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浮かぶ飛行島(うかぶひこうとう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-24 10:34:31  点击:830  切换到繁體中文



   重傷の水兵


「ジャック。水兵杉田に、私が見舞に来たといえ」
 リット少将はおもむろに口を開いた。
「へえい」
 と答えてヨコハマ・ジャックは、憎々しく幅の広い肩をゆすぶって寝台に近づいた。
「こら、杉田水兵。飛行島の団長さまリット閣下がおいでになったぞ。眼をあけて、御挨拶を申しあげるのだ」
 杉田はなにも答えなかった。ただ太い眉がぴくりと動いただけで、とじつづけている瞼をあけようともしない。
「太い奴だ。こら杉田、眼をあけろというのに。――こんなにいってもあけないな。うん、じゃあいつまでもそうしていろ。こうしてやるぞ」
 と手をさしのばして、杉田の顔をつかみかかろうとするのを、ドクトルは横合からさしとめた。
「患者に手をかけてはならぬ。私は主治医だ」
「なにを、――」
「おいジャック。もういい、やめろ」
 と、リット少将はジャックをとめた。
 ドクトルはその方を向いて、
「リット少将。このような乱暴がくりかえされるのでありますと、私はこの患者の生命を保証することはできませぬ」
「いやわかっている。ジャック、お前はすこし手荒いぞ。ちと慎め」
「なにが手荒いものですか。私は昨日、この日本の小猿めに床の上に叩きつけられたものです。そのとき腰骨をいやというほど打ちつけて、しばらくは息もできないほどでした。その仇をとらなくちゃ、ヨコハマ・ジャックさまの――」
「こら黙れ。この上乱暴すると、飛行島の潜水作業の方へ廻すぞ」
 とリット少将がきめつけると、ジャックはたちまち顔色をかえて、
「あっ、そいつばかりは御免です。潜水作業はあっしの性分に合わないんだ。この前十分に懲りましたよ。あんな深いところに推進装置をとりつけるのは――」
「おい、飛行島の秘密をしゃべっちゃならぬ。貴様は何というわからない奴だ」
「ほい、また叱られたか」
 ジャックは両手をポケットにいれて、肩をすくめた。
 その時あわただしく扉をあけて、スミス中尉が入ってきた。
「おおリット少将。至急、御報告することがあります」
「スミス中尉か。何ごとだ」
「今しがた、飛行島の左舷近くに、昨夜海中にとびこんだところを射殺しました日本のスパイ士官らしい死体が浮かんでいるのを発見いたしまして、引揚げてあります。ごらんになりますか」
「なに、あの川上機関大尉の死体が発見されたというのか」
 とリット少将は眼を輝かした。
「そのとおりでございます。それで、いかがいたしましょうか」
「死体が見つからなかったときには、川上の行方をもう一度厳重に探さなければならぬと思って、いまもそれを考えていたのじゃ。万事思う壺で、満足じゃ」
 川上機関大尉の死体が発見されたとは、全く一大事であった。
 英語を知らない杉田二等水兵は、別におどろきもせず寝ていたが、もしそれを知ることが出来ていたら、どんなに歎いたことであろう。
「おい、スミス中尉。その死体はたしかに川上機関大尉にちがいないかね」
 何を考えたか、リット少将が突然思いがけない質問を放った。
「なんとおっしゃいます」
 と中尉は自分の耳をうたがうように、少将の方を注目した。


