您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

竜潭譚(りゅうたんだん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 11:00:47  点击:  切换到繁體中文



     渡船わたしぶね

 夢幻ゆめまぼろしともわかぬに、心をしづめ、眼をさだめて見たる、片手はわれに枕させたまひし元のままやわらかに力なげに蒲団ふとんのうへに垂れたまへり。
 片手をば胸にあてて、いと白くたをやかなる五指ごしをひらきて黄金おうごん目貫めぬきキラキラとうつくしきさやぬりの輝きたる小さき守刀まもりがたなをしかと持つともなくのあたりに落してゑたる、鼻たかき顔のあをむきたる、唇のものいふ如き、閉ぢたるのほほ笑む如き、髪のさらさらしたる、枕にみだれかかりたる、それもたがはぬに、胸につるぎをさへのせたまひたれば、き母上のその時のさまにまがふべくも見えずなむ、コハこのきみもみまかりしよとおもふいまはしさに、はや取除とりのけなむと、胸なるその守刀まもりがたなに手をかけて、つと引く、せつぱゆるみて、青き光まなこたるほどこそあれ、いかなるはずみにか血汐ちしおさとほとばしりぬ。眼もくれたり。したしたとながれにじむをあなやと両のこぶしもてしかとおさへたれど、とどまらで、たふたふと音するばかりぞ淋漓りんりとしてながれつたへる、血汐ちしおのくれなゐきぬをそめつ。うつくしき人はせきとして石像の如くしずかなる鳩尾みずおちのしたよりしてやがて半身をひたしつくしぬ。おさへたるわが手には血の色つかぬに、ともしびにすかす指のなかのくれないなるは、人の血のみたる色にはあらず、いぶかしくこころむるたなそこのその血汐にはぬれもこそせね、こころづきて見定むれば、かいやりし夜のものあらはになりて、すずしの絹をすきて見ゆるそのはだにまとひたまひしくれないの色なりける。いまはわれにもあらで声高こわだかに、母上、母上と呼びたれど、叫びたれど、ゆり動かし、おしうごかししたりしが、かいなくてなむ、ひた泣きに泣く泣くいつのまにか寝たりとおぼし。顔あたたかに胸をおさるる心地ここちに眼覚めぬ。空青く晴れて日影まばゆく、木も草もてらてらと暑きほどなり。
 われはハヤゆうべ見し顔のあかき老夫おじせなに負はれて、とある山路やまじくなりけり。うしろよりはのうつくしき人したがひ来ましぬ。
 さてはあつらへたまひし如く家に送りたまふならむとおしはかるのみ、わが胸のうちはすべて見すかすばかり知りたまふやうなれば、わかれのしきも、ことのいぶかしきも、取出とりいでていはむはやくなし。教ふべきことならむには、彼方かなたより先んじてうちいでこそしたまふべけれ。
 家に帰るべきわがうんならば、強ひてとどまらむとひたりとて何かせん、さるべきいはれあればこそ、と大人おとなしう、ものもいはでぞく。
 断崖の左右にそびえて、点滴てんてきこえするところありき。雑草ざつそう高きこみちありき。松柏まつかしわのなかをところもありき。きき知らぬ鳥うたへり。褐色なるけものありて、をりをりくさむらおどり入りたり。ふみわくる道とにもあらざりしかど、去年こぞ落葉おちば道をうずみて、人多くかよふ所としも見えざりき。
 をぢは一挺いつちようおのを腰にしたり。れいによりてのしのしとあゆみながら、いばらなどひしげりて、きぬそでをさへぎるにあへば、すかすかと切つて払ひて、うつくしき人を通し参らす。されば山路のなやみなく、高き塗下駄ぬりげたの見えがくれに長きすそさばきながら来たまひつ。
 かくて大沼おおぬまの岸に臨みたり。水は漫々としてらんたたへ、まばゆき日のかげも此処ここの森にはささで、水面をわたる風寒く、颯々さつさつとして声あり。をぢはここに来てソとわれをおろしつ。はしり寄れば手を取りて立ちながら肩をいだきたまふ、きぬそで左右より長くわが肩にかかりぬ。
 蘆間あしま小舟おぶねともづなを解きて、老夫おじはわれをかかへて乗せたり。一緒いつしよならではと、しばしむづかりたれど、めまひのすればとて乗りたまはず、さらばとのたまふはしにさおを立てぬ。船はでつ。わツと泣きて立上たちあがりしがよろめきてしりゐに倒れぬ。舟といふものにははじめて乗りたり。水を切るごとに眼くるめくや、背後うしろにゐたまへりとおもふ人のおおいなるにまはりて前途ゆくてなるみぎわにゐたまひき。いかにして渡し越したまひつらむと思ふときハヤ左手ゆんでなるみぎわに見えき。見る見る右手めてなるみぎわにまはりて、やがてもとのうしろに立ちたまひつ。の形したるおおいなる沼は、みぎわあしと、松の木と、建札たてふだと、そのかたわらなるうつくしき人ともろともにゆるを描いて廻転し、はじめはおもむろにまはりしが、あとあと急になり、はやくなりつ、くるくるくると次第にこまかくまはるまはる、わが顔と一尺ばかりへだたりたる、まぢかきところに松の木にすがりて見えたまへる、とばかりありて眼のさきにうつくしき顔の※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)ろうたけたるが莞爾につことあでやかにみたまひしが、そののちは見えざりき。蘆はしげたけよりも高きみぎわに、船はとんとつきあたりぬ。

