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半島一奇抄(はんとういっきしょう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-23 10:30:50  点击:  切换到繁體中文


 あとへ引返して、すぐ宮前のとおりから、小橋を一つ、そこも水が走っている、門ばかり、家は形もない――潜門くぐりもんを押して入ると――植木屋らしいのが三四人、土をほって、運んでいました。」
 ――別荘の売りものを、料理屋が建直すのだったそうである。
「築山のあとでしょう。葉ばかりの菖蒲あやめは、根を崩され、霧島が、ちらちらとくわの下に見えます。おお御隠居様、大旦那、と植木屋は一斉に礼をする。ちょっと邪魔をしますよ。で、折れかかった板橋をまたいで、さっと銀をよないだ一幅いっぷくながれなぎさへ出ました。川というより色紙形の湖です。一等、水の綺麗な場所でな。居士が言いましたよ。耕地が一面に向うへひらけて、正面に乙女峠が見渡される……この荒庭のすぐ水の上が、いまもうでた榎の宮裏で、暗いほどな茂りです。水はその陰から透通る霞のように流れて、幅十間ばかり、水筋を軽くすらすらと引いてきます。この水面に、もし、ふっくりとした浪が二ツ処立ったら、それがすぐに美人の乳房に見えましょう。宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白まっしろな胸に当るんですね、すそは裾野をかけて、うつくしく雪にさばけましょう。――
 椿つばきが一輪、冷くて、燃えるようなのが、すっと浮いて来ると、……浮藻うきも――藻がまた綺麗なのです。二丈三丈、萌黄色もえぎいろに長くなびいて、房々とかさなって、その茂ったのが底まで澄んで、透通って、やわらかな細い葉に、ぱらぱらと露を丸く吸ったのが水の中に映るのですが――浮いて通るその緋色ひいろの山椿が……藻のそよぐのに引寄せられて、水の上を、少しななめに流れて来て、藻の上へすっと留まって、じっとなる。……浅瀬もこの時は、ふちのように寂然しんとする。また一つ流れて来ます。今度は前の椿が、ちょっと傾いて招くように見えて、それが寄るのを、いま居た藻の上に留めて、先のはただよって、別れて行く。
 また一輪浮いて来ます。――何だか、天の川を誘い合って、天女のかんざしが泳ぐようで、私は恍惚うっとり、いや茫然ぼうぜんとしたのですよ。これは風情じゃ……と居士も、巾着きんちゃくじめの煙草入の口を解いて、葡萄ぶどう栗鼠りす高彫たかぼりした銀煙管ぎせるで、悠暢ゆうちょうとしてうまそうにんでいました。
 目の前へ――水が、向う岸から両岐ふたつとがって切れて、一幅ひとはば裾拡すそひろがりに、風に半幅を絞った形に、薄い水脚が立った、と思うと、真黒まっくろつらがぬいと出ました。あ、この幽艶ゆうえん清雅な境へ、すさまじい闖入者ちんにゅうしゃ! と見ると、ぬめりとした長い面が、およそ一尺ばかり、左右へ、いぶりを振って、ひゅっひゅっと水をさばいて、真横に私たちの方へ切って来る。どじょうか、こいか、ふなか、なまずか、と思うのが、二人とも立って不意に顔を見合わせた目に、歴々ありありと映ると思う、その隙もなかった。
 ――馬じゃ……
 と居士が、ひどおびえた声でわめいた。私もぎょっとしてあと退さがった。
 いや、嘘のような話です――はるかあしを泳ぐ馬が、ここへ映ったと思ったとしてもよし、軍書、合戦記の昔をそのまま幻にたとしても、どっち道夢見たように、瞬間、馬だと思ったのは事実です。
 やあい、そこへげたい……泳いでらい、畜生々々。わんぱくが、四五人ばらばらと、はたけへりへ両方から、向う岸へ立ちました。
 ――鼠じゃ……鼠じゃ、畜生めが――
