無人の辻
ひとりぽっちになった三根夫は、街をどんどんかけていった。
無人の境だった。ただどの店も、いつものように明かるい照明の下に美しく品物をかざっていた。ふしぎな光景だった。
「テッド隊長や帆村のおじさんたちはどうしているだろう」
一刻もはやくロケット艇へかえりつきたいものと、三根夫はねがった。辻のところまでくるとテレビジョン塔が、まえに聴衆もいないのに、ひとりでアナウンスをし、むだと見えるニュース画面を映写幕のうえにうつしだしていた。三根夫は、そのまえにちょっと足をとめた。
「……われらの敵アドロ彗星は、ただいま八十万キロの後方に迫っています。画面に見える白熱の光りの塊がそれであります」とアナウンスの声に、三根夫は映写幕に目をうつした、なるほど漆黒の大宇宙がうつっているが、その左下のところに、ぎらぎらと白熱光をあげている気味のわるい光りの塊がうつっていた。光りの尾をひいているらしく、それがときどき方向をかえるのだった。そのたびに凄惨の気がみなぎった。
「……もしもわれわれが、ただいま以上にスピードをあげることができないとすると、あと約二時間三十分で、我々はアドロ彗星に追いつかれてしまう計算となります。ただし我々の機関区はいまなおこれいじょうにスピードをあげるために努力していますから、それに成功すれば、この時間のよゆうは、もっと延びるはずであります。まだ非常配置につかない者は、全力をあげていそいで配置についてください」アナウンスは、心細いことを伝えている。三根夫はガン人のために深く同情した。
が、ガン人に同情するなら同時に、この怪星にとらわれて心るテッド隊長以下の地球人たちへも同情をそそがなくてはならない。ガン人が悲しい恐ろしい運命に追いつめられているいじょう、テッド博士以下の地球人たちも、また同じ悲運に追いこまれているのだ。
いや、地球人の立場は、ガン人よりももっと悪いのだ。危険なのだ。それはハイロがちょっと口をすべらしていったが、地球とこのガン星とは、まったくおなじ気候や空気密度などではない。地球にいま棲息している人間や動物植物は、地球の気候風土にたえられるものばかりであって、それにたえられないものはとちゅうで死滅し枯死してしまったのだ。
ガン星の気候風土が地球のそれと完全におなじなら、地球人はガン星のうえでも、ガン人とおなじように健康をたもって生きていられる。だが、じじつそうでない。地球とガン星とは、気候風土がかなりにかよっているとはいうものの、じつはだいぶんちがっているのだ。ガン人の身体は、地球人よりも、ずっとはげしい温度変化にたえ、寒さにも暑さにも強い。
ガン人は地球人が呼吸困難を感じはじめるくらいの空気密度の五十分の一の大気中で、平気で生きつづける。そのほか、地球人の目には感じない光りが、ガン人には見えるし、音のこと、電気のこと、磁力のことなどについても、地球人とガン人とでは感じかたがたいへん違っている。
はやくいうと、ガン人にくらべて、地球人はもろい生物だ。そしてまた下級の生物だといわなくてはならない。このガン星において、テッド隊長やサミユル博士以下の地球人が、ガン人のために圧されて、手も足もでないのはいまのべたことにもとづいているのだ。「人間は万物の霊長である」といばっていた人間も、ここではあわれな二流三流の生物でしかない。
三根夫の帰着
三根夫が無事にもどってきた。艇内に大きな喜びの声がどっとあがる。
帆村荘六がとびだしてきて、三根夫少年の肩を抱きすくめた。
「よく帰ってきてくれた。みんな、どんなに心配していたことか。どこにもけがはなかったかい」
「けがはしなかったですよ。でも、もうおしまいだなと、あきらめたことがあった」
「そうだろう。そして隊長から命ぜられた仕事は、どうした」帆村は、その仕事が三根夫にとってはあまり重すぎるものだったから、たぶんうまくいかなかったのであろうと思っていた。
「できるだけ、やってきたつもりです。ほら、ここにある」
と、三根夫は撮影録音機のはいっている四角い箱を帆村に手渡した。
