危機脱出
「へえっ、あれが、いん石かい。すごいなあ」
あまりものにおどろいたことのないポコちゃん川上少年も、艇外をひゅうひゅうととびかう鬼火のような、いん石群には、すっかりきもっ玉をうばわれた形であった。
そのとき操縦当番の千ちゃん山ノ井少年は、ポコちゃんに答えようともせず、前のテレビジョンの映写幕面をにらみながら、汗をながして操縦かんをあやつっている。
「しかし、きれいなもんだなあ。両国の川開で大花火を見るよりはもっとすごいや。あっ、また一発、どすんとぶつかったな。いたい!」
ポコちゃんは金属わくにいやというほど頭をぶっつけた。それっきり、かれはおしゃべりをやめた。それはしゃべっているさいちゅうにどすんときて、じぶんの舌をかみそうで、心配になったからだ。
艇内はしばらくしずまりかえっていた。ただ聞えるのは、艇の後部ではたらいている原子力エンジンの爆発音の、にぶいひびきだけだった。
そういう状態が十五分ほどつづいたあとで、山ノ井はスイッチを自動操縦の方へ切りかえて、操縦かんから手をはなした。そしてほっと大きな息をついて、となりの川上の方へ顔を向けた。
「ポコちゃん。ようやく流星群を通りぬけたらしい。もう、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶかい。いん石があんな大きな火のかたまりだとは思わなかった。こわかったねえ」
「まったくこわかった。下界から空を見上げたところでは、流星なんか大したものに見えないけれど、今みたいにすぐそばを通られると、急行列車が五六本、一度にこちらへとんでくるような気がして、ひやっとしたよ」
そういっている山ノ井のひたいから、汗のつぶがぼたぼたと流れおちた。
原子力エンジンは、この宇宙艇で地球から月の世界をらくにおうふくさせてくれる。それがわかっていたから、二少年はカモシカ号に乗って地上をとびだしたわけである。しかしそれはかるはずみであったと、今になって気がついた。やはり本職の宇宙旅行案内人をやとっていっしょにこのカモシカ号に乗組んでもらうのがよかった。二少年のたのみの綱は、ある雑誌の増刊で、「月世界探検案内特別号」という本が一冊あるきりだった。
その本によると――地上からの高度六十キロメートルから百三十キロメートルの間の空間において、いん石は空気とすれあって火をだしてとぶ、これすなわち流星である――と、かんたんに書いてあるだけだった。その流星の中には宇宙艇に命中して艇をこなごなにするような大きなものがあることや、それがとんで来たときにどうして艇を安全にすることができるか、などということはちっとも書いてなかった。
だからここまで来たのはいいが、二少年はたいへん心ぼそくなってしまった。山ノ井の方はとくに心配をはじめた。
「やあ、あれは何だろう。大きな山が光ってみえるぜ、おい千ちゃん、あれを見な」
川上が急に大きな声をだして、横の、のぞき窓に顔をおしつけて、わめきたてる。
山ノ井は、はっとした。大きな山が光ってみえる。もしそれが大いん石であって、それに正面からぶつかられると、もうおしまいだ。かれは席からのびあがって、川上がのぞいているとなりに顔をおしつけて、外のようすをうかがった。
うるしを流したようにまっ黒い大空。きらきらとダイヤモンドのように無数の星がきらめいている。ことに大銀河のうつくしさは、目もさめるようだ。その銀河が橋をかけているしたに、川上がさわぎたてる大きな光りの山があった。それは五色の光りのアルプスとでもいいたい。空中の博覧会の大イルミネーションだ。目をすえて見るとその五色の山脈はすこしずつ動いている。
「ああ、きれいだなあ」
山ノ井は思わず嘆声をはなった。
「千ちゃん。きれいだなどと、見とれていていいのかい。あれは何だい。原子力のたつまきじゃあないのかい」
原子力のたつまきなんて、そんなものがあるかどうか知らないが、川上はそういうものがあったらさぞおそろしかろうと思って、そういったのだ。
