変調眼鏡
宴会はそれから軽快な奏楽とともにはじまって、でてくる飲みものや食べるものの豪華なことといったら、隊員たちのどぎもをぬくにじゅうぶんであった。
隊員たちは、はじめは気味がわるかったが、口にいれたものがおいしかったので、それからあとは飲み、そして食べ大きげんであった。歌を歌うものもあり、ダンスを見せるものもあった。
「もうこのへんで、主人側の美しい顔を見せてくれてもいいじゃないか」
酔っぱらった隊員のひとりが、席に立って腕をふっていた。
「いや、いずれ見ていただく日がきましょう。それまでお待ちください」
「もう待ちきれませんね。衣装だけのお化けと酒もりしているのはやりきれませんからね」
「ごもっともです。しかし、物事には順序というものがあることを、みなさんもごぞんじでしょう」
とガンマ和尚はいった。
「なにが順序だって……」
「とにかくわたしどもの希望しますのは、みなさんは長途のお疲れもあることとて、すべての心配と危惧をすててとうぶんはゆっくりとお好きなものをたべ、お気にいったところを散歩して、健康を回復していただきましょう。そのうえで、わたしたちはさらに新しいことをお話いたすでありましょう。とにかく、みなさんの生命はぜったいに安全なのでありますから、安心していただきます」
「なぜ、わしらを大切に扱ってくれるのかね。あとで請求書がくるんだろう。こわいね」
「あははは。なかなかきびしいおことばです。そうです。みなさんがじゅうぶんに元気になられたら、わたしどもはみなさんがたに、ぜひ相談にのっていただきたいことがあるのです。それはなんであるか。ただいまは申しません」
「やっぱり、そうだったか。丸々と太ってから、おまえの肉をたべさせろというのだろう」
「トミー。酔っていても、ことばをつつしみたまえ」テッド隊長が聞きかねて注意をした。かれもじつは、さっきからトミーとガンマ和尚の対話に熱心に耳をかたむけていたのだ。
「ああ、いいですとも。わしは何も気にしていませんから。さあさあ、みなさんどうぞ盃をおあげください。テッド隊員[#「テッド隊員」はママ]のご健康を祝します」それがきっかけで、宴会はまたもとのように大にぎやかになっていった。とにかくこの宴会は大成功のうちに幕をとじた。
その日いらい、隊員たちは誰も彼も元気をくわえたようだ。自由に散歩ができ、無料で飲んだり食べたりでき、音楽を聞いたり、ダンスを楽しむこともできた。
三根夫少年も、毎日のように町を散歩した。いつでも帆村といっしょに歩くことにしていたが、その日は帆村がテッド博士からよばれて、艇内で会議に列席するため外出ができないので、三根夫ひとりが町へでた。
「もしもし、三根夫さま」かれはうしろから呼ばれた。
誰だろうと思ってふりかえったが、誰もいない。しかしかれはもうこの頃は勘ができて、姿は見えなくても、そこにはぜんぜん誰もいないのか、ガン人がそこにいるのかを感じわけることができるようになっていた。
「ああ、そうか。きみはハイロ君ですね。サミユル博士のところにいるハイロ君でしょう」
「はっはっはっ。そうですよ。あなたのおいでを待っていたのです」
「どうかしましたか」
「じつは、わたしはおり入ってあなたにおねだりしたいものがあるんです。さっそく申しますが、先日お持ちになっていた白い小さい、目の赤いねずみですな、あれをわたしにゆずっていただけないでしょうか。お待ちください。あのようなめずらしい貴重な生物をば、ただでくださいとは申しません。それと交換に、あなたの欲しいと思っているものをさしあげます」
「ふーむ、あの南京ねずみをねえ」
「あなたが大事にしていらっしゃるものであることは知っています。しかしこの国には、あんなめずらしい生物はいないのです。ぜひともどうぞ、かなえてくださいまし」
三根夫としては、あんな南京ねずみなんでもなかった。いま百五十ぴきぐらいいるから、一ぴきや二ひきやるのはなんでもない。しかし、待てよ、ここが考えどころだ。
「ハイロ君、もしきみがほしいのなら、ぼくが目にかけて、きみたちの姿や顔が見える特殊の眼鏡かなんかゆずってくれたまえ。それならあれをあげる」
「ははあ、そういう眼鏡ですか」
「ないのかね」
「いや、あることはあるのですが……」とハイロは困っていたが、やがて決心したように、
「よろしい、あす持ってきます。ねずみと引きかえにおわたしします」
三根夫はそれを聞いて、鬼の首をとったようなよろこびを感じた。
この南京ねずみと、変調眼鏡の交換は約束どおりに行なわれた。ハイロは籠にはいった南京ねずみを見てよろこびの声をあげたが、