「ほう。それはすごいや。で、天蓋まであがってみたのかい」
「ハイロ君が生命がけで、そこへ案内してくれました」
「そうか、ハイロがね。かれは途中でミネ君を密告しやしないかと、それを心配していた」
「そんなことはありません。ハイロ君はできるだけのべんぎをはかってくれました。しかしかれは焦熱地獄のような配置へいってしまったんです」
「そうかね。……や、隊長がこられた。ミネ君。テッド隊長が迎えにきてくだすった」
そのとおりであった。長身の博士が大股で三根夫のほうへ歩いてきて、大きな手で握手をした。
「おめでとう。たいへんご苦労だった。われわれは、三根夫君のお仲間なんだということに大なるほこりを感ずる」テッド隊長は、いくども手を握ってふった。
「隊長。天蓋も写真にうつしてきました。そばへいってみると、大したものですよ。丈夫で、弾力があって、厚いんです。あれにむかっていっても、小さな蠅が蜘蛛の巣にひっかかるようなものです」
「そうでもあろう。だが、われわれは、何としても小さな蠅の力で、その丈夫で弾力のある蜘蛛の巣をつき破る方法を考えださなくちゃならんのだ」
そのとき三根夫は、ふと気がついて、
「隊長やみなさんは、このガン星に、いま非常事態が発生していることを知っているのですか」
と隊長にたずねた。
「ああ、知っているとも。だから、いっそうきみの安否を心配していたんだ。この星が、いまアドロ彗星に追いかけられているというのだろう」
「そうです。どうしてそれがわかりました」
「さっきから、とつぜん本艇の無電通信機が働きだして非常事態放送の電波を捕えたんだ。ふしぎなことだ。われわれが怪星ガンの捕虜になった頃から、無電機は、さっぱり働かなくなっていたんだがね」
「ふしぎですね」
「いろいろふしぎなことがある。いままでは通信がいっさいできなかった僚艇とも電波で通信ができるようになった。そればかりではない。『宇宙の女王』号の通信室とも通話ができるようになった」
「どうしたわけでしょうね」
「わけなんか、さっぱりわからん。とにかくわれわれは、この事態を利用しなくてはならない。きみが持ってかえってくれた資料によって、われわれはなんとしても脱出の方法を考えださなくてはならないのだ。諸君。すぐ仕事をはじめよう。きたまえ」
テッド博士は、首脳部の連中を呼びあつめて司令室へいそいだ。
そこでは、三根夫の撮影してきたトーキー映画の映写ができるように、幕が用意され、発声装置もつながれていた。一同が席につくとまもなく、帆村が反転現像したフィルムを持って、この部屋へはいってきた。そのフィルムは、さっそく映写機にかけられた。そして三根夫が苦心して秘密撮影してきた怪星ガンの要所要所が一同のまえにくりひろげられていったのである。
フィルムは、いくどもくりかえし映写された。そして首脳部の人々は、脱出方法について熱心な討論をつづけていった。だがその結論は、思わしくなかった。三根夫が撮影録音してきたフィルムによって、天蓋の堅牢さが、想像していたいじょうにすごいものであることがわかったのだ。本艇が持っているありとあらゆる爆発力をあつめて、あの天蓋にぶつけても、天蓋はけっして壊れないであろうという絶望的な計算がでたのである。
みんなは、がっかりした。絶望的計算に全力をふるったポオ助教授は、もちろんがっかり組のひとりであったが、彼はとつぜん立ちあがると、絶望に血走った目をみんなのうえに走らせて、「みなさん。わたしの計算はぜったいにまちがっていない。しかし、物事がわたしの計算どおりに実現するかどうか、それはわからないのだ。運命というものがある。機会というものがある。そういうものは、わたしの計算の中には、はいっていないのですぞ」と叫んだ。
帆村荘六が、やけに手をぱちぱちたたいた。それに釣りこまれたか、他の人たちも手をたたき、それからみんな顔をかがやかして、大きな声で笑った。
テッド隊長が立って、ポオ助教授とかたい握手をした。そして声を大きくして演説をした。