「ちがうよ、ポコちゃん。あれはオーロラだ。極光ともいうあれだ。そして山形をしているから、あれは弧状オーロラだよ」
「オーロラ? ははあ、なるほどオーロラだ」
川上は、本に出ていた三色版写真のオーロラを思いだした。
「あそこがちょうど北極のま上にあたるんだ。地上からの高度はいくらだったかな」
山ノ井が、れいの増刊のページをぺらぺらとくって、オーロラの説明の出ているところをだした。
「書いてある。――弧状オーロラは高度百二十キロないし百八十キロの空間に発生する。また幕状オーロラは、さらに高き場所に発生し、その高度は三百キロないし四百キロである――とさ」
「ふうん。ぼくたちはとうとうオーロラの国まで来たんだね。ゆかいだねえ」
しんぼうくらべ
オーロラの国も、いつしか通りぬけて、宇宙旅行の沿道のながめは、いよいよ単調で、たいくつなものとなってきた。
なぜなら、空はどこまでいっても、うるしをとかしたようにまっ黒で、その黒い幕のところどころに針でついたような穴があって、それがきらきらと光っている大小無数の星である――という風景が、いつまでたってもつづくのであった。なんのことはない、無限にながく夜がつづいているようなものだ。
ただ、ふつうの夜には見られないものが二つあった。
その一つは、まっくらな大空に、よくみがいた丸鏡のような太陽がしずかに動いていくことだ。それはふしぎなものだった。ぎらぎらとかがやいている太陽にはかわりがないんだが、しかしあたりはまっくらな夜の世界だ。なぜ太陽はあたりの空を明るくしないのであろうか。いきおいのおとろえた太陽。急に年をとったように見える太陽だった。
しかしこれは、「月世界探険案内」に説明が出ていた。地上で仰ぐ太陽があたりの空をすっかり明るくしているのは、空中にあるちりや水蒸気の粒などが太陽の光線を乱反射させるためである。ところが空高くのぼれば、ちりはなくなるし、水蒸気はもちろんなくなり、太陽の光線は一直線にすすむだけで、何にもぶつかるものがない。だからもちろん乱反射は起らない。したがって、もえている太陽はぎらぎらかがやいても、あたりは明るくないのだという。
いくら太陽がえらくても、ちりや水蒸気がなければ、空がまひるの明るさにかがやかないのだ。そうしてみると、ちりとか水蒸気は、大した魔術師だわい――とポコちゃんは感心してしまった。
「だけれど、なんというあわれなお日さまだろう」
と、ポコちゃんは、窓の外に仰ぐ太陽にたいへん同情をした。
もうひとつのかわった風景は、どんどん後へはなれていくわが地球が、とうとうすっかり球の形に見えるようになったことである。
その地球の大きさを、どういいあらわしたらいいだろうか。大きな丸いテントを張って、それをすぐそばに建っているとうの窓から身をのりだして見たようだとでもいうか、家の二階までがすっぽりはいる大きな雪の玉をこしらえて、そのそばにしゃがんで見上げたようだというか、とにかく大きな球の形に見え、それが太陽の光をうけて明かるくかがやいて見えるのだった。
海と陸との区別がつくことはつくが、それはあまりはっきりしない。陸の色は黄色っぽい緑であるし、海はうす青であった。しかしよく見ているとあそこが太平洋だな、こっちがアジアで、あっちがアメリカだなとわかった。この大きな球である地球が、きれぎれの雲につつまれているところは、なんだかおそろしい気がしたし、またその大きい地球が、ささえるものもないのに落ちもしないのが、ふしぎであり、あぶなっかしく思われて、山ノ井も、川上も、ながく地球を見ていることができなかった。
二人が目ざす月の方は、こうしてかなり近づいたのにもかかわらず、海から出た満月ぐらいの大きさになっただけだった。月の世界につくには、まだなかなかである。
こうして、しんぼうくらべのような日が、いく日もつづいた。
