您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 海野 十三 >> 正文

怪星ガン(かいせいガン)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 11:00:22  点击:  切换到繁體中文

底本: 海野十三全集 第13巻 少年探偵長
出版社: 三一書房
初版発行日: 1992(平成4)年2月29日
入力に使用: 1992(平成4)年2月29日第1版第1刷

 

 臨時放送だ!


「テレ・ラジオの臨時ニュース放送ですよ、おじさん」
 矢木三根夫やぎみねおは、伯父おじの書斎の扉をたたいて、伯父の注意をうながした。
 いましがた三根夫少年は、ひとりで事務室にいた。そしてニュースの切りぬきを整理していたのだ。すると、とつぜんあの急調子の予告音楽を耳にしたのだ。
(あッ、臨時放送がはじまる。何ごとだろうか)と、三根夫は椅子からとびあがって、テレ・ラジオのほうを見た。その予告音楽は、そこから流れでていたし、またその上の映写幕には目にうったえて臨時放送のやがてはじまるのを、赤とあいとのだんだら渦巻でもって知らせていた。
 テレ・ラジオというのは、ラジオ受信機とテレビジョン受影機じゅえいきがいっしょになっている器械のことだ。みなさんはすでに知っておられることと思うが。……
(臨時放送は、まもなくはじまる。そうだ、すぐおじさんに知らせておかなくては。……あとで「なぜそんな重大なことをおしえなかったのか」などといって目をむくおじさんだから、知らせておいたほうがいい)
 三根夫は、事務室をとびだすと、廊下を全速力で走って、いまものべたように、伯父の書斎までかけつけると、扉をどんどんたたいたのである。
 なかから、大人の声が聞こえた。
「臨時ニュースの放送か。よしわかった。……鍵はかかっていないよ。こっちへはいってミネ君も聞くがいい」
 伯父は三根夫のことを、いつもミネ君と呼んでいる。探偵を仕事としている伯父のことだから、なかなか気むずかしいこともあるが、ほんとはやさしい伯父なのである。
 三根夫は扉をあけて、書斎にはいった。
 伯父の帆村荘六ほむらそうろくは、寝衣ねまきのうえにガウンをひっかけたままで、暗号解読器をしきりにまわして目を光らせていた。このようすから察すると、伯父は夜中にとび起きて、なにかの暗号をときにかかったまま、朝をむかえたものらしい。
 伯父の頭髪はくしゃくしゃで、長い毛がひたいにぶらさがって目をふさぎそうだ。卵形をしたりっぱな伯父の顔は、たいへん色が悪く目ははれぼったい。三根夫は伯父に同情し、そしてまた仕事に熱心すぎる伯父の健康についてしんぱいになった。三根夫がはいっていっても、伯父はちらりと、ひと目だけおいを見ただけで、あとはふりむいても見ず、声をかけようともせず、ますますいそがしそうに暗号解読器をまわしつづけているのだった。
 そのとき、臨時放送がはじまった。
 アナウンサー田村君の声が、いつになくきんきんとするどく響く。――
「お待たせしました。臨時ニュースを申しあげます――」
 すみの三角だなのうえにおいてあるテレ・ラジオがしゃべりだす。その器械のまん中にはまっている映写幕には、アナウンサー田村君のきんちょうした顔がうつっている。
「――地球連合通信。九時五分発表。
 サミユル博士以下六十名の搭乗しております宇宙艇『宇宙の女王クィーン』号が遭難したもようであります。
 その遭難地点は、地球より約四千万キロメートルのところと思われます。
『宇宙の女王』号が金星探検のために宇宙旅行をつづけていたことは、みなさんよくごぞんじの通りであります。
 地球時間の本日七時五十五分に『宇宙の女王』号は謎の文句をのせた無電を放送いたしました。その文句は、
『……航行不能におちいった、どこの故障なるや解くことをえず。艇および艇内気温異様に急上昇す、室温摂氏三十五度なり。乗員裸となる。二等運転士佐伯さえき、怪星を前方に発見す、太陽系遊星にあらず、彗星にあらず、軌道法則にしたがわずふしんなり。ただいま突然、怪星怪光をあげて輝き、にわかにわれに接近す。われいまや怪星かいせいガン』
 電文はここで切れております。
 それいらい『宇宙の女王』号よりの無電連絡はとだえておりまして、すでに一時間余を経過しており、同号の安否はすこぶる憂慮ゆうりょされております。
 同号は、非常のときに五種の救難信号を発するように設備せられていますが、いままでにその一つもつかまらないのであります。それから推察して、『宇宙の女王』号は、まえに読みました謎の無電の停止した直後に、おそるべき破壊または爆発をとげたものではないかと思われます。
 なお、遭難地点にちかき空間を航行ちゅうの宇宙艇にたいし、救難のためその地点へ急行するよういらいをしましたが、調査によれば約三隻あり、そのもっとも近きものは、現場より千三百万キロメートルをへだてた空間にある宇宙採取艇さいしゅていギンネコ号であります。
 以上がただいまお知らせすることの全部でありますが、十時の定時ニュースのときに、ついか放送することがあるはずでございます。
 サミユル博士の『宇宙の女王』号遭難説に関する臨時ニュース放送をおわります」