   涙、涙、涙


「リット少将。昨夜も御報告申し上げましたように、川上機関大尉を中甲板舷側に追いつめました時、彼は苦しまぎれに、塀を越えて海中にとびこんだのです。それを上からさんざん撃ちまくったのです。さっき東側のふなばた近くの海面で発見した死体には、弾丸たまが二十何発も命中していましたし、これに間違いありません」
「そうか。弾丸は捜査隊員のもっていた銃から出たものに相違ないか」
「そうであります。うち一発は、すぐ取出せましたので改めてみましたが、たしかにこっちの機関銃の弾丸でありました」
「じゃ、その死体を見ようじゃないか」
 リット少将は、スミス中尉に案内させて、舷ちかい甲板の隅に寝かしてある死体を見た。それはほとんど裸に近い東洋人であった。たしかに二十何発の命中弾のあとをかぞえることができる。
「念のため、水兵杉田にこれを見せてみろ。彼がどんな顔をするか、それによって、真偽のほどが確かめられるだろう」
 どこまでも考え深いリット少将は、スミス中尉に眼くばせをした。
 杉田水兵は、いきなり背の高い患者運搬車にのせられたので面喰った。二人の看護婦がその手押車について、甲板へと出た。それからエレベーターによって、何階か下に下っていった。
「俺をどうするつもりだ」
 と杉田二等水兵は叫んだ。
 すると、待っていましたとばかりに、ヨコハマ・ジャックが寄ってきて、看護婦のとめるのもきかず、杉田の肩をこづいた。
「さあ、とうとうものをいったな。貴様は勝手な奴だ。だがいい気味だ。いまびっくりするものを見せてやるぞ」
「びっくりするものって何だ!」
「うふん、驚くな、いいか。貴様が杖とも柱とも頼む川上機関大尉の死体だ」
「ええっ、な、な、何だって?」
「あっはっはっ、いよいよ貴様も、木から落ちた猿と同じことになったよ。ざまをみろ」
 ジャックは憎々しげにいい放った。杉田二等水兵ははらわたを断たれるおもいであった。ああ、わが川上機関大尉も遂に悲壮な最期をとげられたか、――車は、観念のまなこをとじた杉田をのせていよいよ現場についた。
 するとリット少将から意をふくめられたジャックが、杉田のそばへよってきて、
「さあ杉田水兵、ここにころがっている死体を見ろ。お前の上官だ。川上機関大尉だ」
 と、杉田の肩をつついた。
 杉田は、寝台の上で、思い悩んだ。会いたい、見たい。いやとびつきたい程の思であるが、上官の亡骸なきがらに、生きて相見あいまみえることは部下として忍びないものがあった。
「おい、杉田、お前は大尉に会いたくないのか?」
 とジャックはあざ笑いながらうながした。
 杉田二等水兵は、遂に心を決したらしく、体を動かした。二人の看護婦は、それをうしろから抱きおこした。
 傍に並ぶリット少将はじめみんなの眼は、杉田の顔の上に吸いつけられたようになっていた。あたりはしーんと水をうったように静まりかえった。
 死体の上にかけられてあった布がさっと取り除かれた。
「さあどうだ」
 と同時に、
「うーむ、――」
 杉田水兵は両眼をかっと開いて、死体の顔をじっと見つめた。リット少将はぐっと唾をのみこんで息をこらした。その次の瞬間、杉田の眼から涙がぽたぽた湧いてきた。彼は、
「ああ川上機関大尉!」
 と、上ずった声で叫ぶと、両手で顔を隠して、おいおいと泣きだした。
「うむ、やっぱり川上だった」
 と、リット少将は、「カワカミ」という名を呼ぶ杉田の声を聞いて、そうつぶやいた。
「どうです、閣下。杉田は、あのように涙を流して泣いています」
 と、中尉は得意そうに相槌をうった。
 杉田は、いつまでも声をあげて泣きつづけていた。
 ああ、われらの川上機関大尉は、武運つたなく、遂に冷たい亡骸となり果ててしまったのであろうか。――
 諸君!
 嬉しいことには、事実は全くの反対であったのだ。杉田二等水兵は、嬉し泣きしているのであった。その死体は、見も知らぬ中国人であったのだ。
「川上機関大尉は、どこかに必ず生きている!」
 そう思うと、嬉し涙が、あとからあとからと湧いて停らない。それをリット少将たちは、悲しみのあまり泣くのだと誤った。
 日本兵は嬉しい時には泣くけれど、悲しい時には一滴の涙をも出さぬように修養しているのを知らなかったのだ。
 ああ川上機関大尉! と叫んだのは、杉田が早くもこの場の空気を感づき、自分が上官の首実検に使われているなと知って、一世一代の大芝居をうったのであった。
 日本の一水兵の作戦は十分効を奏した。そしてリット少将以下の飛行島の幹部は、すっかり騙されてしまった。
(これでいい。川上機関大尉の捜索隊は、これで解散になるだろう)
 と、杉田は泣きながら、上官の武運を祈った。
 飛行島の幹部連は、すっかり安心してしまった。
 それにしても一たい川上機関大尉は、どうしてあの難を免れたのだろう。それはいずれ彼が再び諸君の前に現れるとき明らかとなるであろう。
 南シナ海にようやく風が出て、波浪が高くなってきた。この時、連合艦隊から重大命令をうけた、わが最新潜水艦ホ型十三号は一路飛行島に近づきつつあった。