「おお、あなたは真の科学者である。あなたは我々を死の淵からすくいだした。我々は最善をつくし、それから運命の命ずるところにしたがい、そしてもし絶好の機会がくればそれを必ずつかむことにしよう。前途に光明は燃えているのだ。元気をだせ諸君」さて、このあとに何がくる。
出航用意
「出航用意!」テッド隊長は、思い切った命令をだした。出航するといっても、本艇は自由がきかないのである。また、目指していくべきあてもないのである。天蓋は、堅牢である。本艇を繋留塔にむすびつけている繋索は、ものすごく丈夫である。いったい出航用意をしてどうするというのだ。テッド隊長は、気がちがったのではなかろうか。
しかしテッド隊長は、気がちがっているのではなかった。かれは、じぶんだけで、一つの夢を持っていた。ぜっこうのチャンスの夢であった。まんいちその夢がほんとうになるならば、そのときは本艇はいつでも出航できるように準備ができていなくてはならないのだ。
さもなければ、あたらぜっこうのチャンスをとりにがしてしまうであろう。が、その夢が現実になる公算は、ほんとに万に一つの機会であった。いや、万に一つどころか、億に一つかも知れない。常識で考えると、いまは本艇やその乗組員の運命は絶望の状態にあるとしか思えないのであった。
それにもかかわらず、テッド隊長は、『出航用意』を命令したのであった。
乗組員たちは、この命令にせっして、目を丸くしない者はなかった。そして、それにつづいてかれらはこうふんのいろをあらわし、いつもとはちがって、年齢が五つも若返ったように元気づいた。
「うれしいね、出航用意だとさ」
「出航用意か。いつ聞いても、胸がおどるじゃないか。さあ、いこう」
「出航用意だぞ、出航用意だぞ」
機関室は、火事場のようないそがしさだった。全員は、本当に出航する顔つきになって、小さいエンジン類からはじめて、だんだん大きなものを起動していった。
出航用意の命令は、本艇だけでなく、僚艇八隻にも伝達された。
僚艇でも、みんな目を丸くし、そしてこうふんになげこまれ、それからみんないそがしく活動をはじめた。脱出不可能なことは、誰も知っていたが、なつかしい『出航用意』の号令は、なおかれらを立ちあがらせる力を持っていた。テッド隊長は、考えぬいたすえに、『宇宙の女王』号のサミユル博士に連絡をとることをめいじた。無電は、サミユル博士邸を呼びだした。しかし、誰もでてこなかった。
無電係が、それを報告してきたので、テッド隊長は、隊員ふたりをえらんで、博士邸へ走らせることにした。ロナルドとスミスとが、えらばれた。どっちも元気で、常識に富んだ隊員だった。ふたりは、この危険な使いに立つことをおそれげもなく引きうけ、そしてとなりの家へゆくほどの気軽さででかけた。もちろんふたりは、携帯無電機を背負って、ひつようなときに、すぐ本艇と連絡がとれるよう、用意をおこたらなかった。ふたりが出発したあとで、テッド隊長からこの話を聞いた帆村荘六は、
「あ、それなら、『宇宙の女王』号へ無電連絡をとってみてはどうでしょう」といった。
「あそこは、無電連絡がきかないのだ。そのことはきみも知っているはずだが……」
と、隊長はいった。そのとおり『宇宙の女王』号は、本艇よりもずっときびしい取締りをガン人からうけていた。あとでわかったことだが、ガン人は、はじめ『宇宙の女王』号を手に入れると、たいへんめずらしがって、その構造の研究と、そして地球人類の能力の研究のために、『宇宙の女王』号のなかは、いつも大ぜいのガン人の学者たちでごったがえしていたのだ。そして乗組員たちは、艇から外へでることを許されず、もちろん他の地球人類とのゆききも許されず、厳重に捕虜の状態におかれてあった。ただれいがいとして、サミユル艇長だけは艇からおろされ、町に住まわせられていた。そのわけは、かれが艇にいると、ガン人の仕事がやりにくいからであった。つまり艇長は外へだしておいて、ガン人は艇内を完全に自由にいじりまわしたかったのである。艇長がいなければ、艇の乗組員はどうしていいか、困るのであった。