   国際電話で


 臨時ニュースを聞きおわって、三根夫は、すがりつくように伯父のほうへ目を向けた。
 すると帆村は、いつのまにか暗号器からはなれていて、小さな腰掛のうえに腰をおろして足を組み、膝のうえにメモをひらいて、鉛筆をにぎっていた。三根夫が見たとき、帆村はメモのうえに書きつけた速記文字を熱心に見入っていた。
「おじさん。たいへんなことがおきたものですね」
 すると帆村は無言のままメモを持って立ちあがり、しずかに事務机のうえにおいた。このとき帆村の唇が、ぎゅっとへの字にまがった。それはこの名探偵が、何かある重大なる手がかりをつかんだときにするくせだった。
「おじさん。どうしたんですか」
 三根夫は、伯父からしかられるだろうと思いながらも、そういって聞かずにはいられなかった。
「うん。これはまさに重大事件だ。わら小屋の一隅いちぐうに、マッチの火がうつされて、めらめら燃えあがったようなものだ。見ていてごらん。いまに世界じゅうをあげてさわぎだすようになるだろう」
「いまではもう世界的事件になっているではありませんか。臨時ニュースで放送されるくらいですもの」
「いや、それでもいまは、まだマッチの火がわらたばにうつったくらいだ。やがで世界じゅうの人々が火だるまになってわら小屋からとびだしてくるだろう。――おや、おや、僕はとんでもない予言をしてしまったね。予言することは、このおじさんはほんとは大きらいなんだが……」
 そのとおりであった。伯父は、事件の捜査にあたって、いろいろな証言や証拠品がそろって、もうだれにも「かれが犯人だ」といえるようになっても、伯父はけっしてそれを、ひとにいわないのだった。また次の日、犯人がある場所へあらわれることを知っていても、それをけっしていわない人だった。そういうときは、伯父はその日になってその場所へいって待っている。そして犯人がほんとに姿をあらわしたときに、伯父ははじめて「そうだ。そうこなくてはならなかったのだ」と一言つぶやくのがれいだった。
 だから伯父帆村荘六が、いままでになく『宇宙の女王クィーン』号の遭難事件が、やがて全世界の人々をすっかりおびやかすほどの大事件にまで発展することを予言したのは、伯父がこの事件について、よほどおどろいたせいなのであろう。
 いや、さもなければ、伯父はなにかこういう事件の発生を待ちかまえていたところだったので、臨時ニュースを聞いているうちに、それだと知ってきゅうにおどろいたのかも知れない。伯父がメモに取った速記は、いまの臨時ニュースの全文のうつしなのであろう――と、三根夫は思った。
「世界じゅうの人々がさわぎだす事件て、それはいったいどんなことが起こるんですか」