 と居士がはじめて言ったのです。ばしゃんばしゃん、氷柱ひょうちゅうのように水がねる、小児こどもたちは続けさまに石を打った。この騒ぎに、植木屋も三人ばかり、ずッと来て、泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ、泳ぐ……と感に堪えて見ている。
 見事なものです。実際たくみに泳ぐ。が、およそ中流の処を乗切れない。向って前へつぶてが落ちると、すっと引く。横へ飛ぶと、かわして避ける。避けつつ渡るのですから間がありました。はじめは首だけ浮いたのですが、礫を避けるはずみに飛んで浮くのが見えた時は可恐おそろし兀斑はげまだらの大鼠で。畜生め、若い時は、一手ひとて、手裏剣も心得たぞ――とニヤニヤと笑いながら、居士が石を取ってったんです。小児こどもの手からは、やや着弾距離を脱して、八方はちぶこっちへ近づいた処を、居士が三度続けて打った。二度とも沈んで、鼠の形が水面から見えなくなっては、二度とも、むくむくと浮いて出て、澄ましてまた水を切りましたがね、あたった! と思う三度の時には、もう沈んだきり、それきりまるで見えなくなる。……
 水は清く流れました、が、風が少し出ましてね、何となくざっと鳴ると、……まさか、そこへ――水をくぐって遁げたのではありますまいが、宮裏の森の下の真暗まっくらな中に落重おちかさなった山椿の花が、ざわざわと動いて、あとからあとから、乱れて、散って、浮いて来る。……大木の椿も、森の中に、いま燃ゆるように影を分けて、その友だちをのぞいたようです。――これはまた見ものになった――見るうちに、列を織って、幾つともなく椿の花が流れて行く。……一町ばかりしもに、そこに第一の水車みずぐるまが見えます。四五間さきに水車、また第三の水車、第四、第五と続いたのが見えます。ながれの折曲る処に、第六のが半輪の月形に覗いていました。――見る内に、その第一の水車の歯へ、一輪紅椿が引掛ひっかかった――続いて三ツ四ツ、くるりと廻るうちに七ツ十ウ……たちまちくるくると緋色にかさなると、直ぐ次の、また次の車へもおなじように引搦ひっからまって、廻りながら累るのが、流れる水脚のままなんですから、早いも遅いも考える間はありません。揃って真紅な雪が降積るかと見えて、それが一つ一つ、舞いながら、ちらちらと水晶を溶いた水に揺れます。呆気あっけに取られて、ああ、綺麗だ、綺麗だ、と思ううちに、水玉を投げて、くれないしぶき[#「さんずい+散」、70-7]を揚げると、どうでしょう、引いている川添のごとの軒より高く、とさかの燃えるように、水柱を、さっと揃って挙げました。
 居士が、けたたましく二つ三つ足蹈あしぶみをして、胸をゆすって、(火事じゃ、……宿しゅくじゃ、おたにの方じゃ――御免。)とひょこひょこと日和下駄ひよりげたで駆出しざまに、門を飛び出ようとして、振返って、(やあ、皆も来てくれ。)尋常ただごとではありません。植木屋であいも誘われて、残らずどやどや駆けて出る。私はとぼんとして、一人、離島はなれじまに残された気がしたんです。こんな島には、あのあやしい大鼠ももうと思う、何となく、気を打って、みまわしますとね。」
「はあ――」
「ものの三間とは離れません。宮裏に、この地境じざかいらしい、水が窪み入ったよどみに、朽ちた欄干ぐるみ、池の橋の一部が落込んで、ながれとすれすれに見えて、上へ落椿がたまりました。うつろに、もの寂しくただ一人で、いまそれを見た時に、花がむくむくと動くと、真黒まっくろつらを出した、――とがった馬です。」
「や。」
「鼠です。大鼠がずぶずぶと水をねて、なまずがギリシャ製の尖兜とがりかぶとを頂いたごとく――のそりと立って、黄色い目で、この方をじろりと。」
「…………」
 声は、カーンと響いて、真暗まっくらになった。――隧道トンネルを抜けるのである。