   哨戒艦現る


 半かけの月は水平線の彼方に落ち、南シナ海は今やまっ黒な闇につつまれている。
 昼間の、あの焼けつくような暑さは、もうどこへやら潮気をふくんだ夜風が、刃物のように冷たい。
 風がつのってきたらしく、波頭が白く光る。それがわが潜水艦ホ型十三号の艦橋に立つ当直下士官の眼にも、はっきりわかった。
 艦は今、鯨のような体を半ば波間に現し、針路を西南西にとって、全速力で航行中だった。へさきを咬む波が、白い歯をむきだしたまま、艦橋にまで躍りあがってくる。
 当直下士官は、すっかり雨合羽に全身をつつみ、胴中を鉄索にしばりつけて、すっくと立っている。
 頭巾の廂からぽたぽたと潮のしずくが垂れる。すると風が下からどっと吹きあげ、霧のようになって顔をうつ。それでも、いささかもひるむ気色なく、墨をながしたような前方の深い闇を、じっとにらんでいる。
 そのうちに風は雨を含んでますますつのり、舳を越えてどどっと崩れかかる波浪はますますたけりくるう。艦体は、前に後に、左に右にとゆれながら、海面を縫って難航を続けた。
 しばらくして、ジジジ……と電話のベルが鳴った。
 下士官は右手をのばして電話機をとりあげた。
「はあ、艦橋当直」
「こっちは艦長だ。どうだ入野いりの一等兵曹、あと三十かいりで飛行島にぶつかる筈だが、西南西にあたって、なにか光は見えぬか」
「はい、なにも見えません。只今艦橋は豪雨と烈風にさらされ、全然遠方の監視ができません」
「そうか。苦しいだろうが、大いに頑張ってくれ。なにか見えたらすぐ知らせよ」
「はっ、かしこまりました」
 それから十分ほど過ぎた。
 雨脚が急に衰え、雲が高くなったようである。
 艦橋に立つ入野一等兵曹は、行手にあたって、ほの明るい光のかたまりを見出した。夜光の羅針儀の蓋をとってみると、その光物は正に西南西の線上にあった。
「おお、あれこそ飛行島にちがいない」
 入野は直ちに電話機をとって、
「艦長へ報告、西南西にあたって、光を放っているものが見えます」
「見えたか。よし、見失わぬように監視をつづけていよ」
「はい、承知いたしました」
 電話が切れると間もなく、艦橋の下の昇降口があいて、そこから艦長の丸顔が現れた。あとには先任将校が続いてのぼってくる。狭い艦橋の上は、芋を洗うようにお互の体がぶつかった。
「おお、あれだな」
 と艦長水原少佐が、入野のところへよってきて、白い手袋をはめた手をあげた。
「そうであります。望遠鏡でみますと、飛行島の甲板上に点っている灯が点々と見えます」
「そうか。まだ気がつかないのか、一向警戒をしている様子が見えないね。しかし、もう向こうの哨戒圏内に入ったとみなければならぬ」
 と、艦長の声が終るか終らないうちに、突然右舷はるかの海面からぴかーりと探照灯が一本、真青の光をあげて流れ出た。
「艦長、哨戒艦のようです」
 と副長が叫んだ。
「うむ、距離はいくら、速力は、針路は――」
「はい。――観測当直、右舷に見ゆる哨戒艦を測れ」
 すると観測当直が、すぐさま測って大声で返事をした。
 そのうちにも探照灯は一本から二本になり三本になり、しきりに海面を照射した。おそろしいものである。わがホ型十三号潜水艦が、風雨の中にこの海面にまぎれこんだのを、たちまち勘づいたのである。
 いくたびか探照灯はわが潜水艦の傍をすりぬけたが、幸いにも発見されなかった。しかしこのままでは早かれ晩かれ、この艦橋や半ば海面にあらわれている艦体が、あの探照灯の眩しい光の中に照らし出されずにはいないであろう。それはもう時間の問題であった。
 それを知ってか知らでか、水雷長はまだ潜航命令を発してはおらぬ。
「艦長、飛行島がしきりに灯火を消していますぞ」
 入野が呶鳴った。
「うむ、分かった。それでは――」と叫ぶなり艦長は副長に耳うちした。
 五秒、十秒、十五秒……。哨戒艦の探照灯は、ようやくこっちの方向を嗅ぎつけたらしく、どれもこれも近くへ集ってきた。
 もしその光のうちに、捕らえられてしまうと、次の瞬間、敵の砲弾はおそろしい唸をあげてわが頭上に落ちてくるものと覚悟しなければならない。
 そのとき艦長は叫んだ。
「艦載機一号、出動用意!」
 突如発せられた命令を、伝令兵は伝声管によって、艦内へ伝えた。


