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宇宙戦隊(うちゅうせんたい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 10:40:40  点击:  切换到繁體中文


   宇宙戦研究班

 山岸中尉は、その夜を帆村と語りあかしてつよい信念を得たようであった。
 すぐにも彼は、竜造寺兵曹長を救いだしに行きたかったけれども、帆村が、「兵曹長の一命はとうぶん大丈夫ですよ」というので、やっぱり十分に準備をしてからでかけることにした。
 山岸中尉は、翌日司令にいっさいをぶちまけて、宇宙戦研究班の編成かたをねがった。
 司令は驚かれた。しかし司令は、がんらい頭の明晰めいせきな人であったので、山岸中尉の話の中におごそかな事実のあるのを見てとり、中尉の願いをききいれた。司令は、上の人と相談を重ね、その結果、早くも翌々日には、臨時宇宙戦研究班というものが、この航空隊の中にできた。そして班長には、有名なる戦闘機乗りの大勇士である左倉少佐が就任した。
 班には班長以外に、四名の士官がつとめることになった。もちろん山岸中尉もそのひとりであった。
 またその外に、班員として若干名が採用されることとなり、帆村荘六もこれに加わった。それから意外にも、熱血児の児玉法学士も志願して、その一員にしてもらった。
 下士官が十名、兵員が八十名。
 山岸中尉の弟の山岸少年と、その友達の川上少年の二人が、これも志願して班員となった。二人とも電信が打てるので、通信を担当することとなった。
 この研究班の設立は、各方面へいろいろの反響を起した。
 国内では、これを待っていましたとばかりに歓迎する者もあったが、多くはこの奇妙な部門が、なんのことだかわからず、けんとうちがいのことをのべる者が少くなかった。
 一部にはつよい反対意見もあった。まだ敵アメリカを屈服させておらず、今もなおときどきアメリカ空軍が内地爆撃をやる有様である。そういう折から対アメリカ戦の結末をつけずに、宇宙戦の準備にかかるとは何事だというのであった。
 しかしわが大日本帝国が世界の安全をあずかる重大使命を有するかぎり、すすんで宇宙戦の準備をしなければならぬ責任がある。だからこの研究班の編成は、時局がらたいへん必要なものである。そういう正しい意見がだんだん国内に強くなっていった。
 国外では、この研究班の編成が、国内よりもずっと強くひびいたようである。各国は争って新聞にそのことを報道し、ラジオによって解説をこころみた。そして日本なればこそ、この困難なことをやりぬくであろうと信頼をよせた。
 盟邦めいほう諸国は、それぞれ全面的に、そのことについて日本に力をあわせ、迫りきたったわれらの大危難を退しりぞけたいものだと、たいへん、もののわかったことをのべた。
 こうして臨時宇宙戦研究班の編成は、たちまち世界中に大きな波紋をなげたのであった。
 その間にも、山岸中尉と帆村荘六とは、この研究班を最初にいいだした関係から、非常にいそがしい毎日を送った。
 はじめの一週間は、夢のように過ぎた。しかしその間に研究班の形はできた。それにつづいて次の一週間、二人はあっちこっちと走りまわった。その結果、二人は宇宙偵察隊をつくることに成功した。
 宇宙偵察隊だ。
 五台の噴射艇が揃った。これに乗って成層圏へ飛びあがり、場合によってはさらに高空へ飛び、偵察をやろうというのであった。
 そしてこの偵察隊がまっ先にやらねばならぬことは、行方不明の竜造寺兵曹長の安否をしらべることだった。
 班長左倉少佐が、ある日、明かるい顔をしてもどってきた。それをまっ先に見つけたのは山岸中尉だった。
「班長。いいお土産みやげをお持ち下さったようですね」
「おう」
 少佐はにっこり笑って、帽子と短剣を壁にかけながら、明かるい返事をした。
「まあそこへ掛けろ。いや、望月大尉も呼んできてくれ。帆村君に児玉君もな」
 望月大尉は、やはりこの班員で、先任将校であった。これも戦闘機乗りの勇士で、左の頬に弾丸のあとがついている。