「思わず畜生! と言ったが夢中でげました。水車のあたりは、何にもありません、ながれがせんせんと響くばかり静まり返ったものです。ですが――お谷さん――もう分ったでしょう。欄干にもたれて東海道を覗いた三島宿の代表者。……これが生得うまれつき絵を見ても毛穴が立つほど鼠がきらいなんだと言います。ここにおいて、居士が、騎士ナイト鬢髪びんぱつを染めた次第です。宿しゅくのその二階家の前は、一杯の人だかりで……欄干の二階の雨戸も、軒の大戸も、ぴったりと閉まっていました。口々に雑談をするのを聞くと、お谷さんが、朝化粧の上に、七つ道具で今しがた、湯へ行こうと、門の小橋をまたぎかけて、あッと言った、赤い鼠! と、あ、と声を内へ引いて遁込んで、けたたましい足音で、階子壇はしごだんを駆上がると、あれえあれえと二階を飛廻って欄干へ出た。赤い鼠がそこまで追廻したものらしい。キャッとそこで悲鳴を立てると、女は、宙へ、飛上った。くめの仙人をさかさまだ、その白さったら、と消防夫しごとしらしい若い奴は怪しからん事を。――そこへ、両手でくうつかんで煙を掻分かきわけるように、火事じゃ、とかけつけた居士が、(やあ、お谷、軒をそれ火がめるわ、ええ何をしとる)と太鼓ぬけに上って、二階へ出て、縁に倒れたのを、――その時やっと女中も手伝って、抱込んだと言います。これじゃ戸をしめずにはおられますまい。」
「驚きました、実に驚きましたな……三島一と言いながら、海道一の、したたかな鼠ですな。」
 自動車は隧道トンネルへ続けて入った。
「国境を越えましたよ。」
 と主人が言った。

「……時に、お話につれて申すようですけれども、それを伺ってはどうやら黙っておられないような気がしますので。……さあ、しかもちょうど、昨年、その頃です。江の浦口野の入海いりうみただよった、漂流物がありましてな、一頃ひところはえらい騒ぎでございましたよ。浜方で拾った。それが――困りましたな――これもお話のうちにありましたが、おおきな青竹の三尺余のずんどです。
 一体こうした僻地へきちで、これが源氏のはたけでなければ、さしずめ平家の落人おちゅうどが隠れようという処なんで、毎度あやしい事を聞きます。この道が開けません、つい以前の事ですが。……お待ち下さい……この浦一円はいわしの漁場で、秋十月の半ばからは袋網というのをきます、大漁となると、大袈裟おおげさではありません、海岸三里四里の間、ずッと静浦しずうら町中まちなかまで、浜一面に鰯をします。あぜも畑もあったものじゃありません、廂下ひさししたから土間のかまどまわりまで、鰯を詰込んで、どうかすると、この石柵の上まで敷詰める。――ところが、大漁といううちにも、その時は、また夥多おびただしく鰯があがりました。獅子浜在の、良介に次吉じきちという親子が、気を替えて、烏賊釣いかつりに沖へ出ました。暗夜やみの晩で。――しかし一ぴきもかかりません。思切って船を漕戻こぎもどしたのがの刻過ぎで、浦近く、あれ、あれです、……あの赤島のこっちまで来ると、かえって朦朧もうろうと薄あかりに月がさします。びしゃりびしゃり、ばちゃばちゃと、ふなべりで黒いものがもつれて泳ぐ。」
「鼠。」
「いや、お待ち下さい、人間で。……親子は顔を見合わせたそうですが、助け上げると、ぐしょ濡れの坊主です。――仔細しさいを聞いても、何にも言わない。しずくの垂る細い手で、ただ、おかゆびさして、上げてくれ、と言うのでしてな。」
可厭いやだなあ。」
「上げるために助けたのだから、これに異議はありません。浜は、それ、その時大漁で、鰯の上をんで通る。……坊主が、これを皆食うか、と云った。坊主だけに鰯を食うかと聞くもいいが、ぬかし方が頭横柄ずおうへいで。……血の気の多い漁師です、しゃくに触ったから、当りめえよ、と若いのが言うと、(人間の食うほどはおれも食う、)と言いますとな、両手で一つかみにしてべろべろと頬張りました。頬張るあとから、取っては食い、掴んでは食うほどに、あなた、だんだん腹這はらばいにぐにゃぐにゃと首を伸ばして、ずるずると鰯の山を吸込むと、五こく、十斛、瞬く間に、満ちみちた鰯が消えて、浜の小雨は貝殻をたたいて、暗い月が砂に映ったのです。(まだあるか、)と仰向おあおむけに起きた、坊主の腹は、だぶだぶとふくれて、鰯のように青く光って、げいと、口からなまぐさい息を吹いた。随分大胆なのが、親子とも気絶しました。鮟鱇あんこう坊主ぼうずと、……唯今でも、気味の悪い、幽霊の浜風にうわさをしますが、何の化ものとも分りません。――
