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宇宙の迷子(うちゅうのまいご)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 10:46:17  点击:  切换到繁體中文



   人の顔か花か


 二少年は、死にものぐるいの力をふるって、起きあがった。
「千ちゃん、千ちゃん」
「おい、ぼくは、だいじょうぶだ」
「ぼくもだいじょうぶ。早く操縦席へいってみよう」
 二人は手さぐりで艇内をはいはじめた。艇内の電燈は消えて、くらやみだが、ただ夜光塗料をぬってある計器の面や、通路の目じるしだけが、けい光色に、ぼうっと弱い光りを放っている。
「ああ、これはへんだね。呼吸が苦しくなった」
「ぼくもだ。ポコちゃん、艇がこわれて大穴があいたんだよ。そこから空気がどんどん外へもれていくんだ。弱ったね。呼吸ができなければ死んでしまう」
「じゃあ、ぼくは空気帽をぬぐんじゃなかった。ぬいだと思ったら、さっきのドカーンだ。だからどこへ空気帽がいったかわからない」
「しゃくだねえ。ここまで来ながら、呼吸ができなくて死ぬなんて……」
「ぼくがわるかった。重力平衡圏で、よけいなことをして遊んで、てまどったのがいけなかった。千ちゃん、ごめんね」
「そんなことは、あやまらなくてもいいよ。しかし月世界探険のとちゅうで死ぬなんて、ざんねんだ」
「もういいよ。死ぬ方のことは神さま仏さまへおまかせしておこう。それでぼくたちは、それまでのあいだに、できるだけ修理をやってみようじゃないか」
「だめだろう。あと五分生きているか、十分生きているか、もう長いことはないよ。あっ、くるしい」
「千ちゃん、しっかり、さあ、ぼくが引っぱってやる。とにかく操縦席までいってみよう」
 川上は山ノ井を抱きおこしながら一所けんめい操縦席の方へ通じる、ろうかをはっていった。しかしそれは、かめの子が、はうほどにのろのろしたものであった。艇内の気圧は、すごく低くなったらしい。が、生きているあいだの最後の力をふるったために、二十分ほどかかって、ようやく二少年は操縦席にのぼることができた。
 そこで二人は助けあって、スイッチをひねったり、レバーを引っぱったり、ペダルをふんだりして、ありとあらゆる応急処置をこころみた。その結果は……?
「だめだ、発電しない。原子力エンジンの方もとまっている。もう処置なしだ」
 山ノ井は、そういった。がっかりした声である。
蓄電池ちくでんちの方は?」
「だめ、ぜんぜん電圧がない。……もうだめだ。死ぬのを待つばかりだ」
「そうかね。どうせ死ぬものなら、死ぬまでに後部へいって、どんなにこわれているか見てこよう。いかないか」
「もうだめだ。何をしてもだめだ。ぼくにはよくわかっている」
「ぼくはいってみる」
 めずらしく二少年の意見はわかれた。山ノ井はそのまま操縦席に、ポコちゃんの川上は、またそろそろとはって艇の後部へ。
 だが、どこまで不幸なのであろうか。そのとき、まひせいのエーテルガスがどこからか出て来て二人の肺臓はいぞうへはいっていった。それで、まもなく二人とも知覚ちかくをうしなって、動かなくなってしまった。
 カモシカ号は、どこへいく?
 二少年は、時間のたったのを知らなかったが、それから、やく二十四時間すぎたのち、二人は前後して、われにかえった。気がついてみると、明かるい光りが窓からさしこんでいる。呼吸は、たいへん、らくであった。
「おやおや、これはどうしたんだろう」
 ポコちゃんの川上が、大きなあくびをしながら、立ちあがった。すると、その声に気がついたとみえ、千ちゃんの山ノ井が、操縦席の階段の下からむっくりとからだをおこした。
「ふしぎだ。重力の場へ、いつのまにかもどっている。エンジンはとまっているのに、重力があるとは、おかしい」
 足どりは二人ともふらふらであった。ふらふら同士が、ろうかのまん中でばったりあって、顔を見あわせた。
「千ちゃん、ぼくたちは、めいどへ来たんだ。しかし、じごくかな。ごくらくだろうか」
「まさかね。でも、わけがわからないや。死んでからも夢を見るのかな。あっ、ポコちゃん、外は明かるいよ。太陽の光りだ」
 山ノ井は窓を指さした。と、かれは、びっくりした。
「あ、窓から、だれかこっちをのぞいているじゃないか」
 すると川上が答えた。
「あれは人の顔じゃないよ。花だよ」
「花? 花だろうか。なぜ花が窓の外に見えるのだろう。おいポコちゃん、窓から外を見てみようや」
 二人は、息をはずませて、窓ガラスに顔をあてた。二人は、いったい何を見たであろうか。