「さあ、それはしばらくようすを見まもっているしかないね」
 このときはやくも伯父は、いつもの慎重な探偵の態度にもどってしまった。
 そのときであった。けたたましい呼出し音響おんきょうとともに外から電話がかかってきた。
「お、きたようだ」
 帆村は、かれにしか意味のわからないことをつぶやいて、電話機のほうへ足早にいった。
 かれがスイッチを入れたのは、国際電話の器械のほうだった。やはりテレビジョンがついていて、電話をかけてくる相手の顔が映写幕にうつる方式の電話機だった。
 映写幕のなかに、血色のいいアメリカ人の顔がうつった。顔の背景に、宇宙図が見えていた。
「やあ、ミスター・ホムラ。ぼくはきみを引っ張りだす役目をおおせつかったのだ。うちの社できみを雇って、出張してもらおうというんだがね、行先は宇宙のまっ只中だ。聞いたろう、さっきの臨時ニュース放送を……」
 ぶっきら棒に、さっそく用件を切りだしたそのアメリカ人は、ニューヨーク・ガゼット新聞の社会部記者として名の高いカークハム氏だった。そして彼カークハム氏は、これまで二、三の事件を通じて帆村荘六と知合いなのであった。
「だしぬけにぼくを引っ張りだして、どういう仕事をやれというのかね、カークハム君」
 そういう帆村の声は、いつもの落ちついたしずかな調子であった。
「明朝はやく、こっちから『宇宙の女王』号の救援艇が十せき出発する。その一つにきみは乗るんだ。もう救援隊長テッド博士の了解をえてあるが、きみは『宇宙の女王』号の捜査にしたがうんだ。そして記事を全部わが社へ送ってくれるんだ。わが社は、それを新聞、ラジオ、テレビジョンを通じて特約報道としてアメリカはもちろん全世界にまき散らすんだ。――もちろんきみは引きうけてくれるね」
「その他に条件はあるのかね」
「ない。それよりはきみのほうの条件を聞かしてくれ」
「条件は別にないよ――おッと、ちょっと待ってくれ、カークハム君」
 帆村は送話口そうわぐちでしゃべるのをちょっと中止して、横へ首をのばした。そこには三根夫がいて、しきりにじぶんの鼻を指さしていた。
「ゆきたいのか。……ふーん。しかしひどい目にあって泣きだしても知らないよ。大丈夫か。きっとだね」
 帆村は小声の早口でおいとはなしてから、ふたたび映写幕のなかのカークハム氏と向きあった。
「条件はただ一つ。ぼくの甥の矢木三根夫という少年をぼくの助手として連れていくこと。いいだろうか」
「オーケー。では契約したよ」
 カークハム氏はにっこり笑った。
「救援艇の出発一時間まえまでに、社へぼくをたずねてきてくれたまえ。それまでにこっちはいっさいの準備と手続きをしておく」


