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古狢(ふるむじな)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:33:44  点击:  切换到繁體中文

底本: 泉鏡花集成8
出版社: ちくま文庫、筑摩書房
初版発行日: 1996(平成8)年5月23日
入力に使用: 1996(平成8)年5月23日第1刷


底本の親本: 鏡花全集
出版社: 岩波書店
初版発行日: 1942(昭和17)年7月刊行開始

 

「しゃッ、しゃッ、しゃあっ!……」
 寄席のいらっしゃいのように聞こえるが、これは、いざいざ、いでや、というほどの勢いの掛声と思えばい。
「しゃあっ! 八貫―ウん、八貫、八貫、八貫とウ、九貫か、九貫と十ウだ、……十貫!」
 目の下およそ八寸ばかり、濡色のたいを一枚、しるし半纏ばんてんという処を、めくらじま筒袖つつッぽを両方大肌脱ぎ、毛だらけの胸へ、釣身つりみに取って、尾を空に、向顱巻むこうはちまきの結びめと一所に、ゆらゆらとねさせながら、掛声でそのめかたを増すように、うおかしらを、下腹から膝頭ひざがしらへ、じりじりと下ろして行くが、
「しゃッ、しゃッ。」
 と、腰を切って、胸をらすと、再び尾から頭へ、じりじりとひびきを打たして釣下げる。これ、値を上げる寸法で。
「しゃッ、十貫十ウ、十貫二百、三百、三百ウ。」
 親仁おやじつらは朱をそそいで、そのくちばしたこのごとく、魚のひれ萌黄もえぎに光った。
「力は入るね、尾を取って頭を下げ下げ、段々にるのは、底力は入るが、見ていて陰気だね。」
 と黒い外套がいとうを着た男が、同伴つれの、意気で優容やさがた円髷まるまげに、低声こごえで云った。
「そう。でも大鯛をせるのには、どこでもああするのじゃアありません?……」
 人だちの背後うしろからのぞいていたのが、連立って歩き出して、
「……と言われると、第一、東京の魚河岸の様子もよく知らないで、お恥かしいよ。――ここで言っては唐突だしぬけで、ちと飛離れているけれど、松江だね、出雲いずもの。……茶町という旅館はたご間近の市場で見たのは反対だっけ――今の……」
 外套の袖を手で掲げて、
「十貫、百と糶上せりあげるのに、尾を下にして、頭を上へ上へと上げる。……景気もよし、見ているうちに値が出来たが、よう、と云うと、それ、その鯛を目の上へ差上げて、人の頭越しに飜然ひらりと投げる。――処をすかさず受取るんだ、よう、と云ってうしろの方で。……威勢がいい。それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口こいぐちに、仲仕とかのするような広い前掛をいて、お花見手拭てぬぐいのように新しいのをえりに掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」
「陽気ね、それは。……でも、ここは近頃の新開ですもの。お魚はほんのつけたりで、おもに精進ものの取引をするんですよ。そういっては、十貫十ウの、いまの親仁にしかられるかも知れないけれど、みんな蓮根市場れんこんいちばというくらいなんですわ。」
「成程、大きに。――しかもその実、お前さんと……むかしの蓮池はすいけを見に、寄道をしたんだっけ。」
 と、外套は、洋杖ステッキも持たない腕を組んだ。
 話の中には――この男が外套を脱ぐ必要もなさそうだから、いけぞんざいだけれども、懇意ずく、御免をこうむって、外套氏としておく。ただ旅客でも構わない。
 が、私のこの旅客は、実は久しぶりの帰省者であった。以前にも両三度聞いた――かれの帰省談の中の同伴つれは、その容色きりょうよしの従姉いとこなのであるが、従妹はあいにく京の本山へ参詣おまいりの留守で、いま一所なのは、お町というその娘……といっても一度縁着いた出戻りの二十七八。で、親まさりの別嬪べっぴん冴返さえかえって冬空にうららかである。それでも、どこかひけめのある身の、しまのおめしも、一層なよやかに、羽織の肩もほっそりとして、抱込かかえこんでやりたいほど、いとしらしい風俗ふうである。けれども家業柄――家業は、土地の東のくるわで――近頃は酒場か、カフェーの経営だと、話すのに幅が利くが、困った事にはお茶屋、いわゆるおん待合だから、ちと申憎い、が、仕方がない。それだけにまた娘の、世馴よなれて、人見知りをしない様子は、以下の挙動ふるまい追々おいおいに知れようと思う。
 ちょうどいい。帰省者も故郷へにしきではない。よってくだんの古外套で、映画の台本や、仕入ものの大衆向で、どうにか世渡りをしているのであるから。
