すごい動力室
ハイロは笑って、
「それでは、これをたべなさい」と、青い飴玉のようなものを二つ、三根夫の手のひらにのせてくれた。
「これは、なあに」
「くたびれが、一ぺんにとれる薬です」
「それはありがたい。しかしこんなものを頭からすっぽりかぶっているから、たべられやしない。どうしたらいいかしらん」
「ははあン。それなら、わしの身体のかげで、そのかぶりものをぬいで、大急ぎでたべなさい」
「なるほど。それじゃあ頼みますよ」
三根夫は、ハイロのかげでガン人のお面を脱いだ。せいせいした。青い玉二つを口の中へほうりこみ、それからついでにと思って、お弁当に持ってきたパンをむしゃむしゃ。それから水をがぶがぶ。そして目を白黒しながら大急ぎで、お面をもとのようにすっぽり頭からかぶった。
「三根夫さん。どうです。身体が軽くなったでしょう」
「ああ、ほんとだ。さっきのくたびれが、どこかへいってしまった。よくきく薬だね」
三根夫は元気をとりもどして、ハイロについて名所見物をつづけた。
「もう一階下にあるところは、この国で一番重要な所なんです。ちょっと見るだけで、がまんしてください。何しろ監視の目が多くて、ひどく光っていますからね」
「そこは、何をするところなの、この国の」
「動力室です。つまりこの国を動かしているあらゆる力を発生するところです。操縦室もあります」
なるほど、これは重要な場所だ。ふたりは、一階下へおりたが、まちがってこの階へおりたようなそぶりを見せ、五分ばかりでそこを引きあげ、上の階へもどった。
しかし三根夫は、その短かい時間に、はっきり見た。すごいエンジンがずらりとならんで、ごうごうと動いていたことを、また一段高いところに、透明なガラス張りのような台があって、そこにはものものしい作業衣に身をかためたガン人が二十人ほど、複雑な機械の山のようななかにそれぞれの部署について、しきりに手をふり、身体を起こして機械を調整していた。そこが怪星ガンの操縦室にちがいなかった。なにしろすごい動力室であった。科学と技術の粋をあつめた大殿堂とでも、いいたいほどの大壮観であった。
「さっき見た大きなエンジンは、何を原動力にしているの」三根夫はハイロにたずねた。
「いまのところ、旧式だけれど原子力エンジンを使っていますがね。そのうちに、もっと能率のよいものに改造する計画があるんですって」
「へえ、原子力エンジンは旧式だというの」
「あれは消極的であるから、能率がよくないし、大きな装置がいる割合いに、動力があまりでてこないといっていますよ」
「そうかなあ。原子力エンジンといえば、すばらしい動力をだすものだがなあ」
「この国の技術は、循環性の強力なエンジンを設計するといっているんです。つまり、だしたものを、またもとへ入れて、まただすという仕掛けですよ。そうなれば、いままでのように原料を使いすてるというやり方は、損だといっています」
ハイロは、エンジンのことについても、そうとうの知識を持っているようだ。
「ハイロ君。この国は宇宙のなかを運行していくがその力はやっぱりあの動力室からでているの」
「そうですとも。この国は、恒星や遊星などとちがって、われわれの手でつくったものですからねえ。宇宙を旅するには、もちろん動力がいるわけです。ですからあの動力室は、この国にとってはひじょうに大切なんです」
動力室が非常に大切なものであることは、よくわかった。怪星ガンの大きさから考えて、こんな大きな物体が、宇宙のなかを快速力でとんでいくには、毎秒たいへんな動力をださなくてはならないであろう。地球人類の頭脳と科学力とでは、とてもやれないことだ。三根夫は、怪星ガン人の智能の深さと大いさに、いまさらながらおどろかされた。
(このようなガン人に打ちかって、われわれテッド隊員が、うまく怪星ガンから脱出することがはたしてできるであろうか)それを考えると、三根夫は気がめいってきた。
問題の天蓋
三根夫が、へんな顔をして、ふさぎこんでしまったので、ハイロは心配して、声をかけた。
「誰でも、動力室を見ると、気がふさぐものです。それは、もし動力室がこわれたら、われわれはどうなるかなあという不安が、誰の心にも起こるからです。まあ心配しないほうがいいですよ。この国にも、そのほうの専門家がたくさんいるんだから、動力室のことはその人たちにまかせておくことですよ。そしてわれわれは、もっと楽しいことばかり考えるのがいいんです」
