您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 泉 鏡花 >> 正文

みさごの鮨(みさごのすし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:41:46  点击:  切换到繁體中文



       五

「旦那さん、そんなら、あの、私、……死なずと大事ございませんか……」
「――言うだけの事はないよ、――まるッきり、お前さんがよくばかりでだましたのでみた処で……こっちは芸妓げいしゃだ。罪もむくいもあるものか。それに聞けば、今までに出来るだけは、人情も義理も、苦労をし抜いて尽しているんだ。……勝手な極道ごくどうとか、遊蕩ゆうとうとかで行留りになった男の、名はていのいい心中だが、死んでく道連れにされてたまるものではない。――その上、一人身ではないそうだ。――ここへ来る途中で俄盲目にわかめくらとっさんに逢って、おなじような目の悪い父親があると言って泣いたじゃないか。」――

 掛稲かけいね、嫁菜の、あぜに倒れて、この五尺の松にすがって立った、山代の小春を、近江屋へ連戻った事は、すぐにうなずかれよう。芸妓げいしゃである。そのまま伴って来るのに、何の仔細しさいもなかったこともまた断るに及ぶまい。
 なお聞けば、心中は、単に相談ばかりではない。こうした場所と、身の上では、夜中よりも人目に立たない、しずか日南ひなたの隙を計って、岐路えだみちをあれからすぐ、桂谷へ行くと、浄行寺じょうぎょうじと云う門徒宗が男の寺。……そこで宵のに死ぬつもりで、対手あいてたもとには、あきないものの、(何とか入らず)と、懐中には小刀ナイフさえ用意していたと言うのである。
 上前うわまえ摺下ずりさがる……腰帯のゆるんだのを、気にしいしい、片手でほつれ毛を掻きながら、少しあとへ退さがってついて来る小春の姿は、道行みちゆきからげたとよりは、山奥の人身御供ひとみごくうから助出たすけだされたもののようであった。
 左山中みち、右桂谷道、と道程標みちしるべの立った追分おいわけへ来ると、――その山中道の方から、脊のひょろひょろとした、あごとがった、せこけたじいさんの、すげの一もんじ笠を真直まっすぐに首に据えて、腰に風呂敷包をぐらつかせたのが、すあしに破脚絆やぶれぎゃはん草鞋穿わらじばきで、とぼとぼと竹のつえかれて来たのがあった。
 この竹の杖を宙に取って、さきを握って、前へも立たず横添よこぞいに導きつつ、くたびれ脚を引摺ったのは、目も耳もかくれるようなおおきな鳥打帽の古いのをかぶった、八つぐらいの男ので。これも風呂敷包を中結なかゆわえして西行背負さいぎょうじょいに背負っていたが、道中みちなかへ、弱々と出て来たので、横に引張合ひっぱりあった杖が、一方通せん坊になって、道程標みちしるべの辻の処で、教授は足を留めて前へ通した。が、細流せせらぎは、これから流れ、鳥居は、これから見え、町もこれからにぎやかだけれど、俄めくらと見えて、突立つったった足を、こぶらに力を入れて、あげたり、すぼめたりするように、片手を差出して、手探りで、巾着きんちゃくほどな小児こどもに杖を曳かれて辿たどさま。いま生命いのちびろいをした女でないと、あの手を曳いて、と小春に言ってみたいほど、山家の冬は、この影よりして、町も、軒も、水も、鳥居も暗く黄昏たそがれた。
 駒下駄のちょこちょこあるきに、石段下、その呉羽の神の鳥居の蔭から、桃割ももわれぬれた結立ゆいたてで、緋鹿子ひがのこ角絞つのしぼり。かんざしをまだささず、黒繻子くろじゅすの襟の白粉垢おしろいあかの冷たそうな、かすりの不断着をあわれに着て、……前垂まえだれと帯の間へ、古風に手拭てぬぐいこまかく挟んだ雛妓おしゃくが、殊勝にも、お参詣まいりもどりらしい……急足いそぎあしに、つつッと出た。が、盲目めくらとっさんとすれ違って前へ出たと思うと、空から抱留められたように、ひたりと立留って振向いた。
「や、姉ちゃん。」――と小児こどもが飛着く。
 見る見るうちに、雛妓の、水晶のような※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはった目は、一杯の涙である。
 小春はそっと寄添うた。
「姉ちゃん、お父ちゃんが、お父ちゃんが、目が見えなくなるから、……ちょっと姉ちゃんを見てえってなあ。……」
 西行背負の風呂敷づつみを、肩の方から、いじけたように見せながら、
「姉ちゃん、大すきな豆のあんもを持って来た。」
 ものも言い得ず、姉さんは、弟のそのつむりでると、仰いで笠のうちじった。その笠をかぶって立てるさまは、かかる苦界にある娘に、あわれな、みじめな、見すぼらしい俄盲目には見えないで、しなびた地蔵菩薩じぞうぼさつのようであった。
 親仁おやじは抱しめもしたそうに、手探りに出した手を、火傷やけどしたかと慌てて引いて、その手を片手おがみに、あたりを拝んで、誰ともなしに叩頭おじぎをして、
「御免下され、御免下され。」
 と言った。

「正念寺様におまいりをして、それから木賃へくそうです。いま参りましたのは、あのがちょっと……やかたへ連れて行きましたの。」
 突当つきあたりらしいが、横町を、その三人が曲りしなに、小春が行きすがりに、雛妓おしゃくささやいて「のちにえ。」と言って別れに、さて教授にそう言った。
 ――来た途中の俄盲目は、これである――
 やがて、近江屋の座敷では、小春を客分に扱って、膳を並べて、教授がねんごろに説いたのであった。

「……ほんとに私、死なないでも大事ございませんわね。」
「死んでたまるものか、死ぬ方が間違ってるんだ。」
「でも、旦那さん、……義理も、人情も知らない女だ、薄情だと、言われようかと、そればかりが苦になりました。もう人が何と言いましょうと、旦那さんのおことばばかりで、どんなに、あの人から責められましても私はきっぱりと、心中なんかいやだと言います。おかげさまで助りました。またこれで親兄弟のいとしい顔も見られます。もう、この一年ばかりこのかたと言いますもの、朝に晩に泣いてばかり、生きた瀬はなかったのです。――そのくるしみも抜けました。貴方は神様です。仏様です。」
「いや、これが神様や仏様だと、赤蜻蛉の形をしているのだ。」
「おほほ。」
「ああ、ほんとに笑ったな――もうし、決して死ぬんじゃないよ。」
「たとい間違っておりましても、貴方のおことばばかりできます。女の道に欠けたと言われ、薄情だ、売女ばいただと言う人がありましても、……口に出しては言いませんけれど、心では、貴方のお言葉ゆえと、安心をいたします。」
「あえて構わない。この俺が、私と言うものが、死ぬなと言ったから死なないと、構わず言え。――言ったって決して構わん。」
「いいえ、勿体ない、お名ふだもおねだり申して頂きました。人には言いはしませんが、まあ、嬉しい。……嬉しゅうございますわ。――旦那さん。」
「…………」
「あの、それですけれど……安心をしましたせいですか、落胆がっかりして、力が抜けて。何ですか、余り身体からだにたわいがなくって、心細くなりました。おそばへ寄せて下さいまし……こんな時でございませんと、思い切って、お顔が見られないのでございますけど、それでも、やっぱり、暗くて見えはしませんわ。」
 と、膝にそっと手を置いて、振仰いだらしい顔がほの白い。つやき髪のかおりより、眉がほんのりとにおいそうに、近々とありながら、上段の間は、いまほとんど真暗まっくらである。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告