をよく探して見よ」
「へへへ、どうも有難う」
 若者にかわって、足の悪い老人がのぞく。
うかがうだが、今年のわしのリューマチは左の脚に出るかね、それとも右の脚に出るだかね」
「今年の冬は、始めは左の脚に、後に雷が鳴って右の脚にかわる」
「へへへへ、これはおそれ入りました」
 たいへんな繁昌ぶりである。笑声と歎声が入りまじってそのにぎやかさったらない。張もネッドも大汗をかいている。山木も河合も共にのぼせあがって顔が金時のようにまっ赤だ。
 そのとき向うから走って来たりっぱな自動車がぴたりと停って、中から現れた一人の老紳士があった。その服装と態度から見て、かなり学問のある人らしい。それもその筈、この人こそデニー博士といって「火星探険協会」の会長であった。そのデニー博士は、何思ったか、すたすたと群衆の方へ近づく。


   博士の噂


 デニー博士は、頬髭ほほひげ顎髭あこひげの中から、疲れた色を見せていた。長身猫背ねこぜを丸くし、右手ににぎったステッキで歩行をたすけている。これが、かの有名な火星探険協会長のデニー博士の姿である。
「おや、火星会長のデニー博士だぜ、なぜこんなところへやって来たのかな」
 牛頭大仙人の鎮座するけばけばしい装いの箱車をや少し離れたところから見物していた町の中年の男が、眉をあげていった。
 その傍に山木と河合が立っていた。そしてこの言葉を聞きとがめた。
「なに、火星会長、火星会長とは、どういう意味ですか」
 その男はジグスといって、エリスの町に住んでいる靴屋の大将だったが、こういう事柄について何でも知っているのが自慢だった。
「火星会長を知らないのかね、くわしくいえば、火星探険協会長さ、あのよぼよぼ爺さんがまだわしのように若かった頃――そうさ、今から三十年前のことだが、その頃からあの博士は火星にとりつかれて、火星探険の熱ばかりあげているんだ」
 わしのように若いといったジグスは、そう若くもなく、頭のてっぺんで髪が禿げていた。
「へえ、そうですか、それでデニー博士は火星へ何度ぐらい行ってきたんですか」
 と山木が、まじめな顔をしていた。
「ばかをいっちゃいかん、いくら子供だって……」とジグスは呆れ顔になり「あのよぼよぼ博士はもちろんのこと、地球上のどんなえらい人間だって、火星へ旅行をしたことのある者なんて一人もあるもんかね。火星は月よりもっと遠いのだよ。その月世界へ行った者だって、唯一人居ないじゃないか」
「なるほど、そうでしたね」
 山木は、頭をかいた。すると河合が代ってジグスに訊いた。
「で、今でも博士は火星探険協会長の仕事をしているのですか」
「それは、しょうこりもなくやっているよ」とジグスは河合の顔をながめやって「今から三十年前に、隣村の森の中に塔を建てて、そこを研究所にして、しきりに大空をのぞいていたがね。塔の屋根が丸くて、そして中で機械をまわすと割れ目が出来、そこからでかい望遠鏡がにゅっと出るのさ。ところが、そこの研究所は今はからっぽさ」
「へえっ、どうしたんですか」
「引越したんだよ、引越先はなんでもアリゾナ州の方だという話だがな。とにかく引越して貰って幸いさ、この近所で火星の鬼とつきあいなんかされては村の迷惑だからね」
 ジグスは、首をすくめて見せた。

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