「三根夫さま。この変調眼鏡をさしあげることはさしあげましたが、あなたさまだけでごらんくださいまし。もしそうでないと、わたしはひどい罰をうけなければなりません。どうぞぜったいに秘密に願います」
そういってハイロは三根夫に一つの箱をわたした。
三根夫はその箱をもって艇へかえると、じぶんの部屋にはいって、その箱をあけて見た。なるほどへんな形をした双眼鏡式のものがあらわれた。三根夫は、えびすさまのような顔になった。そしてさっそくその『変調眼鏡』をかけてみた。さて、いったい何が見えたろうか。
奇妙なお面
三根夫は、どきどき鳴る胸をおさえて変調眼鏡をかけてみた。
まず、じぶんの部屋をぐるっと見まわした。
「よく見える。しかし、おなじことだ」
眼鏡をかけても、かけないでも、じぶんの部屋のようすは、かわりがないようであった。バンドのついた椅子。有機ガラスをはめてある格子形の戸棚。テレビジョン受影機に警報器。壁につってある富士山の写真のはいっている額。その他、みんなおなじことであった。
いや。ただ一つ、見なれないものがあった。それは天井の隅の、換気用の四角い穴に、赤くゆでた平家蟹をうんと大きくして、人間の顔の四倍ぐらいに拡大したようなもの――それは見たことのない動物の顔をお面につくったものであった――が、それが換気穴のところへはめこんであったのだ。その顔のお面は、彫刻であるのか、ほりものであるのかよくわからなかったが、おどけた顔つきに見えた。その色は、いまもいったとおり平家蟹をゆでたような一種独特の赤い色をしているのだった。頭がでかくて、顔がでかくて顔の下半分はすこしすぼまっている。だから、せんす形だ。大きな二つの目がある、それは人間の眼とちがって、たいへんはなれている。耳に近いところにあるのだ。望遠レンズのような感じのする奥深い、そして光沢をもった目玉だった。その下に、象の鼻を小さくしたようなものが垂れさがっている。それが、このお面をおどけたものにしていた。口はその下にかくれているのか、よくは見えない。目の横に、顔からとびだしたしゃもじ形の丸い耳がついていた。この耳も、愛嬌があった。
しかし奇妙なのは、この動物が頭のうえに持っている角であった。その角は二本であった。そして短かい棒のさきに、棒の断面よりもすこし大きい団子をつけたような、ふしぎな形をした角であった。そして色は緑色をしていた。顔全体は、あまり小さいでこぼこはなく、ゆったりとふくらんだり引っ込んだりしていて、感じはわるくないほうであったが、三根夫をへんな気持にさせたのは、いったいそのお面はなんという動物なのかわからないことであった。
動物というよりも、お化けといったほうがいいようにも思われる。いや、お化けというよりもそういうへんな顔をした怪神とも見える。したがって、どこか人間の顔に近いところもある。牛や熊に近いところもあるが、よく見ていると、それよりも、むしろ人間くさい顔に見える。
それはまあいいとして、なんだってあんな奇妙なお面をあそこへはめこんだのであろうか。誰がやったいたずらであろうか。
「ああ、そうか。帆村のおじさんのいたずらだよ。ぼくをおどろかして、笑いころげようという考えなんだろう」そう思うと、おかしさがこみあげてきて、三根夫は声をたてて笑った。
その笑い声を、途中で三根夫は、はっととめなくてはならなかった。
「おやッ」
例のお面の大きな目がぐるんと動いたような気がしたからだ。
(お面の目が動いた。あのお面は、すると、生きているのかな。そんなことはあるまい)
三根夫は、ぞーッとさむ気を感じた。
「よく、見てみよう」かれは折り尺を机の上からとって、それをのばしながら、机の上にあがった。かれの考えでは、机の上にあがり、それから一メートルの長さにのばした折り尺でもって、その奇妙なお面をつついてみるつもりだった。
三根夫は、机のうえに立った。そして折り尺の一端をにぎって、他の端を高くお面のほうへ近づけた。すると、お面の両耳が、ぷるぷるッと蝉の羽根のようにふるえた。
「あッ」
つづいて、二本の緑色の角が、にゅーッと前方へまがって、倍くらいに伸びた。象の鼻みたいな凸起が、ぴーンと立ってその先がひくひくと動いた。そればかりか、お面全体が奥へひっこんだ。
「待てッ」
三根夫は、このとき、やっとそのお面が、作りもののお面ではなく、生きている動物の顔であることに気がついたので、腹をたてて、長く伸ばした折り尺をとりなおして、ぷすりとお面ではない、その怪物の顔をついた。たしかに手ごたえがあった。
