よくばり事務長
「ものものしいかっこうですが、お許しください」
円板ロケットから、ギンネコ号の中へ乗り移ったロバート大佐は、うしろにしたがうポオ助教授と帆村とのほうへ手をふりながら、ギンネコ号の人々にあいさつをした。
そこは三重の扉を通りぬけたあとの、ふつうの大気圧の部屋であったから、ギンネコ号の人たちはふつうのかっこうをしていた。かれらは日本人ばかりではなかった。むしろ日本人はすくなく、その他の国々の人が多く、まるで人種の展覧会のようにも見えた。
「そのきゅうくつなカブトをおぬぎなさい。それからその服も……」
そういったのは、やせて背の高い白毛の多い東洋人だった。どこからくだに似ている。
「いや、はなはだ勝手ですが、このままの服装でお許しねがいます。脱いだり着たりするのには、はなはだやっかいな宇宙服ですから」
と、ロバート大佐は釈明をしてから、じぶんの名を名乗り、ふたりの随員を紹介した。そして、
「あなたは艇長でいらっしゃいますか」と聞いた。
するとらくだに似た東洋人は、首を左右にふって、
「いや、わしは艇長ではありません。事務長のテイイです」
「ははあ、事務長のテイイさんですか。それで艇長に、お目にかかりたいのですが……」
「艇長はこのところ病床についていまして、お目にかかれんです。それで艇長はその代理をわたしに命じました。ですからなんなりとわたしにいってください」
そういうテイイ事務長のことばに、ロバート大佐はふまんの面持でうしろの随員のほうへふりかえった。
「すると、ご持病で苦しんでいられるのですか」
そういって聞いたのは帆村だった。
「ええ、そうなんです」
事務長は、するどい目でちらりと帆村の顔をぬすんで答えた。
「胆石病なんですね」
「胆石病――ああ、そうです、胆石病です。あの病気、なかなか苦しみます」
事務長のことばに、なぜかあわてたようなところがあった。
そこでロバート大佐は『宇宙の女王』号のことについて、事務長の知っているかぎりのことを話してくれとたのんだ。
「当局からの依頼の無電によって、わがギンネコ号は、ばくだいなる損失をかえり見ず、指定されたその現場へ急行したのです。それには正味三十五日かかりましたよ。しかもそれからこっちずっとこのあたりを去らないで、あなたがたのおいでを待ったわけですから、本艇はじつに二百日に近いとうとい日数を、なんにもしないでむだにおくったのです。この大きな損失は『宇宙の女王』号の持主か当局かがかならず弁償してくれるんでしょうね」
テイイ事務長の話は、女王号のことから離れて、じぶんの艇のうけた損失にたいするつぐないを要求する強い声にかわった。
ロバート大佐は、不快をしのんで、それはとうぜん弁償されるでありましょうと答え、そしてこのギンネコ号が現場へきて何を見たかについて話してくれるよう頼んだ。
「それは話さんでもないがね、弁償のことが気になってならんのだ」
と事務長はうたがいぶかい目で大佐を見すえてから、
「この現場へきたが、わたしたちは『宇宙の女王』号の姿を発見することができなかったし、そのほか、その遺留品らしい何物をも見つけることができなかったのです。といって、けっして捜査の手をぬいたわけではない。いく度もいく度も、おなじところをくりかえし探したのだが、さっぱり手がかりなしだ。まことにお気の毒です」
この話によると、ギンネコ号は何の手がかりをもつかんでいないことになる。大佐の失望は大きかったが、気をとりなおし、
「レーダーで探してみられなかったですか」と聞いた。
すると事務長は、ぴくりと口のあたりを動かし、ちょっといいよどんだ風に見えた。
