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白光(びゃっこう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 15:56:42  点击:  切换到繁體中文


「右へ廻れ、左へ廻れ、前へ行け、後ろへ行け、桝目ますめ構わずはかれ金銀」
 この謎について陳士成はつねづね心に掛けて推測していたが、惜しいかな、ようやく解きほごしたかと思うと、すぐにまたはぐれてしまう。一度彼はたしかに見当つけて、唐家に貸してある家の下に違いない、と睨んだが、向うへ行って掘り出す勇気はない。幾度も考えなおすうちにだんだんそうらしくなって来た。自分の部屋の中にいくつも掘り返した穴のあとは、前かた試験に落第してその都度腹を立てた挙動の跡で、のちのちそれを見るとはずかしくなって、人に合せる顔もないように思われた。
 しかし今夜は鉄の光が陳士成を閉じ籠めて、あのねと勧めた。彼が愚図ついていると、正しき証明を与え、そのうえしんみりした催促が加わるので、どうしても自分の部屋の中へ眼をやらずにはいられない。
 白き光! それは一本の団扇うちわのようにひらひらと彼の部屋の中に閃いた。
「とうとうここにあった」
 彼はそういいながら獅子のように馳け出して部屋の中に飛び込んだ。飛び込んだ時にはもう白い光の影もなく、ただ薄暗い元の部屋に壊れかかった数ある卓子テーブルがみな黒暗くらやみの中に隠れていた。彼は爽やかな気分になって突立ち、もう一度ゆるゆる瞳を定めてみると、白い光はハッキリと見え出して来た。今度はいっそう広大に硫黄の火よりもハッキリとして白く、朝霧よりもほんのりとしてこまやかに、東の壁の書卓の下から立上った。
 陳士成は獅子のように馳け出して、門の後ろに行って、手を伸ばしてすきを探り出すと、一すじの黒い影にぶつかった。彼はなぜかしらんが少しこわくなって、慌てて燈火をつけてみると、別に不思議はない。やはり鋤が寄せかけてあるのだ。彼は卓子テーブルを片寄せて、鋤を振上げて四つの大タイルを一気に掘り起し、身をかがめてみると、いつものように黄いろい砂があった。袖をまくし上げて砂を掻き起すと、下から黒い土が出て来た。彼は極めて用心深く一鋤々々ひとすきひとすき、掘り下げて行ったが、深夜のことではあるし、鉄のさきに土の当る音は、とにかく重々しく、隠しおおせるひびきではない。
 あなの深さが二尺余りに達したが、甕の口が出て来ない。陳士成はいらいらして力任せに掘り下げると、コツンと一つひび破れる音がしてすこぶるひどく手にこたえ、鋤の尖に何か固いものがぶつかった。そこで慌てて鋤を投げ出し、探ってみると一つの大タイルが下にあった。彼はふるえながら一生懸命にそのタイルを掘り起し、前と同様の黒土をたくさん掻きわけてみたが、やはり際限なく感ずるうち、たちまち小さな硬いものに触れた。丸いもの! おおかた一つの※(「金+肅」、第3水準1-93-39)さびだらけの銭! そのほか瀬戸物のカケラが二つ三つ出て来た。
 陳士成は汗みずくになって掻き分けたが、心が上の空になってガタガタ顫えていると、また一つ奇妙なものにぶつかった。それは馬のてのひらに似たようなもので手にさわるとはなはだ脆い。彼は用心深くつまみ上げ、燈光の下でよく見ると、斑に剥げただれた下顎の骨で、上には不揃いに欠け落ちた歯が一列に並んでいる。この下顎の骨は握っているうちにむくむくと跳ね返り、遂にげらげら笑い出して口をきいた。
「今度もこれでお終い」
 彼はひやりとして手を放した。下顎の骨はふらふらと坑の底へ帰ってゆくと同時に彼は中庭に逃げ出した。彼はぬすみ眼して部屋の中を覗くと、燈光はさながら輝き、下顎の骨はさながら冷笑あざわらっている。これは只事ただごとでないからもう一度向うを見る気にもなれない。彼は少し離れた簷下のきしたに身をかくしてようやく落ち著きを得たが、この落ち著きの中にたちまちひそひそとささやく声が聞えた。
「ここではない。……山の中へ行け」
 陳士成はかつて白昼、街の中でこれと同じ人声を聴いたことを想い出し、彼はもう一度聞かぬ先きに、おおそうだと悟った。彼は突然仰向いて空を見ると、月はすでに西高峯せいこうほうの方面に隠れ去った。町を去る三十五里の西高峯は眼の前にあり、しゃくを執る朝臣ちょうしんの如く真黒に頑張って、その周囲にギラギラとした白光は途方もなく拡がっていた。しかもこの白光は遠くの方ではあるが、まさに前面にあった。
「そうだ。あの山に行こう」
 彼はこう決して打ちしおれて出て行った。幾度も門をてする音がしたあとで、門の中はひっそりとしてそよとの声もない。燈火は一しきり明るくなって空部屋あきべや洞空ほらあなを照したが、パチパチと幾声いくこえか破裂したあとで、だんだん縮少して、ありたけになった残油のこりあぶらはすでに燃え尽してしまった。
「城門を開けて下さい」
 大きな希望を含みながら恐怖の悲声、かげろうにも似ている西関門せいかんもん前の黎明の中に戦々兢々として叫んだ。

 二日目の日中、西門から十五里の万流湖ばんりゅうこの中に一つの土左衛門どざえもんを見た人があって大騒ぎとなり、つい地保じほの耳に達し、土地の者に引揚げさせてみると、それは五十余りの男の死体で、「中肉中脊、色白くひげ無し、すっぱだかで上衣も下袴したばかまも無い。ある人がそれは陳士成だといったが、近処の者は面倒くさがって見にも行かなかった。死体の引受人もないから県の役人が立会って検屍の上、地保に渡して埋葬した。死因は至っては当然問題ではない。死人の衣服を剥ぎ取ることはいつもあることで、謀殺の疑いを引起す余地がない。そうして検屍の証明では、「生前、水に落ちて水底に藻掻もがいたから、十本の指甲つめの中には皆河底の泥が食い込んでいる」と。
(一九二二年六月)





底本:「魯迅全集」改造社
   1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の書き換えをおこないました。
「或る→ある 聊か→いささか 一層→いっそう 大方→おおかた 凡そ→およそ 却って・反って→かえって 曽て→かつて (て)呉れ→くれ 此処→ここ 此→この 之れ→これ 宛ら→さながら 而も→しかも (て)仕舞→しま 頗る→すこぶる 其→その 沢山→たくさん 慥か→たしか 只→ただ 忽ち→たちまち 就いて→ついて 兎に角→とにかく 中々→なかなか 甚だ→はなはだ 正に→まさに 先ず→まず 又→また 未だ→まだ (て)見→み 以て→もって 漸く→ようやく」
※底本にある「燈」は同底本から作られたファイルと同様に、そのままにしました。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(鈴樹尚志)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2006年4月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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