社会事業家ガスコ氏
艇内捜査と時限爆薬のかたづけがすんだあとで、艇長テッド博士は、数名の幹部とゲーナー少佐と、そのほかに特別に帆村荘六を招いた。
「集まってもらったのはほかでもないが、さっきの時限爆薬事件だ。なぜあんなものがかくされていたか、これについて諸君の意見を聞かせてもらいたい。じつにこれはにくむべき陰謀事件であるからねえ」
そこで一同は、あの事件のてんまつを復習し、そしていろいろと意見をのべて、事件の奥に何者がかくれているかを探しだそうとした。
「出航のまえに、じゅうぶん調べたんだがなあ。まったくふしぎだ」
「密航者しらべをしたときに、怪しい品物がまぎれこんでいるかどうか、それもいっしょに厳重にしらべるよう僚艇に伝えたんですがねえ」
「もし、そういう品物がまぎれこんだとすれば、それはやはり出航のすぐまえのことだと思います。つまり乗組員が家族に送られて艇を出たりはいったりしましたからねえ。もしそういうすきがあったとすれば、それはそのときですよ」
これは帆村荘六の意見だった。
「まあ、こうだろうという話は、それぐらいでいいとして、じっさい見たことで、怪しいと思ったことがあったらのべてもらいたい」
隊長テッド博士は、議論よりも事実のほうが大切だと思った。
「べつに怪しい者が出入りしたとは思いませんがねえ。みんな家族なんですから」
「出入りの商人もすこしは出入りしたね」
「招待客もすこしは出入りしました」
「顔を緑色のスカーフでかくした男がうろうろしていましたね。松葉杖をついていましたから、みなさんの中にはおぼえていらっしゃる方もありましょう」
帆村がいった。
「あっはっはっ」と同席のひとりが笑った。
帆村は、なぜ笑われたのかわかりかねて、その人の顔をふしぎそうに見た。
「それはガスコ氏だ」
「ガスコ氏とは?」
帆村いがいの人びとは、にやにや笑いだした。
「ガスコ氏というのは、こんどの救援事業に、名をかくして六百万ドルの巨額を寄附してくれた風変りの富豪だ。金鉱のでる山をたくさん持っている」
この説明には、帆村も苦笑した。そういう有力なる後援者とは知らなかった。その方面のことは、かれと仲よしのカークハム編集長も教えてくれなかったのだ。この重大なことをなぜ教えようとはしなかったか、ふしぎなことである。
そのとき帆村は、ふと気がついたことがあった。
「……名をかくし六百万ドルを寄附したということですが、それならば、なぜみなさんはそれがガスコ氏であることをご存じなのですか」
帆村は探偵だけに、どうもわけがわからないと思ったことは、わけのわかるまで探しもとめなければ気がすまないのだった。
「それはね、帆村君」とテッド博士が口を開いた。
「出発の日の朝になって、ガスコ氏は本隊へ電話をかけてきて、きょうはじぶんも気持がよいので、こっそり救援隊の出発を見送りにいく。しかし微行なんだから、特別にわしをお客さまあつかいしてもらっては困る。それからあの匿名寄附者がわしであることは、今回救援に出発する少数の幹部にだけは打ちあけてくれてもよい――こういう電話なんだ。それで幹部だけは、あの匿名寄附家がガスコ氏であることを当時わたしから聞かされて知ったのだ。きみには知らせるわけにゆかなかったが、まあ悪く思うな」
「なるほど」
帆村はうなずいた。もっともな話である。帆村荘六は通信社から特にたのんだ便乗者にすぎない。隊の幹部ではない。
「それで隊長は当日、ガスコ氏をこの艇内へ案内せられたのですか」
「ちょっとだけはね。氏はほんのわずかの間艇内を見たが、まもなくおりてゆかれた。わたしは氏を迎えたとき、氏が『挨拶はよしましょう。ていちょうな取扱いもしないでください。近所のものずき男がやってきているくらいの扱い方でけっこうです。わしはすぐ失敬します』といった。氏はきょくりょく知られたくないようすで、スカーフを取ろうともしなかった」
