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みさごの鮨(みさごのすし)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:41:46  点击:  切换到繁體中文



       三

「そうか――先刻さっき、買ものに寄った時、その芸妓げいしゃは泣いていたよ。」
「あれ、小春さんが坊主の店に居ただかね。すいても嫌うても、気立きだての優しいおだから、内証ないしょで逢いに行っただろさ。――ほんに、もうお十夜だ――気むずかしい治兵衛のばばも、やかましい芸妓屋の親方たちも、ここ一日いちんち二日ふつか講中こうじゅうで出入りがやがやしておるで、そのひまそっと逢いに行ったでしょ。」
「お安くないのだな。」
「何、いとしゅうて泣いてるだか、しつこくて泣かされるだか、知れたものではないのだよ。」
「同じ事を……いとしい方にしておくがいい。」
 と客は、しめやかに言った。
いやな事だ。」
「大層嫌うな。……その執拗しつこい、嫉妬しっとぶかいのに、口説くどかれたらお前はどうする。」
「横びんたりこくるだ。」
「これは驚いた。」
「北国一だ。山代のともえ板額はんがくだよ。四斗八升の米俵、両手で二俵提げるだよ。」
「偉い!……そのいきおいで、小春の味方をしておやり。」
「ああ、すべいよ、旦那さんが言わっしゃるなら。……」
「わざと……いささかだけれど御祝儀だ。」
 肩を振って、ねたように、
「要らねえよ。――うちこんなもの。……旦那さん。――旅行たびさきで無駄な銭を遣わねえがいいだ。そして……」
 と顔を向け直すと、ちょっと上まぶたで客をて、
「旦那さん、いつ帰るかね。」
「いや、深切しんせつ難有ありがたいが、いま来たばかりのものに、いつ出程たつかは少しひどかろう。」
「それでも、先刻さっき来た時に、一晩どまりだと言ったでねえかね。」
「まったくだ、明日は山中やまなかへ行くつもりだ。忙しい観光団さ。」
ゆっくり居なさればいに――では、またじきに来なさいよ。」
 と、真顔で言った。
 客はそのことばに感じたように、
「勿論来ようが、その時、姐さんは居なかろう。」
「あれ、何でえ?……」
「お嫁に行くから。」
 したたかかぶりって、
「ううむ、行かねえ。」
「治兵衛坊主が、たって欲しいと言うそうだ。」
「馬鹿を言うもんでねえ。――治兵衛だろうが、忠兵衛だろうが、……一生嫁に行かねえで待ってるだよ。」
「じゃあ、いっそ、どこへも行かないで、いつまでもここに居ようか。私をお婿むこさんにしてくれれば。……」
「するともさ。」
「私は働きがないのだから、婿も養子だ。お前さん養ってくれるかい。」
「ああ、養うよ。朝から晩まですきな時に湯に入れて、御飯おまんまを食べさして、遊ばしておけばそれでよかろうがね。」
勿体もったいないくらい、結構だな。」
「そのくらいなら……私が働く給金でして進ぜるだ。」
「ほんとかい。」
「それだがね、旦那さん。」
「御覧、それ、すぐに変替へんがえだ。」
「ううむ、ほんとうだ、が、こんな上段のでは遣切やりきれねえだ。――裏座敷の四畳半か六畳で、ふしょうして下さんせ、お膳の御馳走も、こんなにはつかねえが、私が内証ないしょでどうともするだよ。」
 客は赤黒く、口のとがった、にきびでふとった顔を見つつ、
「姐さん、名は何と言う。」
 と笑って聞いた。
「ふ、ふ、ふ。」と首を振っている。
「何と言うよ。」
きなさい、そんな事。」
 と耳朶みみたぼまで真赤まっかにした。
「よ、ほんとに何と言うよ。」
「お光だ。」
 と、飯櫃めしびつに太い両手を突張つっぱって、ぴょいと尻を持立もったてる。遁構にげがまえでいるのである。
「お光さんか、年紀としは。」
「知らない。」
「まあ、幾歳いくつだい。」
「顔だ。」
「何、」
「私の顔だよ、猿だてば。」
「すると、幾歳だっけな。」
「桃栗三年、三歳みッつだよ、ははは。」
 と笑いながら駈出かけだした。この顔が――くどいようだが――楊貴妃の上へ押並んで振向いて、
二十はたちだ……いたちだ……べべべべ、べい――」

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