かわった少年
無遊病者のように、廃墟の不二見台に立っていた僕だった。
僕のからだは氷のようにかたくなって、西を向いて立っていた。暮れ残った空に、この前来たときと同じに、怪星が一つかがやいていた。
「本間君。やっぱり君は来てしまったね」
僕はとつぜんうしろから声をかけられた。その声をきくと僕は電気にうたれたようにその場に身体がすくんでしまった。いよいよ出たぞ、怪人が! 果して何者?
壊れた瓦の山を踏む無気味な足音が、僕のうしろをまわって横に出た。僕のひざががたがたふるえだした。うつろになった僕の眼に一人の少年の姿が入ってきた。
「本間君、君はふるえているのかい」
僕の気持は、ややおちつきをとりもどした……。
「あっ、君は……」
僕の前に立ってにやにや笑う少年。それは同級生の辻ヶ谷虎四郎君であった。
この辻ヶ谷君というのは、かわった少年で、少年のくせに額が禿げあがっており、背は低いが、顔は大人のような子供で、いつも皆とは遊ばずひとりで考えごとをしているのが好きで、ときには大人の読むようなむずかしい本をひらいて読みふけっていた。したがって今まで僕たちは、辻ヶ谷君とはほとんど口をきいたことがない。
その辻ヶ谷君の、かさかさにかわいた大きな顔を見たとき、僕は今までの秘密がなにもかも一ぺんに分ったように思った。
「ふふふふ、本間君。なにもそんなにふるえることはないよ。僕は君が好きだから、君を選んだわけだ。僕は君をうんとよろこばしてあげるつもりだ」
「あんないたずらをしたのは、君だったの」
「いたずらだって、とんでもない。いたずらなんという失敬なものじゃないよ」
と辻ヶ谷君は僕と向きあって、大きな顔をきげんのわるい大人のような顔にゆがめた。
「僕は君に、すばらしい器械のあることを教えてあげたのさ。実にすばらしい器械さ。未来のことがちゃんと分る器械さ。いや、そういうよりも、未来へ旅行する器械だといった方が適当だろうね」
辻ヶ谷君は、とくいらしく右あがりの肩をそびやかせた。
「未来へ旅行する器械? うそだよ。そんなものがあってたまるものか」
僕は信じられなかった。
「ふふふふ。君はずいぶん頭がわるいね。なぜって、そういう器械があればこそ、君は三回も、その翌日の行動を僕にいいあてられたんじゃないか」
辻ヶ谷君がなんといおうと未来の世界へ旅行ができるなどというふしぎな器械が、この世にあろうとは、僕には信じられなかった。
「頭がわるいねえ、本間君は……」と、辻ヶ谷君は気の毒そうに僕を見ていった。「まあいい。君をその器械のところへ連れていってやれば、それを信じないわけにいかないだろう」
「君は、気がたしかかい」
僕はもうだいぶんおちついてきたので、そういってやりかえした。
「僕のことかい。僕はもちろん気はたしかだとも。さあ、それではこっちへ来たまえ。そこに入口があるんだから……」
そういった辻ヶ谷君は、そこにしゃがみこんで、自分の足もとの、こわれた瓦の山を掘りかえしはじめた。しばらく掘ると、下からさびた丸い鉄ぶたがあらわれた。辻ヶ谷君はその鉄ぶたの穴へ指を入れ、上へ引っぱるとふたがとれ、その下は穴ぼこになっていた。辻ヶ谷君は、こんどはその中へ手をぐっとさしこんだ。肘も入った。腕のつけねまで中に入った。顔を横にして辻ヶ谷君はしかめッ面になった。
「どうしたい、辻ヶ谷君」
僕は、すこし気味がわるくなったので、きいてみた。
「しずかに……」辻ヶ谷君は、しかりつけるようにいった。
「……うん、あったぞ」
辻ヶ谷君の青んぶくれの顔に赤味がさしたと思ったら、彼はあらい息と共に穴から腕をひきぬいた。穴ぼこの中からがちゃがちゃという音がきこえたと思ったら、彼の手は鉄の鎖を握って引っぱりだした。
「これさ。これを引っぱると、君の目玉はぐるぐるまわしだ、びっくりするだろう。いいかね」
