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琵琶伝(びわでん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:32:37  点击:  切换到繁體中文


 謙三郎のなお辞するに、はていかりて血相かえ、
「ええ、どういってもかないのか。私一人だから可いと思って、伯父さんがおいでの時なら、そんなこと、いわれやしまいが。え、お前、いつも口癖のように何とおいいだ。きっと養育された恩を返しますッて、立派な口をきく癖に。私がこれほど頼むものを、それじゃあ義理が済むまいが。あんまりだ、あんまりだ。」
 謙三郎はいかんとも弁疏いいわけなすべきことばを知らず、しばし沈思してこうべれしが、叔母のせなをば掻無かいなでつつ、
うございます。何とでもいたしてきっと逢って参りましょう。」
 謂われて叔母は振仰向ふりあおむき、さも嬉しげに見えたるが、謙三郎の顔の色の尋常ただならざるをあやぶみて、
「お前、可いのかい。何ともありゃしないかね。」
「いや、お憂慮きづかいには及びません。」
 といと淋しげに微笑ほほえみぬ。

       三

奥様これ、どこへござらっしゃる。」
 と不意に背後うしろより呼留められ、人は知らずと忍び出でて、今しもようやく戸口にいたれる、お通はハッと吐胸とむねをつきぬ。
 されどもかれは聞かざる真似して、手早くじょうを外さんとなしける時、手燭てしょく片手に駈出かけいでて、むずと帯際を引捉ひっとらえ、掴戻つかみもどせる老人あり。
 頭髪あたかも銀のごとく、額げて、ひげまだらに、いといかめしき面構つらがまえの一癖あるべく見えけるが、のぶとき声にてお通をしかり、「夜夜中よなかあてこともねえ駄目なこッた、断念あきらめさっせい。三原伝内が眼張がんばってれば、びくともさせるこっちゃあねえ。眼をくらまそうとってそりゃ駄目だ。何の戸外おもてへ出すものか。こっちへござれ。ええ、こっちござれとうに。」
 お通はきっと振返り、
「お放し、私がちょっと戸外おもてへ出ようとするのを、何のお前がお構いでない、お放しよ、ええ! お放してば。」
「なりましねえ。麻畑の中へ行って逢おうたッて、そうはかねえ。素直にこっちへござれッていに。」
 お通は肩を動かしぬ。
「お前、主人をどうするんだえ。ちっと出過ぎやしないかね。」
「主人も糸瓜へちまもあるものか、おれは、何でも重隆様のいいつけ通りにきっと勤めりゃそれでいのだ。お前様めえさまが何と謂ったって耳にも入れるものじゃねえ。」
邪険じゃけんも大抵にするものだよ。お前あんまりじゃないかね。」
 とお通は黒くつややかな瞳をもって老夫の顔をじろりと見たり。伝内はビクともせず、
「邪険でも因業いんごうでも、吾、何にも構わねえだ。旦那様のおっしゃる通りきっと勤めりゃそれで可いのだ。」
 威をもって制することならずと見たる、お通は少しく気色を和らげ、
「しかしねえ、お前、そこには人情というものがあるわね。まあ、考えてみておくれ。一昨日おとといの晩はじめて門をおたたきなすってから、今夜でちょうど三晩の間、むこうの麻畑の中に隠れておいでなすって、めしあがるものといっちゃ、一粒の御飯もなし、内に居てさえひどいものを、ま、ぶよでどんなだろうねえ。脱営をなすったッて。もう、お前も知ってる通り、今朝ッからどの位、おしらべが来たか知れないもの、おつかまりなさりゃそれッきりじゃあないか。何の、ちょっとぐらい顔を見せたからって、見たからって、お前、この夜中だもの、ね、お前この夜中だもの、旦那に知れッこはありゃしないよ。でもそれでも料簡りょうけんがならなけりゃお前でも可い、お前でも可いからね、実はあの隠れ忍んで、ようようこしらえたこの召食事あがるものをそっと届けて来ておくれ、よ、後生だよ。私に一目逢おうとってその位に辛抱遊ばす、それを私の身になっちゃあ、ま、どんなだろうとお思いだ。え、後生だからさ、もう、私ゃ居ても、っても、居られやしないよ。後生だからさ、ちょっと届けて来ておくれなね。」