「いや。いまは無電連絡がつくようになっているかもしれませんよ」
と、帆村がいった。帆村は『宇宙の女王』号の事情をうすうすさっしていたので、いまはもうガン人たちが艇から退去しているであろうし、それであれば、無電連絡もかいふくしているのではないかと思ったのである。
「なるほど。無電連絡をこころみる値打ちはあるようだ」
テッド隊長は、ふたたび無電係を呼んで、こんどは『宇宙の女王』号を呼びだすように命じた。
ガスコの最期
連絡は、すぐついた。そしてサミユル艇長の声が、すぐとびだしてきたものだから、無電係はおどろいて、大あわてにあわてて、テッド隊長の部屋に通信線をつないだ。
「やあ、テッド君。どうしたい」サミユル博士のほうから声をかけた。
「いやァ」とテッド隊長は面くらって、しばらくは口がきけなかった。
「先生は、いつそこへ帰られたのですか」
「あのさわぎが起こると、すぐ帰ってきたよ」
「なるほど。よくお帰りになられましたね。ところで、これからどうなさいますか」
「電話では、ちょっとしゃべれないね。とにかく万全の用意をととのえていることだ。死地に落ちてもなげかず、順風に乗ってもゆだんせずだ。ねえ、そうだろう」
「はあ」
テッド隊長は、サミユル博士も、じぶんたちとおなじように、機会をねらっているのだとさっした。博士も、そのうちに、こんらんの中からすばらしい機会が顔をだすかもしれないと思っているらしい。
「先生。お目にかかりたいですね。至急にお目にかかって、打合せをしたいと思いますが、いかがでしょう」
「けっこうだ。それでは、あと五分もたったら、わしはきみのところへゆこう」
「えっ。先生がきてくださるのですか。それはありがたいですが、そこをおはなれになってもいいのですか」
「まあ、心配なかろう。それに『宇宙の女王』号は、きみたちのところからゆずってもらいたいものもあるのでねえ。とにかく会ってから話そう」
「じつは、こちらから隊員のロナルド君とスミスとが出発して、そちらへ連絡にうかがったのですが、それがついたら、どうかいっしょになって、こっちへおでかけください。それなら、わたしも安心しますから」テッド隊長は、老博士の身の上を案じて、そういった。
「ありがとう。それならば、ふたりが到着するのを待っていましょう」
そこで無電は、いったん切られた。その電話のおわるのを待ちかねていたように、僚艇からの報告がどんどん隊長へとどけられた。『出航用意』が、もはや完全にととのったと知らせてきたものもある。また、すくなくともこれから五時間しないと、用意が完了しそうもないと、なげいてくる艇もあった。隊長は、そのような僚艇へは、用意完了の艇から応援隊をおくるように手配した。
時刻はうつった。待ちうけているサミユル博士は、まだ姿をあらわさない。どうしたのであろうか。すると、三根夫が、テレビジョンの映写幕をさして叫んだ。
「あッ隊長。担架が二つ、こっちへきますよ」
「なに。担架が二つとは……」見ると担架が二つ、ゆらゆらと揺れて、艇の出入り口に近づく。担架には誰か寝ている。しかし担架をかついでいる者の姿は見えない。ただ、長いシャツのようなものをひきずって、首も手足もない奇妙な形をしたものが、担架をとりまいている。そしてもう一つ、べつの奇妙な形をしたものが、担架のまえに立って、歩いている。それは、他のものとちがって、冠みたいなものがうえに輝いていた。
「先に立って歩いているのは、ガンマ和尚みたいですね」三根夫がいった。
「ガンマ和尚がね。いったいどうしたというのだろう」隊長はいぶかった。三根夫は、ガン人の姿がはっきり見えるようになる変調眼鏡を取りにじぶんの部屋へ走った。かれが、変調眼鏡を手にとって、もとの艇司令室のほうへ引返そうとする出合い頭に、れいの担架が入口をはいってきた。
「どうしたんだ」
「なんだ、なんだ」と、隊員はあつまってきた。
「テッド博士にお会いしたい。ふたりの勇士を送り届けにきたのです。わしはガンマ和尚でござる」