が、とたんにその顔は、換気穴から消えてしまった。そしてばしゃんと音がして、金網が穴をふさいだ。
「逃げてしまった」三根夫は、ざんねんでたまらず、歯をぎりぎりかんだ。
そのとき、入口の戸をノックして、扉をひらいてはいってきた者がある。
見えない怪物
「おや、三根クン。そんなところで何をしているんだい。おやおや、へんなものをかぶって、それはどうしたんだ」
それは帆村荘六だった。この部屋は、三根夫と帆村とふたりの部屋であったから、帆村がはいってきてもふしぎでない。
「今、へんな怪物が、あそこの穴から、こっちをのぞいていたんですよ」
と、三根夫は帆村のほうへふり向いてそういった。が三根夫はそのとき大驚愕の顔になって、
「あッ。誰のゆるしをえて、この部屋へはいってくるんだ」
と叫びながら、椅子からとびおり、帆村のほうへ向かってきた。
「おいおい、三根クン。どうしたんだ。ぼくだということがわからんのか。落ちつかなくちゃいけない……」
と、帆村が三根夫をなだめにかかるのを、三根夫は耳にもいれず、両手をふりあげて突進してきた。
しかし三根夫は帆村にとびかかりはしなかった。帆村のうしろにまわった。そこには一ぴきの怪物が、かくれていた。ひそかに帆村のあとについて、この部屋へはいってきたのである。その顔は、さっき天井の換気穴から下をのぞいたとおなじようなふしぎな面がまえをしていた。背は帆村よりもずっと低く、三根夫ぐらいであるが、その身体は、三根夫がはじめてお目にかかる異様なものであった。大きな赤い顔の下には、枕ぐらいの小さい胴がついていた。それが胴であることに気がつかないと、この怪物は顔の下に、すぐ脚が生えているように見えたことであろう。
とにかくその小さくて短かい胴の下には、細いぐにゃぐにゃした脚が三本、垂直に立って床を踏みつけていた。脚の先には、足首と見えて、魚のひれのように、三角形になった扁平なものがついていた。脚の二本は、前方左右に並んでおり、もう一本の脚は、うしろにあった。つまりカンガルーの尻尾とおなじところについていた。
腕も左右に二本ずつあった。つまり合計すると四本である。
そのうちの二本は、左へ一本、右へ一本とでて、そうとう太い腕に見えたが、これがまた鞭のようにぐにゃぐにゃしていて、たいへん長くのびていて、伸ばせば床にとどくのではないかと思われた。この太い腕が、れいの小さい胴中からでているところは、肩のような形をしていた。その肩のうしろにあたるところで、首のほうへよったあたりから、左右へ一本ずつの、細い腕がでていて、これはずっとぐにゃぐにゃしており、肩の上のところで、なまずのひげのように、宙におどっていた。それは腕というよりも、触手というほうがてきとうかもしれない。
とにかくその四本の腕の先は、細くさけて、五本ばかりの長い指になっている。
このような怪物が、帆村のうしろについてこの部屋へはいってきたのである。だから三根夫のおどろいたのもむりではない。
「さっさとでていってもらおう」
三根夫は、気味がわるかったが、その怪物につかみかかると、それを外へ追いだした。そして扉をばたんとしめた。三根夫の手に、怪物の奇妙な肌ざわりが残った。それは、いやにつるつるしているくせに、すうーッと吸いつけるような肌ざわりのものであった。
扉に鍵をかけて、三根夫は、ほっと息をついた。
「かわいそうに。いつから気がちがったんだろう。これはたいへんなことになった」
と、帆村は、壁のところへ身を引いて、目を丸くして三根夫をながめた。
「はははは。はははは」
三根夫は、おかしくてたまらず、大きな声で笑った。帆村には、あの怪物の姿が見えないのだ。だから三根夫のすることが、さっぱりわけがわからず、三根夫は頭が変になったのだと思ったのだ。そのやさきに、三根夫が大きな声をあげたもんだから、いよいよ三根夫は頭が変になったにちがいないと思い、沈痛な面持になり、大きなため息をついた。
帆村がすべてを知るまでには、それからしばらく時間がかかった。それと、三根夫のくどくどと説明のくりかえしがひつようであった。変調眼鏡を見せられて、帆村はやっとすべてを了解したのであった。それがなければ、帆村はその後もながい間、三根夫のことを変だと思っていたろう。
「やあ、安心したよ。ぼくは、絶壁の上へつきやられたような気がしていたよ。そうか、そうか。これを手に入れたとは、三根クンの一番大きいお手柄だ。ふーン南京ねずみが、そんなに高く売れたとは、おもしろい」
三根夫の頭が変になったのでなかったことが、よほどうれしかったと見え、帆村のひとりしゃべりはしばらくやまなかった。