「レーダーによっても手がかりなしだった。しかし大佐どの。われわれはレーダーを倹約したのではなく、当局から捜査依頼のあった日からきょう貴隊にあうまでの二百日ほどの長期間にわたって、レーダーを一秒間たりとも休めないで捜査をつづけたのですぞ。そのけっか、本艇では高価なるブラウン管を二十何本、いや三十何本かを、とにかくたくさんのブラウン管をだめにしてしまった。この代価もぜひとも払ってもらわねばしょうちできんです」
どこまでいっても、よくばった話ばかりであった。
黒バラの目印
大佐は随員と協議した。
とにかく、きょうはこれで引きあげることにしようではないかと決まった。
そこで帆村から、お土産の贈り物である新雑誌[#「新雑誌」は底本のママ。文脈からは「新聞と雑誌」と思われる。]と果物のかごとを事務長にわたして、席を立った。
このとき事務長は、喜びの顔をするまえに、ふあんな目つきで新聞のページをぱらぱらとめくった。
「では事務長。またおじゃまにあがるかもしれませんから、よろしく。なお、今から二十四時間は、ぜひともいっしょに漂泊していただきたいのですが、――これは国際救難法にもとづいての申し入れなんですが、もちろんごしょうちねがえましょうね」
ロバート大佐は、最後の重要事項をあいてに申し入れた。
「本艇の行動は自由です。しかしいまの件は、わたしがしょうちしました。二十四時間たったあとは、どうするかわかりませんよ。もっとも本艇はできるだけ貴隊の捜査に協力する決心ですから安心してください」
テイイ事務長は、このように答えた。
これで会見はおわって、三人の使者は引きあげたのだが、そのとちゅうで、どうしたわけかポオ助教授が「あっ」と声をあげた。
すると、帆村が、
「これは失礼。うっかりして足を踏んで、すみません。どうもすみません」
と、助教授のからだを抱えるようにして、ひらあやまりにあやまった。
まもなく三重扉であった。それを一つ一つ開いてもらい、気圧の階段を通りぬけて三名は外に出、螺旋はしごを下りて円板ロケットの中へかえりついた。
機関員たちは、螺旋はしごの電気を切り、はしごを中へとりこんだ。そのときには、円板ロケットはすでにギンネコ号の艇壁からはなれて、また周囲に火花のような光りを散らしながら、暗黒の空を大きく切って飛んでいた。
円板ロケットのなかで、三人の使者がめいめいの席についたとき、
「帆村君。さっきはどうしたの。ぼくのほうがおどろいたよ」
と、ポオ助教授が、待ちかねたという顔つきで、そういった。
帆村はにやりと笑った。
「あのようにしないと、相手にかんづかれるおそれがあったからです。ポオ助教授。あなたは、あのときギンネコ号の室内に意外なものを発見して、おどろきの声をあげられたのですね」
「ほう。これは気がつかなかったが、いったいどういうことかね」
ロバート大佐が、からだをまえに乗りだしてきた。そのときポオ助教授は、椅子にふかくもたれて、さっきのことを思い出そうとつとめるのか、しばらく目をとじていたが、やがて目を開いて、意外なことを語りだした。
「まったく帆村君の想像のとおり、ぼくは意外なものをあの部屋のなかで見つけたのです。それは発光式の空間浮標です。はじめその上にカンバス布がかけてあって見えなかったのですが、ぼくたちが帰るとき、テイイ事務長の身体がカンバスにさわって、その布が動いて横にずれた。それで下にあった空間浮標が見えたんです」
「ほう。それはもしや『宇宙の女王』号のものじゃなかったのか」
大佐は先をいそいで、質問の矢をはなつ。
「そうなんです、あの器具は、ぼくが五十箇だけ用意をして女王号にとどけたんです。そしてそれに書きこんでおいたしるしは、黒いバラの花でした。さっきぼくが見たとき、カンバスの下から出ているあの浮標のうえに、たしか、その黒いバラのしるしのあるのをみとめました」
この話は、大佐をおどろかした。
「すると、ギンネコ号は、女王号の空間浮標をひろって、知らぬ顔をしているんだな」