 山岸中尉は、さっそくその三人を呼んで来た。一同は、それと感づいて、みんな、にこにこしている。
 班長は集って来た一同をずらりと見渡し、
「みんなに報告する。噴射艇二せきで、成層圏偵察の許可が下りたぞ」
 それを聞くと、一同の顔はぱっと輝く。
彗星すいせい一号艇には、望月大尉と児玉班員と、川上少年電信兵が乗組む。二号艇には山岸中尉と、帆村班員と、山岸少年電信兵とが乗組む。目的はもちろん竜造寺機の調査にある。指揮は望月大尉がとる」
 班員は唇を深くむ。
「出発は明後日の〇五〇〇まるごうまるまるだ。すぐ用意にかかれ」この報告と内命に、一同はおどりあがらんばかりによろこんだ。
 ついに研究班の活動が始ったのだ。彗星一号艇と二号艇とに乗って、怪しい空間にとびこむのだ。彗星号という噴射艇は、これまで秘密にせられていた成層圏飛行機――というよりも、成層圏以上の高空にまでとび出せる噴射艇であって、むしろ宇宙艇といった方がよいかもしれない、これは偵察に便利なように作られてあったが、また同時に戦闘もできる。その外、万一の場合も考えて、特殊な離脱装置も考えてある、なかなかすぐれたロケット機だ。
 彗星号の形は、胴の両側によくがあり、その翼にはそれぞれ大きな噴射筒がついている。低空飛行の場合はこの形で飛ぶが、高度があがってくると、両翼は噴射筒とともにぐっと胴体の方によってきて、ちょうど爆弾のような形になるのであった。形を見ただけで、この彗星号がどんなにすごい性能をもった噴射艇であるかが察しられる。
 出発は明後日の午前五時。
 あと一日とちょっとしか時間がない。研究班は総員でその準備にとりかかった。噴射艇の出発地点というのが、○○航空隊のある村から、山道を五里ほどはいったところで、鬼影山きえいざんと、青葉嶽あおばがたけとの間にある、忍谷しのぶだにという山峡であった。

   決死偵察けっしていさつに出発

 いよいよ宇宙偵察隊が出発する日が来た。その出発地点である忍谷では、夜あかしで準備がととのえられた。
 噴射艇の彗星一号艇と二号艇とは、射出機の上にのり、もういつでも飛び出せるようになっていた。
 この噴射艇は最新鋭のもので、特に宇宙飛行用に作ったものであるから、出発のときは、燃料や食糧をうんと積みこんでいるので、非常に重い。だからどうしても射出機を使わないと、うまいぐあいに出発ができないのだ。
 その射出機も、ふつうのものでは力がたりないので、忍谷で用意したのは、電気砲の原理を使った射出機だった。これなら十分に初速も出るし、また電気でとびだすのだから、硝煙しょうえんや噴射瓦斯ガスのため地上の施設が損傷する心配もなかった。
 高い鉄塔の上から照らしつける照明灯は、地上を昼間のように明かるくして、どこにも影がない。の化物みたいな形の噴射艇の翼の下をくぐって、飛行服に身をかためた一人の男があらわれた。それは帆村荘六だった。帆村は腰をのばして、噴射艇をほれぼれと見上げる。
「じつに大したものだ。こんなすばらしい噴射艇が、完成していようとは思わなかった。これなら月世界くらいまでは平気で飛べるぞ」
 と、ひどく感心のていで独言ひとりごとをいっている。そのとき同じような飛行服を着た別の男が、こっちへ走ってきた。そして後ろから帆村の肩をぽんとたたいた。
「おお、帆村君。もうすぐ出発だそうだぜ」
 帆村がふりかえってみると、それは彗星一号に乗組む児玉法学士だった。
「やあ、児玉君」と、帆村は児玉の手をとり、しっかり握った。
「じつは僕は心配をしているんだ。宇宙への冒険飛行に、君のような法律家を引張り出して、さぞ君は迷惑しているのじゃないかと……」
「つまらんことをいうな」
 と、児玉法学士は途中で帆村のことばをおさえた。
「僕は君の好意に、大いに感謝しているんだ。君の好意で臨時宇宙戦研究班へ引張りこまれた僕は、自分の生命を投げ出して一生けんめいになれる日本男児の仕事は、これだと気がついたのだ。見ていてくれたまえ。僕はこれから科学技術をどんどんおぼえていくよ。今に君をびっくりさせてやるから」
 児玉法学士は元気のいい声で笑った。
「まあ、しっかり頼むよ。児玉君」