秘密の指令
三根夫がはるばる地球から持ってきて、これまで飼いつづけた南京ねずみは、このようにお手柄をたてた。そして、それはお手柄のたてはじめであったともいえる。というわけは、それからも南京ねずみはたいへんよく売れた。みんなハイロが買いとっていくのだった。売り手も、もちろん三根夫ひとりであった。
その南京ねずみも、はじめとはちがって、だんだんに、いいおそえものがつくようになった。それはかわいい南京ねずみの家であった。赤や青や黄のペンキで塗られ、塔のような形をしたものもあれば、農家そっくりのものもあった。それから南京ねずみのくるくるとまわす車も、だんだんきれいな模様がつくようになった。ハイロのよろこんだことはいうまでもない。かれはそれを、いままでの分よりももっと高価に、ガン人たちへ又売りをすることができるのであったから。
このだんだん手のこんできた美しいおそえものは、三根夫が作る工作品にしては、少々できすぎていると思われた。そうであった。これは三根夫が作ったものではなく、テッド隊の中に、こういう模型ものを作る名手が三、四人いて、それが他の隊員にも教えながら、毎日ほかの仕事はしないで、南京ねずみの家と車ばかりを、えっさえっさと作っているのだった。
これは、ちょっとふしぎなことに見えた。だが、これにはわけがあった。それは帆村が考えついたことであって、いまではテッド隊長もしょうちしていることだった。それは、このおそるべき怪星ガンから、テッド隊が脱出する秘密計画に、密接なつながりがあるのであった。
はじめ、帆村がテッド隊長に、三根夫がれいの変調眼鏡を手に入れたことを報告した。そしてその眼鏡を使ってみると、はたしてガン人の奇妙な姿がありありと見えることや、こころみに各部屋をまわって、この変調眼鏡でみると、かならずといっていいほどのぞき穴が用意されてあり、そしてガン人がしばしばそこから首をつきだして、室内のようすをうかがっているのが見られたことを告げた。
「おお、なるほど、なるほど」
隊長テッド博士も、さすがにこれにはおどろいて、さっと顔色をかえた。
「そして、いまこの部屋には、顔をだしていないのかね」
それは大丈夫であった。帆村は、変調眼鏡を三根夫に借りてきて、頭からかぶって、天井の換気穴に注意しながら、ガン人の覗いていないことをたしかめながらしゃべっているのであった。
「それで、隊長。わたしはこのさい、三根夫をつかってどんどん南京ねずみを売りだし、あのふしぎな働きをする変調眼鏡をどんどん買いこみたいと思うのです。どう思われますか」
「それはいいことだ。そういうものがあるなら、われわれはそれを利用して、ガン人に対抗していきたいと思うね」
「では、さっそく、その用意をしましょう。南京ねずみも、大いに繁殖させるよう飼育班を編成いたしましょう」
「そうだ。そのほうのことはきみにまかせる。そしていまわしは、重大なることを思いついたのだ。もっとこっちへ寄りたまえ」テッド隊長はひきよせんばかり帆村をそばへ招き、
「われわれはこの国でいまたいへんよく待遇されているし、またいろいろ観察したところ、ガン人はわれわれよりもずっとすぐれた、科学力その他を持っているように思う。しかしわれわれはこんなところにいつまでも、とまっていることはできない。われわれはできるだけはやい機会にこの国を脱出しなくてはならない。わしは、ずっとまえから、脱出の決心をして、いろいろとその方法を考えていたところだ。きみも、わしの気持はわかってくれるだろう」
「は、もちろんですとも」
「そこで、脱出に必要ないろいろなものを、われわれは手にいれたいのだ。その変調眼鏡もその中の一つだが、そのほかにいろいろ必要なものがある。じつは、何がこの国から脱出するのに必要なのか、その研究もまだじゅうぶんにできていない。これからみんなで手わけして研究しながら、必要な脱出道具を手にいれていきたい。これは表向きにいったんでは、手にはいらないことがわかっている。ついては、これから先、三根夫君の手によって、それをやってもらいたいと思うんだ。どうだね、きみの意見は」
「隊長にあらためて敬意をささげます。そのかたいご決心と、ねん入りなご準備のことをうけたまわって、わたしもうれしいです」
「じゃあ、その方針で進むことにしよう。これは非常に困難な事業だが、われわれは全力をあげて成功させなくてはならないんだ」
テッド隊長と帆村荘六の手は、しっかりと握られた。
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