辻ヶ谷君は、その鎖に両手をかけて、えいやッと手もとへひいた。すると、どこだか分らないが近くで、ぎいぎいぎぎいと、重い扉がひらくような音がした。いや、ほんとうに扉がひらいたのだ。すぐ目の前の小石が瓦のかけらが一方へ走りだしたと思ったら、敷石のゆかが傾き出してその上から地下道へつづいている階段が見えだしたのだ。さあその階段を下りて地面の下へ入って行くのだ。「頭をぶっつけないようにしたまえ。君から先へ……」
辻ヶ谷君はそういって僕の尻をついた。僕は不安になったが、ここで尻込みしていたのではしょうがないから、思い切って腰を曲げると、はね橋のようにはねあがったゆかをくぐって、地下への階段をふんだ。
もうのっぴきならない運命が僕をとらえてしまったのだ。不安も恐怖も今はなくなってしまって、あとは辻ヶ谷君のさしつける懐中電灯の光をたよりに、どんどん地下へ下った。階段がつきると、ぼんやりと明りのついた廊下が左右へ走っていたが、辻ヶ谷君はその左の方へ進んでいった。その廊下は、その先でもう一度右に折れると、その奥で行きどまりとなっていた。辻ヶ谷君は、その奥まで行って、手さぐりで壁の上を探しまわっていたが、そのうちに澄んだベルの音が聞こえだしたと思ったら、壁がぱくりと口を開いた。
行きどまりの壁が、すうっと下って、下にはまりこみ、目もさめるほどの明るい部屋が目の前にあらわれた。形のふしぎな器械がずらりと並んでいる。
「早くこっちへ入りたまえ」
辻ヶ谷君にいわれて、僕は下へ落ちた壁――それは隠し扉であったのだ――をまたいで中へ入った。ぷうんといい匂いがした。ばたんという音がしたので、後をふりかえってみると、隠し扉が元のようにあがって、壁になっていた。
タイム・マシーン
ふしぎなこの地下の器械室に足をふみ入れた僕は、おどろきとめずらしさに、ぼんやりとつっ立っていた。
「おい本間君。早くこっちへ来たまえ」
僕をこの部屋へ連れこんだ辻ヶ谷君は、そういって一台の背の高い円柱形の器械の前から手まねきした。
その前へ行ってみると「タイム・マシーン第四号」と真鍮の名札が上にうってあり、その名札の下には、計器が五つばかりと、そして白い大きな時計の指針のようなものが並んでついていた。
辻ヶ谷君は、その器械の横についている小さい汽船の舵輪のようなものにとりついて両手を器用にうごかし、からんからんと輪をまわした。すると器械の壁が、計器の下のところで引戸のように横にうごくと、そこに人の入れるほどの穴があいた。
「本間君。その中へ君は入るんだよ」
「えっ、この中へ……」
「そうだ。それが時間器械なのだ。それはタイム・マシーンとも航時機ともいうがね、君がその中に入ると、僕は外から君を未来の世界へ送ってあげるよ。君は、何年後の世界を見物したいかね。百年後かね、千年後かね」
百年後? 千年後? 僕はそんな遠い先のことを見たいとは思わない。そんな先のことを見てびっくりして気が変になったらたいへんである。それよりはわりあい近くの未来の世の中が、どうなっているか見たいものである。僕は考えた末、辻ヶ谷君にいった。
「二十年後の世界を見たいんだ」
「二十年後か。よろしい。じゃあ入口の戸をしめるぞ。じゃあ、よく見物して来たまえ、さよなら」
「あ、辻ヶ谷君。一時間たったら、今の世界へもどしてくれたまえね」
僕はそういったがすでに辻ヶ谷君はがらがらと引戸をしめにかかっていたので、その音に僕の声はうち消されて辻ヶ谷君の耳にはとどかなかったようである。さあ困ったと不安が再び僕の上にはいあがって来た。
いや、その不安よりも、もっと大きい不安が今僕の上に落ちてきた。それは、ばたんと閉じこめられたこのタイム・マシーンの中だ。
それは卵の中へ入ったようであった。卵形の壁だ。それが鏡になっているのだ。僕の顔や身体が、まるで化物のようにその鏡の壁にうつっている。僕がちょっと身体をうごかすと、鏡の中では、まるで集団体操をやっているようにびっくりするほど大ぜいの化物のような僕の像がうごいて、同じ動作をするのであった。不安は恐怖へとかわる。
「おい、辻ヶ谷君。ここから僕を出してくれ。困ったことができたのだ。早く出してくれ」
僕は鏡の壁を、うち叩いた。だが辻ヶ谷君の返事は聞えない。僕はのどがはりさけるような声を出して、鏡の壁をどんどん叩きつづけた。