「うん、心配はいらん。今にして僕は気がついたんだが、日本人は、科学者や技術者にうってつけの国民性を持っていながら、今までどうしてその方面に熱心にならなかったのか、ふしぎで仕方がない。もっと早く日本人が科学技術の中にとびこんでいれば、こんどの世界戦争も、もっと早く勝利をつかめたんだがなあ」
「過ぎたことは、もう仕方がない。ひとつ勉強して、工学博士児玉法学士というようなところになって、僕を驚かしてくれたまえ」
「工学博士児玉法学士か。はははは、これはいい。よし、僕はきっとそれになってみせるぞ」
 熱血漢の児玉法学士は、いよいよ顔を赤くして笑った。しかし、さすがの児玉法学士も、やがて彼が宇宙の怪物を相手に、法学士の実力を発揮して、たいへんな役をつとめようとは、神ならぬ身の知るよしもなかった。帆村にしても、彼が児玉法学士を引張りこんだことが、一つの神助しんじょであったことに、まだ気がついていないのだった。それはいずれ後になってわかる。
 東の空が、うっすらと白みそめた。と、刻々と明かるさがひろがっていって、高い鉄塔の上から照らしつけている照明灯の光が、だんだん明かるさを失っていった。とつぜん喇叭ラッパが鳴り響いた。総員整列だ。時計を見ると出発まで、あと三十分だ。
 帆村たちは、地上指揮所の前に整列した。班長左倉少佐が前に立っている。一同敬礼をかわす。それから班長から、本日の宇宙偵察隊出発について、力強い激励のことばがあった。
 整備隊長から、彗星一号艇、二号艇の出発準備がまったく整ったことが、班長左倉少佐へ届けられる。
 班長はうなずいて、これから出発する望月大尉以下六名をさしまねいて、宇宙図をしながら、更にこまごました注意をあたえた。また一号艇長の望月大尉と、二号艇長の山岸中尉との間に打合せが行われ、両艇は、なるべく編隊で飛ぶこととし、もし何か大危難だいきなんに遭遇したときは、一艇はかならず急いで地上へ戻ることとし、両艇とも散華さんげするようなことはせぬ、そしてその場合、山岸艇が地上へ戻り、望月艇は奮戦を続けることにもきめられた。
 午前五時。正確なその時間に、左倉少佐の号令一下、まず噴射艇彗星一号が、するどい音を発して、さっと空中にとびあがった。山頂の杉林の上を一とびに越えて、朝やけの空をぐんぐん上昇して行く。十秒後には、艇はもう噴射瓦斯を後へもうもうと、ふきだしていた。
 無電報告が、彗星一号艇から来た。
「スベテ異状ナシ。総員士気旺盛オウセイナリ」
 かんたんな電文であるが、搭乗員も艇も、機関や機械類もすべて異状なしとあって、班長左倉少佐をはじめ地上員は大安心をした。
 二十秒おいて、山岸中尉らの搭乗した彗星二号艇が出発した。これもうまくいって、みるみるうちに先発艇のうしろに追いついてしまった。北の鬼影山の頂の上空に、二つの艇は二組の尾をひきながら、すこしも狂わない調子で、ぐんぐん高度をあげていく。
 異状なしとの無電報告が、二号艇からもやってきた。
 左倉少佐は大満悦だいまんえつに見うけられる。双眼鏡から目を放すと、室内へはいって来て、
「おい、通信長。テレビジョンをのぞかせろ」
 と、テレビジョンの受影幕をのぞきこんだ。壁間には昼間もはっきり見える九個の受影幕が、三個ずつ三列に並んでいた。その真中の受影幕には、彗星一号艇二号艇が、画面いっぱいにうつっていた。
「窓のところへちょいちょい出てくる、この顔は誰の顔か」
 と、左倉少佐が幕面を指した。
「これですか。これは児玉班員であります」
「ああ、児玉か。彼はあいかわらず、じっとしていられない男だな。しかし成層圏へ上ったら、空気と圧力が稀薄になるから、児玉も自然猫のようにおとなしくなるだろう」

   成層圏せいそうけん征服

 宇宙偵察隊の噴射艇二台は、引続き調子もよく、上昇していく。この噴射艇は、彗星号というその名にそむかないりっぱなものである。文字どおり彗星のように、空をきって行くのである。
 噴射力が強いので、速度もすばらしく大きい。中でたいている噴射燃料というのが、特殊な混合爆薬で、これが燃焼して、すばらしく圧力の強い瓦斯を吹きだす。しかも噴射器の構造が非常にうまくできていて、最も速度が出るような仕掛になっている。