「陽気も陽気だし、それに、山に包まれているんじゃない、その市場のすぐ見通しが、大きな湖だよ、あの、有名な宍道湖しんじこさ。」
「あら、山の中だって、おじさん、こちらにも、海も、湖も、大きなのがありますわ。」
 湖は知らず、海に小さなのといっては断じてあるまい。何しろ、話だけでも東京が好きで、珍らしく土地自慢をしない娘も、対手あいてが地方だけに、ちょっと反感を持ったらしい。
 いかにも、湖は晃々きらきらと見える。が、水が蒼穹おおぞらに高い処に光っている。近い山も、町の中央の城と向合った正面とは違い、場末のこのあたりは、ふもとの迫るすそになり、遠山は波濤はとうのごとくかさっても、奥は時雨の濃い雲の、次第に霧に薄くなって、眉は迫った、すすき尾花の山のは、おおきないのししの横に寝たさまに似た、その猪の鼻と言おう、中空なかぞら抽出ぬきんでた、きばの白いのは湖である。丘を隔てて、一条ひとすじ青いのは海である。
 その水の光は、足許あしもとつちに影を映射うつして、羽織の栗梅くりうめあかるく澄み、袖の飛模様も千鳥に見える。見ると、やや立離れた――一段高く台をんで立った――糶売せりうりの親仁は、この小春日の真中まんなかに、しかも夕月を肩に掛けた銅像に似ていた。
「あの煙突が邪魔だな。」
 ここを入って行きましょうと、同伴つれが言う、私設の市場の入口で、外套氏は振返って、そのししの鼻の山裾やますそを仰いで言った。
「あれ、温泉よ。」
「温泉?」
「いま通って来たじゃありませんか、おじさん。」
「ああ、あの紺屋の物干場と向い合った……蟋蟀こおろぎがないていた……」
 蟋蟀は……ここでも鳴く。
「その紺屋だって、あったのは昔ですわ。垣も何にもなくなって、いまは草場くさっぱでしたわね。」
「そうだっけな――実は、あのならびに一人、おなじ小学校の組の友だちが居てね。……八田なにがし……」
「そのお飯粒まんまつぶで蛙を釣って遊んだって、御執心の、蓮池のやしきの方とは違うんですか。」
 鯛はまだ値が出来ない。山のすすき顱巻はちまきを突合せて、あの親仁はまた反った。
「違うんだよ。……何もあらためて名のるほどの事もないんだけれど、子供ッて妙なもので、まわりに田があるから、ああ八田だ、それにしても八ツはない。……そんなことを独り合点した事も思出しておかしいし、余り様子が変っているので、心細いようにもなって、ついうっかりして――活動写真の小屋が出来た……がらんとしている、不景気だな、とぎょっとして、何、昼間は休みなのだろう、にしておいたよ。そういえば煙突も真正面で、かえって、あんなに高く見えなかったもんだから、あかり取りかと思ったっけ。……映画の明取りはちと変だね。どうかしている。」
 と笑いながら、
「そうかい、温泉かい……こんな処に。」
わかすんですよ……ただの水を。」
「ただの水はよかった、成程。」
「でも、温泉といった方が景気がいいからですわ。そしてね、おじさん、いまの、あれ、むじなの湯っていうんですよ。」
「狢の湯?……」
 と同伴つれの顔を見た時は、もうその市場のなかを半ば過ぎていた。まだ新しく、ほんの仮設らしい、通抜けで、ただ両側に店が並んだが、二三個処うつろに穴があいて、なぜか箪笥たんす抽斗ひきだしの一つ足りないような気がする。今来た入口はいりぐちに、下駄屋と駄菓子屋が向合って、駄菓子屋に、ふかし芋と、でた豌豆えんどうを売るのも、下駄屋の前ならびに、子供のはきものの目立ってあかいのも、ものわびしい。蒟蒻こんにゃくおけに、ふなのバケツが並び、どじょうざるに、天秤を立掛けたままの魚屋の裏羽目からは、あなめあなめ空地の尾花がのぞいている……といった形。
 ――あとで地の理をよく思うと、ここが昔の蓮池の口もとだったのだそうである。――
「皆その御眷属ごけんぞくが売っているようだ。」
「何? おじさん。」
「いえね、その狢の湯の。」
「あら聞こえると悪ござんすわ。」
 とたしなめる目づかいが、つい横の酒類販売店のびんに、瞳が蝶のようにちらりと映って、レッテルの桜に白い頬がほんのりする。
「決して悪く云ったのじゃない。……これで地口行燈じぐちあんどんが五つ六つあってごらん。――横露地の初午はつうまじゃないか。お祭のようだと祝ったんだよ。」
「そんな事……お祭だなんのといって、一口飲みたくなったんじゃあ、ありません? おっかさん(外套氏の従姉をいう)ならですけど、可厭いやよ、私、こんな処で、腰掛けて一杯なんぞ。」
「大丈夫。いくら好きだって、蕃椒とうがらしでは飲めないよ。」
 と言った。
 市場を出た処の、乾物屋と思う軒に、真紅まっかな蕃椒が夥多おびただしい。……新開ながら老舗しにせと見える。わかめ、あらめ、ひじきなど、いその香もぷんとした。が、それが時雨でも誘いそうに、薄暗い店の天井は、輪にかがって、棒にして、揃えて掛けた、車麩くるばぶで一杯であった。