「おほん。何か御用でございましょうか」
聞きなれない声が、後にした。
僕はぎくりとして、後をふりかえった。
ああ、そのときのおどろきと、そしてここに書きつづることができないほどの奇妙な気持ち! 僕はいつの間にか、りっぱな大きな部屋のまん中に突立っていたのだ。
そして僕の前に立っているのは、燕尾服を着た、頭のはげた、もみあげの長い、そして背の高いおじさんだった。
「ああ、おじさん。今日は。僕は辻ヶ谷君の紹介で、二十年後の世界を見物に来た本間という少年ですがね……」
と僕が名のりをあげると、そのおじさんは顔をでこぼこにして、
「ご冗談を。へへへへ」と笑った。
僕は、なにを笑われたのか分らなかった。
「失礼でございますが、あなたさまが少年とはどう見ましても、うけとりかねます」とその老ボーイらしき燕尾服の人物が言った。そして美しいクリーム色の壁にかかっている鏡の方へ手を傾けた。
僕は、何だかぞっとした。が、その鏡の中をのぞいてみないではいられなかった。僕はその方へ足早によった。
僕はびっくりした。鏡の中で顔を合わせた相手は、どことなく見覚えのある顔付の人物だった。年齢の頃は三十四五にも見えた。鼻の下にぴんとはねた細いひげをはやしている。僕が顔をしかめると、相手も顔をしかめる。おどろいて口をあけると、相手も口をあける。ますますおどろいて手を口のところへ持っていくと、相手もそうするのだった。僕はあきれてしまった。僕は少年にちがいない。それだのに、なぜこの鏡の中には釣針ひげの大人の顔がうつるのであろうか。
「こののちは、どうぞご冗談をおっしゃらないようにお願い申上げまする。そこでお客さま。どうぞお早く御用をおっしゃって下さいませ」
老ボーイは、姿勢を正し、眼を糸のように細くし、鼻の穴を真正面にこっちへ向けて小汽艇の汽笛のような声でいった。
とつぜん僕の頭の中に、電光のようにひらめいたものがあった。それは辻ヶ谷君にさようならをいってから、一足とびに早くも二十年後の世界へ来てしまっているのだ。したがって僕自身も、一足とびに二十年だけ年齢がふえてしまったのだ。だから鏡の中からこっちをじろじろみているあのきざな釣針ひげのおとなこそ正しく二十年としをとった僕のすがたなのであろう。
そう思って、手を鼻の下へやると、指さきに釣針ひげがごそりとさわった。
「はっはっはっはっ」と、僕はとうとうたまらなくなって、腹をゆすぶって笑い出した。二十年たったら、僕はこんなきざな男になるのかと思うと、おかしくて、笑いがとまらない。
笑っているうちに、また気がついたことが一つある。
(とにかく僕はもう二十年後の世界へ来てしまっているんだから、その気持になって万事しなければならない。あの老ボーイに対しても、こっちはお客さまで、大人だぞというふうに、ふるまわなければいけない)
それはちょっとむずかしいことであったが、この際もじもじしていたんでは、みんなにあやしまれて、かえって苦しい目にあわなければなるまい。
「やあ。わしはちょっと町を見物したいのである。誰か、おとなしくて話の上手な案内人を、ひとりやとってもらいたい」
「はあ」と老ボーイは、しゃちこばって、うやうやしく返事をした。
「それからその案内人が来たら、すぐ出かけるから、乗物の用意を頼む」
「はあ、かしこまりました」
「それだけだ。急いでやってくれ」
「はあ。ではすぐ急がせまして、はい」
老ボーイは部屋を出て行こうとする。そのとき僕は、また一つ気がついたことがある。
「おいおい、もう一つ頼みたいことがあった」
「はい、はい」
「あのう、ちょっと腹がへったから、何かうまそうなものを皿にのせて持ってきてくれ」
「はあ、かしこまりました」
「これは一番急ぐぞ」
そのように命じて、僕はにやりと笑った。しめしめ、これですてきなごちそうにありつける。さてどんなごちそうを持って来るか……。
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