   空襲警報


 艦載機一号の操縦者は、柳下航空兵曹長だった。命令の出たときには、すでに空曹長の用意は全部整っていた。
「柳下空曹長です。一号機の出発用意よろしい」
 すると艦橋の艦長は、わざわざ伝声管にとりついて、重任の柳下航空兵曹長に、こまごまと任務について訓令するところがあった。
「――分かったな」
「はい」
 と空曹長は早口に復誦した。
「よろしい、出発。武運を祈る」
「はっ、では行ってまいります」
 と、空曹長は隣の家へでも、出掛けるような気軽さで、愛機の席についた。
 命令一下、艦橋の下に隠れていたドアが、ぱっと左右に開くと、バネ仕掛のようにカタパルトが顔を出し、その次の瞬間、轟然たる音響もろとも風を切ってぱっと外にとびだした軽快な一台の艦載飛行機! それこそ柳下空曹長の操縦する一号機であった。
 暗澹たる空中に、母艦をとびだした艦載機の爆音が遠ざかって行った。
「柳下、しっかりやれ。頼むぞ」
 誰かが叫んだ。
 艦長以下幕僚たちはいずれも見えない空を仰ぎ、暗の空にとびだしていった勇士の前途に幸多かれと祈った。
 その途端――
 艦橋が、真昼のように輝いた。
 哨戒艦の探照灯が、とうとうわが潜水艦をさぐりあてたのである。
 艦橋に立つ艦長以下の群像は、濃いかげに区切られて、くっきりと照らしだされた。――探照灯は、もう釘づけになって艦橋から放れない。
「うふ。とうとうお眼にとまったか」
 と、艦長はにっこりと微笑ほほえみ、
「よし、では急ぎ潜航用意。総員艦内に下れ!」
 と、号令した。艦は直ちに潜航作業にうつった。
 艦長が一声叫べば、あとは日頃の猛訓練のたまもので、作業は水ぎわだってきびきびとはかどるのであった。
 僅か三十秒後、艦はもうしずしずと波間に沈下しつつあった。
 それから一分の後、艦橋もなにも、すっかり海面から消え去った。あとにはほんのすこしの水泡みなわが浮いているだけ――その水泡もまたたく間に、波浪にのまれて、見えなくなった。
 なんというすばらしい潜水艦であろう。
 闇の中には柳下機の爆音も聞えず、吹きつのる烈風の声、波浪の音のみすごかった。ああわが艦載機の行方はいずこ?
     ×   ×   ×
 こちらは、飛行島であった。
 恐るべきスパイ川上機関大尉は、今は冷たいむくろとなって横たわっているし、もう一人の杉田二等水兵は重傷で、病室に監禁してある。まずこれで連日の心配の種は、すっかりなくなった。今夜は枕を高くしてねむられるわいと、飛行島の建設団長リット少将以下、賓客のハバノフ氏にいたるまで、いずれもいい気持になってぐっすり寝こんでいたところであった。そこへ俄かに空襲警報、寝耳に水とは、まさにこのことであったろう。
 それは飛行島はじまってはじめての空襲警報だった。
 しかし、まさかここまで日本の飛行機はやって来まい。万一来るようなことがあっても、途中には幾段にも防空監視哨をこしらえてあるから、それに見つかって、香港あたりの空軍が渡り合うだろうくらいに考え、防空訓練は実は大して身を入れてやっていなかったのであった。
 だから、さあ怪しい潜水艦隊と渡洋爆撃隊が飛行島へ攻めてきたということが、島内各部へ伝わると、上を下への大騒ぎとなった。灯火管制班が出動して電灯を次から次と消させてゆくが、なかなかうまくゆかない。
 それでも兵員がついているところはあらまし消し終え、大事なところだけは、ほぼ闇の中につつまれた。
 この報告は直ちにリット少将のところへもたらされた。少将はさすがに英海軍の猛将だけに狼狽の色も見せず、昼間と同じくきちんと服装をととのえ、「鋼鉄の宮殿」の階上を占める司令塔から、じっと外の様子を眺めていた。