地球からのラジオが、いちばんたのしいものであったが、それもだんだんと音がよわくなってきたし、局の数もへった。こっちのカモシカ号から地球へ送る無線通信もだんだんうまくいかなくなって、やがてモールス符号のほかは、地球へとどかなくなってしまった。それでも地球からは、かすかながらも無線電話がカモシカ号のアンテナにとどいた。しかしそれは、とくに大切な連絡のために使われるだけであって、一日のうちに五分ずつ、たった三回にすぎなかった。
しかしその五分間の無線電話によって、カモシカ号のことが、内地でたいへん人気があることもわかってうれしかった。また、金星探険団のマロン博士一行の乗っているロケットが針路をあやまって大まわりをしたために、いまだに金星につかないで、金星のあとを追いかけて太陽のまわりをぐるぐるまわっているが、このちょうしではもう地球へもどれず、博士一行は宇宙で遭難し白骨になるのではないか、と心配されている、といういやな報道もあった。
このカモシカ号が、マロン博士一行みたいな運命におちいってはたいへんである。二少年は、たいくつの心をふるいおこして、一所けんめい艇のエンジンのちょうしをしらべ、そのほか艇が持っているいろいろな装置をしらべて、故障のおこらないようにつとめた。
艇は気密室になっていた。気密室とは、空気がもれない部屋のことをいうのだ。もしこの気密がわるくなり、艇内の空気が外へもれはじめると、二少年は呼吸ができなくて死んでしまわなければならない。だから艇が気密になっているかどうかを、念入りにしらべる必要があった。
いよいよ地球から遠くはなれて月に近くなった結果、重力がうんと減った。するとからだは軽くなるし、鉛筆などをほおりあげても、いつまでも上でふわふわしていて、なかなか下へおちてこないというわけで、まるで魔術師になったようでおもしろい。
だが、机の上においた本が、いつの間にやら宙へうかんでいたり、たべようと思ってパイナップルのかんづめをあけると、たちまち中から輪切りになったパイナップルや、おつゆがとびだしてきて、宙をにげまわるなどと、いうこともあって、なかなかてこずる。本や、かんづめはまだいいが、エンジンのちょうしがくるったり、燃料が下からたつまきみたいになって操縦席までのぼってきたり、どの部屋もごったがえしの油だらけになる。これでは困るから、人工重力装置を働かせて、この艇内の尾部の方に向けて、万有引力と同じくらいの人工重力が物をひっぱるようにする。この人工重力装置が働いているあいだは、机の上の本も机の上からにげださないし、輪切りのパイナップルも、ふたのないかんの中におとなしくおさまっている。
急行列車で地上を走ったり、飛行機で太平洋横断の旅行をするのとはちがい、宇宙旅行をするにはこのようにかってのちがったことがいくつもあって、たいへんやっかいであるが、そこがまた、たいへんおもしろいところでもある。
宇宙の墓場だ
「おいポコちゃん。いよいよきたぞ、宇宙の墓場へ。このへんは、もう宇宙の墓場なんだぜ」
山ノ井は、となりの席でもう三時間もぐうぐうねむりつづけている川上を起した。
「うううーん。ああ、ねむいねむい。なんだ、もう食事の時間か」
「あきれた坊やだね。宇宙の墓場だよ」
「シチュウが袴をはいたって。そいつはたべられないや、口の中でごわごわして……。ああ、ああっ。腹がへった」
ポコちゃんは目がさめると、おなかがすいたとさわぎだすくせがあった。山ノ井の千ちゃんは、あきれてしまって、とちゅうからもうだまっていることにして、しきりに暗視テレビジョンのちょうしをかえながら艇外へするどい注意力をあつめている。
ああ、宇宙の墓場。
そこは重力平衡圏というのが、ほんとうであろう。つまり地球からの引力と月からの引力がちょうどつりあっていて、引力がまったくないように感ぜられる場所なのだ。そこは、もちろん地球と月の中間にある。そこから月までの距離を一とすると、そこから地球までの距離は九ぐらいになる。だから月にたいへん近い。
