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眉かくしの霊(まゆかくしのれい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:39:57  点击:  切换到繁體中文



      三

「どっちです、白鷺しらさぎかね、五位鷺ごいさぎかね。」
「ええ――どっちもでございますな。両方だろうと思うんでございますが。」
 料理番の伊作は来て、窓下の戸際とぎわに、がッしり腕組をして、うしろ向きに立って言った。
「むこうの山口の大林から下りて来るんでございます。」
 ことばの中にもあらわれる、雪の降りやんだ、その雲の一方はうるしのごとく森が黒い。
「不断のことではありませんが、……この、旦那だんな、池の水のれるところをねらうんでございます。こいふなも半分ひれを出して、あがきがつかないのでございますから。」
怜悧りこうやつだね。」
「馬鹿な人間は困っちまいます――うお可哀相かわいそうでございますので……そうかと言って、夜一夜よっぴて、立番をしてもおられません。旦那、お寒うございます。おしめなさいまし。……そちこち御註文ごちゅうもんの時刻でございますから、何か、不手際ふてぎわなものでも見繕って差し上げます。」
「都合がついたら、君が来て一杯、ゆっくりつき合ってくれないか。――私は夜ふかしは平気だから。一所に……ここで飲んでいたら、いくらか案山子かかしになるだろう。……」
「――結構でございます。……もう台所は片附きました、追ッつけ伺います。――いたずらな餓鬼どもめ。」
 と、あとを口こごとで、空をにらみながら、枝をざらざらとくぐって行く。
 境は、しかし、あとの窓を閉めなかった。もちろん、ごく細目には引いたが。――実は、雪の池のここへ来て幾羽の鷺の、うおを狩るさまを、さながら、炬燵で見るお伽話とぎばなしの絵のように思ったのである。すわと言えば、追い立つるとも、驚かすとも、その場合のこととして……第一、気もそぞろなことは、二度まで湯殿の湯の音は、いずれの隙間すきまからか雪とともに、鷺がち込んでゆあみしたろう、とそうさえ思ったほどであった。
 そのままじっとのぞいていると、薄黒く、ごそごそと雪を踏んで行く、伊作のそでわきを、ふわりと巴の提灯がいて行く。おお今、窓下では提灯を持ってはいなかったようだ。――それに、もうやがて、庭を横ぎって、濡縁ぬれえんか、戸口に入りそうだ、と思うまでへだたった。遠いまで小さく見える、としばらくして、ふとあとへ戻るような、やや大きくなって、あの土間廊下の外の、かや屋根のつま下をすれずれに、だんだんこなたへ引き返す、引き返すのが、気のせいだか、いつの間にか、中へはいって、土間の暗がりをともれて来る。……橋がかり、一方が洗面所、突当りが湯殿……ハテナとぎょッとするまで気がついたのは、その点れて来る提灯を、座敷へ振り返らずに、逆に窓から庭の方に乗り出しつつ見ていることであった。
 トタンに消えた。――頭からゾッとして、首筋をこわく振り向くと、座敷に、白鷺かと思う女の後ろ姿の頸脚えりあしがスッと白い。
 ちがだなわきに、十畳のその辰巳たつみえた、姿見に向かった、うしろ姿である。……湯気に山茶花さざんかしおれたかと思う、れたように、しっとりと身についた藍鼠あいねずみ縞小紋しまこもんに、朱鷺色ときいろと白のいち松のくっきりした伊達巻だてまきで乳の下のくびれるばかり、消えそうな弱腰に、裾模様すそもようかろなびいて、片膝かたひざをやや浮かした、つま友染ゆうぜんがほんのりこぼれる。露のりそうな円髷まるまげに、桔梗色ききょういろ手絡てがらが青白い。浅葱あさぎ長襦袢ながじゅばんの裏がなまめかしくからんだ白い手で、刷毛はけを優しく使いながら、姿見を少しこごみなりに覗くようにして、化粧をしていた。
 境はつもるも知らず息を詰めたのである。
 あわれ、着たきぬは雪の下なる薄もみじで、はだの雪が、かえって薄もみじを包んだかと思う、深く脱いだ襟脚えりあしを、すらりと引いてき合わすと、ぼっとりとして膝近だった懐紙かみを取って、くるくると丸げて、てのひらいて落としたのが、畳へ白粉おしろいのこぼれるようであった。
 衣摺きぬずれが、さらりとした時、湯どのできいた人膚ひとはだまがうとめきがかおって、少し斜めに居返いがえると、煙草たばこを含んだ。吸い口が白く、艶々つやつや煙管きせるが黒い。
 トーンと、灰吹の音が響いた。
 きっと向いて、境を見た瓜核顔うりざねがおは、ぶちがふっくりと、鼻筋通って、色の白さはすごいよう。――気のもった優しいまゆの両方を、懐紙かみでひたと隠して、大きなひとみでじっとて、
「……似合いますか。」
 と、莞爾にっこりした歯が黒い。と、莞爾しながら、つまを合わせざまにすっくりと立った。顔が鴨居かもいに、すらすらとたけが伸びた。
 境は胸が飛んで、腰が浮いて、肩が宙へ上がった。ふわりと、そのおんなそでで抱き上げられたと思ったのは、そうでない、横に口に引きくわえられて、畳をくうり上げられたのである。
 山が真黒になった。いや、庭が白いと、目にさえぎった時は、スッと窓を出たので、手足はいつか、尾鰭おひれになり、我はぴちぴちとねて、おんなの姿はひさしを横に、ふわふわと欄間の天人のように見えた。
 白い森も、白い家も、目の下に、たちまちさっと……空高く、松本城の天守をすれすれに飛んだように思うと、水の音がして、もんどり打って池の中へ落ちると、同時に炬燵こたつでハッと我に返った。
 池におびただしい羽音が聞こえた。
 この案山子かかしになど追えるものか。
 バスケットの、つたの血を見るにつけても、青い呼吸いきをついてぐったりした。
 廊下へ、しとしとと人の音がする。ハッと息を引いて立つと、料理番がぜん銚子ちょうしを添えて来た。
「やあ、伊作さん。」
「おお、旦那だんな。」