   三根夫の買物


 えらいことになった。
 きゅうに話がきまって、アメリカへ飛ぶことになった。――いや、アメリカどころか、何千万キロ先のひろびろとした宇宙のまっ只中ただなかめがけて旅立つのだ。
 帆村荘六は、三根夫に、あと三時間の自由行動をゆるした。そして本日十三時に東京発の成層圏航空株式会社の『真珠姫しんじゅひめ』号に乗りこんでニューヨークへたつこととなった。それに乗れば目的地へ五時間でつく。
 三根夫は、すっかりうれしくなり、顔をまっ赤にほてらせたまま、往来おうらいへとびだした。この三時間に、かれは宇宙旅行の準備をととのえるつもりだった。必要だと思ういろいろな品物を買いそろえなくてはならない。
 それから、いとまごいをしておきたい先生や友だちも四、五人あったが、それを全部まわる時間はないかもしれない。テレビ電話をかけて、それでまにあわせることにするか。
 いとまごいをするのは、それだけだ。三根夫には両親も兄弟もない。兄弟は、はじめからない。両親は、はやくにくなった。だから、一番近いみよりといえば、帆村伯父だけであった。
「さあ、なにを買って、持っていこうかなあ」
 三根夫は商店街を歩きまわった。そしてぜひ必要だと思うものを買い歩いた。
 たとえばかれは十冊ぞろいの名作小説文庫を買った。また愛曲集と画集を買った。それから工学講義録二十四冊ぞろいも買った。これらは艇内にとじこめられて、たいくつな永い旅行をつづけるあいだに、たのしんだり、勉強をするためだった。
 受信機や万年筆や手帳やトランプやピンポン用具などは、買いかけたが、やめにした。こんなものは艇内にそなえつけてあるだろう。
 薬品を買うひつようはないであろう。
 服装に関するものもないだろう。靴なんかのはきものもいらないであろう。艇内には、そういうものを作ってくれる裁縫師さいほうしや靴屋さんがいるであろうから。
 だんだん考えていくと、ぜひ買っていかねばならぬ品物があまりないことに気がついた。
 もう家へかえろうかなと思った三根夫は、最後に、とうぶん銀座街ともお別れだと思い、そこを歩いた。
 昔ながらの露店ろてんが、いろいろなこまかいものをならべて、にぎやかに店をひらいていた。それをいちいちのぞきこんでゆくうちに、三根夫は、ある店に、小さな娘の人形が、オルゴールのはいった小箱のうえで、オルゴールの奏楽そうがくとともにおもしろくおどる玩具おもちゃを、一つ買った。かれはオルゴール音楽がたいへん好きだったのである。
 それからしばらくいった先の店で、かれは一ちょうの丈夫なパチンコを買った。さらにその先の店で、硝子ガラスのはまった木箱のなかで、じぶんの身体よりもずっと大きい車をくるくるまわしつづけるかわいい白鼠しろねずみを買った。それは三つの車がついている一番いい白鼠の小屋に、白鼠を七ひきつけて買った。
 オルゴール人形、パチンコ、車廻しの白鼠の小屋――なんだかあまりひつようのように見えないへんな買物であるが、とにかくときのはずみで三根夫はそれを買ってしまったのである。いわば、よけいなフロクの買物であった。
 しかしこのフロクの買物が、やがて三根夫にとって、思いがけないたいへんな役目をつとめてくれることになろうとは、さすがに気がつかなかった。
 三根夫がかえってみると、伯父の帆村はやっぱり寝衣ねまきのうえにガウンをひっかけたまま、暗号器を廻しつづけていた。別になんの出発準備をすすめているようすもない。
 が、帆村は、三根夫がその部屋へはいっていったとき、
「やれやれ、間にあったぞ」
 ひとり言をいって、暗号器から一枚の紙をぬきだしてほっと一息つくと、その紙片しへんを八つに折りたたんで、革製の名刺入れのなかにつっこんだ。
「さあ、でかけよう」
 伯父は寝衣をぬいで、外出用の服に着かえた。たった一分しか、かからない。それから机の上の雑品をあつめてポケットへつっこんだ。それから戸棚とだなから一個のトランクをだして、手にさげた。
「ミネ君。でかけるが、きみの準備はいいかい」
「待ってください、伯父さん。ぼくはこれから荷造にづくりをするのです」
「おやおや、そうかい。……でもまだ三十分時間があるね」


