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吉原新話(よしわらしんわ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:57:55  点击:  切换到繁體中文



       二十二

「そうすると、趣向をしたのはこの人では無いらしい、企謀もくろんだものなら一番懸けに、婆々ばばあを見着けそうなものだから。
(ねえ、こっちにもう一つ異体いていなのは、注連しめでも張りそうな裸のお腹、……)
(何じゃね、)と直きにそばだったので、琴の師匠は聞着けたが、
(いいえ、こちらの事で。)幹事が笑うと、欠伸あくびまじりで、それなり、うとうと。
(まあ、これは一番正体が知れていますが、それでも唐突だしぬけに見ると吃驚びっくりしますぜ。で、やっぱりそれ、燭台しょくだいわきの柱に附着くッついて胡坐あぐらでさ。妙に人相形体ぎょうていの変ったのが、三つとも、柱の処ですからね。私も今しがた敷居際の、仕切の壁の角を、摺出ずりだした処ですよ。
 どうです、心得ているからいようなものの、それでいながら変にすごい。気の弱い方が、転寝うたたねからふっと覚際さめぎわに、ひょっと一目見たら、吃驚びっくりしますぜ。
 魔物もやっぱり、蛇や蜘蛛くもなんぞのように、鴨居かもいから柱を伝って入って来ると見えますな。)
可厭いやですね。)
 婦人は二人、さっ衣紋えもんさばいて、※(「木+靈」、第3水準1-86-29)子窓れんじまどの前を離れた、そこにも柱があったから。
 そして、お蘭さんが、
(ああ、また……いていますね。)
 と言うんだ。……階下したから二階へ帰掛けに、何の茶番が! で、私がぴったり閉めたはず。その時は勿論、婆々も爺々も見えなかった、――その物干の窓が、今の間に、すかり、とこう、切放したように、黒雲立っていている。
 お種さんが、
はばかり様、どうかそこをお閉め下さいまし。)
 こう言って声を懸けた。――誰か次のの、その窓際に坐っているのが見えたんだろう。
 お聞き……そうすると……壁腰、――幹事の沢岡が気にして摺退すりのいたという、敷居外の柱の根の処で、
(な、)
 と云う声だ! 私は氷を浴びたように悚然ぞっとした。
しめい言うて、云わしゃれても、な、らちかん。閉めれば、その跡から開けるで、やいの。)
 聞くと、筋も身を引釣ひッつった、私は。日暮に谷中の坂で聞いた、と同じじゃないか。もっとも、年寄りは誰某だれそれと人をめないと、どの声も似てはいるが。
 それに、言い方が、いかにも邪慳じゃけんに、意地悪く聞えたせいか、幹事が、対手あいては知らず、ちょっとなじるように、
(誰が明けます。)
(誰や知らん。)
(はあ、閉める障子を明ける人がありますか。)
(棺のふたは一度じゃが、な、障子は幾度いくたびでも開けられる、てられるがいの。)
いから、閉めて下さい、夜が更けて冷えるんですから、)と幹事も不機嫌な調子で言う。
きましょ。透通いて見えん事は無けれどもよ……障子越は目に雲霧じゃ、のぞくにはっきりとよう見えんがいの。)
(誰か、物干から覗くんですかね。)
かれにもたれにも、大勢、な、)
(大勢、……誰です、誰です。)
 と、幹事もはじめて、こう逆に捻向ねじむいて背後うしろを見た。
(誰や言うてもな、殿、殿たちには分らぬ、やいの、形も影も、暗い、暗い、暗い、見えぬぞ、殿。)
(明るくしよう、)
 と幹事も何か急込せきこんで、
三輪みいちゃん、電燈でんきを、電燈でんきを、)
 と云ったが、どうして、あのが動き得ますか。私の膝に、可哀相に、襟を冷たくして突臥つっぷしたッきり。
きませ、措きませい。無駄な事よ、殿、地獄の火でも呼ばぬ事には、明るくしてかて、殿たちの目に、何が見えよう。……見えたら異事ことじゃぞよ、異事じゃぞよ、の。見えぬで僥倖しあわせいの、……一目見たら、やあ、殿、殿たちどうなろうと思わさる。やあ、)
 と口を、ふわふわと開けるかして、声がぼうとする。」