      四

「昨年のちょうど今ごろでございました。」
 料理番はひしと、身を寄せ、肩をしめて話し出した。
「今年は今朝から雪になりましたが、そのみぎりは、忘れもしません、前日雪が降りました。積もり方は、もっと多かったのでございます。――二時ごろに、目のめますような御婦人客が、ただお一方ひとかたで、おいでになったのでございます。――目の覚めるようだと申しましても派手ではありません。婀娜あだな中に、何となく寂しさのございます、二十六七のお年ごろで、高等な円髷まるまげでおいででございました。――御容子ごようすのいい、背のすらりとした、見立ての申し分のない、しかし奥様と申すには、どこかなまめかしさが過ぎております。そこは、田舎いなかものでも、大勢お客様をお見かけ申しておりますから、じきにくろうとしゅだと存じましたのでございまして、これが柳橋の蓑吉みのきちさんというねえさんだったことが、後に分かりました。宿帳の方はお艶様つやさまでございます。
 その御婦人を、旦那――帳場で、このお座敷へ御案内申したのでございます。
 風呂ふろがお好きで……もちろん、おいやな方もたんとございますまいが、あの湯へ二度、お着きになって、すぐと、それに夜分に一度、お入りなすったのでございます――都合で、新館の建出しは見合わせておりますが、温泉ごのみに石でたたみました風呂は、自慢でございまして、旧の二階三階のお客様にも、ちと遠うございますけれども、お入りを願っておりましたところが――実はその、時々、不思議なことがありますので、このお座敷も同様にしばらく使わずにおきましたのを、旦那のような方に試みていただけば、おのずと変なこともなくなりましょうと、相談をいたしまして、申すもいかがでございますが、今日こんにち久しぶりで、かしも使いもいたしましたような次第わけなのでございます。
 ところで、お艶様、その御婦人でございますが、日のうち一風呂お浴びになりますと、(鎮守様のお宮は、)と聞いて、お参詣まいりなさいました。贄川街道にえがわかいどうよりの丘の上にございます。――山王様のおやしろで、むかし人身御供ごくうがあがったなどと申し伝えてございます。森々しんしんと、もの寂しいお社で。……村社はほかにもございますが、鎮守と言う、お尋ねにつけて、その儀を帳場で申しますと……道を尋ねて、そこでお一人でおのぼりなさいました。目を少々お煩いのようで、雪がきらきらしていたむからと言って、こんな土地でございます、ほんの出来あいの黒い目金を買わせて、掛けて、洋傘こうもりつえのようにしてお出掛けで。――これは鎮守様へ参詣さんけいは、奈良井宿一統への礼儀挨拶あいさつというお心だったようでございます。
 無事に、まずお帰りなすって、夕飯の時、おぜんで一口あがりました。――旦那の前でございますが、板前へと、御丁寧にお心づけを下すったものでございますからてまい……ちょいと御挨拶に出ました時、こういうおたずねでございます――お社へお供物くもつにきざがき楊枝ようじとを買いました、……石段下のそこの小店のおばあさんの話ですが、山王様の奥が深い森で、その奥に桔梗ヶ原ききょうがはらという、原の中に、桔梗の池というのがあって、その池に、お一方ひとり、お美しい奥様がいらっしゃると言うことですが、ほんとうですか。――
 ――まったくでございます、と皆まで承わらないで、てまいが申したのでございます。
 論より証拠、申して、よいか、悪いか存じませんが、現にてまいが一度見ましたのでございます。」
「…………」
「桔梗ヶ原とは申しますが、それは、秋草は綺麗きれいに咲きます、けれども、桔梗ばかりというのではございません。ただその大池の水が真桔梗まっききょうの青い色でございます。桔梗はかえって、白い花のが見事に咲きますのでございまして。……