この重力平衡圏は地球と月との間に、かべのように立っているのだ。しかしそれは平なかべではなく、まがっている。
そこへ流れこんだ物は、宙ぶらりんになってしまって、地球の方へも落ちなければ月の方へも落ちない。そしていつまでも宙ぶらりんの状態がつづく。だから宇宙の墓場といわれる。
それに、大昔からこの重力平衡圏へ流れこんで、宙ぶらりんになっている物が少なくないのである。だからいよいよそれは宇宙の墓場らしく見えてくるのであった。山ノ井は、どんなものが宙ぶらりんになっているかと、目をさらのようにしてテレビの幕面をのぞいている。
すると、一つだけ、見えた。
「なんだろう、あそこにある細長いものは……。いん石にしては長すぎるし、それにいやに形がいいし、へんだなあ」
山ノ井がひとりごとをいったのを、川上のポコちゃんが聞きつけて、なんだ、なんだとそばへよってきた。
「へえっ、とうとう宇宙の墓場へやってきたのかい。それはたいへんだ」
ポコちゃんは、小さい目を鉛筆のおしりのように丸くしておどろいた。
「えッ。そして何が見えるって。何が見えているんだろうと、いうのかい。きまっているよ、それはゆうれいだよ」
「なに、ゆうれい?」
「そうさ、ゆうれいにちがいないよ。だって墓場から出てくるのはゆうれいにきまっているじゃないか」
「あんなことをいっているよ。あんなゆうれいがあるものか。よく見てごらんよ」
千ちゃんにいわれて、ポコちゃんがよく見ると、なるほどゆうれいにしてはどうも形がへんである。だいぶん近づいたので、よく見えるようになったが、胴のところに四角な窓がある。ポコちゃんは首をひねった。
「なるほど、四角な窓がついているゆうれいなんて、へんだね。……ああっ、そうか。おい千ちゃん、たいへんだよ。あれはだれかの宇宙艇だよ。遭難したらしいね。早く助けてやらなくては……」
ほんとうだった。それは宇宙旅行中に遭難した宇宙艇にちがいなかった。近づくにしたがって、その宇宙艇の胴にかいてある「新コロンブス号――アルゼンチン」という艇の名前が読みとれた。
「ああ、新コロンブス号じゃないか。今から三年前にアルゼンチンの探険家ロゴス氏が乗ってとびだした新コロンブス号じゃないか」
「ああ、そうか。ふうん、すると三年前から、あのとおりお墓になってしまったんだよ。乗組員はどうしたろう。千ちゃん、すこしスピードをゆるめて、そばへいってやろうじゃないか」
「うん、そうしよう。しかしちょっと危険だぞ。うっかりするとこっちも墓場の仲間入りをするおそれがある」
カモシカ号は、いくらか速度をゆるめ、新コロンブス号の方へ近づいていった。
すると、望遠テレビで、しきりに焦点を新コロンブス号に合わせていた川上が、「あっ」とさけんで、あおくなった。
「どうした、ポコちゃん」
「た、たいへんだ。新コロンブス号はがい骨に占領されているよ。あの窓をよく見てごらんよ。どの窓にも、がい骨がすずなりになって、こっちを見ているよ」
「えっ、そうか。気持のわるいことだなあ」
山ノ井も望遠テレビをのぞきこんだ。かれは首すじがぞっと寒くなるのをおぼえた。
すずなりのがい骨! それはみんな乗組員のなきがらにちがいなかった。なんという気のどくなことであろう。宇宙探険の先駆者のはらった、とおといぎせいである。
「敬礼をしよう」
「ロゴスさん、ばんざい」
そのとき二人の少年は、ほとんど同時に、難破した新コロンブス号の一つの窓に何か字をしたためてある一枚の紙がはりついているのを発見した。そしてそのうしろに、りっぱな艇長の服をきているがい骨が立っていて、
「お前たち、早くこれを読めよ」といっているようであった。どうやらそれはロゴス氏のがい骨らしい。
がい骨がまもっているその一枚の紙にはたしてどんなことが書いてあったろうか。
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