「そうなりますね。ごしょうちでしょうが、あの空間浮標は、宇宙の一点にいかりをおろしたように動かないで、その一点をしめす浮標なんですが、しかしもう一つの使い道があります。それは遭難したときなど、その遭難現場を後からきた者に教える役もします。そういうときには、艇から外へほうりだすまえに、重大な遺書を中へ入れるのがれいになっています」
「では、ギンネコ号は、女王号の遺書をぬすんで、知らん顔をしているのか。じつにけしからんことだ。いったい、なぜこんなことをするのか。よし、これから引き返して持ってこよう」
「まあ、お待ちなさい、ロバート大佐」と、帆村は大佐をとめた。
「だが、このまま本艇へもどっては、わたしの責任がはたせない」
「いやいや、相手はとってもすなおにもどすとは思われません。というのは、あのギンネコ号にはゆだんのならぬ連中が乗組んでいると思われるからです。とても一筋縄ではゆきますまい」
「しかし帆村君。きみの知っている人格者が艇長をしているという話だったじゃないか」
「そうなんですが、その鴨艇長がきょうは姿を見せなかったのですから、ふしぎです。かれは病気でも、こんな重大なときには、われわれを病床へでも迎えて、会うほどの責任感の強い人物なんです。それがきょうはでてこないのですから、ゆだんはなりません」
帆村のことばが、たしかめられる時がまもなくくるのだ。あやしむべきギンネコ号の行動。
ギンネコ号と怪星ガンとは、なにか関係があるのであろうか。
残念がる助教授
ポオ助教授は、司令艇へ帰ってきても、こうふんをつづけていた。
帆村荘六は、助教授をなだめるのに一生けんめいだった。三根夫少年は、三人の使者がかえったと知って帆村のところへとんできたが、その場のようすに、三根夫自身も息のつまるような緊張をおぼえたことであった。この息づまるような空気は、救援隊長テッド博士をまん中にした幹部会議の席にまでもちこまれた。
三人の使者のなかで、一番上席のロバート大佐が、ギンネコ号に使いにいったけっかわかったことについて、一通りの説明をし、そのあとでポオ助教授の肩へ手をおいて、
「……そこでポオ助教授から、見おぼえのある『宇宙の女王』号の空間浮標がギンネコ号の隅にあったことについて、くわしく話をしてもらおう。ポオ君、おちついて話したまえ」
と、助教授に発言をうながした。
待っていましたとばかり、助教授の長身が席からぬっくと立ちあがった。
「あれは、わたしが試験して『宇宙の女王』号へ届けた空間浮標にちがいないのです。形も見おぼえがあり、塗りの色もそうでしたし、さらにまちがいないことは黒バラの目印がついている。黒バラは、『宇宙の女王』号のマークなんですからねえ」
助教授はそういって、卓子のうえを、とんと一つたたいた。ならんでいる人たちの中には、大きくうなずく者もあった。隊長テッド博士は上半身をまえへのりだした。
「そういうたしかな証拠があるかぎりは………」
とポオ助教授はいよいよこうふんの色をしめし、
「ギンネコ号はうそをついていると断定しないわけにはいかない。ギンネコ号は、現場へかけつけたが『宇宙の女王』号を一度も見なかったといっている。うそです、それは。……ギンネコ号はたしかにわが『宇宙の女王』号に出会っている。あるいはその漂流物かもしれないが、それを手に入れている。しかし相手はそれを白状しないのです。まったく、許しておけないゴロツキどもです」
幹部たちには、助教授のことばの中にある重大性がよくわかった。
「だからです」とこのときポオ助教授はロバート大佐のほうを指し、
「なぜわれわれがギンネコ号のなかにいる間に、あなたはそのてんについて、相手に質問してくださらなかったのか。まったく、大事な機会を逃がしたと思う。あのとき問いただせば、なまずみたいにぬらりくらりしたテイイ事務長といえども、顔色をかえて、泥をはくしかなかったと思う。しかるに大佐は、それをしなかった」