「そこなんだが……」と帆村はまえへ乗りだしてきて、「どなたか、その時刻からのち、ガスコ邸へ電話をかけて、ガスコ氏と話をされたことがありましたか」
「さあ、どうかなあ」
帆村のだしぬけな質問に、隊長テッド博士はすこし面くらいながら、幹部たちの顔を見まわした。
「わたしはその後一度もガスコ氏に連絡しないのだが、諸君はどうか」
その答えは、あのとき以後誰もガスコ氏と話したり連絡した者がないとわかった。
「そうなると、これは調べてみるひつようがありますね。隊長。ガスコ氏を電話に呼びだして話をしてみてください」
奇怪な事実
帆村荘六は、いったい今なにを考えているのであろうか。ガスコ氏を電話でよびだして、どうしようというのだろう。隊長テッド博士は無電技士に命じて、ガスコ邸をよびださせた。
まもなく電話はつながった。でてきた相手は、ガスコ氏の執事のハンスであった。
電話で、相手にたずねることがらは、そばから帆村が隊長にささやいた。
はじめははんぶんめいわくそうな顔をしていた隊長だったが、電話の話がだんだんすすむにつれ、おどろきの色をあらわし顔は赤くなり、また青くなった。
というのは、執事の話によると『旦那さまはこのところ持病の心臓病のためずっと家に引きこもっておられること、去る十三日も一日中ベッドの上に寝ておられ、ぜったいに外出されたことはないし、外出がおできになるような健康体ではない』ことをのべたからである。そして『去る十三日』というのは、テッド博士のひきいる救援隊が地球を出発した日のことであった。だから博士のおどろいたのも、むりではない。
博士は、もしや聞きちがいかと思っていくどもくりかえし、おなじことを執事に聞いたが、執事はぜったいにまちがいでないこと、またそんなにうたがわれるなら主治医に聞かれたいと、すこし怒ったような声でこたえた。
(すると、出発当日、艇のそばへ姿をあらわし、じぶんと手をにぎったガスコ氏と名乗る松葉杖の人はいったい誰だったのかしらん)
隊長の服の袖をひく者があった。そのほうを見ると帆村荘六だった。(話はもうそのへんでいいから、電話をお切りなさい)と目で知らせている。そこでテッド博士は、執事にていちょうに挨拶をしてガスコ氏の病気がはやくなおることを祈り、そのあとで電話を切った。
一同は、もう笑う者もない。みんなかたい顔になってしまった。
博士が、ためいきとともにいった。
「わたしはゆだんをしたようだ。わたしは本隊の出発当日、身許の知れない覆面の人物を本艇や僚艇に出入りすることを許したようだ」
そのあとは、しばらく誰もだまっていた。まことに気持のわるい発見だ。
やがて帆村荘六が口をひらいた。
「ガスコ氏だと見せかけたその覆面の人物こそ、時限爆薬を投げこんでいったにくむべき犯人にちがいないと思います。その怪人物を至急捕えなくてはなりません。おゆるしくだされば、わたしはすぐにニューヨーク・ガゼットのカークハム氏に連絡して、検察当局へ届けてもらいます」
「いや、こうなれば、わたしも責任上、公電をうって、この怪事件についての新しい発見を報告しなければならない」
そこで隊長からいっさいのことが地球へむけて通信せられた。
読者は、その怪しい松葉杖の人物が、スミス老人によって、宇宙の猛獣使いとよばれたことをおぼえていられるだろう。
スミス老人は、ほかの人たちが知らないことを知っており、ほかの人たちよりもずっとまえから、あの松葉杖の男に目をつけていたのである。
だが、スミス老人は、かの怪人物についてどれだけのことを知っているのか、今はまだわかっていない。
テッド博士からの報告により、検察当局ではさっそく大捜査をはじめた。
