宇宙線の威力
青いとかげの化物みたいな怪死骸に逃げられ、皆がっかりだった。はるばる東京からやってきた特別刑事調査隊の七人組も、どうやら面目をつぶしてしまったかたちで、室戸博士以下くやしがること一通りではなかった。
この上、現場にうろうろして、怪物のとび去った空をながめていても仕方がないので、鉱山の若月次長のすすめるままに、一同は鉱山事務所へ行って休息することとなった。
青とかげの怪物がにげてしまったことは、すでに事務所にもひろがっていた。皆おちつきを失って、あっちに一かたまり、こっちに一かたまりとなり、今入ってきた七人組を横目でにらみながら、怪物の噂に花がさいている。
「あの七人組の先生がたも、こんどはすっかり手を焼いたらしいね」
「しかし、折角こっちがつかまえておいたものを、むざむざ逃がすとは、なっていない」
「それよりも、僕はあの怪物がきっとこれから禍をなすと思うね。この鉱山に働いている者は気をつけなければならない」
「あんな七人組なんかよばないで、帆村さんにまかせておけばよかったんだ」
「そうだとも、帆村荘六のいうことの方が、はるかにしっかりしている。彼は『あの怪物は宇宙線を食って生きている奴だ』と、謎のような言葉をはいたが、宇宙線てなんだろうね。食えるものかしらん」
誰もそれについて、はっきり答えられる者がなかった。
「宇宙線というと、光線の一種かね」
「そうじゃないだろう。まさか光線を食う奴はいないだろう」
「それではいよいよわけが分からない」そういっているとき、帆村荘六が、例のとおり青白い顔をして、部屋へはいってきた。彼は皆につかまってしまった。そして宇宙線が食えるかどうかについて、矢のような質問をうけたのであった。
「宇宙線というのは、X線や、ラジウムなどの出す放射線よりも、もっとつよい放射線のことだ」と、帆村は、皆にかこまれて説明を始めた。
「X線が人間の体をつきとおるのは、誰でも知っている。胸部をX線写真にうつして、肺に病気のところがあるかどうかをしらべることはご存じですね。宇宙線はX線よりももっと強い力で通りぬける。X線の約三千倍の力があるのです。X線はクーリッジ管から出るものだが、宇宙線は何から出てくるか。これは今のところ謎のまま残されています。しかし地球以外のはるかの天空からやってくる放射線であることだけは分かっています。だから宇宙線といわれるのです。その宇宙線は、まるで機関銃弾のように、いつもわれわれ人間の体をつきぬけている。しかしわれわれは、宇宙線にさしとおされていることに、気がつかないのです。この宇宙線は、空高くのぼっていくほど数がふえます。それから宇宙線は、更に大きな力を引出す働きをします。火薬を入れた函にマッチで火をつけると大爆発をしますが、宇宙線はこの場合のマッチのような役目をするのです。この働きに、僕たちは注意していなければなりません」
聞いていた皆は、何だか急に寒気がしてきたように感じた。
「ふかい地の底には、宇宙線はとどきません。そこに暮していると、宇宙線につきさされないですみます。そうなると、人間――いや生物はどんな発育をするでしょうか。またそれと反対に、人間が成層圏機や宇宙艇にのり、地球を後にして、天空はるかに飛び上っていくときには、ますます強いたくさんの宇宙線のために体をさしとおされるわけですから、そんなときには体にどんな変化をうけるか、これも興味ある問題ですねえ」
「その問題はどうなるのかね」
と、若月次長がきいた。すると帆村は首を左右にふって、
「まだ分かっていません。今後の研究にまつしかありません」
「宇宙線というやつは、気味のわるいものだな」
「そういろいろと気味のわるいものがふえては困るねえ。あの青いとかげのような怪物といい、宇宙線といい……」
「帆村さん、あの青い怪物と宇宙線との間には、どんな関係があるのですか」
と、また一人がたずねた。
「さあ、そのことですがね。あの怪物は宇宙線を食って生きている奴じゃないかと思うのです。つまり地底七百メートルの坑道の底には、宇宙線がとどかない。そのとき彼奴は死んでいた。それを地上へもってあがると生きかえった。地上には宇宙線がどんどん降っているのです。ちょうど川から岸にはねあがって、死にそうになっていた鯉を、再び川の中に入れてやると、元気になって泳ぎ出すようなものです」
「なるほど、それであの怪物は生きかえったのですか」
「そうだろうと思うのですよ。これは想像です。たしかにそうであるといい切るためには、われわれは、もっとりっぱな証拠を探し出さねばなりません」
「すると、帆村君は、その証拠をまだ探しあてていないのかね」
「そうです。今一生けんめい探しているのです」
「しかし、そんな証拠は、見つからない方がいいね」
「えっ、なぜですか」
「だって、そうじゃないか。その証拠が見つかれば、僕たちは今まで知らなかったそういうものすごい怪物と、おつきあいしなければならなくなる。それは思っただけでも、心臓がどきどきしてくるよ」
「しかし、ねえ次長さん。あの青い怪物とのおつきあいは、あの坑道の底で死骸を発見したときから、もう既に始っているのですよ」
「えっ、おどかさないでくれ」
「おどかすわけではありませんが、あの怪物の方が進んでわれわれ地球人類にたいし、つきあいを求めてきているのですよ」
帆村の言葉に、聞いていた一同は、ぶるぶるとなって、たがいの顔を見合わせた。
「これからあんな怪物とつきあうのはたまらないな。なにしろ相手の方がすぐれているんだからね。うかうかすると、僕たちはいつ殺されてしまうか分からない。帆村君、一体どうすればいいんだ、今後の処置は……」
若月次長は帆村の腕をつかまえゆすぶった。帆村はしばらく黙っていた。そして遂にこういった。
「戦争の準備をすることです。宇宙戦争の準備をね」
聞いている者は、おどろいた。
「えっ、宇宙戦争。そんな夢みたいなことが始るとは思われない」
「その準備は一刻も早く始めるのがいいのです」と、帆村は相手の言葉にかまわず、強くいい切った。
「まあ見ていてごらんなさい。これから先、次から次へと奇妙な出来事が起るですよ。そうなれば、僕の今いったことが、思いあたるでしょう」
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