助教授のとなりにいた帆村が立って、隊長に発言の許可をえたのち、口をひらいた。
「いまポオ助教授が大佐にたいしふまんをのべられましたが、それについて、じつはわたしも責任があります。それはわたしは『空間浮標』のことは、われわれが知らないでギンネコ号を引きあげていったと、相手に思わせる必要があると思ったからであります。もし、それをいいだせばギンネコ号の連中は、ロバート大佐をはじめわたしたち三名を、やすやすと引きあげさせなかったでしょう。わたしはギンネコ号が、秘密をもったいやな宇宙艇であることを、艇内にはいると同時にさとったのです」
帆村は、横の椅子に腰をおろしたポオ助教授を気の毒そうにながめながら、
「ですから、ポオ助教授が、あの黒バラ印の空間浮標を見つけて、おどろきのあまり声をたてようとされたとき、それをさせてはたいへんと、わたしは失礼をもかえりみず、ポオさんの足を踏み、それをわたしがおわびするさわぎでもって、ポオさんがおどろきの声をあげたのをごまかしてしまったのです。いや、助教授、あのときは失礼いたしました」
そういって帆村はわびた。
「……それからわたしはいそいでこのことを大佐に知らせ、そしてこの場は、知らんふりをして引きあげるのがいいと思うと申しあげようとしたんですが、さすがに大佐は、さっきからのことも、またわたしの申しあげようとしたこともさとっておられ、余にまかせておけと合図をされたのです。ですからポオ助教授のふんがいされることはもっともながら、いま申しあげた事情によって、どうかわかっていただきたい」
と、帆村はあいさつをして、席にもどった。
助教授は、まだじゅうぶんにのみこめないといった顔だ。
そのとき隊長テッド博士は、あらたまった口調になって、次のとおりのべた。
「このたびの処置は正しかったと思う。そしてギンネコ号にたいしては、いろいろと対策をかんがえておかなければならない。そして黒バラ印の空間浮標の一件については本国へ向かっての報道を禁止する。事態は重大である」
この部屋の隅で傍聴をしていた三根夫も、このとき思わず身ぶるいがでた。たがいに助けあう友だちの艇と思ったギンネコ号が、意外にもゆだんのならないゴロツキ艇であるらしく、それが身ぢかにいる間は、いつこっちに害をくわえるかもしれず、ほかに警察力もないこの宇宙の一角において、生き残りの九台の救援艇隊にふりかかる運命は、どんなにきびしいものであろうかと心配されるのだった。
ギンネコ号離脱
その夜、帆村と上下のベッドにはいった三根夫は、上のほうから下へ声をかけた。
「ねえ、帆村のおじさん。ギンネコ号はゆだんのならないゴロツキ艇だってね」
「まあ、そうとしか思えないね」
帆村の返事は、ぶっきら棒だ。なにか帆村は考えごとをしていたにちがいない。そこへ三根夫が声をかけて、じゃまをしたから、帆村はぶっきら棒の返事をしたのであろう。
「でも、まえにおじさんは、あの船には鴨艇長がのっている。鴨艇長はいい人だから、あの宇宙艇はいい人ばかり乗っているんだろうといったでしょう。おぼえているでしょう。その話とゴロツキ艇の話とは正反対ですね」
「そのことだ」と帆村は低くうなるようにいった。
「とにかく鴨艇長が乗っているかぎり、正義と親切の艇であるはずだ。だからおかしい。艇長は病気をしているとテイイ事務長の話だったが、病気をしているくらいで、乗組員があんなゴロツキみたいに悪くなるはずはないんだがなあ」
「ギンネコ号は、『宇宙の女王』号の遺留品をしこたまひろって、知らん顔をしているんじゃないですか。そういうことをするのを、『猫ばばをきめる』というでしょう。なまえがギンネコだから、きっとネコばばをするのはじょうずなんだろう」
「ははは。ギンネコだからネコばばはじょうずか。これは三根夫クン[#「三根夫クン」は底本のママ。文脈上からは「ミネ君」(前出)もしくは「三根クン」(後出)が妥当と思われる。]、考えたね。ははは」