   救援艇の出発


 ニューヨークのエフ十四号飛行場から、十台の救援ロケット艇がとびだしたときの壮烈なる光景は、これを見送った人びとはもちろん、全世界の人びとにふかい感動をあたえた。
 帆村荘六と、甥の三根夫少年は、テッド隊長の乗っている一号艇に乗組んだ。
 各艇とも、乗員は三十名であった。
 遭難をつたえられるサミユル博士搭乗の『宇宙の女王クィーン』号にくらべると、搭乗人員ははんぶんであるが、そのかわりこの救援ロケット艇は、最新型の原子エンジンを使っているので、ひじょうなスピードをだすし、またその航続距離にいたっては十億キロメートルを越すだろうとさえいわれる。
 うつくしい流線形をした巨体。後部には、じくに平行に十六本の噴気管がうしろへ向かって開いている。
 頭部の一番先のところが半球形の透明壁とうめいへきになっていて、その中に操縦室がある。その広さは十畳敷ぐらいあるというから、このロケット艇はかなりの巨体であることがわかろう。
 出発のときは、胴体から引込ひきこみ式の三きゃくをくりだして、これによって滑走かっそうした。そのとき、やはり胴体から水平翼すいへいよく舵器だきが引き出されて、ふつうの飛行機とどうように地上を滑走した。
 もちろんプロペラはないから、尾部びぶからはきだす噴気ふんきの反動によって前進滑走した。そしてある十分なスピードにたっしたとき、艇は空中に浮かびあがり、それから、足と翼と舵器とをそろそろ胴体のなかにしまいこむ。
 一等むずかしい仕事は、スピードをだんだんあげていくその調子であった。スピードをそろそろあげていたのでは、目的地へたっするのにたいへん年月がかかって、搭乗員とうじょういんはみんな老人となり、ついにはみんな死んでしまわなくてはならない。
 そうかといって、あまりスピードをあげる割合いを――このことを『加速度のあげ方』ともいう――その割合いをきゅうにすると、搭乗員の内臓によくないことが起こる。ことに脳がおしつけられてしまって、気が遠くなったり、仮死かしの状態となり、はげしいときにはそのままほんとうに死んでしまう。そういうことがあるから、あまり加速度をきゅうにあげることもできないのであった。
 つまり、その中間の、ほどよい、そして能率のよいスピードのあげ方というものがある。それをまちがいなく正しく調整していくことが操縦員にとってまず第一番のたいせつな仕事であった。
「ああ、なんという壮烈なことだ。どうかこの十台の救援艇が、無事にもどってきてくれますように」
 そういって、ひそかに神に祈りをあげる老紳士もいた。
「うまくいくだろうか。三十名十台だから、総員三百名だ。このうち何人が生きて帰ってくるだろうか」
 心配する飛行家もいた。
「ああ、いさましい。あたしはなぜいっしょにゆけなかったんでしょう。エイリーンさん、アネットさん、ペテーさんはいってしまった。あたし、うらやましい」
 ハンカチーフをふりながら、残念がるお嬢さんもいた。婦人の搭乗者もあると見える。
「どうかなあ。この救援は成功しまいとおもうよ。第一、宇宙はあまりに広いんだ。……それにね、去年の春あたりからこっちへ、ひんぴんとして行方不明の宇宙艇があるじゃないか。わしのにらんだところによると、宇宙のどこかに、兇悪きょうあくな宇宙の猛獣とでもいうべき奴がひそんでいて、みんなそれに喰われてしまうんだどおもうよ」
 禿げ頭のスミス老人が杖をふりまわしながら、花束を持った四、五人の老婦人を相手にしゃべっている。
「まあ、宇宙の猛獣ですって。またスミスさんのホラ話がはじまったよ」
「なにがホラ話なもんか。わしはきのう、その宇宙の猛獣をつかう恐ろしい顔をした猛獣使いを見つけたんだ。わしは相手に知られないように、こっそりと、その恐ろしい奴のあとをつけていったが――ややッ」
 スミス老人は、きゅうに話を切って、おどろきの声をあげた。そのときそばを、顔を緑色のスカーフでぐるぐる巻きにした目のすごい怪しい男が、松葉杖にすがりながら、通りすぎた。