そういうところを見ると、ハイロもやっぱり動力室見学は、愉快なことではないらしい。
「ハイロ君のいうとおりだ。はやくここをでて、もっと愉快なところを見物させてくれたまえ」
「さあ、愉快なところというと、どこにしましょうか。映画見物か、それとも音楽会へいってみますか」
「いやいや、そんなところは、いつでも入場できる。きょうは、めったに見られないところを見物したいのだよ」
「それでは、どこがいいでしょうね」
「そうだ。ずんずん上へあがって、この国の一番外側へでて見たいね。さあ、そこへつれていってくれたまえ」
「うーん。それは……それはちょっと厄介だなあ」ハイロは、困ったという顔をした。しかし三根夫としては、怪星ガンの一番外側へでて、そこがどんなになっているかを見てくることが、予定のなかにはいっていた。なんとしても、それを知る必要がある。
「だって、ぼくはぜひ見物したいのだもの。ねえ、ハイロ君。ぜひつれていってよ。はじめのやくそくで、どこにでも案内してくれるはずだったね」
「でも、あそこへいけば、かならずつかまって、取調べをうけるにきまっているんですからねえ、そうすると、化けの皮がはがれますから、えらいことになりますよ」
「ここに南京ねずみが十ぴき、そっくりそのままになっているから、これを使用すればいいさ。さあ、つれていってよ」
「天蓋見物は、よしたほうが安全なんですがねえ」
「テンガイだって。それは、どこのこと」
「つまり、天蓋ですよ。空よりもずっと上にあって、この国を包んでいるものですよ。その内側には空気がありますが、外側には空気がないんですよ。つまり天蓋が、境になっているんです」
「見たいね。そういう話をきくと、よけいに見たくなる。さあハイロ君。天蓋見物にすぐでかけようよ、ね」三根夫の熱心にまけて、ハイロはついにしょうちをした。ふたりはもとのにぎやかな町へでた。その町をどんどん通り越して、町はずれといったところへでると、一つの妙な建物があった。それはかさが開いた松茸みたいな建物だった。もっとも屋上はたいらであった。
その屋上へでると、そこにはかわいいヘリコプターがあった。腰かけに、小型のヘリコプターを仕掛けたようなものであった。これに腰をかけ、肘かけのところにあるいくつかの操縦釦をおせば、空中を自由自在にかけまわれるのだった。
ハイロは、ヘリコプターを二台借りた。もちろんその一台には三根夫をすわらせ、バンドでしばりつけた。ハイロはじぶんの身体にも、もう一台のほうをしばりつけ、かんたんな操縦法を教えた。
「こうすれば、立っていることもできるんですよ」
腰をかける座席のところをはずすと、そのまま立っていられた。着陸のときは、こうして立ったままおりるとぐあいがいいそうだ。
「さあ、のぼりましょう。ちょっと高いですから、目をまわさないように、わたしについていらっしゃい」そういってハイロがとび立った。そこで三根夫もつづいて操縦釦をおした。
「あ、これは愉快だ」身体がきゅうに軽くなった。すーッと空中へとびあがっている。頭の上と座席のうしろとにプロペラがまわっているが、あまり大きな音がしない。ぐんぐんのぼっていった。三根夫の感じで五千メートルぐらいのぼったとき、ハイロが横へきて、上を指した。
「ほら天蓋が見えるでしょう。格子の目のようになっていて、その上に何かのっているのが見えませんか」
「ああ、見える。なるほど、あれが天蓋か」
とうとう問題の天蓋のそばまできた。天蓋の構造がよくわかっていないと、とても脱出計画は成功しないのだ。三根夫は緊張の極、身体がぶるぶるふるえだした。
巨大なる天蓋
三根夫の胸は、はげしくおどった。見える! 頭上、手のとどきそうなところに、謎の構造をもった天蓋の、その裏側が見えるのだ。
はるかに下の町から仰いだところでは、天蓋は、灰色または青色の布を張ったように見えていたが、こうして近くにきて観察すると、そんなやすっぽいものではなかった。それはすこぶる大きな軽金属製、あるいは樹脂製と見えるだだっ広い天井が、はてしも知れずひろがり続いているのだった。それはたいへんしっかりしたものに見えた。