   怪物の顔


 窓のむこうにあったものは何か。
 それは一ごんでいうと、夢の国みたいな風景であった。人間の首の二倍もある大きなタンポポみたいな花がさいている。広い砂原が遠くまでつづき、その上に青い空がかがやいている。人かげは見えない。
「ふうん、いつのまにか着陸しているよ。どうしたというんだろうねえ、千ちゃん」
「ほんとだ、カモシカ号はもう飛行していないんだ。でもよくまあ、いのちにべつじょうがなくて着陸できたもんだね」
「千ちゃん、いったいここはどこの国だい」
「さあ、どこの国か、どこの星なんだか、けんとうがつかないね。ぜったいに地球ではない、といって月世界ともちがう……」
「いやだねえ、きみがわるいね」
「窓をあけて、よく外を見てみようや」
 山ノ井がうっかり窓をあけた。と、思いがけない大爆発が、二少年のうしろに起った。なぜそんな大爆発が起ったのか、考えるひまもない。二少年は気をうしなってしまった。
 それからどのくらいたったか、ポコちゃんの川上少年は、ふとわれにかえった。
(痛い、ああ痛い!)
 はげしい痛みが、少年をなぐりつける。と、かれの記憶がよみがえりはじめた。
(あっ、どうしたろう、カモシカ号は、爆発したようだったが……)
 そのうちに、かれはいま自分が横になって寝ているのに気がついて、びっくりした。
「おや、なぜぼくは寝ているんだろう……。おうい千ちゃん、どこにいるんだい」
 とさけびながら、目をあけようとしたが、あまりにまぶしくて目があききれなかった。
「しずかに……。しずかに……寝ていなさい。動いてはいけません」
 みょうにぼやけた声が、川上の耳にはいった。だれかが、かれのからだをおさえつけるのをふりきって上半身を起した。そのときかれは目をあけた。――そのときかれの見た異様な光景こそ、一生忘れられないものとなった。
「ああっ――」
「もしもし、あなた。こうふんしては、いけません」
「はなしてください。ぼくにさわらないでください――。ぼくは夢を見ているのかしら」
「しずかに寝ていなさい。あなたは、からだをこわしているのだ。しかし心配ありません。われわれがじゅうぶんに手当していますから」
「夢だ。夢だ。それでなければ、ぼくの目がどうかしてしまったんだ」
 川上が見たのは、きみょうな顔をした人間――いや、人間でないかも知れない――であった。頭がスイカのように大きくて、そしてひたいははげあがり、頭のてっぺんと両脇に、赤い毛がもじゃもじゃとはえていた。
 ひたいの下には大きな目があった。青いリンゴほどもある大きな目だ。それがぐるぐると、きみわるく動く。
 目から下は、顔が急にしなびたように小型になる。ラッキョウをさかさにしたというか、クリをさかさにしたというか、とにかく頭にくらべて小さい。口があるけれど赤んぼうの口のように小さい。鼻ときたら気をつけてよく見ないとわからないほど低くて、やせて小さい。耳は、よく見れば顔の両側についているが、それはすり切れたようで、耳たぶなんか見えない。ぺちゃんこになって顔の横についているだけだ。
 ――と、こう書いてくると、諸君は、おばけを思いだすかもしれないが、しかしほんとうはそんなものではない。これは、ずっと後にそう思ったことであるが、かれはどこかキューピーに似ているところがあり、子ども子どもしていた。ことに血色がよくて、さくら色で、すきとおるような肌をもっている、そしてつやのある海水着みたいなもので胴のあたりをつつみ、腕や足は、赤んぼうのそれのようにふとくみじかく、かわいく、色つやがよく、ぶよぶよしているように見えた。
 だが、わがポコちゃんにとっては、この相手はやはり、きみがわるかった。いくらかわいくても美しくても、あたりまえの人間とちがっているので気持がよくなかった。その大きな目玉にみすえられると、ポコちゃんの背すじが氷のようにつめたくなり、ぶるぶるとふるえてくるのだった。いったいこの怪物――といっておこう。だってどう見ても人間じゃないんだから――その怪物は何者であろうか。
「気をしずめなさい。起きてはよくない」
 その怪物は、ポコちゃんのからだをおさえつける。そのときであった。ポコちゃんは新しいおどろきにぶつかって、まっさおになった。それは、かれのからだをおさえつける怪物の腕が実に三本もあることを、このときになって発見したからである。
 三本腕の怪物――人間ではない!
「き、きみは何者ですか。に、人間じゃありませんね」
 ポコちゃんはもつれる舌をむりに動かしてたずねた。さて三本腕の怪物は何と答えるであろうか。