   無線室の怪


「リット団長閣下、飛行島の主要部は、すっかり灯火管制下にあります」
 と、担任士官が報告をすると、少将はにこりともせず、窓の外を指さし、
「あれが完全管制だとは、なんという情ないことだ」と、マストの上などにまだ消しのこされた灯火を指さした。
「わしは目が見えないことはないぞ。いいから配電盤のところで、電灯線へ流れこむ電流は全部切ってしまえ」
「はっ、だが、それは危険であります。閣下」
 と担任士官は、顔色をかえてリット少将の言葉をさえぎった。
「なんじゃ、危険じゃと? 一たいなにが危険なのじゃ」
 リット少将はけわしくいいかえした。
「つまりその、そうやれば灯火管制の方は完全でありましょうが、要所要所を固めている者達の活動が出来なくなるばかりでなく、悪性の労働者が、暗闇を幸い、どんな悪いことをはじめるかわかりません。私の心配なのは、この点であります」
「ばか奴!」とリット少将は、あらあらしく叱りとばした。
「それが灯火管制の最中に、責任ある者のいうことか。なんでもよい。敵機に、この飛行島の梁一本でも壊されてたまるものか。命令じゃ。電灯線への送電を即時中止せい」
「ははっ、――」
 一言もなかった。担任士官は、すごすごと少将の前を退いた。
 それから数分ののち、電灯線への電流はすべて止められた。ここにはじめて飛行島は、完全に闇の中に包まれてしまった。
 不意うちの送電中止に、飛行島のあちこちでは大まごつきであった。
 臆病な白人の細君たちの中には、暗黒と敵襲との二重の恐しさに悲鳴をあげて泣き叫び、寝床の中にもぐりこむやら、ぶるぶる慄えながらかけまわるやら、大騒がはじまった。
「日本の潜水艦が、すっかり飛行島のまわりをとりまいてしまったってよ」
「それよりも大変なことが起きたのよ。海底牢獄に閉じこめてあった囚人を、誰かが行って解放してしまったそうよ」
「あっ、皆さん、しずかに! 爆音がきこえる。日本の飛行隊がいよいよ攻めてきた。ああどうしよう。あなたあ、――」
 そういう騒の最中に、真暗な無線室の外を、どどどっと靴音をひびかせて通りすぎる一団がある。なにかわめいているが、暴徒だか監視隊だか、さっぱりわからない。その中に、
「無線室はどこだあ」
 と、呶鳴って歩いている者がある。
「無線室はここだが、お前は誰だあ」
 と応じた声があった。と同時にさっと懐中電灯がいきなり照らしつけられた。
 その光の中に現れたのは、あまり背の高くない下士官であった。どうしたのか、制帽を耳のところまで被り、服の上にひっかけている雨合羽は襟を立てていた。
「飛行班のゴルドン兵曹だ。班長からの至急電報を頼みにきた。早くとおしてくれ」
「なんだゴルドンだって? そんな名前の兵曹がいたかなあ」
「うむ」とゴルドンはうなったが、「貴様、俺をからかう気か。よし、そんなら貴様のことを班長に報告してやる」