だが、だいぶ日がたっていることでもあり、かんじんの人物が覆面しており、そして服装はといえば、ふだんのガスコ氏とおなじようであったので、その本人を探しだすのはたいへんむずかしかった。
せめてスミス老人か、老人のまわりに集まっていた婦人連とでも連絡がつけば、すこしは手がかりらしいものも見つかったであろうが、あいにく検察当局はこれらの人びとに出会う機会がなかった。
「ガスコ氏に似た怪人物の手がかりが見つからない。もっと資料を送っていただきたし」
そういう暗い報告が、検察当局からテッド博士のもとへとどいた。
遭難現場近し
三根夫は、音をあげないつもりであった。しかしとうとうがまんができなくなって、三根夫は帆村荘六にうったえた。
「おじさん。どうもたいくつですね」
帆村荘六は、本から顔をあげて、目をぐるぐるまわしてみせた。
「そんなことは、いわない約束だったがね。それにミネ君は、いろんなおもちゃを艇内へ持ちこんでいるじゃないか」
「それと遊ぶのも、もうあきてしまったんです」
オルゴール人形、パチンコ、車をまわす白鼠ども――これだけのものを持ってはいったのであるが、もうあきてしまった。
白鼠の小屋の掃除をするのが、一番たいくつしのぎになる。といっても、これをいくらていねいにしてみても、ものの二十分とはかからない。
白鼠は、はじめ七ひきであったが、まもなく三びき死んで四ひきとなった。しかしその後はどんどん子鼠が生まれて、一時は五十ぴき近くになった。
五十ぴきにもなると、食物の関係や、場所の関係があって、それ以上にふやせないことになった。そこでそれ以上にふえると、かわいそうだが、かたづけることにした。
白鼠の運動を見ているのは、楽しい時もあったが、地球を出発してからもはや百日に近い。白鼠の車まわしに見あきたのもあたりまえだろう。
「ねえ、帆村のおじさん。いったいいつになったら『宇宙の女王』号に追いつくんですか」
「さあ、それはいつだかわからないが『宇宙の女王』号が消息をたった現場まではあと二、三日でゆきつくそうだよ」
「えっ、それはほんとうですか」
三根夫は、『宇宙の女王』号の姿ばかりを追っかけていた。しかしよく考えてみると、それは今どこにいるかわからない。遭難しないで動いているとしても、あれから四カ月ちかくの日が過ぎたことであるから、その間にどこまで飛んでいったかわからない。
また遭難してじぶんの力で動けなくなったとしても、地上とはちがうんだから、それから四カ月ものながいあいだ、おなじ空間にじっとしているとは思われない。どの星かの重力にひかれて動いていったことだろう。それもそろそろと動くのではなく、谷間に石を投げ落とすときのように加速度をくわえて飛んでいったかも知れない。
が、帆村のおじさんの話によって、そこまで探しあてるまえに、遭難地点の附近をしらべる仕事があることに気がついて、三根夫はなんだかきゅうにたいくつから救われたような気がした。あと三、四日で『宇宙の女王』号の遭難地点にたっするとは、なんという耳よりな話であろう。
三根夫は、いまやすっかりきげんがよくなった。このところさっぱり訪問をしなくなっていたところの操縦室へも、たびたび顔をだすようになった。
そのかいがあった。
それは翌日のことであったが、操縦士のところへ遠距離レーダー係から、
「前方に宇宙艇らしい形のものを感ずる、方位は……」
と知らせてきたので、にわかに艇内は活発になった。
もちろん隊長テッド博士も操縦室へすがたをあらわし、手落ちなく僚艇へ知らせ、監視を厳重にした。
艇内では、この話でもちきりだ。
「やっぱり『宇宙の女王』号は、遭難現場附近にいたね」
「どんなことになっているかな。生き残っている者があるだろうか」
「それはどうかなあ。でもみんな死にはしないだろう」