冠の下から、特徴のある声がひびいた。三根夫はこのとき変調眼鏡を目にあてることができた。三根夫は、ガンマ和尚の顔を見ることができた。れいのとおり、小熊で豚で人間のようなガン人であったが、ガンマ和尚は、額にしわがより、眉の間にもたてじわが三本も深くみぞをきざんでおり、そして垂れた鼻の両わきから、長い白ひげがさがっていた。このガンマ和尚こそ、怪星ガンの最高指揮者であった。
ガンマ和尚は『ふたりの勇士』を送り届けにきたという。ふたりの勇士とは、
「おや。ロナルドとスミスじゃないか。大けがをしているね。いったいどうしたんだ」
「おい、しっかりしろ、ロナルド。どうしたんだスミス」隊員たちは、びっくりして担架のまわりに寄った。が、そこで、目に見えないぐにゃりとした壁みたいなものにつきあたり「ひゃッ」と悲鳴をあげて、うしろへとびのいた。それはかれらが、目に見えないガン人たちの身体につきあたったからである。そのガン人たちは、担架をかついでいたのだ。
大宇宙の秘密
ガンマ和尚とテッド隊長の会見は、劇的な光景をていして、隊員たちをいやがうえにこうふんさせた。
司令室の卓をなかに、両雄は、しばらくぶりに会ったあいさつをしたが、
「どうしたというのですか、わたしのぶたりの隊員たちの大けがは……」
と、テッド隊長は、悲しげな顔になって、ガンマ和尚にたずねた。
「わしが、両君に力を貸してくださいと、むりにお願いしたのです。相手はガスコと称しているすこぶる悪い奴で、やはり地球人類なんですわい」
「ガスコ?」ガスコの名がでてきたので、隊長のそばに立っている帆村荘六も三根夫も、はっと顔をかたくした。三根夫はあのにくむべき悪党に、天蓋のところで出会って、あとでふり切って逃げたが、あのあと、まだ何か悪いことをしていたのであろうか。
「そうです。ガスコです。あいつは、アドロ彗星のまわし者ですって。あいつは、立入り禁止の天蓋の所へでて、もう十何日間も、アドロ彗星と連絡していたのです。アドロ彗星って、ごぞんじでしょうな、テッド博士」
「よく知りませんが、今、我々のほうへ向かってくる宇宙の賊のことですか」
「宇宙の賊! ふうん、それはいい名称だ。あの悪魔星にはうってうけの名称だ。宇宙の賊ですよ、まったく」
「で、ロナルドとスミスは、どうしたのですか」
「さあ、そのことです。われわれが、ガスコを取りおさえようとしたが、なかなか手におえない。こまっていたところへ、両君が通りかかったものだから、両君にちからを貸してくれるようたのんだのです。地球人類をおさえるのには、やはり地球人類にたのむのが一等いいのです。そのけっかわしたちの希望どおり、ガスコは、取りおさえられました。もうあいつは、アドロ彗星へ連絡することはできなくなりました。だが、お気の毒に両君とも、だいぶけがをしました。われわれは地球人類の傷の手当をするのにじゅうぶんの自信はないのです。ゆえに、両君をいそいでお連れしたわけです。はやく手当をしてあげてください。それから、われわれは両勇士およびあなたがたに、大きな感謝をささげるものです」ガンマ和尚は、ロナルドとスミスの働きについてそう語った。
両人は、すでに別室で医局員の手で手当がくわえられつつある。ガスコが死にものぐるいで刃物をふりまわしたので、両人は身体にたくさんの斬り傷をうけていた。しかしさいわいに急所ははずれている。両人は、ガンマ和尚に協力することよりも、すこしもはやくサミユル博士のところへいって、連絡任務をはたしたかったのだ。しかし、ガンマ和尚たちの命令をきかないわけにいかなかった。そこでガスコと決闘したのである。こんな傷を負い、連絡にいけなくなって申しわけないと、両人は、手当をうけながらわびた。ガンマ和尚は、二勇士についての報告と感謝をすませたあとで、あらたまった態度でテッド隊長に相談をもちかけた。
「わがガンマ星が非常なる危機に立っていることは、もうごぞんじのとおりです」和尚はガンマ星という名称を使った。