その天井の下には、やはりおなじ色の吊り橋が、網の目のように、縦横にとりつけられ、どこまでものびていった。吊り橋は、天井から十メートルほど下にあり、パイプを組立てたような構造ではあったが、なかなかの偉観であった。しかもこの吊り橋を、天井の偉大さにくらべると、まるで講堂の天井に、小さい蜘蛛の巣がかかっているほどにしか見えなかった。
「三根夫さん。もうちょっと向うへいったところで、あの吊り橋へ下りましょう。ゆっくり飛んで、ついていらっしゃい」
案内者のハイロが、ひとり乗りの豆ヘリコプターを三根夫のそばへ近づけて、そういった。
「ハイロ君。あの天蓋を外へぬけられないのかね。ぼくは、天蓋の外へでてみたいんだがね」
それは三根夫がじぶんの使命をはたすために、ぜひそうしなくてはならないことだった。
「それは、吊り橋へ着いてからあとのことにしてください。誰にも知られないで、あの吊り橋へあがることは、ひと苦労なんですからね。とにかく、わしのするとおりに、ばんじをやってください」
「さあ、速度をおとして……」そういってハイロは、きりきりと上へのぼっていった。
いよいよ天井は近くなった。吊り橋にヘリコプターのプロペラがぶつかりそうだ。ハイロは、巧妙に飛んでいる。三根夫は、そのとき、一つの発見をした。
「ははあ、あれが桟橋だな」
それは二、三十メートル前方に見えてきた環状になっている吊り橋だった。そこには、四方からのびてきた吊り橋が、丸い環状の吊り橋をささえているのだった。どうもその環状になった穴のところへ、下からヘリコプターがのぼってはいるのではないかと思った。
まさに、そのとおりだった。ハイロはうしろへふりかえって、三根夫に合図をすると、ずうッとその環のなかへはいってのぼっていった。三根夫が見ていると、ハイロのヘリコプターは、うまく吊り橋にとりついたようであった。そこでかれもまねをして、そちらへ近づいていった。
環状の吊り橋は、かなり大きいものであって、こんな豆ヘリコプターなら、同時に四、五十台が、はいれそうであった。それをくぐって、のぼっていくと、吊り橋の内側が、こういうヘリコプターがちょこんと乗るのにつごうがいいように、桟橋になっていた。ハイロの指図により三根夫は、ハイロのヘリコプターのすぐとなりに着橋した。そしてハイロに手つだってもらって、ヘリコプターにしばりつけていたバンドを解き、身体の自由をとりもどし、はじめて吊り橋の上に立った。三根夫は、うっかり下を見た。
「うわッ。目がくらむ」
ふらふらとして、らんかんにしがみついた。
「あ、注意をしてくださいよ。下へ落ちると、死にますよ。そして化けの皮がやぶれて、わしは陰謀加担者として罰せられますからね。さあ、手をとってあげます。下を見ないで、上のほうばかり見ているのです。こっちへいらっしゃい」
と、ハイロは三根夫の手をひっぱった。
「待ってくれたまえ。大事な品物を、ここへおいていってはたいへんだ」
三根夫は、さっき目がまわったときに思わず下においた秘密のカメラと録音機のはいっている四角い箱包みを、いそいで手につかんで、腋の下にかかえこんだ。
ハイロは、前後へ気をくばりながら三根夫の手をとって、環状橋の上を進む。
三根夫のほうは、注意をこの吊り橋と天井の構造にすっかり気をうばわれてそのほうへきょろきょろといそがしく目を走らせている。
(あッ、あそこに階段がある。やっぱりそうだ。あの階段をのぼると、天蓋の外へでられるんだな)
構築物は、みんなおなじ色をして、おなじ明かるさに照らされているので、よほどそばまでいかないと、階段や曲がり角や広間があることがわからない。なるほど、これでは下界から見あげても、天井や吊り橋などが見わけられないはずだ。
「ハイロ君。はやくあの階段をのぼろうじゃないか」と、三根夫はずんずんと足を早めた。
「あ、お待ちなさい。これから先が危険なんですよ。あの階段の下までいったあとは、ぜったいに、声をださないこと、それから足音をできるだけたてないこと、だまって上まであがり、それから一分間外を見てそれからまただまっておりてくるのですよ。いいですか」
「わかったよ、ハイロ君」
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