「すると、この附近に『怪星ガン』もうろついていなければならないわけだね」
「カイセイガンて、なんだい」
「こいつ、あきれた奴だ。怪星ガンを知らないのか。『宇宙の女王』号が最後にうってよこした無電のなかに、おそるべき怪星ガンが近づきつつあることを、知らせてきたじゃないか」
「ああ、あれなら知っているよ。『宇宙の女王』号を襲撃した空の海賊――というのもおかしいが、おそるべき宇宙の賊だもの。きみの発音が悪いんだよ」
「あんな負けおしみをいっているよ」
そんなことをいい合っているうちに、救援隊の九台のロケット艇はどんどん宇宙をのりこえていった。そしてやがてテレビジョンのなかに、かの宇宙艇らしきものの姿が捕えられた。
「おや、これはどうもちがうね。『宇宙の女王』号ではないようだ」
テッド博士は、誰よりも先に、そういった。
「そうですね。形がちがいますね。もっと横を向いてくれると、はっきりわかるんですが……」
まもなく、かの宇宙艇は針路をかえて横になった。
「なあんだ。あれはギンネコ号じゃないですか、宇宙採取艇の……」
「そうだ、たしかにギンネコ号だ。救援の電信を受取って、現場へいそいでくれたんだな。なかなか義理がたい艇だ」
「ギンネコ号に聞けば、なにか有力な手がかりがえられるでしょう」
「無電連絡をとってくれ」
隊長が命令をだした。
はたしてギンネコ号は、どんなことを伝えてくれるであろうか。『宇宙の女王』号について、ギンネコ号はなにを知っているだろうか。また怪星ガンについてはどうであろう。
おそるべき魔の空間は近いのだ。いや、じつはもうほんの目と鼻との間にせまっているのだ。
テッド博士以下、誰がそのことについて気がついているだろうか。ミイラとりがミイラになるという諺もある。
怪星ガンの魔力はいよいよ救援隊のうえにのしかかろうとしているのだ。
宇宙採取艇
いよいよギンネコ号との距離がちぢまった。
救援隊長テッド博士は、九台の艇にたいし、全艇照明を命じた。
この号令が各艇にとどくと、九台の救援艇の全身は光りにかがやいて明かるく巨体をあらわした。つまり艇の外側が、つよい照明によって光りをうけて輝きだしたのである。
九台の救援艇の編隊群は三つにわかれていたが、このときあざやかに美しくその姿を見せた。各艇の乗組員は、それを見ようとして丸窓のところへ集まり、かわるがわる外をのぞいて僚艇の姿をなつかしがった。
ああ、もしいま六号艇もこの編隊のなかに姿を見せていたら、どんなにうれしいことだろうかと、ゲーナー少佐をはじめ遭難の六号艇の乗組員だった者は、おなじおもいに胸をいためた。
それにしてもにくいのは、艇内に時限爆弾を仕掛けていった謎の悪漢だ。きゃつは、どうやら社会事業家ガスコ氏に変装し、松葉杖をつき、緑色のスカーフで顔をかくして、テッド隊長たちをあざむいたのだ。『宇宙の女王』号を助けにゆく救援隊のじゃまするなんて、その悪漢はいったいどんな身柄の人物なのであろうか。
いま、司令艇のテレビジョンの映写幕のうえには、ギンネコ号のすがたが豆つぶほどの大きさにうつっている。ギンネコ号も、このうちの救援隊のほうへ艇首をむけて走っているのだが、あと一時間しないとそうほうは出会えない。
映写幕を見あげている人びとの中に、三根夫少年もまじっていた。そばに帆村荘六も、しずかに椅子に腰をおろしていた。
「帆村のおじさん。ギンネコ号は宇宙採取艇なんですってね」
三根夫が帆村に話しかけた。
帆村は、少年のほうへふりむいて、だまってうなずいた。
「その宇宙採取艇というのは、どんなことを仕事にするロケットなんですか」
「ああ、それはね」
と帆村はひくいが、しっかりした声で甥のほうへ口を近づけて語りだした。