 艇内は気密室になっている。しかも三重の気密室である。室内は、どんなに高度をあげても、気温や温度が大体高度三四千メートルと同様な状態に保たれ、それ以下には下らぬようになっている。この程度なら、空気をきれいに洗うことも、酸素をおぎなうことも、また室内を温めることも、それほど大きな消費をしないで、艇は長時間にわたる航空にさしつかえないのだ。
 室内には、万一の場合に備えて、気密服やかぶとも用意してあるが、ふつうの場合は、気密服や気密兜を体につける必要はなく、飛行服だけでよいのだ。だから初期の成層圏機にくらべて、居住はたいへん楽であった。居住が楽であるということは、偵察任務にしろ、操縦にしろ、通信にしろ、また戦闘にしろ、すべてが窮屈でなく、十分に実力を発揮できるということである。居住が楽でないと、たちまち実力の半分とか、三分の一とかに落ちてしまう。そこで飛行機や噴射艇の設計者は、設計のときに楽な居住ができるように努力しなければならぬわけだ。
 さて、このへんで、作者は二番艇の内部の模様をお知らせしようと思う。
 操縦席についているのは、いうまでもなく山岸中尉だ。そのうしろに偵察員として帆村荘六がいる。そのとなりに横向きになって、電信員の山岸少年が、無線装置に向かいあっている。
 おもしろいのは、みんなの座席が、重力の方向に曲がっていることだ。艇はほとんど垂直に近い角度で上昇しているので、座席が固定していると、体が横になってしまって自由がきかない。それでは困るから、座席は自然におきるようになっている。そのとき計器盤や無線装置も、座席といっしょにぐっと垂直になるので、非常に便利だ。
「機長」
 帆村が上を向いて叫んだ。
「おう」
 山岸中尉が答える。
「高度二万メートルを突破しました」
「はい、了解」
 白昼だというのに、窓外はもうすっかり暗い。窓は暗紫色である。太陽は輝いているが、空はすこしも明かるくないのだ。だから、あれは太陽ではなくて、月ではないかしらと、帆村はいくたびか錯覚を起しそうになった。もちろん星が暗黒の空にきらきらと美しく輝きだした。どう見ても夜の世界へはいったとしか思われない。成層圏を始めて飛ぶ帆村荘六は、非常な奇異な思いにうたれつづけであった。
「寒くなったら、電熱服を着なさい。また呼吸困難になったら、酸素を吸入なさい」
 山岸中尉は、成層圏になれない帆村と弟のために、親切なはからいをとった。しかし二人とも、これくらいの寒さや息苦しさなら、まだ大丈夫だといって、がんばりとおしていた。
 艇内の正面の計器盤の上に、テレビジョンの受影幕が二個並んでいた。そしてどっちにも像がうつっていた。
 右のものは、飛行艇の操縦席と、その後部がうつっている。操縦席には、望月大尉の明かるい顔があった。だからこれは、先行する彗星一号艇の内部がうつっているのだとわかる。
 左のものは、広い部屋である。奥の方には机や、椅子が並んでおり、飛行服をつけた者がしきりに通っている。これは忍谷基地の地上指揮所の屋内である。
 当番の電信兵の顔の右半分が、画面の端にあらわれているが、それが何だかおどけたように見える。
 こうやってテレビジョンで連絡をとっていると、非常に便利である。地上の指揮所でも、一号艇や二号艇の内部が、壁間の受影幕にうつっているのだから、その像のうつっているかぎり、両艇は安全な飛行をつづけているなと安心していられるのである。
 地上にいて、ほんとうは、たいへん気をもんでいる班長左倉少佐であったけれど、あまりたびたびテレビジョンに顔を出しては、望月大尉や、山岸中尉の注意力をそぐおそれがあると思って、必要なとき以外はなるべく顔を出さないようにしていた。
 いつとはなしに時刻は過ぎ、いつか高度二万メートルを突破した。いよいよ危険な超高空に近づいて来た。
 望月大尉は、山岸中尉からもらった地図をひろげて、竜造寺兵曹長の飛んだとおりの航路をなるべく飛ぶことにして、ここまでたどりついたのである。さて、この先には何者がいるのであろうか。鬼畜きちくか悪魔か、とにかくすこしも油断はならない。望月大尉は、二号艇へ「警戒せよ」と、テレビジョンの中から手先信号で、注意をあたえた。