     ふるさと

 をぢはわれをたすけて船よりだしつ。またそのせなを向けたり。
「泣くでねえ泣くでねえ。もうぢきに坊ツさまのうちぢや。」と慰めぬ。かなしさはそれにはあらねど、いふもかひなくてただ泣きたりしが、しだいに身のつかれを感じて、手も足も綿の如くうちかけらるるやう肩に負はれて、顔を垂れてぞともなはれし。見覚えある板塀いたべいのあたりに来て、日のややくれかかる時、老夫おじはわれをいだおろして、溝のふちに立たせ、ほくほくうちゑみつゝ、慇懃いんぎん会釈えしやくしたり。
「おとなにしさつしやりませ。はい。」
 といひずてに何地いずちゆくらむ。別れはそれにもしかりしが、あと追ふべき力もなくて見おくり果てつ。指すかたもあらでありくともなくをうつすに、かしらふらふらと足のおもたくて行悩ゆきなやむ、前にくも、後ろに帰るも皆見知越みしりごしのものなれど、たれも取りあはむとはせできつきたりつす。さるにてもなほものありげにわが顔をみつつくが、ひややかにあざけるが如くにくさげなるぞ腹立はらだたしき。おもしろからぬ町ぞとばかり、足はわれ知らず向直むきなおりて、とぼとぼとまた山あるかたにあるきいだしぬ。
 けたたましき跫音あしおとして鷲掴わしづかみえりつかむものあり。あなやと振返ふりかえればわがいえ後見うしろみせる奈四郎なしろうといへるちからたくましき叔父の、すさまじき気色けしきして、
「つままれめ、何処どこをほツつく。」とわめきざま、引立ひつたてたり。また庭に引出ひきいだして水をやあびせられむかと、泣叫なきさけびてふりもぎるに、おさへたる手をゆるべず、
「しつかりしろ。やい。」
 とめくるめくばかり背をちて宙につるしながら、走りて家に帰りつ。立騒たちさわめしつかひどもをしかりつも細引ほそびきを持て来さして、しかと両手をゆはへあへず奥まりたる三畳の暗き一室ひとま引立ひつたてゆきてそのまま柱にいましめたり。近く寄れ、くいさきなむと思ふのみ、歯がみしてにらまへたる、の色こそあやしくなりたれ、さかつりたるまなじりきもののわざよとて、寄りたかりて口々にののしるぞ無念なりける。
 おもてのかたさざめきて、何処いずくにかきをれる姉上帰りましつとおぼし、ふすまいくつかぱたぱたと音してハヤここに来たまひつ。叔父はしつの外にさへぎり迎へて、
「ま、やつと取返とりかえしたが、縄を解いてはならんぞ。もう眼が血走つてゐて、すきがあると駈け出すぢや。エテどのがそれしよびくでの。」
 といましめたり。いふことよくわが心を得たるよ、しかり、ひまだにあらむにはいかでかここにとどまるべき。
「あ。」とばかりにいらへて姉上はまろび入りて、ひしと取着とりつきたまひぬ。ものはいはでさめざめとぞ泣きたまへる、おんなさけにこもりていだかれたるわが胸しぼらるるやうなりき。
 姉上の膝にしたるあひだに、医師きたりてわが脈をうかがひなどしつ。叔父は医師とともに彼方あなたに去りぬ。
「ちさや、どうぞ気をたしかにもつておくれ。もう姉様ねえさんはどうしようね。お前、私だよ。姉さんだよ。ね、わかるだらう、私だよ。」
 といきつくづくぢつとわが顔をみまもりたまふ、涙痕るいこんしたたるばかりなり。
 その心の安んずるやう、ひて顔つくりてニツコと笑うて見せぬ。