「この宇宙には、わが地球にない鉱物などをふくんだ星のかけらが無数に浮かんでいるんだ。その星のことを、宇宙塵と呼んでいる学者もあるがね、とにかく名は塵でも、わが地球にとってはとうといもので、宇宙に落ちている宝と呼んでもいいほどだ。ギンネコ号のような宇宙採取艇はそういう宇宙塵をひろいあつめるのを仕事にしているロケット艇なんだ。これは商売としてもなかなかいいもうけになるし、われわれ地球人にとっては、たいへん利益をあたえるものなんだ。つまり地球にない資源が、宇宙採取艇のおかげで手にはいるわけだからねえ」
「じゃあ、隕石を拾うのですね」
「いや、隕石だけではない。もっといいものがいく種類もある。なかには、まだわれわれ地球人のぜんぜん知らない物質にめぐりあうこともある。たとえばカロニウムとかガンマリンなどは、地球にないすごい放射能物質で、ともにラジウムの何百万倍の放射能をもっている。こんな貴重な物質がどんどん採取できれば、じつにありがたいからね。それを使って人類はすごい動力を出し、すごいことができる」
「そんなら国営かなんかで、うんと宇宙採取艇をだすといいですね」
「うん。だがね、そういう貴重な宇宙塵は、なかなか、かんたんには手に入らないんだ、何千か何万かの宇宙塵のなかに、ひとかけら探しあてられると、たいへんな幸運なんだからね。宇宙採取艇で乗り出すのは、昔でいうと、金鉱探しやダイヤモンド探しいじょうに、成功する率はすくないんだ。宇宙塵採取やさんは、世界一のごろつき連中だと悪口をいわれるのも、このように貴重な宇宙塵を見つけだすことがたいへんむずかしいからだ。まあ、そんなところで話はおわりさ」
帆村荘六の説明は、三根夫をかなり、ふあんにおとしいれたようであった。三根夫は、眉をよせていった。
「じゃあ、おじさん、これからぼくたちが出会うことになっているギンネコ号も、やっぱり宇宙のごろつきなんですね。すごい連中が乗組んでいるんですね」
そういうすごい連中と、こんなさびしい宇宙でであうなんて気持のいいことではないと、三根夫は思ったのだ。
すると帆村がいった。
「いや、宇宙採取艇のみながみな、ごろつきだというわけではない。それにギンネコ号なら、たぶんこのおじさんの知っている鴨さんという艇長が乗組んでいるはずで、あの人は、けっしてごろつきではない」
それを聞いて三根夫は、やっと安心した。
宇宙のめぐりあい
はてしれぬ広々とした暗黒の宇宙だ。その宇宙のなかの一点においてめぐりあう二組の宇宙旅行者だった。
救援艇隊では、テッド隊長の命令によって、各艇の外側に照明をうつくしい七色の虹のような照明にかえた。各艇は輪になって、そのまん中にギンネコ号を迎える隊形をとった。
相手のギンネコ号の方は、そんなはでなことをしなかった。艇首に三つばかりの色のついた灯火をつけ、『ワレ、貴隊ニアウヲ喜ブ』という信号をしめしただけであった。そしてひどく型の古い艇身に、救援隊側からのサーチライトをあびながら、輪形編隊のなかにとびこんできたが、そのかっこうはなんとなくきまり悪そうに見えた。
ギンネコ号が、いったん救援艇の輪のまん中を通りぬけると、こんどは救援隊はあざやかに大きく百八十度の大旋回をして、ギンネコ号のあとを追った。そしてやがてそれに追いついて、再びまえのようにギンネコ号をまん中にはさみ、救援艇九台がそのまわりをとりかこんだ。
そうほうのスピードは、ずんと低いところにたもたれた。こういうかっこうでゆっくりと暗黒の宇宙をただよいながら話をしようというのであった。
隊長テッド博士は礼儀正しい人物であったから、ギンネコ号の艇長にたいし無電をもってていちょうなあいさつを送ったうえ、失踪した『宇宙の女王』号のことについていろいろと貴艇の知っておられるところをおうかがいしたいから、こちらから副隊長のロバート大佐外四名の隊員を貴艇へ派遣することをゆるされたい。そのように申し送った。