 伝内はただこうべるのみ。
「何を謂わッしても駄目なこんだ。そりゃ、は、とても駄目でござる。こんなことがあろうと思わっしゃればこそ、旦那様が扶持ふちい着けて、お前様めえさまの番をさして置かっしゃるだ。」
 お通はいとも切なき声にて、
「さ、さ、そのことは聞えたけれど……ああ、何といって頼みようもない。一層お前、わ、私の眼をつぶしておくれ、そうしたら顔を見る憂慮きづかいもあるまいから。」
「そりゃ不可いけねえだ。何でも、は、お前様めえさまに気を着けて、のみにもささせるなという、おっしゃりつけだアもの。眼を潰すなんてあてごともない。飛んだことをいわっしゃる。それにしてもお前様眼が見えねえでも、口が利くだ。何でも、はあ、一切、男と逢わせることと、話談はなしをさせることがならねえという、旦那様のおっしゃりつけだ。断念あきらめてしまわっしゃい。何といっても駄目でござる。」
 お通は胸も張裂くばかり、「ええ。」と叫びて、身を震わし、肩をゆりて、
「イ、一層、殺しておしまいよう。」
 伝内は自若として、
「これ、またあんな無理を謂うだ。蚤にも喰わすことのならねえものを、何として、は、殺せるこんだ。さ駄々をねねえでこちらへござれ。ひどい蚊だがのう。お前様アくわねえか。」
「ええ、蚊がくうどころのことじゃないわね。お前もあんまり因業いんごうだ、因業だ、因業だ。」
「なにその、いわっしゃるほど因業でもねえ。このをめざしてからに、何遍も探偵がって来るだ。はい、麻畑と謂ってやりゃ、即座に捕まえられて、おれも、はあ、の目も合わさねえで、お前様を見張るにも及ばずかい、御褒美ももらえるだ。けンどもが、何も旦那様あ、訴人をしろという、いいつけはしなさらねえだから、おら知らねえで、押通おっとおしやさ。そンかわりにゃあまた、いいつけられたことはハイ一寸もずらさねえだ。何でも戸外おもてへ出すことはなりましねえ。腕ずくでも逢わせねえから、そう思ってくれさっしゃい。」
 お通はわっと泣出なきいだしぬ。
 伝内は眉をひそめて、
「あれ、泣かあ。いつもねえことにどうしただ。お前様婚礼の晩床入もしねえでその場ッからこっちへ追出おんだされて、今じゃ月日も一年越、男猫も抱かないで内にばかり。敷居もまたがすなといういいつけで、吾に眼張がんばっとれというこんだから、おりゃ、お前様の、心が思いやらるるで、見ているが辛いでの、どんなに断ろうと思ったか知ンねえけんど、今の旦那様三代めで、代々養なわれた老夫じじいだで、横のものをば縦様たてにしろと謂われた処で従わなけりゃなんねえので、かしこまったことは畏ったが、さてお前様がさぞ泣続けるこんだろうと、生命いのちが縮まるように思っただ。すると案じるよりうむが安いで、長い間こうやって一所に居るが、お前様の断念あきらめの可いには魂消たまげたね。思いなしか、気のせいか、段々やつれるようには見えるけんど、ついぞ膝も崩した事なし、整然ちゃんとして威勢がよくって、吾、はあ、ひとりでに天窓あたまが下るだ、はてここいらは、田舎も田舎だ。どこに居た処で何のたのしみもねえ老夫じじいでせえ、つまらねえこったと思って、気が滅入めいるに、お前様は、えらいひとだ。面壁イ九年とやら、悟ったものだとあ折っていたんだがさ、薬袋やくたいもないことがいて来て、お前様ついぞ見たこともねえ泣かっしゃるね。御心中のウ察しねえでもねえけんどが、旦那様にゃあ、代えられましねえ。はて、お前様のようでもねえ。断念あきらめてしまわっしゃい。どのみちこう謂い出したからにゃいくら泣いたってそりゃ駄目さ。」
 しかり親仁おやじのいいたるごとく、お通は今に一年間、幽閉されたるこの孤屋ひとつやに処して、涙に、口に、はた容儀、心中のその痛苦を語りしこと絶えてあらず。修容正粛ほとんど端倪たんげいすべからざるものありしなり。されど一たび大磐石の根の覆るや、小石の転ぶがごときものにあらず。三昼夜麻畑の中に蟄伏ちっぷくして、一たびその身に会せんため、一りゅういいをだに口にせで、かえりて湿虫のえばとなれる、意中の人の窮苦には、泰山といえども動かでむべき、お通は転倒てんどうしたるなり。