   ふしぎな国


 ポコちゃんは、まっさおな顔で、歯の根をがたがたいわせて、日ごろのちゃめもどこへやら、おびえきっているが、あいての怪物は、さくら色のいい血色で、赤んぼうのように明かるい笑顔を見せて、しずかにポコちゃんのからだから手をはなした。
「ぼくのことを、きいているんですね」
 怪物は、自分の顔を指さした。その指は、怪物の第三の手についている指だったから、ポコちゃんは、また息がとまりそうになった。右の手を第一、左の手を第二とするなら、のこりの一本が第三の手である。その手は、怪物の首の後からはえている腕の先についていた。その腕は左右の腕とちがい、わりあいに細く長かった。そしてゴムくだみたいにぐにゃぐにゃしていた。そのような腕の先に、第三の手がついていた。そして手の指は六本あって、どれもみな同じくらいの長さであった。てのひらはずっとせまく、指は長すぎると思うほど長かった。そういう指で、怪物は自分の顔を指さしたのである。
 ポコちゃんは、返事をするにも声が出なかったから、そのかわりに大きくうなずいた。
「ぼくは、人間ですよ」
 怪物がそういった。
「いや、きみは人間ではない。そんなふしぎな形をした人間が住んでいるという話を聞いたこともないし、もちろん写真や画で見たこともない」
 ポコちゃんは勇気をふるって、異議いぎを申したてた。
「くわしくいうと、ぼくはこの国の人間です」
 と怪物はおちついていった。
「川上君。あなたはこの国の人間ではなくて、地球の人間である。そうでしょうが……」
 この国の人間と、地球の人間だって? そして「川上」などと自分の名を知っているのはなぜだろう。ああ気持が悪い。たのみに思う千ちゃんは、いったいどこへいってしまったのか。
「もしもし、ぼくといっしょに宇宙艇に乗っていた者があったでしょう。千ちゃんというんですが、どこにいますか」
 このだだっぴろい部屋に、ふわりとした白綿の寝床ねどこ――というよりも、鳥の巣みたいな形の寝床に寝かされているのは自分ひとりであった。千ちゃんはどこへいったろう。どうしているのかしらん。
「わたくしは知らない」
 怪物はそう答えた。川上はいくども千ちゃんのことを説明して、そのゆくえをたずねたが、怪物は知らないとくりかえすばかりであった。
「わたくしは、きみの健康をりっぱなものにするために、きみについている植物学者のカロチという者だ。きみにつれがあったかどうか、知らない」
 カロチという名の植物学者だって――と、川上は目を見はっておどろいた。
「……で、ここはどこなんです。月世界でしょうか」
 月世界にこんな生物が住んでいるはずはないと思いながらも、とにかくそれをきいてみないではいられなかった。川上ポコちゃんは、相ついで起る怪奇とふしぎに自分の頭の力に自信がなくなった。
「ここは月世界ではありません。リラリラ星と名づける遊星ゆうせいの上です」
「リラリラ星ですって。月世界でも地球でもないんですね。火星でも金星でもないんですか」
「そんなものではない。ジャンガラ星です。ジャンガラ星とは、この国の言葉で、『宇宙の迷子星まいごぼし』という意味です。わかりますか」
「さっぱりわかりませんね。ジャンガラ星なんて遊星があることなんか聞いたこともありません。もちろん宇宙旅行の案内書にも、そんな名は出ていなかった。きみはでたらめをいってるんじゃないでしょうね」
「でたらめなもんですか。そのしょうこに、きみは、げんにこうしてわがジャンガラ星の上で呼吸をし、ジャンガラ星の人間で.あるわたくしと話をしている。これでわかるでしょう」
「いや、なかなかわかりません」
「じゃあ、きみにわからせるためには、どういうことをしたらいいか……」
「それはこうすればいい。早くぼくを外へつれ出して、ジャンガラ星を案内してください。さあ、すぐ出かけましょう」
「だめです。出かける前に、きみは歩き方から練習しなければならない。でないと大けがをするにきまっている……。出かけるのは、もっともっと先のことです。とうぶん、そこに寝ているがいいです」
 そういうと、植物学者カロチは立ち上って、すたすたと部屋を出ていった。第三の手で、はげ頭のてっぺんをごしごしかきながら……。

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