これにたいするギンネコ号からの返事はかなり手間どった。救援隊の若い者は、ギンネコ号にたいし、なぜはやく返事をよこさないのかとさいそくの無電を打ちたがったことは一度や二度ではなかったが、テッド隊長は、まあ、まあ、そう相手をいそがせないほうがよかろうと、さいそくの無電を打たせなかった。
三十分もしてから、やっとギンネコ号からの返事がきた。
「本艇は、有力な資料をほとんど持っていない。貴隊から使者のくるのはさしつかえない。ただし五名は多すぎるから、三名にしてもらいたい」
この返事を記した受信紙の周囲にあつまった若い者は、ギンネコ号の無礼にふんがいし、こちらから送る使者のかずに制限をくわえるのはどういうわけかと、ねじこもうと叫んだ者もあったほどだ。だがこれもテッド隊長のことばによってようやくしずまって、それから三名の使者の人選が発表された。
それによると、第一は副隊長のロバート大佐、第二にポオ助教授。この人は、『宇宙の女王』号の艇長であるサミユルの門下生のひとりだ。それから第三に、みんなを意外におもわせたが、帆村記者がえらばれた。
これを聞いた三根夫少年は、帆村荘六の横っ腹をつっつき、
「おじさんはいいなあ。うらやましいなあ」
といったが、帆村は笑いもせず怒りもせず、無神経な顔つきで、首を微動もさせなかった。
「それではこれから三名にでかけてもらおう。なにかお土産を持っていってあげたがいいね。新聞と雑誌と、それから果物をいく種類か」
テッド隊長は、こまかく気をつかった。
一行はでかけた。
司令艇の側壁の一部が、するすると動きだしたと思うと、それは引戸のように艇の外廓のなかにかくれ、あとに細長い楕円形の穴がぽっかりとあいた。
するとまもなくその穴から、円板のようなものがとびだした。それは周囲から黄色い光りを放ちまるで南京花火のようにくるくるまわって、闇をぬって飛んだ。
これは円板式の軽ロケットで、汽船が積んでいるボートにあたるものだ。くるくるまわっているのはその周囲のタービンの羽根のような形をしたところだけで、まん中のかなり厚味のあるところは廻らない。その中にこの円板軽ロケットの乗組員たちや三名の使者がはいっているのだった。
ぱっぱっと黄色い光りの輪のまわるのを見せながら、円板ロケットは大きい弧をえがいたあとで、調子よくギンネコ号のうしろから近づいていった。ギンネコ号は知らん顔をして飛びつづけている。しばらくの間、円板ロケットはギンネコ号の下に平行になって飛んでいたが、そのうちに円板ロケットからは、ぽんと引力いかりがうちだされた。
それは円板の中央あたりからとびだしたものであるが、樽のような形をし、うしろに丸い紐のようなものをひっぱっていた。
しかしこれを見ると、紐ではなくて伸びちぢみのする螺旋はしごであった。その先についている大樽みたいなものは、艇内から送られる電気力によって、相手のギンネコ号の艇壁にぴったり吸いついた。この引力いかりは、すごい吸引力を持っていて、艇内で電気を切らないかぎり、けっして相手から放れはしないという安心のできる宇宙用のいかりであった。
これでギンネコ号は、側壁の扉を開かないわけにゆかなかった。
すると円板ロケットの中から、三人の人影があらわれ、やや横に吹き流れた螺旋はしごの中を上へのぼっていった。そしてはしごをのぼりつめると、ギンネコ号の横っ腹にあいた穴の中へもぐりこんでいった。
このありさまは、救援隊の僚艇から集中するサーチライトによって、はっきりと見えた。そしてその三人の人影が、ものものしい宇宙服に身をかためていることも、双眼鏡でのぞいた人々の目にはうつった。
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