「そんなに解っているのなら、ちょっとの間、大眼おおめに見ておくれ。」
 と前後も忘れて身をあせるを、伝内いささかも手をゆるめず、
「はて、肯分ききわけのねえ、どういうものだね。」
 お通は涙にむせいりながら、
「ええ、肯分がなくッても可いよ、お放し、放しなってば、放しなよう。」
「是非とも肯かなけりゃ、うぬ、ふン縛って、動かさねえぞ。」
 と伝内は一呵いっかせり。
 うべしこそ、近藤は、執着しゅうじゃくの極、婦人おんなをして我に節操を尽さしめんか、終生空閨くうけいを護らしめ、おのれ一分時もそのそばにあらずして、なおよく節操を保たしむるにあらざるよりは、我に貞なりとはいうことを得ずとなし、はじめよりお通の我を嫌うこと、蛇蝎だかつもただならざるを知りながら、あたかもかれ魅入みいりたらんごとく、進退すきなく附絡つきまといて、遂にお通と謙三郎とが既に成立せる恋を破りて、おのれ犠牲いけにえを得たりしにもかかわらず、従兄妹いとこ同士が恋愛のいかに強きかを知れるより、嫉妬しっとのあまり、奸淫かんいんの念を節し、当初婚姻のよりして、ふすまをともにせざるのみならず、一たびも来りてその妻を見しことあらざる、孤屋ひとつやに幽閉の番人として、この老夫おやじをばえらびたれ。お通はむなく死力を出して、瞬時伝内とすまいしが、風にも堪えざるかよわき婦人おんなの、うきにやせたる身をもって、いかで健腕に敵し得べき。
 手もなく奥に引立てられて、そのままそこに押据えられつ。
 たといいかなる手段にても到底この老夫おやじをして我に忠ならしむることのあたわざるをお通は断じつ。激昂げっこうの反動はいたく渠をして落胆せしめて、お通ははりもなく崩折くずおれつつ、といきをつきて、悲しげに、
老夫じいや、世話を焼かすねえ。堪忍しておくれ、よう、老夫や。」
 と身を持余せるかのごとく、ひじを枕に寝僵ねたおれたる、身体からだは綿とぞ思われける。
 伝内はこの一言ひとことを聞くとひとしく、窪める両眼に涙を浮べ、一座退すさりて手をこまぬき、こぶしを握りてものいわず。鐘声遠く夜は更けたり。万籟ばんらい天地声なき時、かどの戸をかすかに叩きて、
「通ちゃん、通ちゃん。」
 と二声呼ぶ。
 お通はその声を聞くや否や、弾械はじきのごとく飛起きて、きっと片膝を立てたりしが、伝内の眼に遮られて、答うることをせざりき。
 戸外おもてにてはことば途絶え、内をうかが気勢けはいなりしが、
「通ちゃん、これだけにしても、逢わせないから、所詮あかないとあきらめるが……」
 呼吸いきたゆげに途絶え途絶え、隙間をれて聞ゆるにぞ、お通は居坐いずまい直整ととのえて、畳に両手をつかえつつ、行儀正しく聞きいたる、せな打ふるえ、髪ゆらぎぬ。
「実はね、叔母さんが、謂うから、仕方がないように、いっていたけれど、逢いたくッて、実はね、私が。」
 といいかかれる時、犬二三頭高くえて、謙三郎を囲めるならんか、ッ叱ッと追うが聞えつ。
 更に低まりたる音調の、風なき夜半よわに弱々しく、
「実はね、叔母さんに無理を謂って、逢わねばならないようにしてもらいたかった。だからね、私にどんなことがあろうとも叔母さんが気にかけないように。」
 と謂う折しもすさまじく大戸にぶつかる音あり。
「あ、痛。」
 と謙三郎の叫びたるは、足やまれし、手やかけられし、犬の毒牙どくがにかかれるならずや。あとは途ぎれてことばなきに、お通はあるにもあられぬ思い、思わずって駈出かけいでしが、肩肱いかめしく構えたる、伝内を一目見て、あおくなりて立竦たちすくみぬ。
 これを見、彼を聞きたりし、伝内は何とかしけむ、つと身を起して土間に下立おりたち、ハヤ懸金かけがねに手を懸けつ。

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