   自称じしょう金鉱主きんこうぬし


 スミス老人は、おしゃべりを忘れてしまったかのように、口をつぐんだ。そして肩をすぼめてあごひげを小さくふるわせている。老人の顔色はをうしなっている。
 そのまわりにいた老婦人たちも、スミス老人のただならぬようすに気がついた。そしてスミス老人がぶるぶるふるえだしたわけを、それとさっして、これまた顔色が紙のように白くなり、ひざのあたりががくがくとふるえだして、とめようとしても、とまらなかった。花束までが、こまかくふるえていた。
 ずいぶん永い時間、みんなは息をとめていたような気がした。しかしじっさいは、たった二分間ほどだった。その間に、れいの緑色のスカーフで顔をつつんだ松葉杖の男は、人ごみの中にかくれてしまった。
「スミスのおじいさん、いまここを通っていったのが、そうなんですかね」
 ケート夫人が、さいしょに口をきった。くだもの店をもっているしっかり者と評判の夫人だった。
「しいッ。あまり大きな声をださんで……」
 とスミス老人は大きな目をひらいて言った。
「……わしの言ったことはうそじゃなかろうがな。だれでもひと目見りゃわかる。あのとおりあやしい男じゃ」
「やっぱり、そうなの? あのスカーフの下にどんなこわい顔がかくれているんでしょうね」
「おじいさん。あれが、さっきおじいさんがいった宇宙の猛獣使いなの?」
「そうじゃ。この間から、彼奴きゃつがこのへんをうろうろしてやがるのじゃ。ひとの家の窓をのぞきこんだり、用もないのに飛行場のまわりを歩きまわったり、あやしい奴じゃ」
「なぜ、あの人が宇宙の猛獣使いなの。宇宙の猛獣て、どんなけだものなんですの」
「宇宙の猛獣を知らんのかな。アフリカの密林ジャングルのなかにライオンやひょうなどの猛獣がすんでいて、人や弱い動物を食い殺すことはごぞんじじゃろう。それとおなじように、宇宙にはおそろしい猛獣がすんでいるのじゃ。頭が八つある大きな蛇、首が何万マイル先へとどくりゅう、そのほか人間が想像もしたことのないような珍獣奇獣猛獣のたぐいがあっちこっちにかくれ住んでいて、宇宙をとんでゆく旅行者を見かけると、とびついてくるのじゃ」
「おじいさん。それはほんとうのこと。それとも伝説ですか」
「伝説は、ばかにならない。そればかりか、あのあやしい男はな、わしがこっそりと見ていると、ひそかに宇宙を見あげて、手をふったり首をふったりしておった。そうするとな、星がぴかりと尾をひいて、西の地平線へ向けて、雨のようにおっこった。だから彼奴は、宇宙の猛獣使いにちがいないんじゃ」
「ほほほ。やっぱりスミスおじいさんのほら話に、あんたたちは乗ってしまったようね」
「おじいさんは、話がおじょうずですからねえ」
「ほら話と思ってちゃ、あとで後悔しなさるぞ。わしはうそをいわんよ。だいいち、あの男の顔をひと目見りゃ、あやしいかどうかわかるじゃろうが……」
「もし、おじいさんのいうとおりだったら、あのあやしい松葉杖の男は、さっき出発したテッド博士たちの旅行に、わざわいをあたえるかもしれませんわねえ」
「それだ。それをわしは心配しておるんだて。それについてわしは、もっといろいろとあのあやしい男のあやしいふるまいについて知っているんじゃ。昨晩あの男はな……」
「あ、おじいさん。あの男が松葉杖をついて、またこっちへもどってくるよ」
「うッ、それはいかん。……わしは、こんなところでおちついで話ができん。こうしようや。みなさんが、次の日曜日、教会のおかえりに、わしの家へお集まりなされ。あッ、きやがった」
 スミス老人が、ぎくりと肩をふるわせたそばを、れいの緑色のスカーフにおもてを包んだ男が、ぎちぎちと松葉杖のきしむ音をたてて通りすぎた。
 一同が、そのほうへこわごわと視線を集めていると、いったん通りすぎたかの男は、ぴたりと松葉杖をとめ、それからうしろをふりかえった。肩ごしに、首をぬっとまえにつきだして、かれはしゃがれ声でものをいった。
「おい、お年寄り、あまり根も葉もないよけいな口をきいていると、おまえさんの腰がのびなくなっちまうよ」
「……」
「おれは金鉱のでる山を三つも持っているパンチョという者だ。これからへんなことをいうと、うっちゃってはおかねえぞ」
 ぎりぎりぎりと、すごい目玉で一同をねめつけておいて、かれはそこを立ち去った。
 あとの一同は、しばらくまた息がつけなかった。スミス老人は、いつまでも唇をぶるぶるふるわせていた。