「見事なものだ。村芝居の天井に、雨車を仕掛けた形で、妙に陰気だよ。」
 串戯じょうだんではない。日向ひなたさっと村雨がかかった、すすき葉摺はずれの音を立てて。――げに北国の冬空や。
 二人は、ちょっとその軒下へ入ったが、
「すぐ晴れますわ、狐の嫁入よ。」
 という、ななめに見える市場の裏羽目に添って、紅蓼べにたでと、露草の枯れがれに咲いて残ったのが、どちらがその狐火きつねび小提灯こじょうちんだか、濡々ぬれぬれともれて、尾花にそよいで……それ動いて行く。
「そうか、私はまた狐の糸工場かと思った。雨あしの白いのが、天井の車麩から、ずらずらと降って来るようじゃあないか。」
可厭いや、おじさん。」
 とれるばかり、肩を寄せて、
「気味が悪い。」
「じゃあ、言直そう。ここは蓮池のあとらしいし、この糸で曼陀羅まんだらが織れよう。」
「ええ、だって、極楽でも、地獄でも、その糸がいけないの。」
「糸が不可いけないとは。」
「……だって、しいの木婆さんが、糸車を廻す処ですもの、小豆洗あずきあらいともいうんですわ。」
 後前あとさきを見廻して、
「それはね、城のお殿様の御寵愛の、その姉さんだったと言いましてね。むかし、魔法を使うように、よく祈りのきいた、美しい巫女みこがそこに居て、それが使った狢だとも言うんですがね。」
 あなたは知らないのか、と声さえはばかってお町が言った。――この乾物屋と直角に向合むかいあって、蓮根れんこんの問屋がある。土間を広々と取り、奥を深く、しんと暗い、大きな家で、ここを蓮根市はすいちとも呼ぶのは、その故だという。屋の棟を、うしろ下りに、山の中腹と思う位置に、一朶いちだの黒雲の舞下ったようなのが、年数を知らない椎の古木のこずえである。大昔から、その根に椎の樹婆叉ばばしゃというのが居て、事々に異霊妖変ようへんあらわす。徒然な時はいつも糸車を廻わしているのだそうである。もともと私どもの、この旅客は、その小学校友だちの邸あとをうために来た。……その時分には遊びに往来ゆききもしたろうものを、あの、椎の樹婆叉を知らないのかと、お町が更に怪しんで言うのであった。が、八ツや十ウのものを、わざと親たちはおどしもしまい。……近所に古狢ふるむじなの居る事を、友だちはほこりはしなかったに違いない。
 ――町の湯の名もそれから起った。――そうか、椎の木の大狢、経立ふッたち狢、化婆々ばけばばあ
「あれえ。」
「…………」
可厭いや、おじさんは。」
「あやまった、あやまった。」
 鉄砲でねらわれた川蝉かわせみのように、日のさす小雨を、綺麗な裾で蓮の根へ飛んでげた。お町の後から、外套氏は苦笑いをしながら、その蓮根問屋の土間へ追い続いて、
「決しておどす気で言ったんじゃあない。――はじめは蛇かと思って、ぞっとしたっけ。」
 椎の樹婆叉の話を聞くうちに、ふと見ると、天井の車麩にからんで、ちょろちょろと首と尾があらわれた。その上下うえしたに巻いて廻るのを、蛇が伝う、と見るとともに、車麩がくるくると動くようで、因果車がうねって通る。……で悚気ぞっとしたが、じっると、鼠か、溝鼠どぶねずみか、降る雨に、あくどく濡れてっている。……時も時だし、や、小さな狢が天井へ、とうっかり饒舌しゃべって、きれいな鳥を蓮池へ飛ばしたのであった。
「そんな事に驚く奴があるものか。」
「だって、……でも、もう大丈夫だわ、ここへ来れば人間のたぬきが居るから。」
 と、大きに蓮葉はすはで、
ごんちゃん――居るの。」
 獣ならば目が二つ光るだろう。あれでも人が居るかと思う。透かして見れば帳場があって、その奥から、大土間の内側を丸太でしきった――(朝市がそこで立つ)――そのしきりの外側を廻って、右の権ちゃん……めくらじま筒袖つつッぽ懐手ふところで突張つっぱって、狸より膃肭臍おっとせいに似て、ニタニタとあらわれた。くるわの美人で顔がきく。この権ちゃんが顕われると、外土間に出張った縁台に腰を掛けるのに――市が立つと土足で糶上せりあがるのだからと、お町が手巾ハンケチでよくはたいて、縁台に腰を掛けるのだから、じかに七輪しちりんの方がいい、そちこち、お八つ時分、薬鑵やかんの湯も沸いていようと、はるかな台所口からその権ちゃんに持って来させて、御挨拶は沢山……大きな坊やは、こう見えても人見知りをするから、とくるりと権ちゃんに背後うしろを向かせて、手で叩く真似をすると、えへへ、と権ちゃんの引込ひっこんだ工合ぐあいが、いんは結ばないが、姉さんの妖術ようじゅつかかったようであった。

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