       二十三

「幹事がきっとして、
(誰です、お前さんは、)
 と聞いた。この時、ねむっていない人が一人でもあるとすれば、これは、私はじめ待構えたといだった。
わしか、私か、……殿、)
 と聞返して、
(同じ仲間のものじゃが、やいの。)
夥間なかま? 私たちの?)
(誰がや、……誰がや、)
 とあざけるように二度言って、
(殿たちの。わしが言うは近間に居る、大勢の、の、その夥間じゃ、という事いの。)
(何かね、くるわの人かね。)
(されば、松の森、杉の林、山懐やまふところの廓のものじゃ。)
(どこから来ました。)
(今日は谷中の下闇したやみから、)
(佐川さん、)
 と少し声高に、幹事が私を呼ぶじゃないか。
 私は黙っていたんだ。
 しばらくして、
(何をしに……)
(「とりあげ」をしょうために、な、殿、「とりあげ」に来たぞ、やいの。)
嬰児あかんぼを産ませるのか。)
(今、無い、ちょうど間に合うて「とりあげ」る小児こどもは無い。)
(そんな、あつらえた[#「誂えた」は底本では「誹えた」]ようなお産があるものか、お前さん、頼まれて来たんじゃ無いのかね。)
(さればのう、頼まれても来たれど、な、催促にももう来たがいの。来たれどもの、仔細しさいあってまだ「とりあげ」られぬ。)
(むむ、まだ産れないのか。)
(何がいの、まだ、死にさらさぬ。)
(死……死なぬとは?)
(京への、京へ、遠くへ行ている、弟和郎わろに、一目ひとめ未練が残るげな。)
 幹事はハタと口をつぐんだ。
(そこでじゃがや、あねめが乳の下の鳩落みずおちな、蝮指まむしゆびあおい爪で、ぎりぎりときりんで、白い手足をもがもがと、黒髪をあおってもだえるのを見て、鳥ならばきながら、羽毛けば※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)むしった処よの。さて、それだけで帰りがけじゃい、の、殿、その帰るさに、これへ寄った。)
(そこに居るのは誰だ。)
 と向うの縁側の処から、子爵が声を懸けた。……私たちは、フト千騎の味方を得たように思う。
 ト此方こなたで澄まして、
(誰でも無いがの。)
(いや、誰でも構わん。が、洒落しゃれ串戯じょうだん可加減いいかげんにした方がいと思う。こう言うと大人気ないが、婦人も居てだ。土地っの娘も聞いてる……一座をすれば我々の連中だ。悪戯いたずらいが、余り言う事が残酷過ぎる。……外の事じゃない。
 弟を愛して、――それが出来得る事でも出来ない事でも、その身代りに死ぬと云って覚悟をしている大病人。現に、夜伽よとぎをして、あの通り、あかりがそこに見えるじゃないか。
 それこそ、何にも知らぬ事だ。ちっとも差支えは無いようなものの、あわれなそのおんなを、直ぐ向うに苦しませておいて、呑気のんきそうに、夜通しのこの会さえ、何だか心ないような気がして、私なんぞはふさいでいるんだ。
 仕様もあろうのに、その病人を材料たねにして、約束の生命いのちを「とりあげ」に来たが、一目弟を見たがるから猶予をした、胸に爪を立てて苦しませたとはどうだ。
 聞いちゃおられん、あんまり残酷で。可加減いいかげんにしておきなさい。誰だか。)
 と凜々りんりんと云う。
 聞きも果てずに、
むごいとは、酷いとは何じゃ、の、何がや、向うの縁側のその殿、酷いとはいの、やいの、酷いとはいの。)
 と畳掛けるように、しかも平気な様子。――向うの縁側のその殿――とは言種いいぐさがどうだい。」

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