笑わないことひさしい帆村がかるく笑ったので、三根夫もうれしかった。
「とにかくもうすこしギンネコ号のようすを見たうえで、『宇宙の女王』号とどんな関係にあるかをつきとめるしかない。そうだ、もう一度テッド博士にご注意をお願いしてこよう」
そこで帆村は、またベッドから起きあがると、服を着かえて、隊長のところへでかけた。
さてその夜のことであるが、救援艇隊はひそかにギンネコ号の行動を監視していた。
監視といってもテレビジョンでのぞいているのを主とし、そのほかに、ほんのわずかだけ弱いレーダー電波をギンネコ号にむけて、その位置を注意していた。レーダー電波を、あまり強くかけると相手が気をわるくする。ことにギンネコ号をおこらせ、現場から遠くへ離脱するこうじつを相手にあたえてはこっちの大損であるから、電波でギンネコ号をさぐることはなるべく目だたないようにしていた。
夜にはいって一時間ほどすると、(時計の針のうえだけでの夜だ、その時間には当直のほかはみんな睡ることにしていた)当直の監視員がさわぎだした。
「たいへんです。ギンネコ号がわれらの艇団からはなれてゆきます」
まずはじめに、テレビジョンでそれを見つけた。すぐさまレーダーでも探知してみると、なるほどギンネコ号は、さっきまでこっちの九艇の中心あたりにいたのに、いまはどんどん前進してそこからはなれていく。
「うむ。たしかにギンネコ号は動きだした。国際救難法により二十四時間は救援隊から離脱できないことになっているのに、ギンネコ号は、法規をやぶるつもりか」
このことは、すぐさま幹部にまで報告された。隊長テッド博士をはじめ、みんな起きてきた。そして協議がはじまった。
「法規にはんするから、ギンネコ号に反省をもとめようか」
「まあ、もうすこしようすを見てからにしたほうがいい」
隊長は、そういって、ふんがいする部下たちをおさえた。
ところがギンネコ号は、だんだんに速度をはやめて、はなれてゆく。刻々おたがいの距離はひらいていった。
時計をじっと見ていた隊長は、三十分して無電でもってギンネコ号に連絡させた。
それにたいしてギンネコ号は、返事をうってこなかった。
それから三十分して、テッド隊長は、いよいよたがいの距離を大きくしたギンネコ号にたいし法規をたてに、警告をこころみた。
ところが、それにたいしてもギンネコ号は返事をしてこなかった。そしてますます速度をまして、こっちの救援隊の位置からはなれていった。
救援隊員のなかには、ひどくおこりだして隊長はすぐ全艇に命令をだし、最高速度でギンネコ号のあとを追わせるべきだと論じた。最高速度で追いかけるなら、追いつける自信がじゅうぶんにあった。
だが隊長は、それを命令しなかった。
ギンネコ号が、こっちへ返事の無電をうってきたのは、五回目の警告のあとだった。その返事は、人をばかにしたようなものだった。
「本艇は、貴艇団のまん中において安眠することができない。また、いうまでもなく、本艇の行動は自由である。されど貴艇団にやくそくする、明日九時、本艇はふたたび、貴艇団のまん中へ引きかえすであろう。ギンネコ号艇長」
貴艇団のなかでは安眠することができないとは、よくもぬけぬけといえたものである。
錫箔のかべ
それにしても、この返事がギンネコ号から発せられたので、救援隊としては、これいじょうに文句がいえない。で、そのままにして、引きつづきギンネコ号の位置に気をつけていることにした。
そしてテッド博士以下の幹部も、またベッドへかえった。
帆村荘六はベッドにかえらなかった。そして監視班の当直がつめている部屋の中へはいった。三根夫少年も、帆村につよくねだって、そのうしろへついていった。
四名で当直をしていた。