   宇宙通信


「なかなか気持のいい旅行をつづけています」
 帆村荘六は救援艇ロケット第一号の中から、ニューヨーク・ガゼット編集局のカークハム氏と無電で話をしている。
「はじめは、このような球形の部屋に住みなれなくて、へんなぐあいでしたが、もうだいたいなれました」
 テレビジョン電話で話しているから、この部屋のなかが相手のカークハム氏にもよく見える。そのかわり、カークハム氏の事務室の光景が、帆村のまえにあるテレビ電話の映写幕にうつっている。
 球形の部屋の一つを、帆村と三根夫少年とでもらっているのだ。なぜこの部屋が球形になっているか。その理由はもっと先になるとわかる。
 室内の調度は、みんなしっかり部屋にくくりつけになっている。コップ一つだって、ちゃんとゴム製のサックの中にはめるようになっている。そしてそのサックは壁とか机の上とかに、しっかり取りつけてあるのだ。
「この窓も、もう閉めたきりです。だっていつ窓から外をのぞいても、暗黒の空間に、星がきらきら光っているだけのことですからね」
 地上から成層圏のあたりまで航行する間は、それでも外が明かるく見えていて、多少なぐさめになった。しかし成層圏をってからというものは、どこまでいっても、暗黒の空間に星がきらきらであった。
 もっとも、そのなかにおける一つの異風景は、昼間は暗黒の空間に太陽が明かるくかがやいていることだった。月よりはずっと大きく、もっと赤味あかみのある光りをはなっているんだが、附近の空間は地上で見るような青空でなく、暗黒の空間であることにかわりはない。それはそのあたりにはもう空気がないから、太陽の光りを乱反射する媒体ばいたいがなく、だから太陽じしんが明かるく光ってみえるだけで、そのまわりはすこしも明かるく見えないのだ。
 これは宇宙旅行の第一課にそうとうする知識なのである。
 地上から二十万キロメートル位のところで、空から明かるさがまったく消えたが、そこまで達するのに、地上出発いらいちょうど十二時間かかった。それいじょうに速くすることは、乗組員の生命に危険があった。
 いまも加速度は、ぐんぐんふえていく。それはこの宇宙艇隊の航空長とその部下が、計器をにらみながら、ひじょうに正確にあげているのだ。そのやりかたの良し悪しによって、この宇宙艇隊の乗組員の健康を良くも悪くもし、また原動力の能率を良くも悪くもするのだ。しかもそのけっかが、さらに『宇宙の女王クィーン』号の救援作業の成功か不成功かをさだめる原因となるのだ。
「地上では、われわれの救援ロケット隊にかんしんをもっていますか」
 帆村もそのことが気になると見え、カークハム氏にたずねた。
「かんしんをもっているかどうかどころじゃない。きみたちが空を飛んでいるところを、二十四時間テレビジョンで放送してくれなどという注文があるくらいだ。新聞記事のほうでも、二面全部をこんどの事件に使っているよ。それでも読者は、まだ報道が少ないとふへいをいってくる」
「なるほど、近頃まれなるかんしんのよせぶりですね。しかしそのわりに、われわれの現場到着はひまがかかるので、みなさんにしびれを切らしてしまいそうですね」
「それはその通りだ。だから一刻もはやく現場へ到着してもらいたいものだ。このあと、ほんとに一カ月半ぐらいかかるのかね」
「そういっていますね、うちの艇長が……」
「これから一カ月半を、どうして読者をたいくつさせずに引っ張っていくか。これはうちの社のみならず各社各放送局でも気にやんでいる。だからねえ帆村君。その間に、なにかちょっとした事件があってもすぐ知らせてくれるんだよ。そしてじぶんの部屋なんかにあまり引きこもっていないで、操縦室にがんばっていて、首脳部の連中のしゃべること考えることをよく注意していてもらいたいね」
「それは、やっていますから安心してください。今、操縦室には三根夫ががんばっていますよ。ぼくと交替で、かれがいま部署についているのです」
「三根夫少年だろう。少年で、首脳部の連中のいっていることがわかるかね」
「あれは勘のいい少年だし、ぼくがこれまでにそうとう勉強させてありますから、大事なことはのがさないでしょう」
「そうかしら。なんだか心配だぞ」
 そういっているときであった。艇内電話のベルがけたたましく鳴りひびいた。帆村は手をのばして、卓上から電話機につづいている紐線ひもせんをずるずると引っ張りだし、そのはしを耳の穴に近づけた。紐線の端には、線とおなじ太さの受話器がついていた。
「ああ、ミネ君か。……えッ、なんだって。第六号艇がおかしいって。故障? えっ、火災が起こった。爆発のおそれがあるって。それはたいへんだ。ぼくは、そっちへすぐゆくよ」
 帆村は受話器をもとへもどして、立ちあがりざま、テレビ電話の映写幕のなかに録音器を抱きあげて目を丸くしているカークハム氏にいった。
「わかったでしょう。三根夫はなかなか使えるじゃありませんか。ではぼくは操縦室へゆきます。あっちからあなたにあらためて連絡します」
 帆村はいそいで部屋をとびだした。