「ちょっ、気の短い奴だ。別に疑ったわけじゃない。さあ、早くこっちへ入ればいいじゃないか」
 と、番兵は折れて出る外はなかった。
 ゴルドンと名乗る兵曹は、急足で無線室へとびこんだ。
 そのあとを見送った番兵同志の話――
「鼻息のあらい野郎じゃないか」
「うん、失敬千万な奴だ。雨合羽など着こんで、雨なんかちっとも降っていないじゃないか」
 全くそのとおりであった。飛行島付近は、風は強く雲は早かったが、雨はすこしも降っていなかったのである。
「考えてみると、あいつはどうも、変な野郎だぜ」
 といっているところへ、ゴルドン兵曹のはいって行った奥の方から、ぱんぱんぱんと、銃声が聞えた。
「あっ、――」
 と、いいざま電灯をその方へ向けた途端に、ひゅーっと唸を生じてとんできた銃丸が、電灯に命中した。がちゃんという響。と同時に番兵はあっといってその場へひっくりかえった。そこへ奥から駈けてきた何者ともしれぬ人物が、番兵の頭をとびこえて、風のように立ち去ってしまった。
「な、なにごとじゃ」
 と、もう一人の番兵が、暗闇の中でわめいた。
 それに少し遅れて、奥の方からどやどやとびだしてきた手提電灯のいくつ。
「おい、雨合羽を着た男がこっちへ逃げたのだろう」
 番兵は眼をぱちくりさせながらいった。
「ええ、今一人誰か出てゆきました。なに、あれは曲者くせものですか。でも、ゴルドン兵曹だといっていましたよ、飛行班の……」
「ばか、何をいっちょる。ゴルドンなんて兵曹が飛行島のどこにいる。あいつのために危く無線機械をこわされるところだった。いや、こっちが気がつかなければ、その前に俺たちは皆、ぱんぱんぱんとやられちまうところだった」
「すると、今の曲者は、一たい何者だ。あの川上とか杉田とかいう日本軍人はうまく捕まったというじゃないか」
「あのほかに、まだ日本人スパイがはいりこんだのだな」
「そんな筈はないよ。ここで働いている奴は、国籍を厳重に洗ってある筈だ。――それにしても変だね。おお、誰か早くいって、団長閣下へ報告をしてこい」
 突如、怪人物現る。無線室を狙ったゴルドン兵曹とは一たい何者か。
 これぞ余人でない。われ等の川上機関大尉が、ふたたび姿をあらわしたのであった。
 杉田二等水兵が信じた如く、機関大尉は果して生きていたのだ。そうして飛行島の耳ともいうべき、通信連絡の大元である無線室を襲撃したのだ。
 無線室襲撃には失敗したけれども、今や祖国のために何か大仕事を企てつつあることは、疑う余地はない。
 それにしても、死んだ筈の機関大尉が、どうして生きていたのだろう。
 実に不思議だ。不思議だが事実である。
 これは諸君の最も知りたいところであろうが、その前に私は、まず飛行島の各所に起った奇々怪々の事件を紹介しなければならない。