テレビジョンへ一人、レーダーへ一人ついていた。あとの二人のうち、一人は電源などに気をつけていたし、もう一人は記録をとっていた。
「たいへんですね。なにかあれば、ぼくと三根夫が伝令になって、隊長でも誰でも起こしてきますからね」
と、帆村は当直の人びとにいった。
あいかわらずギンネコ号は、遠くへはなれつつあった。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は、うまいことをいって、にげてしまうんじゃない」
三根夫は心配でしかたがなかった。
「さあ、何ともはっきりしたことはいえないが、さっきあのように返事をよこしたんだから、まさかほんとうににげはしまい」
そう答えた帆村も、レーダー手が新しい距離を測定してそれを曲線図にかいたのを見るたびに心配に胸がいたんだ。
それは十二時近くであった。
「あッ、たいへんだ」
と、レーダー手が、おどろきの叫び声をあげた。
帆村はすぐ椅子からとびあがって、レーダー手のところへいった。
「どうしたんですか」
するとレーダー手は、ブラウン管の膜面におどるエコーの映像を指してダイヤルをまわしながら、
「これごらんなさい、ギンネコ号がおびただしい電波妨害用の金属箔をまきちらしたようです。このへんいったい、そうとうひろく、エコーがもどってきます」
「なるほど。とうとうみょうなことをはじめたな」
ギンネコ号がまきちらしたらしい電波妨害用の金属箔というのは、よく飛行機などが敵の戦闘機に追いかけられたとき空中にまきちらす錫箔などをいう。これをまくと、レーダーの電波は錫箔にあたって反射し、レーダー手のところへかえってくる。そしてそのむこうにいるかんじんの飛行機は、空中にひろがる錫箔のかげを利用して、うまくにげてしまうのである。
だからギンネコ号がそれをまけば、かなりひろい空間にわたって錫箔のかべができてしまい、ギンネコ号はそのかべの向うでにげてしまうことができる。つまり、こっちがその錫箔のかべをむこうへつきぬけないかぎり、とうぶんレーダーは何のやくもしなくなるのだった。
テレビジョンの方も、視界がうんと悪くなって、ギンネコ号の姿を見うしなってしまった。
まさに一大事である。
やっぱりギンネコ号はにげるつもりだったんだな。
帆村は隊長テッド博士のところへとんでいって、きゅうをつげた。
「ふーむ。これはもうほうっておけない」
隊長はついに命令を発し、救援艇の第三号と第五号と第七号の三台に、全速力をもってギンネコ号のあとを追いかけ、電波妨害用の金属箔のむこうへ出、状況をよく見て報告するようにと伝えた。
そこで三台のロケット艇は、隊列からぬけると、うつくしい編隊を組んで、ギンネコ号のあとを追いかけた。
だが、彼と我との距離は、いまはもうかなりへだたっていた。だからこの三台の追跡隊が、金属箔のかべのところまでいくには、四時間もかかって、午前五時となった。
ようやく金属箔のかべをつきぬけたのはいいが、そのむこうにまた金属箔のかべがあった。何重にも、それがあったのである。だからそのうるさいかべの全部をつきぬけるには、それからまた二時間もかかった。
「何かご用でもありますか。いそいで本艇を追っかけておいでになったようだが……」
とつぜん追跡隊へ無電がかかってきて、ギンネコ号からのいやみたっぷりな問いあわせであった。
「ええッ」
といって、追跡隊の人たちも、この返事にはつまった。じつに間のわるい話であった。
こっちをからかいながら、ギンネコ号は、いぜんとはうってかわって、いやにきげんがいい。
ふしぎなことであった。
覆面の怪人物
さすがのテッド博士以下の救援隊幹部も、また名探偵といわれたことのある帆村荘六も、ギンネコ号がひそかにやってのけたはなれ業には、まだ気がついていない。
そのはなれ業のことを、ここですこしばかり読者諸君にもらしておこうと思う。