 といった場処で。――しかし、昨年――今度の漂流物は、そんな可厭いやらしいものではないので。……青竹の中には、何ともたとえがたない、美しい女像がありました。ところが、天女のようだとも言えば、女神の船玉様の姿だとも言いますし、いや、ぴらぴらのかんざしして、翡翠ひすいの耳飾を飾った支那しなの夫人の姿だとも言って、現に見たものがそこにあるはずのものを、しかと取留めたことはないのでございますが、手前が申すまでもありません。いわゆる、流れものというものには、昔から、種々の神秘な伝説がいくらもあります。それが、目の前へ、その不思議が現われて来たものなんです。第一、竹筒ばかりではない。それがもう一重ひとえ、セメンだるに封じてあったと言えば、甚しいのは、小さなかいが添って、箱船に乗せてあった、などとも申します。
 何しろ、うつくしい像だけは事実で。――俗間で、みだりに扱うべきでないと、もっともな分別です。すぐに近間ちかまの山寺へ――浜方一同から預ける事にしました。が、三日もたないのに、寺から世話人に返して来ました。預ったから、いままでに覚えない、すさまじい鼠の荒れ方で、何と、昼も騒ぐ。……(困りましたよ、これも、あなたのお話について言うようですが)それが皆その像をねらうので、人手は足りず、お守をしかねると言うのです。猫を紙袋かんぶくろに入れて、ちょいとつけばニャンと鳴かせる、山寺の和尚さんも、鼠には困った。あと、二度までも近在の寺に頼んだが、そのいずれからも返して来ます。おなじく鼠がかかるので。……ところが、最初の山寺でもそうだったと申しますが、鼠が女像の足を狙う。……朝顔をむようだ。……唯今でも皆がそう言うのでございますがな、これが変です。足を狙うのが、朝顔を噛むようだ。爪さきが薄く白いというのか、もすそつますそが、瑠璃るり、青、あかだのという心か、その辺が判明はっきりいたしません。承った処では、居士だと、牡丹ぼたんのおひたしで、鼠は朝顔のさしみですかな。いや、お話がおくれましたが、端初はなから、あなた――美しい像は、跣足はだしだ。跣足が痛わしい、お最惜いとしい……と、てんでに申すんですが、御神体は格段……お仏像は靴を召さないのが多いようで、誰もそれをあやしまないのに、今度の像に限って、おまけに、素足とも言わない、跣足がお痛わしい――何となく漂泊流離の境遇、落ちゅうどの様子があって、お最惜い。そこを鼠が荒すというのは、女像全体にかかる暗示の意味が、おのずから人の情にうつったのかも知れません。ところで、浜方でも相談して、はじめ、寄り着かれた海岸近くに、どこか思召しにかなった場所はなかろうかと、心して捜すと、いくらもあります。これはおかで探るより、船で見る方が手取てっとり早うございますよ。樹の根、いわの角、この巌山の切崖きりぎしに、しかるべきむろに見立てられる巌穴がありました。石工いしやが入って、のみなめらかにして、狡鼠わるねずみを防ぐには、何より、石の扉をしめて祭りました。海で拾い上げたのがの日だった処から、巳の日様。――しかし弁財天の御縁日だというので、やがて、みんなが(巳の時様)。――巳の時様、とそう云っているのでございます。朝に晩に、聞いて存じながら、手前はまだ拝見しません。沼津、三島へ出ますにも、ここはぐっと大廻りになります。出掛けるとなると、いつも用事で、忙しいものですから。……
 ――御都合で、今日、御案内かたがた、手前も拝見をしましても……」