「たぶんこんどはアドロ彗星の攻撃から抜けだすことはできないでしょう。しかしわれわれは、最後まで宇宙の賊とたたかう決心です。アドロ彗星には正義感というものがすこしもないのです。強大にはちがいないが、ゆるしておけない巨人です」
「アドロ彗星というのは、天然の彗星なんですか。それともこの怪星ガン――いや、失礼しました、ガンマ星のごとく、人工的に建造された星体なのですか」
「やはり人工的の星です。いまこの近くの宇宙において、人工的自動星がすくなくとも四、五万はとんでいるようです。アドロ彗星は、その中の一番巨大なやつで、銀河の暗黒星雲あたりからでてきたすごいやつです」
「ははあ、なるほど」テッド隊長は思わずため息をつく。
「そこでテッド博士。おり入ってお願いしたいことがあります。それはあなたがた地球人類にお願いして、われわれがこれまで盛りあげてきたガンマ星文化というものを、できるだけたくさん、ここから持っていっていただきたいのです。わしは、それがやがて地球上において、地球人類の手で研究される資料となることをのぞむものです」
「おどろいたご相談です。お引受けする気持はありますが、どうしたらいいか……」
「われわれは大宇宙の研究に乗りだして、もう五百年いじょう経っているのです。さいきん地球と地球人類に興味を持ちまして、このまえは『宇宙の女王』号をとらえたのです。まことに失礼なことをしたわけだが、あれはわしとして、どうしても手に入れたかったので、捕獲したわけです。そして非常によろこんだ。そこへあなたがたがきたものだから、ますます喜んで、中へはいっていただいたのです。が、失礼はおゆるしください。一方的なやりかたで、すみませんでしたが、わしとしては、もうすこしさきになったら、ここであなた方ときもちよく共同研究をする夢をいだいていたのです。だが、いまになって、そんな申しわけをしても何のやくにも立ちません。さあ、お願いしたことを引受けてください。わしは、部下たちにいいつけて、いままでの文化記録を大至急、あなたのところへはこびこませることにします。どうぞ、よろしく。もう時間もないのです」和尚は席から立ちあがった。
「待ってください、ガンマ和尚。あなたは、われわれが、ふたたび地球へもどれるものと思っていられるようだが、われわれはそんなことができようとは、考えられないのですがね」
「いや、機会はかならずきます。あなたがたは優秀な人たちです。あなたがたが、機会をつかまえそこなうということはないと信じます」そういったときガンマ和尚は、電気にうたれたように身体をびくっとふるわせた。かれは席をはなれた。
「わしはじぶんの部署へもどらねばなりません。では諸君の幸運と冷静と勇気とを祈りますぞ」
ガンマ和尚とその部下は、風のように、部屋から走り去った。
大団円
その直後、事態はきゅうに重大となった。アドロ星の撃ちだす破裂弾の射程が、いまやガンマ星にとどくようになったらしく、しきりに空気は震動し、本艇はゆさゆさと揺れだした。また、ときおりどこからさしこんでくるのか、目もくらむほどの閃光が頭上で光ることがあった。
テッド隊長はいそがしかった。繋留索は、はじめはとても本艇からはなすことができないほど強いもので、それをたち切ることをだんねんしていたが、テッド隊長はガンマ和尚がいったことばに希望を持ち、隊員をなおも繋留索のところへいかせて、それをたち切る作業をつづけさせた。
「サミユル先生は、どうされたろう」
テッド隊長はもう一つ気にかかっていたことを口にした。こっちから連絡にだしたロナルドとスミスが、途中でああいうことになったため、サミユル博士は待ちぼけをしているであろう。そこで無電をかけてみると、博士はついに待ちあぐねて、部下十名とともに、こっちへでかけたという。博士は、まもなく姿を見せた。息せききって、テッド隊長のところへとびこんできた。
「燃料がないのだ。すこしもないのだ。きみのところもじゅうぶんでないだろうが、できるだけわけてくれたまえ。わたしは、乗組員たちを見殺しにすることができない」
