海野十三全集 第12巻 超人間X号 |
三一書房 |
1990(平成2)年8月15日 |
1990(平成2)年8月15日第1版第1刷 |
廃工場の町
少年たちは、遊び方に困っていたし、また遊ぶ場所もなかった。
家と道のほかは、どこも青々とした家庭菜園であった。道さえも、その両側がかなり幅をとって菜園になっており、その道を子供が歩くときでも、両側からお化けのように葉をたれている玉蜀黍や高梁をかきわけて行かねばならなかった。
そういうところを利用して、少年たちはかくれん坊のあそびを考えついたこともあったけれど、それは親たちからすぐさまとめられてしまった。せっかく作った野菜が少年たちによってあらされては困るからだった。
「つまらないなあ」
「なんかおもしろいことをして遊びたいね」
「ベースボールをしたいんだけれど、グラウンドになるような広いところがどこにもないね。つまらないなあ」
清君、一郎君、良ちゃん、鉄ちゃん、ブウちゃんなどが集まってきて、このおもしろくない世の中をなげいた。
「あ、あるよ、あるよ」
ブウちゃんが、とつぜんでっかい声を出してさけんだ。
「あるって、何がさ?」
「つまりベースボールがやれる広い場所さ」
「へえ、ほんとうかい。どこにある?」
「アサヒ軍需興業の工場の中さ。あの中なら広いぜ」
「なあんだ、工場の建物の中でベースボールをするのか」
この町をいつまでもきたならしい灰色に見せておくのは、そのアサヒ軍需興業の廃工場の群だった。
終戦後その工場は解散となり、それからは荒れるままに放っておかれ、今日となった。同じ形の、たいへん背の高い工場が、六万坪という広い区域に一定のあいだをおいて建てられているところは殺風景そのものであったし、それにこのごろになって壁は風雨にうたれてくずれはじめ、ところどころに大きく穴があいたり、屋根がまくれあがったり、どう見ても灰色の化物屋敷のように見えるのだった。
それにこの荒れはてた工場については、数箇月前のことであるが、恥の上塗りのようなかんばしくない事件がおこった。それはこの工場に隠匿物資があるはずだとて、大がかりな家さがしが行われたのである。その結果、一部のものは発見されたが、その捜査の第一番の目あてであったダイヤモンド入りの箱は、ついにさがしあてることができなかった。その宝石箱には、この工場で使うダイヤモンド・ダイスといって、細い針金つくりの工具をこしらえるその資材として総額五百万円ばかりの大小かずかずのダイヤモンドが入っているはずで、中にも百号と番号札をつけられたものは三十数カラットもあるずばぬけて大きいダイヤモンドで、これ一箇だけでも時価百五十万円はするといわれていた(このダイヤは、ある尊い仏像からはずした物だといううわさもあった)。なぜこのダイヤの箱が見あたらないのか。あまり大きくもない箱だから他の品物とまぎれて焼き捨てられたのかも知れず、あるいはひょっとするといつの間にか盗難にかかったのかもしれないということだった。だがそれほどの貴重なものを、わからなくしてしまうというのは、おかしいというので、工場は何回にもわたって厳重な捜査が行われた。だが、やっぱり見つからずじまいであった。終戦直後はみんなが生ける屍のように虚脱状態にあったので、ほんとうにうっかり処分されてしまったのかも知れなかった。とにかく今もその謎は解けないままに残されている。
作者は、百号ダイヤのことについて、あまりおしゃべりをすごし、かんじんの清君たちの話から脱線してしまったようだ。では、章をあらためて述べることにしよう。
胆だめし
少年たちは柵の破れ目から、廃工場のある構内へ入っていった。一番手前の工場からはじめて次々に工場の内部をのぞいていった。どの工場も、窓ガラスが破れているので、そこからのぞきこめばよかった。破れ穴が高いときには少年の一人が他の少年に肩車すればよかった。
一番目から三番目までの工場は、いずれも中でベースボールをするには向かなかった。そのわけは、工作機械がさびたまま転がっていたり、天井からベルトが蔓草のようにたれ下っていたりしたからである。しかし四番目の廃工場は、それらとはちがって機械類は見えず、中の土間全体が広々としていた。もっともその土間には、少年の背がかくれるほどの丈の長い雑草がおいしげっていて、荒涼たる光景を呈していた。