「願う処ですな。」
 そこで、主人が呼掛けようとしたらしい運転手は、ふと辰さん(運転手)の方で輪を留めた。
「どうした。」
 あたかもまた一つ、さっと冷い隧道トンネルの口である。
「ええ、あの出口へ自動車が。」
「おおそうか。……ええ、むやみに動かしてはあぶないぞ。」
「むこうで、かわしたようです。」
 隧道トンネルを、爆音を立てながら、一息に乗り越すと、ハッとした、出る途端に、擦違すれちがうように先方さきのが入った。
「危え、畜生!」
 わめくと同時に、辰さんは、制動機を掛けた。が、ぱらぱらと落ちかかる巌膚いわはだの清水より、私たちは冷汗になった。乗違えた自動車は、さながら、おおいかかったように見えて、隧道トンネルの中へ真暗まっくらに消えたのである。
 主人が妙に、寂しく笑って、
「何だか、口のとんがった、色の黒い奴が乗っていたようですぜ。」
隧道トンネルの中へ押立おったった耳が映ったようだね。」
 と記者が言った。
「辰さん。」
 いま、出そうとする運転手を呼んで、
「巳の時さん――それ、女像の寄り神を祭ったというのは、もっと先方さきだっけね。」
「旦那、通越とおりこしました。」
「おや、はてな、獅子浜へ出る処だと思ったが。」
「いいえ、多比の奥へ引込んだ、がけの処です。」
「ああ、竜が、爪で珠をつかんでいようという肝心の処だ。……成程。」
「引返しましょうよ。」
「車はかわります。」
 途中では、はるかに海ぞいを小さくく、自動車が鼠のはしるように見えて、みさきにかくれた。
 山藤が紫に、椿が抱いた、群青ぐんじょういわそびえたのに、純白な石の扉の、まだ新しいのが、ひたととざされて、の椿の、落ちたのではない、やさしい花が幾組かほこらに供えてあった。その花には届くが、低いのでも階子はしごか、しかるべき壇がなくては、扉には触れられない。辰さんが、矗立しゅくりつして、いわの根を踏んで、背のびをした。が、けたたましく叫んで、仰向あおむけにって飛んで、手足をかえるのごとくねて騒いだ。
 おなじく供えた一束の葉の蔭に、おおきな黒鼠が耳を立て、口をとがらしていたのである。
 憎い畜生かな。
 石を打つは、その扉をたたくに相同じい。ましてきずつくるおそれあるをや。
「自動車が持つ、ありたけの音を、最高度でやッつけたまえ。」
 と記者が云った。
 運転手は踊躍こおどりした。ものすさまじい爆音を立てると、さすがに驚いたように草が騒いだ。たちまち道を一飛びに、鼠は海へ飛んで、赤島に向いて、碧色へきしょくの波に乗った。
 ――馬だ――馬だ――馬だ――
 遠く叫んだ、声が響いて、小さな船はみよしあおり、漁夫は手を挙げた。
 その泳いだ形容は、読者の想像に任せよう。
 巳の時の夫人には、後日の引見を懇請して、二人は深く礼した。
 そのまま、沼津に向って、車は白鱗青蛇はくりんせいだの背をせた。

大正十五(一九二六)年十月




 



底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年5月23日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
   1942(昭和17)年7月刊行開始
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2001年9月17日公開
2005年9月26日修正
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●表記について
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。

    「さんずい+散」    70-7

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