放射能物質であるその燃料は、本艇でもじゅうぶんな貯蔵がなかった。それは怪星ガンに捕獲される前後に、ひどく使いすぎてしまったからだ。といって、テッド隊は『宇宙の女王』号を救いにきたのであるから、サミユル博士のたのみに応じないわけにいかなかった。
テッド博士は、英断をくだした。
「よろしい。先生のところへ、わが貯蔵量のはんぶんをさしあげましょう。しかし大急行で、ここからはこびだすのでないと、まにあわないかもしれませんよ」
そのとおりであった。あたりの空気をやぶって、爆発音がしだいに間隔をちぢめて、どかーンどどンと、気味のわるい音をひびかせ、艇は波にもまれているようにゆれた。
「ありがとう、テッド君。わたしは感謝のことばを知らない。わたしは、わが乗組員にたいして」
「いや、先生。お礼をおっしゃるよりも、一分間でもはやく燃料をはこぶことですよ。わたしのところからも運搬作業に十名をお貸ししましょう」
「なにから何まで。……しかし、じつは脱出に成功する自信はほとんどないのだがねえ」
サミユル博士は顔を曇らせた。
「運と努力ですよ、先生。われわれは天使のようにむじゃきに、そして悪魔のごとく敏捷でなくてはならないのです。うたがいや不安や涙はいまは必要でないのです」
「そうだったね。わたしはきょうはことごとくきみから教えられた。師と弟子の立場はぎゃくになったよ」
それからテッド隊長は、『宇宙の女王』号への放射能燃料の運搬を指図した。艇からえらばれた十名の運搬者のなかに、帆村荘六と三根夫のまじっていたことをしるしておく。この両者は志願して、その運搬員にくわわったわけである。作業は、はじまった。テッド隊長の胸は、いまにもはりさけんばかりに痛んだ。師サミユル博士に報恩し、『宇宙の女王』号の乗組員たちに希望を持たせることにはなったが、しかしこの燃料運搬がおわるまでに、はたしてこのガンマ星がいままでどおり安全な状態をたもっているかどうか、それはたいへん疑わしいことであったからだ。
運搬作業のとちゅうで最悪の事態が起こったとしたらどうだろう。運搬に従事している二十名の同僚を失わなくてはならないのだ。そのなかには、愛すべき尊敬すべき十名の本艇員がいるのだ。三根夫少年もいる。帆村荘六もいる。――神よ、作業がおわるまで、かれらの身の上をまもりたまえ。サミユル博士は、驚いたことに、二十名の運搬員といっしょに、やはり燃料運搬にしたがっていた。博士の気持はよくわかる。燃料運搬作業は、その三分の一のところで中止するのやむなき事態にいたった。
それはアドロ彗星の砲撃がますますはげしくなり、ガンマ星の天蓋をぼンぼンと破壊しはじめたからであった。運搬員の頭上からは、破壊された天蓋や架橋の破片が火山弾のようにばらばらと落ちてきて、危険このうえないことになった。
サミユル博士は長大息するとともに、そのあとのことを遂にあきらめた。
「運搬はやめる。隊員はそれぞれの艇へいそいで引揚げなさい」
「先生、いま運搬をやめては、『宇宙の女王』号はよていした燃料の三分の一くらいしか持っていないことになり、長い航空にはたえませんですよ。もっとがんばりましょう」
「ぼくも、やりますよ。まだ、大丈夫、やれますよ」
と帆村と三根夫とは、左右からサミユル博士を激励した。
「そういってくれるのはありがたい。が、わたしはいまやじぶんの運命にしたがうのです。運搬作業は、とりやめにします。あなたがた、はやくテッド君のところへ引揚げてください。そしてテッド君に、わたしが心から大きな感謝をささげていたと伝えてください」
博士の決意は、もうびくともゆるがなかった。そこで帆村たちも博士のことばにしたがって、本艇へ引揚げていった。これがおたがいの顔の見おさめだろうと両艇員は別れ去るのがとてもつらかった。
なにごとも運命であったろう。帆村たち十名が本艇へたどりついて、テッド隊長に報告をはじめ、それがまだおわらないうちに、とつぜん千載一遇の機会がやってきた。
猛烈な砲撃が天蓋にくわえられたけっか、ぽっかり穴があいたのである。暗黒な空が見えた。
「今だッ」
出航! テッド隊長は、出航命令をくだした。操縦員たちは極度に緊張した。