「ここならいいね。この草をすっかり刈っちまうんだよ。そうすれば、ここをホームにしてあっちへ向いてやれば、ベースボールができるよ」
ブウちゃんは土木技師のように、グラウンドの設計をのべた。
このときみんなの中で一番年上の清君と一郎君とが話をはじめた。
「ねえ、あれをしようよ、一郎君。あれをするにはおあつらえ向きの場所だよ。ちゃんと舞台もあるしね、ほら、あそこを“地獄の一丁目”にするんだ。すごいぜ、きっと……」
「ああ、そういえばいい場所だねえ。舞台の前にはこんなに雑草が生えていて、ほんとうに“地獄の一丁目”らしいじゃないか」
「ね、いいだろう。さっそく準備にとりかかろうや。みんな手わけをして作れば、今夜の間に合うよ。そして胆だめしの当番は、あそこのくぐり戸からこっちへ入るんだよ。そして鉦をかんかんと叩かせ、それから“ううッ”て呻らせ、それがすんだら最後に縄をひっぱらせるんだ。その縄は、みんなの集まっている工場のへいの外のところまでつづけておいて、その縄には缶詰の空缶を二つずつつけたものを、たくさんぶらさげておくんだよ。縄をひっぱれば、がらんがらんと鳴るから、ははあ当番の奴はたしかにこの工場の中へ入ったなと、みんなの集まっているところへ知れるわけさ。そうすれば、ずるして途中で引返した奴はすぐ分っちまうからいいじゃないか」
「じゃあ、その縄はうんと高く張らなくちゃあね。それから、くぐり戸を入ったすぐの壁に、自分の名前を白墨で書かせようや」
「それもいいなあ。それから地獄の一丁目の舞台だが、何を出す。幽霊かい。南瓜のお化けかい。それとも骸骨かい」
「うん、骸骨がいいや。清君、僕おもしろいことを発見したんだよ。骸骨をほんとうに本物のようにおどらせることさ」
「えっ、何だって。骸骨を本物のようにおどらせるって、どういうこと?」
「つまり、骸骨がほんとうに生きているようにおどるのさ。骸骨が生きているわけはないけれど、そんなように見せるのさ」
「骸骨をこしらえて、それをぶら下げて動かすのかい」
「そうじゃないんだよ、僕たちのからだを骸骨にこしらえるんだ。それにはね、まずはじめに白粉で骸骨の骨の白いところをかいてしまうんだ。上は顔から、下は足までね。それから残ったところを鍋墨か煤かでもって、まっくろに塗っちまうのさ。そうすると僕たちが骸骨に見えるじゃないか、前から見ればね」
「はだかになって、その上に白粉や鍋墨を塗るんだね」
「そうさ。そうしてね。あそこを舞台にして、その前でおどるのさ。舞台のうしろの壁は、まっくろにペンキが塗ってあるからね、あの前でおどれば、僕たちのからだの鍋墨のついている部分は黒い壁といっしょにとけあって、見分けがつかなくなる。だから白粉をぬってある骸骨のところだけが見えるから、いよいよ本物の骸骨に見えるんだよ。それは、すごいよ。はじめは骸骨はじっと立っていて動かないのさ。胆だめしの当番が鉦をたたいたら、それをきっかけに、骸骨は急に動きだすんだよ。すると当番はびっくりするよ。うわあと泣きだしたり、縄をひっぱることも、壁に名前を書くことも忘れて、一目散に逃げだすかもしれないよ。おもしろいよ」
「うん、それはおもしろそうだ。僕は骸骨になろうっと」
「僕も骸骨になるよ。骸骨は二人出すことにしよう」
「いやン、僕も骸骨にしてよ」
そばでさっきから聞き耳をたてていたブウちゃんがわりこんでいった。
「僕も、僕も……」
「いや、僕も骸骨だ」
良ちゃんも鉄ちゃんも骸骨志願だ。
「骸骨が五人もいちゃ多すぎるね。じゃあこうしよう。この五人が代りあって骸骨になって舞台へ出ればいいや。そのほかに、まだすることがあるんだ。たとえば骸骨を見せるために懐中電灯をつけて照らす照明係が右と左と二人必要なんだ。それから、シロホンをひっかいてかりかりかりと音を出す擬音係もいるんだ。この音は骸骨の骨が鳴る音をきかせるんだ。これでちょうど人員は五人いるんだよ」
こうして胆だめしの遊びがはじまることになった。その廃工場を骸骨館と名づけ、胆だめしの当番はへい外から入ってひとりでその骸骨館へ入り、地獄の一丁目を探検して来なければならないことにきまった。
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