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星あかり(ほしあかり)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:35:55  点击:  切换到繁體中文


 一つでない、二つでもない。三頭みつ四頭よつも一斉に吠え立てるのは、ちょう前途ゆくて浜際はまぎわに、また人家が七八軒、浴場、荒物屋あらものやなど一廓ひとくるわになってるそのあたり。彼処あすこ通抜とおりぬけねばならないと思うと、今度は寒気さむけがした。我ながら、自分をあやしむほどであるから、恐ろしく犬をはばかったものである。進まれもせず、引返ひきかえせば再び石臼いしうすだの、松の葉だの、屋根にもひさしにもにらまれる、あの、このうえもないいやおもいをしなければならぬのと、それもならず。じっと立ってると、天窓あたまがふらふら、おしつけられるような、しめつけられるような、犇々ひしひしと重いものでおされるような、せつない、たまらない気がして、もはや! 横に倒れようかと思った。
 処へ、荷車が一台、前方むこうから押寄せるが如くに動いて、来たのは頬被ほおかぶりをした百姓である。
 これに夢が覚めたようになって、少し元気がつく。
 いて来たは空車からぐるまで、青菜あおなも、わらも乗って居はしなかったが、何故なぜか、雪の下の朝市に行くのであろうと見て取ったので、なるほど、星の消えたのも、空がよどんで居るのも、夜明にのない所為せいであろう。墓原はかはらへ出たのは十二時すぎ、それから、ああして、ああして、と此処ここまであいだのことを心に繰返して、大分だいぶんの時間がったから。
 と思う内に、車は自分の前、ものの二三げん隔たる処から、左の山道やまみちの方へ曲った。雪の下へ行くには、来て、自分とれ違って後方うしろへ通り抜けねばならないのに、とあやしみながら見ると、ぼやけた色で、夜の色よりも少し白く見えた、車も、人も、山道やまみちなかばあたりでツイ目のさきにあるような、大きな、あざやかな形で、ありのままと消えた。
 今はう、さっきから荷車がただすべってあるいて、少しも轣轆れきろくの音の聞えなかったことも念頭に置かないで、早くこの懊悩おうのうを洗い流そうと、一直線に、夜明に間もないと考えたから、人憚ひとはばからず足早あしばやに進んだ。荒物屋あらものや軒下のきした薄暗うすくらい処に、斑犬ぶちいぬが一頭、うしろむきに、長く伸びて寝て居たばかり、事なく着いたのは由井ヶ浜である。
 碧水金砂へきすいきんさ、昼のおもむきとは違って、霊山りょうぜんさき突端とっぱな小坪こつぼの浜でおしまわした遠浅とおあさは、暗黒の色を帯び、伊豆の七島も見ゆるという蒼海原あおうなばらは、ささにごりにごって、はてなくおっかぶさったようにうずだかい水面は、おなじ色に空につらなって居る。浪打際なみうちぎわ綿わたをばつかねたような白い波、波頭なみがしらあわを立てて、どうとせては、ざっと、おうように、重々おもおもしゅう、ひるがえると、ひたひたと押寄せるが如くに来る。これは、一秒に砂一りゅう、幾億万年ののちには、この大陸をひたし尽そうとする処の水で、いまも、瞬間ののちも、咄嗟とっさのさきも、まさしかなすべく働いて居るのであるが、自分は余り大陸の一端が浪のために喰欠くいかかれることのはやいのを、心細く感ずるばかりであった。
 妙長寺に寄宿してから三十日ばかりになるが、先に来た時分とは浜がいちじるしく縮まって居る。町を離れてから浪打際なみうちぎわまで、およそ二百歩もあった筈なのが、白砂しらすなに足を踏掛ふみかけたと思うと、爪先つまさきつめたく浪のさきに触れたので、昼間は鉄のなべで煮上げたような砂が、皆ずぶずぶにれて、ひやっこく、宛然さながら網の下を、水がくぐって寄せ来るよう、砂地に立ってても身体からだゆらぎそうに思われて、不安心でならぬから、浪が襲うとすたすたとあと退き、浪が返るとすたすたと前へ進んで、砂の上に唯一人やがて星一つない下に、果のない蒼海あおうみの浪に、あわれ果敢はかない、弱い、力のない、身体単個ひとつもてあそばれて、刎返はねかえされて居るのだ、と心着こころづいて悚然ぞっとした。
 時に大浪が、ひとあて推寄おしよせたのに足を打たれて、気もうわずって蹌踉よろけかかった。手が、砂地に引上ひきあげてある難破船の、わずかにその形をとどめて居る、三十石積こくづみと見覚えのある、そのふなばたにかかって、五寸釘をヒヤヒヤとつかんで、また身震みぶるいをした。下駄はさっきから砂地をける内に、いつの間にか脱いでしまって、跣足はだしである。
 何故なぜかは知らぬが、この船にでも乗って助かろうと、片手を舷に添えて、あわただしく擦上すりあがろうとする、足が砂を離れてくうにかかり、胸が前屈まえかがみになって、がっくり俯向うつむいた目に、船底に銀のような水がたまって居るのを見た。
 思わずあッといって失望した時、轟々ごうごうごうという波の音。山をくつがえしたように大畝おおうねりが来たとばかりで、――跣足はだし一文字いちもんじ引返ひきかえしたが、吐息といきもならず――寺の門を入ると、其処そこまで隙間すきまもなく追縋おいすがった、灰汁あくかえしたような海は、自分のせなかから放れてった。
 引き息で飛着とびついた、本堂の戸を、力まかせにがたひしと開ける、屋根の上で、ガラガラというひびきかわらが残らず飛上とびあがって、舞立まいたって、乱合みだれあって、打破うちやぶれた音がしたので、はッと思うと、目がくらんで、耳が聞えなくなった。が、うッかりした、つかてた、たおれそうな自分の体は、……夢中で、色のせた、天井の低い、しわだらけな蚊帳かや片隅かたすみつかんで、暗くなったの影に、かして蚊帳のうちのぞいた。
 医学生は肌脱はだぬぎで、うつむけに寝て、踏返ふみかえした夜具やぐの上へ、両足を投懸なげかけて眠って居る。
 ト枕を並べ、仰向あおむけになり、胸の上に片手を力なく、片手を投出し、足をのばして、口を結んだ顔は、灯の片影かたかげになって、一人すやすやと寝て居るのを、……一目見ると、それは自分であったので、天窓あたまから氷を浴びたようにすじがしまった。
 ひたとつめたい汗になって、眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらき、殺されるのであろうと思いながら、すかして蚊帳の外を見たが、墓原をさまよって、乱橋から由井ヶ浜をうろついて死にそうになって帰って来た自分の姿は、立って、蚊帳にすがっては居なかった。
 もののけはいを、夜毎よごと心持こころもちで考えると、まだ三時にはがあったので、う最うあたまがおもいから、そのまま黙って、母上の御名おんなを念じた。――人はういうことから気が違うのであろう。





底本:「書物の王国11 分身」国書刊行会
   1999(平成11)年1月22日初版第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第四卷」岩波書店
   1941(昭和16)年3月15日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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