高野聖 |
角川文庫、角川書店 |
1971(昭和46)年4月20日改版初版 |
1999(平成11)年2月10日改版40版 |
一
「こう爺さん、おめえどこだ」と職人体の壮佼は、そのかたわらなる車夫の老人に向かいて問い懸けたり。車夫の老人は年紀すでに五十を越えて、六十にも間はあらじと思わる。餓えてや弱々しき声のしかも寒さにおののきつつ、
「どうぞまっぴら御免なすって、向後きっと気を着けまする。へいへい」
と、どぎまぎして慌ておれり。
「爺さん慌てなさんな。こう己ゃ巡査じゃねえぜ。え、おい、かわいそうによっぽど面食らったと見える、全体おめえ、気が小さすぎらあ。なんの縛ろうとは謂やしめえし、あんなにびくびくしねえでものことさ。おらあ片一方で聞いててせえ少癇癪に障って堪えられなかったよ。え、爺さん、聞きゃおめえの扮装が悪いとって咎めたようだっけが、それにしちゃあ咎めようが激しいや、ほかにおめえなんぞ仕損いでもしなすったのか、ええ、爺さん」
問われて老車夫は吐息をつき、
「へい、まことにびっくりいたしました。巡査さんに咎められましたのは、親父今がはじめてで、はい、もうどうなりますることやらと、人心地もござりませなんだ。いやもうから意気地がござりません代わりにゃ、けっして後ろ暗いことはいたしません。ただいまとても別にぶちょうほうのあったわけではござりませんが、股引きが破れまして、膝から下が露出しでござりますので、見苦しいと、こんなにおっしゃります、へい、御規則も心得ないではござりませんが、つい届きませんもんで、へい、だしぬけにこら! って喚かれましたのに驚きまして、いまだに胸がどきどきいたしまする」
壮佼はしきりに頷けり。
「むむ、そうだろう。気の小さい維新前の者は得て巡的をこわがるやつよ。なんだ、高がこれ股引きがねえからとって、ぎょうさんに咎め立てをするにゃあ当たらねえ。主の抱え車じゃあるめえし、ふむ、よけいなおせっかいよ、なあ爺さん、向こうから謂わねえたって、この寒いのに股引きはこっちで穿きてえや、そこがめいめいの内証で穿けねえから、穿けねえのだ。何も穿かねえというんじゃねえ。しかもお提灯より見っこのねえ闇夜だろうじゃねえか、風俗も糸瓜もあるもんか。うぬが商売で寒い思いをするからたって、何も人民にあたるにゃあ及ばねえ。ん! 寒鴉め。あんなやつもめったにゃねえよ、往来の少ない処なら、昼だってひよぐるぐらいは大目に見てくれらあ、業腹な。おらあ別に人の褌襠で相撲を取るにもあたらねえが、これが若いものでもあることか、かわいそうによぼよぼの爺さんだ。こう、腹あ立てめえよ、ほんにさ、このざまで腕車を曳くなあ、よくよくのことだと思いねえ。チョッ、べら棒め、サーベルがなけりゃ袋叩きにしてやろうものを、威張るのもいいかげんにしておけえ。へん、お堀端あこちとらのお成り筋だぞ、まかり間違やあ胴上げして鴨のあしらいにしてやらあ」
口を極めてすでに立ち去りたる巡査を罵り、満腔の熱気を吐きつつ、思わず腕を擦りしが、四谷組合と記したる煤け提灯の蝋燭を今継ぎ足して、力なげに梶棒を取り上ぐる老車夫の風采を見て、壮佼は打ち悄るるまでに哀れを催し、「そうして爺さん稼人はおめえばかりか、孫子はねえのかい」
優しく謂われて、老車夫は涙ぐみぬ。