艇の繋索はたたれた。そして針路は、吹きとばされた天蓋のあとへ向けられた。
大危険である。砲撃はつづいているのだ。すこし間隔はおいてあるが、猛烈に撃ってくる。天蓋や構築物の破片や、砲弾そのものまでが頭上からばらばら落ちてくる。もしその一つが本艇の要所にあたれば、本艇は即時に飛ぶ力をうしなって、あわれな巨大な墓場と化さなくてはならない。
しかしそれをおそれていられないのだ。脱出はいまをおいてほかにないのだ。
全速前進! 僚艇に注意! テッド隊長以下の艇員は、ものすごい初速と加速度にたいして、歯をくいしばってたえていた。気が遠くなる。頭が割れるようだ。脱出に成功した。
脱出したというよりも、空間にほうりだされたといったほうが、その感じがでる。なにしろ一瞬のできごとだった。そしてそのあと、艇員たちは数十分間にわたって失心していた。やっと、ぼつぼつ気がついた者がでてきて、それから同僚を介抱した。しばらくは、何がどうなっているのやら、さっぱりわからなかった。やがて、思いがけない快報がもたらされた。それはほかでもない。今、本艇がただよっている位置から二百万キロばかりのところに、なつかしい地球の姿が見えるというのであった。艇員は喜びに気が変になりそうになった。
「もうひととびで、地球へもどれるんだ」ああ、意外にも、ガンマ星から脱出したところは、地球に間近いところであったのだ。燃料の心配も、いまはもうなかった。
艇員は、気がついて、ガンマ星とアドロ彗星の姿を天空にもとめた。ところが、ふしぎなことに、それらしいものは何にも見えなかった。どうしたのであろうか。テッド隊の宇宙艇九隻のうち、七隻はぶじに地球へ着陸した。他の二隻は、おしいことに脱出に失敗したらしい。
サミユル博士の『宇宙の女王』号もぶじアメリカに着陸した。博士をはじめ乗組員はすくない燃料にあきらめの心を持っていたが、脱出してみると、地球は意外の近くにあったため、帰着するまでにそれだけの燃料でじゅうぶんありあまったのである。テッド隊は、ついに救助の任務をはたして、全世界かち隊員全部が大賞讃をうけた。三根夫少年は、なかでも大人気で、新聞社や放送局からひっぱりだこのありさまだった。かれはいつも少年らしいむじゃきな話ぶりをもって、怪星ガン――じつはガンマ星のことや、ふしぎなガン人種のことについて、全国の少年少女たちに物語るのであった。
ただざんねんなのは、ガンマ和尚が、あれほど熱心に希望したガン星文化の資料が、本艇へとどけられないうちに、本艇はガン星からとびだしてしまったことだ。テッド博士はざんねんがっている。そしておなじ志のポオ助教授と帆村荘六とが、いまは博士の下で、『ガン星およびガン人の研究』という論文をつくっているという話だ。最後に、地球から見たガン星の最後について、一言のべておこう。天文台は急速にちかづく彗星を発見して、ただちに全世界の天文台へ通報した。
この彗星の速度は、じゅうらいの彗星よりもはなはだ速く、そしてその翌日には、あっというまに、地球と火星の間を抜けて飛び去った。それは深夜のことだったが、通過のさいは、約三時間にわたり、まるで白昼のように明かるかったという。そしてその彗星は、ひとつのものと思われ、テッド隊員がしきりに知りたがっているようなガン星の姿はぜんぜんみとめられなかったという。それから考えると、おそらくもうそのときまでに、ガン星はアドロ彗星の腹中へおさまっていたのであろう。ガンマ和尚やハイロ君の運命については、もちろんなにも知られていない。
宇宙は広大であり、古今は長い。そして地球人類の科学知識はあまりにもうすく、そしてせまい。われらは、自然科学について知ること、あたかも盲人が巨象の片脚の爪にさわったよりも知ることがすくないのだ。われわれは、いそいで勉強しなくてはならぬ。それは地球人類のゆるぎなき幸福のために、ぜひひつようなのである。
●表記について
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