   決死の偵察


「ああ、ひどい目にあわせやがった」
 と、倉庫係の事務員でケリーというのが、暗がりの中を、しきりに自分の頬をさすりながら、仲間の溜り場所へ帰ってきた。それは事務所につづいた休憩室兼娯楽室であった。
「一たいどうしたんだ」
 と、仲間が、ケリーのまわりへよってきて聞く。
「とにかく驚いたぜ。僕だから、こうして元気にかえってきたものの、君達だったら今頃は冷たくなっていたかも知れない」
「勝手な熱をふくのは後からにせい。一たいどんな目にあってきたのだい」
 というわけで、事務員ケリーが顔をしかめながら説明したところによると、こういうことであった。
 先ほど発せられた空襲警報により、ケリーは、倉庫にしまってある火をひきやすい薬品類にもしものことがあってはと思い、勇敢にもひとりで見まわりにでかけたのであった。
 倉庫は一つ一つ錠をはずし、中にはいって危い薬品の上にはズックをかけたり、下の棚にうつしかえたりして、安全なように直していった。ところが第六倉庫の前へ来てみると、外そうと思った錠前がすでにはずれているではないか。いや、錠前は、なにか金鎚みたいなもので叩きつぶされていたではないか。
「変だな、――」
 と思って、ドアに手をかけようとした途端に、扉は内側からさっと開いて、中から出たたくましい手が、ぴしゃりと顔をうった。あっ、なんという乱暴なやつだと、思う間もなかった。
 倉庫の中からとびだした黒い影は、まずケリーの手提電灯を叩き落し、かたい拳で頤を突き上げたのだ。ケリーはそのまま後へひっくりかえり、しばらく気を失っていたのであった。
 あとでようやく気がついて、頤をなでながら起きあがったときには、もはや乱暴者の姿も見えず、倉庫の扉が開きっぱなしになっているばかりだった。
「あいつは、この倉庫でなにをしていたのだろう」
 と、ケリーは痛さをこらえ、手提電灯を持ちなおすと、倉庫の中に入ってみた。
 ところが倉庫の中は別になんの変ったところもない。妙なこともあればあるものだと思った。始終を聞いた仲間の者達は、ケリーの間抜さ加減を笑いながら、
「――しかしケリーよ。なにか盗まれたものがあるにちがいないぜ。いまにきっと貴様は出し入れ帖の上で団長閣下にあやまることになるぜ。ふふふふ」
「何だって――」
 とケリーが頤をおさえながら、その方へつめよると、一座はまたどっと爆笑した。
     ×   ×   ×
 その頃であった。飛行島の「鋼鉄の宮殿」に近いところから、突然ぱっと火が燃えあがった。それが一箇所ではなく、三角形に三箇所も一度に燃えあがったのだ。そのため上甲板は大騒ぎとなった。
 警鐘が乱打される。消火班は、日本の飛行機が焼夷弾を落したのかと勘ちがいして、かけつける。
 ところが近よってみると、そこら一面に、石油がまいてあって、それが炎々と燃えあがっているのであった。
「誰だい、こんなところに油なんかこぼしていったのは」
 と消しにかかった。するとまた別なところに、三箇所、同じように三角形に燃えだしたのであった。
「あれ、変だぞ」
「これじゃ、日本の飛行機に飛行島の所在を知らせるようなものじゃないか」
「ひょっとすると、スパイの仕業かもしれないぞ」
「なに、スパイ?」
 スパイという声に、騒ぎはいよいよ大きくなっていった。
 その最中に、突然、飛行島上から、数条の照空灯が、暗い大空に向け、ぱぱーっと竜のようにのぼっていった。
「あっ、敵機だ」
「どこだ」
「あれあれ、あそこだ」
「おや、なにか黒いものを落したぞ」
 その時、
 だだだーん、だだん、だだだーん。
 突如として鼓膜をつんざくような烈しい砲声が起った。高射砲が飛行機めがけて火蓋を切ったのだ。
 だだだん、がんがんがん。
 あっちからもこっちからも、高射砲は砲弾を撃ちあげた。そのため約千五百メートルから二千メートルのあたりが、まるで両国の大川開きの花火のようだった。
 ところが、その次の瞬間であった。甲板のすぐ真上に、ぱらぱらぱらと弾けるような音がして、眼もくらむようなマグネシウムの大光団が現れた。その光団はしずしずと風にあおられて流れる様子だ。飛行甲板の上は、真昼のように照らし出された。日本の飛行機が、光弾を放ったのだった。
 照空灯は、幾条も幾条も一つところへ集ってきた。二千メートル以上の上空をとんでいる日本機の翼に、照空灯が二重三重四重に釘づけになっている。
「誰かあれを飛行機で追いかける者はいないか」
 と、司令塔の上ではリット少将がせきこんで叫んでいた。が、誰もこれに応ずる者はなかった。無理もない。味方の砲撃の間を縫って、日本機を追いかけるのは、自殺行為と選ぶところがないではないか。
 日本機は、癪にさわるほど悠々と二千メートルの高空をぐるぐるまわっていた。高射砲弾はぱっぱっと花傘をひらいたように、日本機の前後左右に炸裂する。こんどこそは砲弾が命中して、機体はばらばらにとび散ったかと思われる。がしばらくすると煙の横から、日本機は悠々と白い腹をくっきりと現すのであった。
 一方飛行島上の怪しい火事騒ぎは、ともかくもおさまった。高射砲弾の炸裂する数も、なんだかすくなくなってきた。なぜか日本機は、光弾を落したきりで、ほかに一発の爆弾も落さなかったのだ。
 一所ひとところに釘づけされたようになっていた照空灯が、右に左に活溌に首をふりうごかしはじめた。監視中の日本機はどこへ行ったか、急に姿を隠してしまったのである。


