新しい手懸り
「はははは。帆村君。君もすこし体をやすめてはどうかね。この間から、ずいぶん心身を疲らせているようだから、君まで神経衰弱になっては困るよ」
特別刑事調査隊長の室戸博士は、白い髭をひっぱって、帆村荘六をじろりと見た。帆村が「白根村事件こそは、恐るべき怪物が、われわれにたいして発した第二の警報だ」という意味のことをいったので、そういう突拍子もないことをいうのは、帆村荘六自身がもう神経衰弱になっているのではないかと思ったのだ。
帆村は室戸博士の言葉を、悪い方へ解釈しなかった。彼はていねいに礼をのべた。それからポケットへ手を入れると、何か紙に包んだものを取出した。それを開けると、中には緑色がかったねじの頭のようなものが、三つ四つはいっていた。それを帆村は、博士たちの前に出して見せた。
「話は、例の緑色の怪物の方へとびますが、今日私は坑道でこんなものを拾ったのです。これまでにごらんになったことがありますか」
帆村が差出すのを、博士は紙のまま受取って、机の上に置いた。調査隊の七人組が、そのまわりに集った。
「これは何処で拾ったのかね」
室戸博士は、鉛筆の尻で、そのねじの頭のようなものを突きまわす。
「今申したように、鉱山の坑道の下です。例の緑色の怪物が落ちこんだ穴の底を探しているうちに、ついに見つけたのです」
「何かね、これは……」
「さあ、わかりません」
「相当重いね」
博士は手袋をはめてから、そのねじの頭のようなものを掌の上にのせて重さをためしてみたのだ。手袋をはめたのは、その品物の上に指紋がついていた場合、それを乱さない心づかいであった。
「はい、重いです。金属らしいですね。これは、分析してみないとわかりませんが、例の緑色の怪物の体から、もぎとられた一部分のように思うのです」
「さあ、どうかなあ。坑道に前から落ちていたものじゃないかな。銅が錆びると、こんな風に緑色になるよ」
「それは緑青のことです。しかしこれは緑青ではありません。それに、鉱山でつかっているもので、こんな色をした、こんな形のものはありません」
帆村は自信をもっていった。
「すると君は、これがたしかに例の怪物の体の一部だというのかね」
「分析してみた上でないとわかりません」
「そうか、とにかくこれはこっちへ預っておこう。大した証拠物件ではないが、また何かの参考になるかもしれん」
そういって室戸博士は、それを紙に包んで、自分のポケットに入れようとした。
「待って下さい。たいした物件でないというお考えなら、私のところへおかえし願いたいのです」
博士は、いやな顔をして、紙包を帆村の方へ放り出した。
「君にいっておくが、われわれの許可なくして、事件に関係のあるものを私有することはやめてもらいたい」
「はあ」
博士は児玉法学士の方へふりかえって、
「分署の者に命じて、坑道の入口から底に至るまで、もう一度よく探させるように。そして変った物があったら、一つところへ集めておかせるんだ。せっかくの証拠物などを他の者に荒されたんでは、わたしたちは大迷惑だからな。場合によっては、職権妨害罪をあてはめることも出来るんだが、そんなことはあまりしたくないし……」
室戸博士の言葉には、帆村に対して意地わるい響を持っていた。鉱山の者や、調査隊の者には、それがよく響いたが、当の帆村荘六はいっこう響かないらしく、彼はそのとおりだという風に軽く肯いていた。
「そうそう、君に聞いておきたいことがあった。帆村君、君は例の怪漢のことを、人間と思っていないという話だが、本当かね」
と訊く室戸博士は、ある昂奮を圧し隠しているように見えた。
「は。それはまだはっきりといいきれませんが、私は地球人類ではないと思っています」
「ほほう。地球人類ではないというと、それは何かね。人間でないものというと、常識では解けないじゃないか」
「それがはっきり解けると、この事件もたちどころに解決するのですが、まだわかりません。しかし人間でないということだけは言い切れます」
「なぜ」
「そうではありませんか。心臓のとまっていたのが、やがて地上へ移すと動きだした。これは人間にはないことです。目が三つある。これも人間ではない。岩の上を走っていって、竹蜻蛉のようにきりきり廻った。と、その姿が急に見えなくなった。これは児玉法学士が見たのですから間違いなしです。これも人間業ではありません」
「そうは思わないね。まず心臓の件だが、あれは始め診察したとき心臓のまだ微かに動いているのを聴きおとしたのだ。第二に、竹蜻蛉のように廻ることは、舞踊でもやることで、ふしぎなことではない。第三に、見ているうちに姿を消したというが、あれは児玉法学士の目のあやまりだよ」
室戸博士は、三つとも否定した。
「いや博士。僕は見誤りなんかしませんです。たしかに怪物の姿が、まるで水蒸気が消えるように消えてしまったのです」
いつの間にか、そこへ帰って来ていた児玉法学士が弁明した。
「児玉君。まあ、君は黙っていたまえ。とにかく帆村君、君が変なことをいいふらすものだから、この村の善良な人たちは非常におびえているよ。注意したまえ」
室戸博士は、叩きつけるようにいうと、席を立って向うへ行ってしまった。
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