大警告
艇長リーマン博士に面接する機会は、それから一週間後に来た。
それまでの一週間の日を、僕たちは殆んどこの艇内の生活に慣れるために費したようなものだ。
僕の私室は十六号であった。
魚戸の部屋は、その斜向い側の十七号であった。その隣室の十八号が、宣伝長イレネ女史の寝室だった。
魚戸は、本艇に搭乗以来、僕を煙たそうにして避けているように見えた。そういう態度は、僕にとって決して愉快なことではなかったし、一方僕は前にも述べたように、この艇内に青春を鋳潰すと決ったことの悒鬱さで、機嫌はよくなかったので、魚戸と喋ることは僕の方からも避けていたといえる。
しかし僕は魚戸に対していいたいことはいくつか持っていた。その一つは、魚戸こそ僕をリーマン博士に推薦し、僕の青春を鋳潰す計画をたてた発頭人ではないか、それを正したかったこと、その二つは、イレネとの関係について日本人たる彼が如何なる考えを持っているのか、同胞の一人としてその所信を正して置きたかったこと、その外に、彼が今度の宇宙旅行に参加するについて如何なる見識を持っているかということであった。まさか彼魚戸ともあろうものが、単なる恋愛のことや一時の好奇心で、向う十五年の貴重な年齢を無駄費いし、五十五歳にして地球へ帰ることを承知しているとは思われない。そこには何か考えていることがあるのではなかろうか。たとえば途中にて脱走の手段などを予め研究し用意してあるのではなかろうか。
とにかく、このところ僕を悩ます最大のものは、宇宙旅行の冒険ということよりもむしろ向う十五ヶ年の空費についての悒鬱であった。
そういう折柄、リーマン博士が、初めて僕ら新聞記者を引見するという知らせがあったのである。
僕たちは、その日晩餐の一時間前に、これまで一度も足を踏み入れたことのない艇長公室へ入っていった。そこはロケットの最前部から一つ手前の部屋で、やはり正六面体をなしていたし、広さは十坪ばかりのかなり広いところで、中二階のようになった階上がついていて、壁際の斜めに掛った細い梯子によって、昇降ができるようになっていた。恐らく上には、ベッドその他があるのではなかろうか。僕らのはいっていったところは、大きな会社の重役室と大して変った点はなかった。
「やあ、だいぶん諸君を怒らせたことだろう。わしは先刻承知しているんだが、出発早々でどうにもしようがなかったのだ。それに、今だからいうが、本艇の出航が危く敵国スパイに嗅ぎつけられようとしたのさ。成層圏の手前から、高度二十キロメートルのところまで、本艇を覗っていた飛行機が十二機もあったので知れる」
と、リーマン博士は、細長の顔によく似合う単眼鏡をきらつかせ、ときには綺麗に刈込んだ頤髯を軽く引っ張ったりして、機嫌は決して悪い方ではなかった。
「一体何者ですか、十二機は」
ワグナーが、憎々しげに、語尾に力をこめて艇長にきいた。
「本国へ調査を依頼したところ、返電が来て、そのうち三機はユダヤ秘密帝国に属するもの、それから二機はアメリカのもの、一機はソビエト、もう一機は残念ながら所属不明、もう五機はわがドイツ機なることが判明した」
「けしからん奴どもだ。なぜ、本艇はそいつらを撃墜してしまわなかったのです。今後の本艇の使命遂行上、彼らはきっと邪魔をするに決っていますよ」
「それは考慮した。しかしわれらの統領は成層圏を離れるまでは、如何なる場合といえども、攻撃に出でざるよう命ぜられた。わしは、その命令に忠実であった」
このとき僕は、大きな声で叫んだ。
「艇長。われらの統領と仰有ったんですが、それは誰です。本艇とどんな関係があるのですか。どうも僕だけが、本艇についてもこんどの冒険旅行についても、予備知識が一等貧弱なのです。どんどん教えてください。そうでないと折角のお役目が勤まらないから……」
艇長は、にっこり笑って肯いた。
「われらの統領の名前はいえない。仮りにZ提督ということにして置こう。この統領Z提督が、こんどの超冒険旅行の計画者であるわけだ。わしたちは、絶えず統領から助言をうけ、命令を受取っている」
「すると、その統領なる人物は、ドイツ本国にいるのですね」
「いいえ、ドイツの占領地帯である某高山地方におられる。そこには世界一の天文台と気象台と通信所などがある。尤も統領は、時にベルリンへ出かけて、政府の首脳部と会談することもあるが……」
「その統領は、どういう理由で、こんどの宇宙旅行を計画したのですか。これはぜひともいってもらわにゃなりませんよ」
僕は鋭く斬込んだ。
「そうだ、それだ。今日わしと諸君との会見の要点も、そのことにあると思う」
と、リーマン博士は案外にも僕の申し入れを全面的に承諾して、
「但しこのことは今後一定の時期まで、報道は禁止とするが、大事な点だから、諸君は了解して置いてもらいたい。先に要点だけをいえば、われわれが棲んでいる地球は今、われら人類だけによって支配されているが、それが近頃他から脅威をうけんとしているのだ」
「他とは何者ぞや」
僕は黙っていられなくなった。
「他とは、目下のところ何物なるや不明である。しかし今もいったように、地球上の生物――もちろんわれら人類も総括してこれを地球生物というが、それではない他の何者かである」
「火星人というのが、ひところ喧伝されましたなあ」
ベラン氏が、はじめて口を切る。
「わしのいう他の者は、火星人の如き者かもしれない。しかしわれらの研究によると、火星人ではないように思われる節がある。いずれそのことは火星へいって取調べるつもりだが、わしだけの考えでは、もっと遠方から飛来して来た者ではないかと思う。わしは今仮りにこの油断のならぬその者を、X宇宙族という名をもって呼ぶことにしよう」
「X宇宙族。なるほど、こいつは戦慄的な名前だ」
と、さっきから黙りこくっていた魚戸が、顔をあげて呟いた。
「しかしそれは合点がいかぬですなあ。一体わが太陽系では、生物が棲息しているのは、わが地球と、その外に若し可能ありとすると火星しかない。他の遊星には、生物の棲息できる条件がないということを聞いていますぜ。すると火星以外のどの遊星に、そのX宇宙族とやらいう生物が棲息しているのですかなあ」
ベラン氏は、信じられないという顔付であった。
「さあ、X宇宙族が、どこから発足した生物だか、わしは今説明する材料を持って居らない。だが、今いったことは、多分間違いないものとひそかに信じているのだ」
と、艦長リーマン博士は前言を再確認したあとで、特に言葉に力を入れて、次の如くいった。
「四十億光年の直径を持っている大宇宙に、星の数は十五億個、そして宇宙の年齢は、大体十六億年と推定される。その広大な大宇宙の中において、わが地球人類が最高の智能者だと自惚れる者があったら、その者はどうかしている。わが地球人類はわずかに今から四五十万年前に発足したものだ。われらは今、ようやくにして防衛対策に気がついたが、もしそれが遅すぎなければ、それは奇蹟中の大奇蹟という外ない」
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