   怪しき記号


 日本機の姿が見えなくなってしまうと、飛行島の人々は、ほっと息をついて、おたがいの顔を見合わせた。
「あれはやはり日本の飛行機だったのかなあ」
「もちろん、日本の飛行機でなければ、どこの国の飛行機があんな風に大胆にやってくるものか」
「そうだ、やっぱり日本の飛行機だよ。あのとき、怪しい男が無線室を襲ったり、それから数箇所に火の手があがったりしたではないか。この飛行島に日本のスパイが忍びこんでいて、あの飛行機と何か連絡があったのではないだろうか」
 全くそのとおりであった。無線室を襲って失敗したのも川上機関大尉であったし、最上甲板に油を流して火をつけたのもまた川上機関大尉の仕業だったのだ。
 川上機関大尉は、空襲と聞くより早く、油類倉庫に忍びこみ、石油の入った缶とペンキの缶を持ちだしていたのだ。油を流して火をつけたことは、飛行島の人々をさわがせた。しかし人さわがせのためだけではなかったとは、後になってはじめて分かった。
 それにしても川上機関大尉はあの夜監視隊員に追跡された時、どうして危難をまぬかれたのだろう。そして、どうして、又いつのまに、似てもつかぬ半裸体の中国人と入れ替ったのだろう。
 それは一応不思議に思えるが、実はなんでもないことだったのだ。諸君は彼が監視隊に追いつめられ、やむなく中甲板の高い塀を越して舷に出たとき、そこに寝ていた半裸体の中国人労働者があわてて起きあがったことを覚えているだろう。彼の労働者は暑くるしい夜をそこに寝ころんで涼んでいたのだ。そこへ川上機関大尉が頭の上から降ってきたのでびっくりして、立ちあがったのだ。その拍子に足をふみはずして海中に墜ちていったのが運のつきであった。下の暗い海面にドボーンという水音を聞いた川上機関大尉は、とっさに身をひるがえして、傍に積みあげてある鉄材のかげにかくれたのである。
 とは知らぬ監視隊員は、泡立つ水面の中心に向かって機関銃を乱射した。彼の中国人労働者は哀れにも川上機関大尉の身替となってあえない最期を遂げたのである。
 この機転が、それからどんなに監視隊員の眼をくらましたか、又杉田二等水兵がリット少将の面前で首実検した屍が、誰のものであったかは、最早語るまでもないであろう。
 それにしても一身を国に捧げて正しい道を歩く者には、こうした天の助があることを思わぬわけにはゆかない。
     ×   ×   ×
 大分時は過ぎたがまだ夜は明けない。飛行島の無線室へは、付近航行中の英艦隊より無電が入った。
「――只今、駆逐機六機ヲシテ、怪飛行機ヲ追跡セシメタリ」
 という電文であった。
 リット少将の喜んだことはひととおりでない。
「もう大丈夫だ。そうむざむざとこの飛行島が脅かされてたまるものか」
 と、両手をうしろに組んで、おりに入った狼のように司令塔の中を歩きまわるのであった。
 そのときスミス中尉が少将に近づいて、
「閣下、只今甲板の上に、怪しげなものを発見いたしました」
「なんじゃ、怪しげなるものとは……」
「はっ、それはなんとも実に不可解な記号が、甲板の上いっぱいに書きつけてあるのでございます」
「不可解な記号? 誰がそんなものを書いたのか」
「いいえ、それが誰が書いたとも分からないのでして。――ああ御覧ください、ここからも見えます」
 とスミス中尉は、司令塔の小窓から下を指さした。
「なに、ここから見えるというのか」
 リット少将は驚いて、司令塔から下を見おろした。
「あっ、あれか。なるほど、これは奇怪じゃ」
 リット少将の眼にうつったのは、丁度探照灯で照らしだされた白い飛行甲板の上に、「○○×△」と、なんとも訳の分からない記号が書きつけてある。その記号の大きさといったら、傍へよってみると、多分十メートル平方もあろうか。それが墨くろぐろと書きつけてあるではないか。
「ふーむ」と少将はうなった。
「とにかく不穏な記号と認める。犯人を即刻捕らえろ。そやつの手には、きっとあの黒ペンキがついているにちがいない」
 少将は命令を発した。スミス中尉はかしこまって、監視隊本部へ駈足で出ていった。
 甲板の上の怪記号が、探照灯に照らしだされたり、そしてまたそのまわりに監視隊がぞろぞろ集ってきたりするのを、司令塔にちかい物かげから、意味ありげににやにや笑っている半裸体の東洋人があった。
 それこそ先程からの大活躍を続けていた川上機関大尉であった。もちろんあの怪記号も、彼がやった仕事であった。右手には黒ペンキがまだそのままにべっとりとついている。その黒ペンキに汚れた手が、今おたずねの目印になっていることを、彼は知っているのであろうか。
 それにしても、彼はなぜこんな冒険をして訳の分からない丸や三角を甲板の上に書きつけたのであろうか。
「おお梨花、――」
 突然彼の眼の前を、ちょこちょこと足早にとおりすぎる可憐な中国少女を認めて、大尉は声をかけた。梨花は思わず、はっとすくんで美しい眉をよせ、
「え、どなたですの」
「梨花よ、僕だ」
「おおあなたは……」
「これ、しずかに。どうだね、杉田の容態は」
 少女は、このとき急に悲しげに眼を伏せて、
「どうもよくありませんのよ。だってなかなか食事をおとりにならないし、それにいつもあなたのことばかり気にして考えこんでいらっしゃるんですもの」
 川上機関大尉は、暗然と涙をのんだ。
「しかしあなたさまが御健在と知ったら、杉田さんはどんなに力がつくかしれませんわ。杉田さんに知らせてあげてはいけないのですか」
「うむ、――」と川上機関大尉は、腕をこまぬいて考えこんだが、ふと何か思いついたという風に、そっと梨花に耳うちをした。
「なあ、よいか。うまくたのむぞ」
 梨花はこのときはじめてにっこり笑った。そして元来た方へ急足いそぎあしで引返していった。

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