ギンネコ号が金属箔のかべを作ったあとのことであるが、流星かと見まごうばかりの快速ロケットが、救援隊とは反対の方向からギンネコ号にむかってどんどん距離をちぢめてくるのが、ギンネコ号にわかった。
テイイ事務長などは、そのしらせを受けると、大満悦であった。そしてギンネコ号を、そのほうへ最高速力で近づけるとともに、うしろにはたえずレーダー妨害用の金属箔の雲をまきちらした。
快速ロケットはだんだん接近し、午前三時半頃には、ついにギンネコ号といっしょになった。たくみなる操縦によって、その快速ロケットは、ひらかれたるギンネコ号の横腹のなかに収容されたのであった。
見かけは古くさいギンネコ号には、意外に高級な仕掛けがあったのだ。
そしてこの快速ロケットは、銀色の葉巻のような形をしたもので、全長はギンネコ号の十何分の一しかなく、せいぜい一人か二人乗りのロケットらしかった。
テイイ事務長に迎えられて、快速ロケットのコスモ号から姿をあらわしたのは、身体の大きな緑色のスカーフで顔をかくした人物だった。
「間にあったんだろうな」
その覆面の人物は、きいた。
「はあ、見事におまにあいになりました。やっぱり親分はたいしたお腕まえで……」
「これこれ、親分だなんていうな。きょうからスコール艇長とよべ。おおそうだ。艇長室はきれいになっているだろうな」
「はいはい。それはもうおいでを待つばかりになっております。ええと……スコール艇長」
スコール艇長はマフラーの中で顔をゆすぶって笑った。
「よし、満足だ。安着祝いに、みんなに一ぱいのませてやれ」
「え、みんなに一ぱい?」
「おれの乗ってきたコスモ号のなかに、酒はうんとつんできてやったわい」
「うわッ、それはなんとすばらしい話でしょう。さっそくみんなに知らせてやりましょう」
「ちょっと待て。顔の用意をするから、おまえもうしろを向いてくれ」
やがて、もうよろしいと、スコールの声に、テイイ事務長がふりかえってみると、そこには顔全部が灰色の髭にうずまったといいたいくらいの人のよい老艇長がにこにこして立っていた。
「あッ」と事務長はおどろいた。
「ふふふ、これならおれだという事はわかるまい。重宝なマスクがあるものだ」
このへんでおさっしがついたことであろうが、快速ロケットのコスモ号で今ここについたスコール艇長こそ、社会事業家のガスコ氏によく似ており、またスミス老人が宇宙の猛獣使いと呼んだ怪人物にもよく似ていた。
いや似ているどころか、まさにその人であったのである。
素性ははっきりわからないが、どうやらすごい悪漢らしい。救援隊の第六号艇を爆破させたのも、またほかの僚艇に時限爆弾をなげ入れていったのも、この人物のやったことである。
何故に、かれスコール艇長は、そのようなひどいことをするのか。またかれのいまかぶっている仮面の下には、どんな素顔があるのか。それはともに一刻もはやく知りたいことではあるが、もうすこし先まで読者のごしんぼうをお願いしなくてはならない。
さて、朝の午前九時から、ギンネコ号は針路をぎゃくにして、救援艇隊の主力が向かってくるほうへ引っかえしていった。
「なあんだギンネコ号はやくそくどおり、ちゃんと引っかえしてきたじゃないか」
テッド隊長も、気ぬけがしたように、近づくギンネコ号の姿を見て、指先をぴちんと鳴らした。
「きょうはひとつわしがギンネコ号へでかけて、れいの空間浮標の件をかたづけてしまう。帆村君、きみもついてきてくれ」
なにも知らないテッド博士は、そんなことをいって、きげんがよかった。その日こそ、じつは驚天動地の一大事件が救援艇隊のうえに襲いかかろうとしているのに、まだ誰もその運命に気がついていないらしい。あぶない、あぶない。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] ... 下一页 >> 尾页