 四年あとになりますが、正午まひるというのに、この峠向うの藪原宿やぶはらじゅくから火が出ました。正午しょううまこくの火事は大きくなると、何国いずこでも申しますが、全く大焼けでございました。
 山王様の丘へ上がりますと、一目に見えます。火の手は、七条ななすじにも上がりまして、ぱちぱちぱんぱんと燃える音が手に取るように聞こえます。……あれは山間やまあいの滝か、いや、ぽんぷの水の走るのだと申すくらい。この大南風おおみなみの勢いでは、山火事になって、やがて、ここもとまで押し寄せはしまいかと案じますほどの激しさで、けつけるものは駈けつけます、騒ぐものは騒ぐ。てまいなぞは見物の方で、おやしろ前は、おなじ夥間なかま充満いっぱいでございました。
 二百十日の荒れ前で、残暑の激しい時でございましたから、ついつい少しずつお社の森の中へ火を見ながら入りましたにつけて、不断は、しっかり行くまじきとしてあるところではございますが、この火の陽気で、人の気のいている場所から、深いといっても半町とはない。大丈夫と。ところで、てまい陰気もので、あまり若衆わかしゅづきあいがございませんから、誰を誘うでもあるまいと、杉檜すぎひのきの森々としました中を、それも、思ったほど奥が深くもございませんで、一面の草花。……白い桔梗ききょうでへりを取った百畳敷ばかりの真青まっさおな池が、と見ますと、そのみぎわ、ものの二……三……十間とはない処に……お一人、何ともおうつくしい御婦人が、鏡台を置いて、斜めに向かって、お化粧をなさっていらっしゃいました。
 おぐしがどうやら、お召ものが何やら、一目見ました、その時のすごさ、可恐おそろしさと言ってはございません。ただいま思い出しましても御酒ごしゅが氷になって胸へみます。ぞっとします。……それでいてそのお美しさが忘れられません。勿体もったいないようでございますけれども、家のないもののお仏壇に、うつしたお姿と存じまして、一日でも、この池の水をながめまして、その面影おもかげを思わずにはおられませんのでございます。――さあ、その時は、前後も存ぜず、はねの折れた鳥が、ただ空から落ちるような思いで、森を飛び抜けて、一目散に、高い石段を駈け下りました。てまいがその顔の色と、おびえた様子とてはなかったそうでございましてな。……お社前の火事見物が、一雪崩ひとなだれになってりました。森の奥から火を消すばかり冷たい風で、大蛇だいじゃがさっと追ったようで、遁げたてまいは、野兎のうさぎの飛んで落ちるように見えたということでございまして。
 とこの趣を――お艶様、その御婦人に申しますと、――そうしたお方を、どうして、女神様おんながみさまとも、お姫様とも言わないで、奥さまと言うんでしょう。さ、それでございます。てまいはただ目が暗んでしまいましたが、前々ぜんぜんより、ふとお見上げ申したものの言うのでは、桔梗の池のお姿は、まゆをおとしていらっしゃりまするそうで……」
 境はゾッとしながら、かえって炬燵こたつわきへ払った。
「どなたの奥方とも存ぜずに、いつとなくそう申すのでございまして……旦那。――お艶様に申しますと、じっとお聞きなすって――だと、その奥さまのお姿は、ほかにも見た方がありますか、とおっしゃいます――ええ、月の山の、花の麓路ふもとじほたるの影、時雨しぐれ提灯ちょうちん、雪の川べりなど、随分村方でも、ちらりと拝んだものはございます。――お艶様はこれをきいて、猪口ちょくを下に置いて、なぜか、しょんぼりとおうつむきなさいました。――
 ――ところで旦那……その御婦人が、わざわざ木曾のこの山家やまがへ一人旅をなされた、用事がでございまする。」

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