   大危険帯

 窓外はいよいよ暗黒だ。
 死の世界、永遠の夜の世界だ。
 その中に、どんな恐しい悪魔がひそんでいるかわからないのである。
「ノクトビジョンを働かしているか」
 望月大尉から山岸中尉への注意だ。
 ノクトビジョンとは、暗黒の中で、物の形を見る装置だ。これは一種のテレビジョンで、一名暗視装置ともいう。これで見るには、相手に向けて赤外線をあびせてやる。物があればこの赤外線で照らしつけてくれる。肉眼では見えないが、赤外線をよく感ずるノクトビジョン装置で見れば、まるで映画をみるようにはっきり物の形がわかるのである。
「高度二万五千メートル……」
 帆村荘六が大きな声で報告する。
「あと三千で、問題の高度ですね」
 山岸中尉は落ちついた声でそういう。彼の目は、テレビジョンの上にある、楕円型のノクトビジョンの受影幕に注意力をむけている。何か異変が見つかったら、すぐさま処置をとらないと、竜造寺兵曹長の二の舞を演ずることになるおそれがある。
 その処置とは、どんなことをするのか。出発前、望月大尉と打合わせてきたところでは、異変が起りかけたら、敵の姿が見えようと見えまいと、間髪かんぱつをいれず、機銃で猛射をすることにしてあった。機銃弾の威力は、きっと何かの形で、手ごたえを見せてくれるにちがいないと考えたのである。
 高度はついに二万八千メートルに達した。だが異変は起らない。ノクトビジョンを左右へ振って、前方を注意しているが、なにも見えない。見えるは空ばかり。空が見えているというだけのことで、もうここらには雲片くもぎれ一つあるわけではなし、すこぶるたよりない。
 高度を二万九千まであげてみたが、異変はさらに起らない。
 そこで望月大尉は、
「高度二万八千に戻り、水平飛行で偵察を継続するぞ」
 と、山岸中尉に知らせた。
「了解」
 それはかしこいやり方である。竜造寺兵曹長の高度計は、たぶんくるっていないはずである。だから高度二万八千メートルのところがくさいことはたしかだ。しかし高度二万八千メートルの場所は、非常に広いのである。今飛んでいるところは、できるだけ竜造寺兵曹長のとびこんだと思われるところのつもりであるが、地点の推測の方はあまり正確でないので、まちがえたところを飛行しているおそれが多分にある。だから、この高度であたりをぐるぐると水平偵察をやっていれば、きっと例の魔の空間にぶつかると思われる。
 こうして両機は、その高度で水平偵察をはじめた。はじめは円をえがき、それからだんだんと径を大きくして、外側へ大きく円を画きつづけるのだ。つまり螺旋形らせんけいの航路をとって探していくのである。望月艇と山岸艇とは、五十メートルの間隔を置いて飛んでいた。
 地上の時刻でいうと、午前九時四十分前後であったが、とうとう望月艇が、異変にぶつかった。
 山岸中尉は、テレビジョンの幕の上にうつる望月大尉の急信号により、望月艇が、異変にぶつかったことを知った。かねての手筈てはずにより、山岸中尉は、目にもとまらぬ速さで切替桿きりかえかんをひき、二号艇の尾部へむかって出る噴射瓦斯ガスを、あべこべに前方へ出るように切替えた。つまり艇に全速後進をかけたのである。
 大きな衝動が、搭乗の三名の肉体に伝わった。肉が骨から放れて、ばらばらになるかと思われるほどの大苦痛に襲われた。が、三人とも一生けんめいにがんばって、それをこらえた。しかし苦痛は短い時間だけつづいて、後はけろりと去った。そのとき、艇はまったく前進力をうしない、石のように落ちつつあるところだった。
 山岸中尉は、急いで高度計を見た。二万七千メートルだ。問題の高度より一千メートル下になった。よし、ここなら安全だと、切替桿を逆につきだして、再度、艇を前進にうつした。
 安定度が非常に高いこの彗星号は、このような乱暴きわまる操作にも、すこしも機嫌きげんをわるくしないで、ちゃんと中尉のいうとおりになった。この艇の設計者は、よほどほめられてもいいと、山岸中尉は思った。