「へい、ありがとう存じます、いやも幸いと孝行なせがれが一人おりまして、よう稼いでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火を抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので、あとには嫁と孫が二人みんな快う世話をしてくれますが、なにぶん活計が立ちかねますので、蛙の子は蛙になる、親仁ももとはこの家業をいたしておりましたから、年紀は取ってもちっとは呼吸がわかりますので、せがれの腕車をこうやって曳きますが、何が、達者で、きれいで、安いという、三拍子も揃ったのが競争をいたしますのに、私のような腕車には、それこそお茶人か、よっぽど後生のよいお客でなければ、とても乗ってはくれませんで、稼ぐに追い着く貧乏なしとはいいまするが、どうしていくら稼いでもその日を越すことができにくうござりますから、自然装なんぞも構うことはできませんので、つい、巡査さんに、はい、お手数を懸けるようにもなりまする」
いと長々しき繰り言をまだるしとも思わで聞きたる壮佼は一方ならず心を動かし、
「爺さん、いやたあ謂われねえ、むむ、もっともだ。聞きゃ一人息子が兵隊になってるというじゃねえか、おおかた戦争にも出るんだろう、そんなことなら黙っていないで、どしどし言い籠めて隙あ潰さした埋め合わせに、酒代でもふんだくってやればいいに」
「ええ、めっそうな、しかし申しわけのためばかりに、そのことも申しましたなれど、いっこうお肯き入れがござりませんので」
壮佼はますます憤りひとしお憐れみて、
「なんという木念人だろう、因業な寒鴉め、といったところで仕方もないかい。ときに爺さん、手間は取らさねえからそこいらまでいっしょに歩びねえ。股火鉢で五合とやらかそう。ナニ遠慮しなさんな、ちと相談もあるんだからよ。はて、いいわな。おめえ稼業にも似合わねえ。ばかめ、こんな爺さんを掴めえて、剣突もすさまじいや、なんだと思っていやがんでえ、こう指一本でも指してみろ、今じゃおいらが後見だ」
憤慨と、軽侮と、怨恨とを満たしたる、視線の赴くところ、麹町一番町英国公使館の土塀のあたりを、柳の木立ちに隠見して、角燈あり、南をさして行く。その光は暗夜に怪獣の眼のごとし。
二
公使館のあたりを行くその怪獣は八田義延という巡査なり。渠は明治二十七年十二月十日の午後零時をもって某町の交番を発し、一時間交替の巡回の途に就けるなりき。
その歩行や、この巡査には一定の法則ありて存するがごとく、晩からず、早からず、着々歩を進めて路を行くに、身体はきっとして立ちて左右に寸毫も傾かず、決然自若たる態度には一種犯すべからざる威厳を備えつ。
制帽の庇の下にものすごく潜める眼光は、機敏と、鋭利と厳酷とを混じたる、異様の光に輝けり。
渠は左右のものを見、上下のものを視むるとき、さらにその顔を動かし、首を掉ることをせざれども、瞳は自在に回転して、随意にその用を弁ずるなり。
されば路すがらの事々物々、たとえばお堀端の芝生の一面に白くほの見ゆるに、幾条の蛇の這えるがごとき人の踏みしだきたる痕を印せること、英国公使館の二階なるガラス窓の一面に赤黒き燈火の影の射せること、その門前なる二柱のガス燈の昨夜よりも少しく暗きこと、往来のまん中に脱ぎ捨てたる草鞋の片足の、霜に凍て附きて堅くなりたること、路傍にすくすくと立ち併べる枯れ柳の、一陣の北風に颯と音していっせいに南に靡くこと、はるかあなたにぬっくと立てる電燈局の煙筒より一縷の煙の立ち騰ること等、およそ這般のささいなる事がらといえども一つとしてくだんの巡査の視線以外に免るることを得ざりしなり。
しかも渠は交番を出でて、路に一個の老車夫を叱責し、しかしてのちこのところに来たれるまで、ただに一回も背後を振り返りしことあらず。
渠は前途に向かいて着眼の鋭く、細かに、きびしきほど、背後には全く放心せるもののごとし。いかんとなれば背後はすでにいったんわが眼に検察して、異状なしと認めてこれを放免したるものなればなり。
