二
お三輪がちょうど、そうやって晴がましそうに茶を注いでいた処。――甘露梅の今のを聞くと、はッとしたらしく、顔を据えたが、拗ねたという身で土瓶をトン。
「才ちゃん。」
と背後からお才を呼んで、前垂の端はきりりとしながら、褄の媚めく白い素足で、畳触りを、ちと荒く、ふいと座を起ったものである。
待遇に二つ三つ、続けて話掛けていたお才が、唐突に腰を折られて、
「あいよ。」
で、軽く衣紋を圧え、痩せた膝で振り返ると、娘はもう、肩のあたりまで、階子段に白地の中形を沈めていた。
「ちょっと、」……と手繰って言ったと思うと、結綿がもう階下へ。
「何だい。」とお才は、いけぞんざい。階子段の欄干から俯向けに覗いたが、そこから目薬は注せなそうで、急いで降りた。
「何だねえ。」
「才ちゃんや。」
と段の下の六畳の、長火鉢の前に立ったまま、ぱっちりとした目許と、可愛らしい口許で、引着けるようにして、
「何だじゃないわ。お気を着けなさいよ。梅次姉さんの事なんか言って、兄さんが他の方に極が悪いわ。」
「ううん。」と色気の無い頷き方。
「そうだっけ。まあ、可いやね。」
「可かない事よ……私は困っちまう。」
「何だねえ、高慢な。」
「高慢じゃないわ。そして、先生と云うものよ。」
「誰をさ。」
「皆さんをさ、先生とか、あの、貴方とか、そうじゃなくって。誰方も身分のある方なのよ。」
「そうかねえ。」
「そうかじゃありませんよ。才ちゃんてば。……それをさ、民さんだの、お前はんだのって……私は聞いていてはらはらするわ、お気を注けなさいなね。」
「ああ、そうだね、」
と納得はしたものの、まだ何だか、不心服らしい顔色で、
「だって可いやね、皆さんが、お化の御連中なんだから。」
習慣で調子が高い、ごく内の話のつもりが、処々、どころでない。半ば以上は二階へ届く。
一同くすくすと笑った。
民弥は苦笑したのである。
その時、梅次の名も聞えたので、いつの間にか、縁の幕の仮名の意味が、誰言うとなく自然と通じて、投遣りな投放しに、中を結んだ、紅、浅葱の細い色さえ、床の間の籠に投込んだ、白い常夏の花とともに、ものは言わぬが談話の席へ、仄な俤に立っていた。
が、電燈を消すと、たちまち鼠色の濃い雲が、ばっと落ちて、廂から欄干を掛けて、引包んだようになった。
夜も更けたり、座の趣は変ったのである。
かねて、こうした時の心を得て、壁際に一台、幾年にも、ついぞ使った事はあるまい、艶の無い、くすぶった燭台の用意はしてあったが、わざと消したくらいで、蝋燭にも及ぶまい、と形だけも持出さず――所帯構わぬのが、衣紋竹の替りにして、夏羽織をふわりと掛けておいた人がある――そのままになっている。
灯無しで、どす暗い壁に附着いた件の形は、蝦蟆の口から吹出す靄が、むらむらとそこで蹲踞ったようで、居合わす人数の姿より、羽織の方が人らしい。そして、……どこを漏れて来る燈の加減やら、絽の縞の袂を透いて、蛍を一包にしたほどの、薄ら蒼い、ぶよぶよとした取留の無い影が透く。
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