「おお、薄気味うすきみが悪いねえ。」
 とかたわらにありたる奈四郎なしろうの妻なる人つぶやきて身ぶるひしき。
 やがてまた人々われを取巻とりまきてありしことども責むるが如くに問ひぬ。くはしく語りてうたがいを解かむとおもふに、をさなき口の順序正しく語るを得むや、根問ねどひ、葉問はどひするに一々いちいち説明ときあかさむに、しかもわれあまりに疲れたり。うつつ心に何をかいひたる。
 やうやくいましめはゆるされたれど、なほ心の狂ひたるものとしてわれをあしらひぬ。いふこと信ぜられず、することみな人のうたがいを増すをいかにせむ。ひしと取籠とりこめて庭にもいださで日を過しぬ。血色わるくなりてせもしつとて、姉上のきづかひたまひ、後見うしろみの叔父夫婦にはいとせめてかくしつつ、そとゆふぐれを忍びて、おもての景色見せたまひしに、門辺かどべにありたる多くのども我が姿を見ると、一斉いつせいに、アレさらはれものの、気狂きちがいの、狐つきを見よやといふいふ、砂利じやり小砂利こじやりをつかみて投げつくるは不断ふだん親しかりし朋達ともだちなり。
 姉上はそでもてわれをかばひながら顔を赤うしてげ入りたまひつ。人目なきところにわれを引据ひきすゑつと見るまに取つてせて、打ちたまひぬ。
 悲しくなりて泣出なきだせしに、あわただしくせなをばさすりて、
堪忍かんにんしておくれよ、よ、こんなかはいさうなものを。」
 といひかけて、
わたしあもう気でも違ひたいよ。」としみじみと掻口説かきくどきたまひたり。いつのわれにはかはらじを、何とてさはあやまるや、世にただ一人なつかしき姉上までわが顔を見るごとに、気をたしかに、心をしずめよ、と涙ながらいはるるにぞ、さてはいかにしてか、心の狂ひしにはあらずやとわれとわが身をあやぶむやうそのたびになりまさりて、はてはまことにものくるはしくもなりもてゆくなる。
 たとへばあやしき糸の十重二十重とえはたえにわが身をまとふ心地ここちしつ。しだいしだいに暗きなかに奥深くおちいりてゆくおもいあり。それをば刈払かりはらひ、遁出のがれいでむとするにそのすべなく、すること、なすこと、人見て必ず、まゆひそめ、あざけり、笑ひ、いやしめ、ののしり、はたかなしうれひなどするにぞ、気あがり、こころげきし、ただじれにじれて、すべてのもの皆われをはらだたしむ。
 口惜くちおしく腹立たしきまま身の周囲まわりはことごとくかたきぞと思わるる。町も、家も、樹も、鳥籠とりかごも、はたそれ何らのものぞ、姉とてまことの姉なりや、さきにはひとたびわれを見てその弟を忘れしことあり。ちり一つとしてわが眼に入るは、すべてもののしたるにて、恐しきあやしき神のわれを悩まさむとてげんじたるものならむ。さればぞ姉がわが快復かいふくを祈ることばもわれに心を狂はすやう、わざとさはいふならむと、ひとたびおもひてはふべからず、力あらばほしいままにともかくもせばやせよかし、近づかば喰ひさきくれむ、蹴飛けとばしやらむ、かきむしらむ、すきあらばとびいでて、ここのこだまとをしへたる、たうときうつくしきかのひとのもとげ去らむと、胸のきたつほどこそあれ、ふたたび暗室にいましめられぬ。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告