 艇が安定をとり戻すと、こんどは急に一号艇のことが気になった。山岸中尉は、目をテレビジョンに持っていった。と、山岸中尉の顔色がさっと変った。一号艇の映像は消えている。いったいどうしたのだ……。
「一号艇、どうしたか」
 山岸中尉は思わず叫んだ。
「一号艇は左上を飛んでいます」
 こたえたのは帆村だ。
「左上を……」
「そうです。しかし変ですよ。今まではノクトビジョンでなければ、姿が見えなかった一号艇が、まぶしいほどはっきり姿を見せているのですよ。そこからも見えるでしょう」
 帆村荘六の声は、いつになくあわてていた。帆村のいうとおりのまぶしい一号艇の姿を、山岸中尉も見出した。まるで照空灯に照らし出されたように見える。
「ああ、一号艇が雲に包まれていく……」
「雲に包まれていく。帆村君、そんなばかなことが……」
「しかしほんとうなのです。事実だからしようがない。さっぱりわけがわからん……」
 帆村のいうとおりだった。一号艇はみるみるうちに、白い雲に包まれていった。そして後部の方からだんだん見えなくなり、やがて頭部も雲の中にかくれて、完全に見えなくなった。
「ふしぎだなあ、しゃくにさわる……」
 と、山岸中尉は、じれったそうに舌うちをした。
「まったくふしぎだ。あの雲は楕円体だぞ。正確に木型で作ったように、廻転楕円体だ」
 帆村の声は、いよいよ、うわずっている。
 山岸中尉の目もそれを確めた。念のためにノクトビジョンでのぞいてみたが、まったくそのとおりだ。
「正楕円体の雲なんてあるかなあ」
 と、帆村は首をひねったが、そのとき彼は電気にふれたように、座席からとびあがって、山岸中尉の肩をつかんだ。
「山岸中尉。わかったですぞ。あの楕円体こそ、いわゆる『魔の空間』です。一号艇はたった今、『魔の空間』にとじこめられたのです」
 叫びながら、楕円体を指す帆村の目は、赤く血走っていた。

   異変と戦う

 成層圏も、高度二万七千メートルになると、いやにすごくなる。まるで月光の下の墓場を見る感じだ。いや、それ以上だ。
 いまはまだ昼間だというのに、空はすっかり光を失って、うるしのように黒くぬりつぶされている。ただ光るものは、ダイヤモンドをまきちらしたような無数の星、それとならんで冷たく光っている銀盆のような衰えた太陽が見えるばかり。この荒涼たる成層圏風景を、うっかり永くながめていようものなら、そのうちに頭がへんになってくる。
 そういう折しも、指揮官望月大尉ののった彗星一号艇が奇怪なる消失。あれよあれよといううちに、白く光る廻転楕円体の雲の中に包まれて、見えなくなったそのふしぎさ。なぜといって、高度二万七千メートルの成層圏には水蒸気は存在しないから、雲がある道理がないのだ。しかるに帆村荘六も、山岸中尉もともにはっきりと白い雲を見たのである。けっして見まちがいではないのだ。うち重なる成層圏の怪異。この怪異をとく鍵はどこにあるのか。
 彗星一号艇を包んでしまったあやしい形の雲、あの雲こそ「魔の空間」だと帆村荘六は叫んで、山岸中尉に注意をしたが、これは鍵ではない。鍵のはいっている箱かもしれないという程度である。けっきょく「魔の空間」とはどんなものか、それがわからなければ、この謎はとけはじめないだろう。戦う彗星部隊は、高度飛行のくるしさの上に、こうした頭脳のくるしさまでが重々しくのしかかっているのだ。
「電信員」
 山岸中尉の声が、爆発したように聞えた。
「はい」
 弟の山岸少年は、元気な声をはりあげて、兄にこたえた。
「無電をうて、平文ひらぶんで急げ」
 中尉は急いでいる。無理もない。帆村は目を近づく楕円雲に、耳を山岸中尉の声に使いわけて緊張の頂点にある。
アテ、左倉班長。本文。高度二万七千、一号艇廻転楕円体ノ白雲内ニ消ユ、ワレ、ソノ雲ニ突進セントス、オワリ」
 電文は簡単である。だが簡単な中に、ひじょうにすごい響きがある。山岸少年は、電文を復誦ふくしょうした。一字もまちがいはない。中尉が「よし」というのを聞いて、ただちに電鍵でんけんをたたきはじめる。さっき中尉から命令をうけると、すぐさま少年は送電機のスイッチを入れて、真空管に点火し、右手の指は電鍵の上に軽くおいて、いつでも打てるように用意をして待っていたのだ。電文は地上指揮所にとどいて、すぐさま同じ文句を地上からうちかえしてきた。
