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貧書生(ひんしょせい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 16:09:25  点击:  切换到繁體中文

底本: 日本の名随筆85 貧
出版社: 作品社
初版発行日: 1989(平成元)年11月25日
入力に使用: 1991(平成3)年9月1日第3刷


底本の親本: 社会・百面相
出版社: 岩波文庫、岩波書店
初版発行日: 1953(昭和28)年2月

 

「やい亀井、何しおる? 何ぢや、懸賞小説ぢや――ふッふッ、」とも馬鹿にしたやうに冷笑せゝらわらつたはズングリと肥つた二十四五のひげ※(「參+毛」、第3水準1-86-45)くしや々の書生で、垢染みて膩光あぶらびかりのする綿の喰出はみだした褞袍どてらくるまつてゴロリと肱枕をしつゝ、板のやうな掛蒲団をあはせの上にかぶつて禿筆ちびふでを噛みつゝ原稿紙にむかふ日に焼けてあかゞね色をしたる頬のやつれて顴骨くわんこつの高く現れた神経質らしいおな年輩としごろの男を冷やかに見て、「きさまも懸賞小説なんぞとけち所為まねをするない。三文小説家になつて奈何どうする気ぢや。」
ア黙つてろよ。」と亀井と呼ばれた男は顧盻ふりかへつてや得意らしき微笑を浮べつ、「之でも懸賞小説の方ぢやア亀之屋万年と云つて鑑定証きはめふだの付いた新進作家だ。今度当選あたつたら君が一夜の愉快費位は寄附する。」
「はッはッ、減らず口を叩きくさる。汝の懸賞小説も久しいもんぢや。一度当選つたといふ事ぢやが、俺と交際つきあつてからはだ当選らんぞ。第一小説が上手になつたら奈何するのぢや。文士ぢやの詩人ぢやの大家ぢやの云ふが女の生れ損ひぢや、幇間たいこもちの成り損ひぢや、芸人の出来損ひぢや。苟くも気骨のある丈夫をとこの風上に置くもんぢやないぞ。汝もだ隠居して腐つて了ふ齢ぢやなし。王侯将相何ぞしゆあらんや。平民から一躍して大臣の印綬をつかむ事の出来る今日ぢやぞ。なア亀井、筆なんぞは折つぺしッて焼いて了へ。恋ぢやの人情ぢやのと腐つた女郎の言草は止めて了つて、平凡へぼ小説を捻くるひまちつと政治運動をやつて見い。」
「はッはッ、僕は大に君と説がちがう。君は小説をく知らんから一と口に戯作と言消して了うが、小説は科学と共に併行して人生の運命を……」
いて呉れ、措いて呉れ、小説の講釈は聞飽きた、」と肱枕の書生は大欠伸あくびをしつゝ上目うはめじつみつめつ、「第一、汝、美が如何どうぢやの人生が如何ぢやのと堕落坊主の説教染みた事を言ひくさるが一向ぜににならんぢやないか?」
「今度は当選る、」と懸賞小説家は得意な微笑を口辺くちもとに湛へつ断乎たる語気で、「三月みつき以来このかた思想を錬上げたのだから確に当選る。之が当選らぬといふ理由は無い……」
「汝は自慢ばかりしおるが一度も当選つた事は無いぞ。併し当選つた処で奈何する、一年に二度や三度、十円や十五円の懸賞小説が取れたッて飯は食へんぞ。」
「勿論僕は筆で飯を喰ふ考は無い。」
「筆で飯を喰ふ考は無い? ふゥむ、それぢやア汝は一生涯新聞配達をする気か。跣足はだしで号外を飛んで売つた処で一夜の豪遊のたしにならぬヮ。」
「僕は豪遊なんぞしたくない。うして新聞配達をしながらかたはら文学を研究してゐるが、志す所は一生に一度不朽の大作を残したいのだ。飯喰めしくひたねは新聞配達でも人力車夫でも立ちん坊でも何でも厭はないのだ。」
けちな野郎ぢやナ。一生に一度の大作を残して書籍館しよじやくゝわんに御厄介を掛けて奈何する気ぢや。五体満足な男一匹が女や腰抜の所為まねをして筆屋の御奉公をして腐れ死をして了つては国家に対する義務が済むまい。なッ亀井。俺の忠告に従つて文学三昧も好い加減に止めにして政治運動をやつて見い。奈何ぢや、牛飼君のとこから大に我々有為の青年の士を養うと云ふてよこしたが、汝、行つて見る気は無いか。牛飼君は士をたいするの道を知りおる。殊に今度の次の内閣には国務大臣にならるゝ筈ぢやから牛飼君のかくとなるは将に大いに驥足きそくを伸ぶべき道ぢや。」
「僕は政治家は嫌ひぢや。」
「なにッ、政治家は嫌ひぢや、」と呆れたやうに眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつて、「汝は能く/\な腰抜けぢやナ。天下の権を握つて四海に号令するは男子の大愉快ぢやないか……」
「それはナ天下の権を握つたら愉快だらうが、」と懸賞小説家は流盻ながしめに冷笑しつ。「君等きみたちのやうな壮士の仲間入りは感服しないナ。」
「何ぢや、失敬な事かす、」と肱枕君はむつくと起直りてわざとらしく拳を固め、「伊勢武熊は壮士の腐つたのぢやないぞ。青年団体の牛耳を握りおる当今の国士ぢや、」と言掛けたが俄に張合抜けしたやうに拳を緩めて、「そぢやが汝のやうな腰抜には我々燕趙悲歌えんてうひかの士の心事が解りおるまい。斯うして汝等と同じ安泊やすどまりくすぶりおるが、伊勢武熊は牛飼君の股肱ここうぢやぞ。牛飼君が内閣を組織した暁は伊勢武熊も一足飛に青雲に攀ぢて駟馬しばむちうつ事が出来る身ぢや。白竜はくりゆう魚服ぎよふくすれば予且よしよに苦めらる。暫らく、志を得ないで汝のやうな小説家志願の新聞配達と膝組ひざぐみで交際ひおるが……」
「ふッふッふッ。」

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