兇徒あり、白刃を揮いて背後より渠を刺さんか、巡査はその呼吸の根の留まらんまでは、背後に人あるということに、思いいたることはなかるべし。他なし、渠はおのが眼の観察の一度達したるところには、たとい藕糸の孔中といえども一点の懸念をだに遺しおかざるを信ずるによれり。
ゆえに渠は泰然と威厳を存して、他意なく、懸念なく、悠々としてただ前途のみを志すを得るなりけり。
その靴は霜のいと夜深きに、空谷を鳴らして遠く跫音を送りつつ、行く行く一番町の曲がり角のややこなたまで進みけるとき、右側のとある冠木門の下に踞まれる物体ありて、わが跫音に蠢けるを、例の眼にてきっと見たり。
八田巡査はきっと見るに、こはいと窶々しき婦人なりき。
一個の幼児を抱きたるが、夜深けの人目なきに心を許しけん、帯を解きてその幼児を膚に引き緊め、着たる襤褸の綿入れを衾となして、少しにても多量の暖を与えんとせる、母の心はいかなるべき。よしやその母子に一銭の恵みを垂れずとも、たれか憐れと思わざらん。
しかるに巡査は二つ三つ婦人の枕頭に足踏みして、
「おいこら、起きんか、起きんか」
と沈みたる、しかも力を籠めたる声にて謂えり。
婦人はあわただしく蹶ね起きて、急に居住まいを繕いながら、
「はい」と答うる歯の音も合わず、そのまま土に頭を埋めぬ。
巡査は重々しき語気をもて、
「はいではない、こんな処に寝ていちゃあいかん、疾く行け、なんという醜態だ」
と鋭き音調。婦人は恥じて呼吸の下にて、
「はい、恐れ入りましてございます」
かく打ち謝罪るときしも、幼児は夢を破りて、睡眠のうちに忘れたる、饑えと寒さとを思い出し、あと泣き出だす声も疲労のために裏涸れたり。母は見るより人目も恥じず、慌てて乳房を含ませながら、
「夜分のことでございますから、なにとぞ旦那様お慈悲でございます。大眼に御覧あそばして」
巡査は冷然として、
「規則に夜昼はない。寝ちゃあいかん、軒下で」
おりからひとしきり荒ぶ風は冷を極めて、手足も露わなる婦人の膚を裂きて寸断せんとせり。渠はぶるぶると身を震わせ、鞠のごとくに竦みつつ、
「たまりません、もし旦那、どうぞ、後生でございます。しばらくここにお置きあそばしてくださいまし。この寒さにお堀端の吹き曝しへ出ましては、こ、この子がかわいそうでございます。いろいろ災難に逢いまして、にわかの物貰いで勝手は分りませず……」といいかけて婦人は咽びぬ。
これをこの軒の主人に請わば、その諾否いまだ計りがたし。しかるに巡査は肯き入れざりき。
「いかん、おれがいったんいかんといったらなんといってもいかんのだ。たといきさまが、観音様の化身でも、寝ちゃならない、こら、行けというに」
三
「伯父さんおあぶのうございますよ」
半蔵門の方より来たりて、いまや堀端に曲がらんとするとき、一個の年紀少き美人はその同伴なる老人の蹣跚たる酔歩に向かいて注意せり。渠は編み物の手袋を嵌めたる左の手にぶら提灯を携えたり。片手は老人を導きつつ。
伯父さんと謂われたる老人は、ぐらつく足を蹈み占めながら、
「なに、だいじょうぶだ。あれんばかしの酒にたべ酔ってたまるものかい。ときにもう何時だろう」
夜は更けたり。天色沈々として風騒がず。見渡すお堀端の往来は、三宅坂にて一度尽き、さらに一帯の樹立ちと相連なる煉瓦屋にて東京のその局部を限れる、この小天地寂として、星のみひややかに冴え渡れり。美人は人ほしげに振り返りぬ。百歩を隔てて黒影あり、靴を鳴らしておもむろに来たる。
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