 だが、どうしたものか、その無電は途中でぷつんと切れてしまった。そして山岸少年の耳にかけた受話器に、七色の笛のようなうなり音がはいってきた。
「機長、地上からの送信に、異状がおこりました」
 と、山岸少年は、すばやくその異状を機長にとどけ出た。
 山岸少年は、兄の返事を聞くことができなかった。そのとき事態はひじょうに迫っていたのである。いつどこからわき出したか、白い雲がかなり早い速さでするするとひろがって、早くも二号艇を半分ばかり包んでしまったのだ。山岸中尉は、すべての注意力をそっちへそそいでいた。彼はその雲に包まれまいとして、あらゆる努力をこころみた。まだその雲ののび切っていない方向へ全速力でとばせた。が、白い雲は意地わるく、右から左から、また上から下からと、白いゴム布をのばしたようにのびていった。しかもそののび方が一点をめがけてのびていくように見える。残された出口ともいうべき暗黒の空が、見る見るうちに狭くなっていくのだ。
 奇妙にも、その残された黒い空は円形をなしていた。その円の広さがだんだんに狭くなっていくのだ。晴天に大きなじゃ傘をひろげたようであったのが、ずんずん小さくなって、黒い丸い窓のように見えるまで狭くなり、やがて黒い目玉ほどになった。
「うむ、ちく生」
 山岸中尉が、彼に似合わぬきたないことばを吐いた。よほどしゃくにさわったとみえる。艇は黒い目玉めがけて突進していったが、やっぱり間にあわなかった。ついにその小さい黒い目玉も消えてなくなり、前は一面に白い雲でおおわれてしまった。艇はいまやすっかり怪雲に包まれてしまったのだ。一号艇を救い出そうとして、その後を追った二号艇であったが、いくばくもなくして、自らも同じ運命におちこんでしまったのであった。
 だが、山岸中尉は、まだ希望をすててはいなかった。たとえこれが怪雲だとしても、これくらいのものは体当りでぶち切ることができるかもしれないと思っていた。そこで彼は、全速をかけたままで、白い怪雲の壁をめがけて激しくどんとぶつかった。
 いけなかった。それがひじょうにまずかった。速度が見る見るうちに落ちた。そしてついにとまってしまった。と思ったら、あろうことかあるまいことか、こんどはあべこべに後方へぶうんと艇が走りだしたではないか。
 山岸中尉は、あぶら汗をべっとりとかいた。操縦桿だけは放さなかったが、艇はもう全く彼の思うとおりには動かなくなった。
(もう処置なしだ)
 と、中尉は心の中で叫んだ。そのうちに艇は次第に安定を回復してきたように思われた。そこで中尉は、ふと計器盤の速度計に目をやった。とたんに彼は、
「あっ」
 と叫んだ。速度計が零を指しているではないか。噴射機関に異状はないのに……。高度計はと見れば、いつの間にか零の近くまでもどっている。竜造寺兵曹長が消息をたつ、その直前に打った謎の無電と同じ状況ではないか。ああ、あの無電……。
“……高度二万八千メートルニ達セシトコロ、突然轟音トトモニハゲシキ震動ヲ受ケ、異状ニ突入セリ。噴射機関等ニマッタク異状ナキニモカカワラズ、速度計ハ零ヲ指シ、舵器マタキカズ。ソレニツヅキ高度計ノ指針ハ急ニ自然ニ下リテ、ホトンド零ニモドル。気温ハ上昇シツツアリ……”
 そうだ。たしかに暑苦しくなってきた。
“……タダイマ外部ノ気圧計急ニ上昇ヲハジメ、早クモ五百五……”
 五百五というところで、竜造寺兵曹長の無電は切れたのだった。山岸中尉が外部気圧計の面をのぞくと、このときの艇内の気圧は五百七十ミリを指していた。なるほど竜造寺兵曹長の場合と同じだ。高度二万七千メートルなら気圧はせいぜい二十ミリぐらいであるはず、それが五百七十ミリを示している。これは高度二千メートル附近にあたる。
 大異変来る。ついに竜造寺兵曹長と同じ運命におちいったのだ。山岸中尉は大きく息をすいこんだ。
「ああ、『魔の空間』、ほんとうだったな」

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