   刻々危険せまる


 三根夫少年は、操縦室の壁ぎわに、頬をまっ赤にして、はりきっていた。
 帆村の姿が見えると、三根夫は手をくるくると動かして、なにか合図のようなものを帆村に送った。
「六号艇ハ絶望ラシイ」
 手先信号で、三根夫は重要なることを帆村に知らせた。
「どうしたの、第六号は……」
 帆村は三根夫のそばへかけよると、小さい声でたずねた。
「いまから五分まえに、後部倉庫からとつぜん火をふきだしたそうです。原因は不明。消火につとめたが、次々に爆発が起こって――燃料や火薬に火がうつって誘爆ゆうばくが起こって、手がつけられないそうです。テッド隊長は、『絶望だ』とことばをもらしました」
「わかった。ここはぼくがいるから、ミネ君は部屋へいそいでもどり、ガゼットのカークハム君を呼びだして、いまの話をしたまえ。そしてね。ぼくもあとから連絡するといっておいてね。その連絡がすんだら、きみはもう一度ここへやってくるんだよ」
「はい。そのとおりやります」
 三根夫は、いそぎ足で操縦室をでていった。
 あとには帆村が壁ぎわに立ち、この部屋でいまむちゅうになって働いている人々のじゃまをしないようにつとめながら、悲しむべき第六号艇の椿事ちんじのなりゆきを見まもった。
 いまこの操縦室には、本隊の首脳部がのこらず集まっていた。もちろん隊長テッド博士が中心になって、なんとかして第六号艇をすくう道はないかと、一生けんめいにやっている。
 その悲劇の第六号艇の姿は、操縦室の前方側面の壁に、大きくうつしだされている。それは一メートル四方のテレビジョン映写幕いっぱいにうつしだされているのだった。
 艇の姿がななめになってうつっている。本艇よりはすこしおくれている。そして艇のうしろから三分の一の部分のところから七、八箇所も、えんえんと火を吹きだしている。その焔にまじって、まぶしいほどの火の塊が、ぼんぼんとはねながらとんでいる。それらの焔と煙とは、むざんな火の尾を長くうしろにひいている。それは艇の全長の五倍にものびていて、見ているだけで脳貧血が起こりそうである。
 いったいどうしてこんな大椿事が起こったのであろうか。
 第六号艇の艇長ゲーナー少佐は、原因不明だと無電でテッド隊長に報告している。この救援隊の十台のロケット艇がエフ十四号飛行場を出発するとき、地上では不吉ふきつ流言りゅうげんがおこなわれたが、それがとうとうほんものになったようでもある。
 隊長テッド博士以下の救援隊の首脳部の心の痛みは、災害をちょくせつに身にうけてその生命もいまや風前の灯火どうようの第六号艇の乗組員三十名よりも、ずっとふかく大きかった。
 テッド博士たちとゲーナー少佐とは、あれから無線電話でたえずことばをかわしていたのだったが、テッド博士はついに第六号艇の火災と爆発とが、とても人力じんりょくによってふせぎ切れるものでないことを見てとると、艇員たち全部の退避をすすめた。
 艇長ゲーナー少佐は、沈着な責任感の強い軍人だったので、隊長テッド博士のこのすすめには、すぐにはしたがわなかった。そしてなおも部下をはげまして消火作業をつづけさせたのであった。
 だが、それから五分ののちに致命的ちめいてきな大爆発が起こり、そのために艇の後部はふきとばされてしまった。そのすごい光景は、司令艇の操縦室の映写幕にもはっきりとうつって、帆村も見た。見たは見たが、あまりに悲壮ひそうであってとうてい見つづけることはできなくて、おもわず両手で目をおおったほどだ。帆村だけでなく、他の人びとの多くも目をおおった。
 隊長テッド博士だけは、またたきもせず、だいたんにこの地獄絵巻のような第六号艇の爆発をじっと見つめていた。そして艇長ゲーナー少佐にたいし、ふたたび総員退避をすすめた。
「ゲーナー艇長。この次の爆発が起こると、原子力的な大爆発となるだろう。そうすれば、第六号艇だけでなく、のこりのわれわれ九台の宇宙艇もまたぜんぶ破壊するおそれがある。だから一刻もはやく総員を艇から退避させたまえ。きみたち救援のことは引き受けた」
 隊長の忠言は、ゲーナー少佐をついに動かした。
「隊長。わかりました。総員退避を命令します。部下を救ってください。お願いします」
 少佐はそこではじめて最後の命令をだした。
 二十九名の乗組員は、部署をはなれて、空間漂流器くうかんひょうりゅうきをすばやく身体にとりつけると、艇外へ飛びだした。黒暗澹こくあんたんたる死のような空間へ……。

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10]  ... 下一页  >>  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告